ゼニスとルシアナ
ルシアナが、ゼニスが部屋から出たのを確認して気兼ねなくいつも通り薬を調合していたその頃、ゼニスはルークと昔からシアと面識があるという受付嬢のエリーから話を聞いていた。
なんでも、ルシアナがこの冒険者ギルドに来たのは彼女がまだ七歳の頃だったという。
その時に旅の修道女を名乗る彼女に調合をお願いしたという。
「七歳の子どもに調合を頼んだのかい?」
回復ポーションといえば命に関わる薬だ。
そんなものを初めて会った女の子に任せるなんて正気とは思えないとゼニスは思った。
「申し訳ございません。こちらも薬師ギルドとの軋轢があり、背に腹は代えられない状況だったので」
「でも、シアちゃんは修道院でも薬を作ってたって言ってましたね。薬師ギルドとの兼ね合いで月に五十本しか作れないって言ってたけど、規則がなかったらもっと作ってるって顔をしていましたよ」
その話を聞いてゼニスは呆れるように息をついた。
事情があるとはいえ七歳の子どもにポーション作りを任せたことに対してではない。
七歳の子どものルシアナが、ファインロード修道院の薬の事情に精通していたことについてだ。
たしかにファインロード修道院は薬師ギルドとの取り決めでポーションを五十本しか調合しないことになっているが、それは書面で交わした契約ではなくあくまで口約束。
深く調べればわかるが、しかし逆に言えば深く調べなければそんな事情など知ることはない。
(十中八九、公爵家の調査による情報だろうけれど、とはいえ七歳の子どもがそんな細かい事情まで記憶しているとはね)
まさかルシアナの前世の記憶によるものなどと思いもしないゼニスは、ルシアナが念入りにシアに成りきるために努力したのだと思った。
そして、ルシアナはルークと出会ったその日に、中級ポーションまで調合したらしい。
しかも彼がこれまで見た中級ポーションの中でも群を抜いて上質な薬だったという。
彼はそのポーションを聖水だと思ったそうだ。
「彼女の腕は見事でしたよ。修道院長の教え方が素晴らしいのでしょうね」
「あの子がただ天才なだけだよ」
お世辞でもなければ誤魔化すわけでもなく、ゼニスは本心からそう言った。
普通に考えて、七歳の子どもが中級ポーションなんて作れるわけがない。
公爵家による高度な教育を受けても不可能だ。
ルシアナに関する謎が深まるばかりだった。
とその時、ギルド職員の一人が入ってきた。
「支部長! オーク狩りに出ていた翠嵐の鍵のメンバーが!」
ゼニスとルークがギルドホールに行ったとき、血まみれの冒険者が二人、床に寝かされていた。
どちらも重傷だ。
一人はかろうじて意識があるようだが、もう一人は完全に意識を失っている。
「状況は!?」
「中級のポーションを使っていますが効果がありません」
傷が深すぎるとゼニスは思った。
ポーションで癒せる怪我には限界がある。
あの傷だと中級ポーションどころか上級ポーションでも治療が難しい。
そして自分の回復魔法でも。
ゼニスが諦めたその時、一人の少女が飛び出した。
ルシアナだ。
「私が治療をします!」
彼女は意識のある男性の前でそう言うと、屈んで魔法を唱える。
「……はぁ……はぁ……くっ、俺よりもあいつを――あいつは――」
「黙ってください!」
ルシアナはそう言って小声で魔法を唱える。
ゼニスは無駄だと思った。
ゼニスはルシアナのことを評価している。
彼女ならば上級回復魔法を使えるかもしれないと。
上級回復魔法のエクストラヒールはこの国でも使える人間が限られている回復魔法だ。
しかし、たとえ上級回復魔法のエクストラヒールであってもあの傷は治せないと。
だが、ルシアナが小声で魔法を唱えると、強い光が放たれてみるみる傷を癒していく。
(あれは――まさか特級回復魔法っ!?)
特級回復魔法フルヒールの光ではないかとゼニスは予想したが、確信は持てない。
というか持てるわけがない。
何故なら、特級回復魔法フルヒールは初代聖女が使ったとされるが、それ以降は誰にも行使できたものはいない伝説の魔法だ。
もしもこれが公になれば、教会は彼女を新たな聖女として認定するだろう。
「……もう大丈夫ですよ」
ルシアナが大きく息を漏らす。
だが、歓喜の声は上がらない。
怪我人がもう一人いるからだ。
「頼む。あいつを治してくれ。なんでもするから」
怪我を治してもらった男がハッキリとした声で懇願する。
彼がここまで意識を保っていられたのはその願いゆえだろう。
だが――
「ごめんなさい。彼を治療することはできません」
「何故だ――さっきの魔法なら――まさか俺のせいで魔力が」
「いいえ、そうではありません」
「なら、なんで!? 俺にできることならなんでもする! 頼む!」
「彼は……既に亡くなっています」
やはりルシアナも気付いていたのかとゼニスは思った。
ゼニスがこの部屋に来た時には、いや、それよりも前に男は死んでいた。
いかに回復魔法が優れていようと、それが奇跡の御業とも言える特級回復魔法でも死んでいる者を生き返らせることはできない。
それが許されるのはもはや神のみだ。
「そんな……あいつは俺を庇って……死ぬのは本当は俺だったのに」
男の目から大粒の涙がこぼれる。
「なぁ、修道女様。教えてくれ――俺はどうすればいい?」
「生きなさい」
ルシアナは即答した。
「俺には無理だ。あいつを殺してしまった罪を背負って生きるなんて」
男は力のない声で言った。
自分のせいで大切な誰かが死ぬ。
その辛さは戦いの中で生きる冒険者なら誰もが覚悟し、そして誰もが恐れることだ。
だから周囲にいた男たちは皆、彼になんて声をかけていいのかわからなかった。
「そうですね。あなたが生きているのは罪かもしれませんね」
「シア様、何を――!」
キールが声を上げた。
だが、ルシアナが続ける。
「ならば、あなたは生きて罪と向き合いなさい。目を逸らしてはいけません。罪と向き合い、闇を引きずり、そして尚あなたは生きるのです。それが生き残ったあなたの義務です。生きることをあきらめるよりもよっぽど辛い罰なのです」
「生きることが罰」
「はい。そして闇を引きずり、なおも光の道を歩みなさい。そうしなければ、あなたを救って死んだ彼が浮かばれません」
ルシアナはそう言うと、死んだ男の傍に行き、祈りを捧げた。
彼女の身体から魔力が溢れ、光の粒となって消えていく。
それはまるで、彼の魂が浄化されて天に昇っていくかのような光景だった。
周囲の冒険者と一緒に来た仲間の冒険者は涙を流し目を閉じて祈りをささげた。
治療されて生き残った男は、悔しくて泣いた。
そしてゼニスはかつて自分が師匠に言われ、そして弟子たちに教えてきた言葉を思い出す。
『罪と向き合うとは、自分の闇と向き合うことです。人は誰しも闇を持つ生物です。闇を避けてはいけません。目を逸らしてはいけません。人は生まれながらに、善と悪、光と闇、その両方の心を持っています。人が光の道を歩もうとするのなら、闇を引きずって歩みなさい』
ゼニスは祈りを捧げるルシアナの横顔を見て、口の端を歪めた。
ゼニスとルシアナは冒険者ギルドから公爵邸へと帰ることにした。
ルシアナは魔力の使い過ぎで少し疲れているようだったが、しかしふらついている様子はない。
魔力の量も尋常ではないのだが、ここまで来ると驚くことすら馬鹿らしくなってくる。
「しかし、見事な回復魔法だったね」
「当然ですわ。私に掛かれば上級回復魔法など造作もありません。あの程度で私を神のように敬い感謝するのですから本当に滑稽ですわね」
「上級回復魔法ねぇ。まぁ、それだけ使えれば十分だろ。どうだい? あんた、聖女にでもなってみないかい?」
ゼニスがそう言うと、ルシアナは一瞬だけ心底イヤそうな顔を浮かべ、その後まんざらでもないような作り笑顔を浮かべた。
「あら、悪くないですわね。私が聖女になったら教会を好き勝手できますもの。そうですわ、教会にある聖母の像を全て私の姿に作り替えさせましょう! あとは聖書を私を称える文言に書き直させなければいけませんね」
「そんなことをされたら困るね」
「あら? 私を聖女に据えるならその程度当然してもらわないと困りますわ」
ルシアナが不敵な笑みを浮かべて言う。
(聖女になるなんて死んでもイヤだ――ってことだね、このお嬢様は)
できることならばルシアナには本当に聖女になってもらいたかったというのが本心だが、彼女の意思を無視して聖女に据えようとは思わない。
「ところで、今日の私はどうだったかしら? シアとして行動するときは今日のように善人を演じているので問題ないですわよね?」
ルシアナが今更のことを質問する。
演じているのは善人ではなく悪女の方だろ――という言葉を引っ込めて、ゼニスは「まぁ、合格だよ」とだけ告げた。
その時のルシアナの心からの笑顔を見て、「悪女はそんな風に笑ったりしないよ」と言いたかったが、その言葉も引っ込める。
どうせ言ったところで無駄だから。
「そういえば、修道院長。失われた記憶を取り戻す魔法についてご存じありませんか?」
「記憶を取り戻す魔法? なんだい? 記憶喪失の友だちでもいるのかい?」
「そういうわけではありませんが……」
「そうだね。記憶に関する術は魔法というよりは呪術の分野だが――わかったよ。ルシアナ嬢がこれまで通り教会に寄付をしてくれるというのなら、私なりに調べて資料を送ってやるさ。魔法の研究は趣味みたいなもんだからね」
「仕方ありませんわね。公爵にはこれまで通り寄付するよう伝えておきます」
こうして全てが今まで通りとなった。
ただ、彼女がこれから何をするか気になる。
ゼニスはファインロード修道院に向かう帰りの馬車の中で、定期的にペコムスと連絡を取って、ルシアナの情報とシアの情報の両方を得よう。
ルシアナから貰った、子どもたちのための風邪薬を見てそう思うのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうでしたか? お嬢様?」
「ええ、完璧だったわ、マリア。私はしっかり悪役令嬢として振る舞いました。修道院長も私が悪女でありながら、シアとして行動するときは善人のフリをしているので一応問題がないと納得しているようでした」
「それは素晴らしいです!」




