2話 共犯者
なんとか誰にも見つからずにたどり着いた一年三組の教室は、ホームルーム中なのにざわついている。
俺は運良く開いていた教室後方のドアから中を覗き見た。
(どいつもこいつも、よく喋るなぁ)
とか思っている俺は四つん這い状態で、どこからどう見ても立派な不審者だ。
どうかこのまま誰にも気付かれませんようにと祈っていると、教室前方の扉がガラッと開いた。
ついさっきまで一緒にいた朝日川が、堂々と教室に足を踏み入れたのだ。
先生も生徒も、一斉に朝日川に注目する。
視線を一身に集めた朝日川は怯むことなく、右手を真っ直ぐに挙げた。
「ごめんなさい先生! 自転車パンクしたんで電車に乗り遅れましたー!」
教室どころか廊下にまで響くデカい声だ。
勢いが良すぎて、教室のみんなが呆気に取られた。
......一拍後、誰かが噴き出す。
「声、デカすぎ!」
それを合図に、教室中が笑い声で満たされた。
一緒に笑っている先生は、穏やかに眼鏡のツルに触れる。
「知ってる、知ってる。転んだりして、怪我しなくてよかったな」
これ以上なく和やかな教室内を覗きながら、俺は震えた。
(あいつ、すげぇ目立ってんじゃん......そこまでしなくても......)
悪巧みなんて考えたこともありません、とでもいいそうな朝日川の微笑みが自然すぎて怖い。
俺はほんの数分前にした、朝日川との会話を頭に浮かべた――
朝日川のヒソヒソ話の内容はこうだ。
「俺が前のドアから入って先生の気を引く。その隙に、斉藤は後ろのドアから入れよ。教室侵入ミッションの成功率、上がるだろ」
「で、でも......なんか悪いような」
「言ってる場合か? 遅刻の罪で反省文書かされていいのか?」
嫌です。
心の中で即答するものの、俺はやっぱり気になった。
外見だけでなく性格までいい朝日川の顔をじっと見る。
「俺と共犯になるぞ? いいのか?」
ちょっと大げさな言い方になったけど、そういうことだもんな。
すると目の前の朝日川の表情が、悪戯っぽく変化した。ニヤリと唇の片端が上がる。
「共犯か。なんかいい響きだな」
「......そうだな」
俺は思わず笑ってしまった。
共犯者か。なんて心ときめく言葉なんだ。
間違いなく同じ気持ちの朝日川は、長いまつ毛に囲まれた目をキラキラさせている。
「こういうの、なんかワクワクするな!」
きっと、こういうところが人気者になる理由なんだろう――
回想を終えた俺は、想像以上に注目を集めている朝日川を改めて見る。
自転車がいかにしてパンクしたのかを、聞かれてもいないのに面白おかしくみんなに語っていた。
もちろん、俺のためだ。
ここまでしてもらったら、絶対に侵入を成功させねばならない。
(よし、今だ)
多少音がしても誰も気にしない。
俺は教室の床を靴下で滑り、素早く自分の席に座った。後ろから三番目、廊下側。
忍び込みやすい席でよかった。
近くの席の生徒たちは気づいたみたいだけど、誰も先生に告げ口したりしない。
無事侵入成功だ。
いいタイミングで話に区切りをつけた朝日川も、自分の席に向かって足を進めた。
その途中、バッチリ目が合ったから。
俺は必死で口パクした。
『ありがとう』
朝日川は柔らかく笑ったかと思うと、ウインクで返してきた。
その瞬間、ドンっと胸に衝撃がきた。
そんな気がした。
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