ルシアナのテスト指南
「ただいま帰りました、コリーヌさん」
「お帰りなさい、シアさん」
中間テストが行われる三日前にルシアナはターゼニカの寮に戻ってきた。
王都の平民の間で人気の焼き菓子を買ってきたので、それを寮長のコリーヌさんに渡す。
その後、休みの間の話題をする。
公爵邸での話ではなく、あくまで美白クリームを作っていた話をした。
「ところで、皆さんの空気ですが――」
「テスト前はいつもこんな感じらしいわ」
コリーヌがため息をついて言う。
ここは食堂なのだが、皆、必死になって勉強をしていた。
貴族たちは中間テスト前のこの休みの間、勉強に励む者もいればせっかくの休みだからと優雅に過ごす生徒もいる。
むしろ、テストが終われば舞踏会があるので、どこかそわそわしているように思える。
しかし、ここはそんな浮ついた空気は一切ない。
「ここで成績を残せないと退学になる子がいるからね」
ターゼニカはテストの点数が悪くても補講があるだけで退学になるわけではない。
しかし、一部生徒は違う。
魔力が秀でているお陰で奨学生として通っている生徒たちは、成績が著しく悪いと判断された場合、授業料免除などの特典がなくなる。そして、彼らは決して安くはない授業料を払うだけの金銭は持ち合わせていない。
「コリーヌさんは勉強をしなくてもいいんですか?」
「ええ、問題ないわ。私は今年卒業だしね。三年生のテストは比較的優しいのよ。シアさんこそ大丈夫なの?」
「恐らく及第点は出せると思います」
貴族と平民のテストの内容は変わらない。
既に授業免除テストを満点に近い内容で合格しているルシアナなら中間テストくらい楽に合格点を出すことができる。
「そう。なら悪いんだけど、ポレットさんの様子を見てあげてくれない?」
「……危ないんですか?」
「かなりね」
コリーヌが苦笑する。
彼女が筆記を苦手としていることは知っていたけれど、寮長から名指しで頼まれるほどとは思っていなかった。
実技は申し分ないんだけど、筆記の方がダメみたいだ。
ルシアナが部屋に戻ると、そこは食堂以上に重い空気だった。
「ただいま戻りました」
「……おかえり、シア」
アリアが死んだ目をして返事をする。
ポレットはもっと酷く返事をする元気もないようだ。
いつも元気な彼女とは程遠い。
「ポレットさん、勉強の方は捗っていますか?」
「…………りだ」
ポレットがぽつりとつぶやくように言う。
そして、
「無理だぁぁぁぁっ! 覚えることが多すぎる! なんでこんなに覚えないといけないんだ! 魔法の学校なのだから魔法だけ覚えればいいだろう!」
大きな声で叫んだ。
すると、隣の部屋から「うるさいわよ! ポレット!」と先輩が注意し、ポレットが壁に向かって平謝りをする。
どうやらストレスもかなり溜まっているようだ。
「ポレットさん。私がいますから、一緒に勉強しましょう」
「…………ありがとう」
ポレットの勉強を見てわかったのだが、彼女は単純に暗記が苦手という感じではない。
アリアが教えた算術や魔法の術式などについては難しい内容もかなり覚えている。
歴史や貴族の名前と役職が覚えられないようだ。
「アリアさんは問題無さそうですね。ノートの取り方がとても上手です」
「ありがとう。シアに言ってもらえると自信になるよ」
ノートの取り方や要点の纏め方が上手だ。
貴族は学院入学前にも家庭教師から勉学を教わる。その時にノートの取り方や要点のまとめ方を教わるのだが、普通の平民はそうはいかない。
まず、ノートを取ることはしないし、教科書に何か印をつけたりすることもしない。
ただ聞いたことを全部覚えようとする。
それができる人間なら問題ないが、普通の人間にはそれは難しい。
優先して覚えることを決め、それを頭に叩き込む。
もしかしたら、アリアのいたヒューズ伯爵家では優秀な平民相手なら学院入学前に高度な教育を施しているのかもしれない。
単純にアリアの頭がいいだけかもしれないが。
そして、ポレットのノートは――そもそも彼女はノートを取っていなかった。
そもそもノートを買ってすらいなかった。
「私も買った方がいいって言ったんだけど……」
「なんでだ? 大切なことは全部教科書に書いてあるのだから必要ないだろ?」
「って感じで、どう説得したらいいのか」
ポレットは本当にわかっていないようだ。
どう説明したらいいのか。
「それより、なんで歴史とか国の名前とかを覚えないといけないんだ? 私たちは魔術を学びにきたのだから魔術さえ学べばいいだろ?」
「そういうものだって言ってるじゃん。歴史だって必要ないけど覚えないと単位がもらえないんだから」
「そうは言うがな……」
ポレットとアリアのやり取りをしていて思った。
もしかして、ポレットが覚えられないのは、覚える理由が見つからないからではないだろうか?
学校の成績のために嫌々覚えることに納得ができていない。
モチベーションが上がらない。意欲が湧かない。
それなら――
「ポレットさんは騎士の家系なんですよね?」
「ああ、その通りだ」
「ご先祖様がどのように騎士になったか知っていますか?」
「もちろんだ。耳にタコができるほど聞かされたからな。そもそも私の曽祖父が――」
ポレットが自慢気に自分の家の歴史を語った。
ルシアナは黙ってその話を最後まで聞いた。
「というわけだ」
「立派な方だったのですね」
「ああ。自慢の曽祖父だ」
「アリアさんはわかりました? ルッキラム戦役の話です」
「ごめん、ルッキラム戦役って初めて聞いたから半分くらいわからなかった」
アリアが謝る。
少しポレットは残念そうな顔をした。
「ルッキラムっていうのは、地図でいうとこの辺りですね」
「地理で学んだ場所だ。確か銀鉱床があるのよね」
「ええ、そうです。ルッキラム戦役もこの銀鉱床を魔物の群れから取り戻すための戦いでした。ここを取り戻したことでトラリア王国は銀の採掘量が劇的に上がったそうです」
ルシアナはそう説明し、ポレットを見て言う。
「ポレットさんはさっき歴史とか地理とか覚える必要がないって言っていたね。でも、ポレットさんの話を理解するには歴史と地理の知識が重要だよね」
「そうだよね。ポレット! 歴史も地理も全部私たちに繋がっていることなんだよ。歴史を知るのは私たちを知る事なんだよ」
アリアが良いことのように纏めようとする。
でも、ルシアナが言いたいのは――
「そういう知識があると、お婿さんを探すのに有利だと思わない?」
「「え?」」
「さっき、ポレットさんはアリアさんが理解してくれなくてどう思った?」
「そうだな。少し残念に思った」
「同じことだよ。ポレットさんはお婿さんを探すように言われてるんだよね? 男爵家の正室か子爵家以上の側室になれって。だったら、狙っている貴族が興味のあることを覚えようよ。そしてそれだけで及第点を目指す!」
「可能なのか?」
「もちろん可能だよ! 任せて!」
ポレットは言っていた。
この学院には婿を探しにきたと。
だったら、その目的と勉強の目的を一緒にすればいい。
前世のルシアナも、勉強のモチベーションはシャルド殿下に好かれる女性になることだった。
皇太子妃としてふさわしい女性になるためだけに勉強していたと言っても過言ではない。
先祖を敬う気持ちや国を豊かにする願いなどは一切ない。
恋は力、いや、恋が力なのだ。
「ポレットさん。今狙っている貴族様は誰かいる?」
「そうだな。一緒に剣術を学んだブシノ男爵家だな。騎士爵――準貴族の私にも気さくに話してくれるし、恋人もいないと聞いている。テストが終わったら一度茶に誘おうと思っているんだ」
「わかった。まずはブシノ男爵家の地理について勉強するよ! あの家は海岸沿いだから覚えないといけないことがいっぱいだから心してね」
「ブシノ男爵家は海岸沿いだったのか。一度行ってみたいと思っていた。そうか、私はそんなことも知らなかったのだな」
こうしてルシアナの恋に絡めた勉強が始まった。
結果、ポレットは勉学に意欲を持つことができ、なんとか赤点を免れるのであった。




