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ルシアナの風邪薬

 ルシアナは美白クリームを完成させた――ように思えた。


「……これだとダメね」

「なんでだい? 完璧に思えるよ?」

「あなたも知ってると思うけど、魔法薬っていうのは一本丸々使わないと効果が発揮しないのよ。だから一回分のクリームになったけど、これを塗ろうと思うと――」


 ルシアナは自分の指で魔法の美白クリームを拭った。

 だが――


「なるほど、小さな瓶から全部のクリームを出すのは手間だね」

「ええ。どうしたものかしら?」

「だったら、最初から別にしたらいいんじゃないかい?」

「最初から別?」

「美白クリームは普通に使って、その美白クリームに混ぜ込む魔法液を作るのさ」

「なるほど――その手があるわね」


 ルシアナは納得し、再度挑戦をした。

 完成した薬液を自分の腕で試して使ってみる。

 そして大きく頷いた。

 納得いくものができたらしい。


「これならいままで使った美白クリームも無駄にならないわね」


 ルシアナはそう言って今度は美白クリームに混ぜる魔法薬を作り出した。


 ゼニスは興味が引かれた。

 目の前にいる彼女に普通の薬を作らせたらどうなるのか?


「このくらいでいいわね」

「シア。終わったのかい?」

「ええ、こんなの私にとっては三時の紅茶を飲む前の息抜きも当然の作業だもの」

「そうかい。だったら、その息抜きついでに薬を何本か作ってくれないかい?」


 ルシアナが眉を顰める。

 絶対にやりたくないという表情をしているが、その裏に彼女が知られたくない真実がある気がした。


「何故、公爵家の令嬢でシャルド殿下の婚約者、つまりは将来の王妃である私がそんな些事に付き合わないといけないのかしら?」

「言うことを聞かないとシアという肩書きを使わせないよ?」

「……修道院への寄付がどうなってもよろしくて? 随分と清貧の名を忠実に再現した修道院だそうですが」

「誰かさんのお陰で、暫く食いつなぐ蓄えはできてるよ。もともとそんな寄付無くてもやってきたんだ。どうだい?」

「…………私が作った薬はどうするんです?」

「なにしろうちは由緒正しい清貧の名を冠する修道院だから常備薬なんてないからね。孤児院の子ども用に使わせてもらうよ」

「………………(だったら手は抜けませんね)」

「なにか言ったかい?」

「いえ、何も――少しだけですわよ」


 そう言ってルシアナは調合を始めた。

 そこで妙なことに気付いた。


「さっきはもっと手際がよかったはずだが?」

「子ども用の薬なんて作ったことがありませんもの。当然ですわ」


 そう言うが、手際は悪いが薬の素材選びは悪くない。

 むしろ、肝心なところでは一切ミスがない。

 まるでわざと下手に見せているようだ。

 ただ気になったのは――


「私が頼んだのは子ども用の薬だよ? なんでクリームを作ってるんだい?」

「あら? 子どもだって化粧してもいいじゃない………………冗談よ。軟膏タイプの風邪薬を作ってるの」

「塗る風邪薬?」

「ええ。胸やのど背中に塗ったら鼻づまりや咳などの症状を緩和するの。小さい子どもは風邪薬を飲むのが苦手よね? だったら軽い症状ならこれで十分よ」

「……確かにそういう薬があるって聞いたことはあるね。効果は?」

「不安なら先に大人に使って見たらどうかしら? 変な薬品が使われていないことくらい理解できるでしょ? そもそも。薬液タイプの風邪薬なんて何本も持って帰れないわよね?」


 確かに見たところ変なものは使われていない。

 だが一番気になったのは、彼女がこちらから何も言わずに風邪薬を作り出したことだ。

 普通、冒険者ギルドで扱われるポーションといえば怪我を治す回復薬だろう。

 だが、彼女は迷わずに解熱剤を選んだ。

 ファインロード修道院の孤児院で一番不足しているのがいわゆる風邪薬と呼ばれる薬だ。

 というのも、ファインロード修道院では聖属性に適性のある修道女はほぼ全員、回復魔法と解毒魔法の両方を使える。

 だが、風邪は魔法で簡単に治すことができない。

 狭い修道院に大勢の子どもがいるせいで、一度風邪が流行すると瞬く間に院内全体に拡がる。

 しかも風邪薬の素材となる薬草はファインロード周辺では育っていなくて王都でしか手に入らない。

 保存状態が重要な素材も多く、王都で調合して持って帰るしかないのだが、薬液タイプだと大量に持ち帰ることができない。

 当然、修道院で買おうと思えば値段も高くなる。

 一応、ゼニスも何本か購入したが、個人で持ち帰れる量は知れている。

 だが、軟膏タイプなら話は違う。

 一瓶で何人も使える。 

 そして、最後にクリームに混ぜる魔法薬を調合した。

 とても小さな魔法薬だが――


(なるほど――体力回復ポーションか。風邪の症状はクリームで緩和し、魔法薬は体力の回復に専念させる。症状の重い子どもだけ使わせるわけか。でも――)


 ゼニスは一つ気になった。


「なんでそっちの薬草を使ったんだい? あの薬草の方が効果が高いだろ?」

「そうなの? 言ったでしょ。私は魔法薬なんて滅多に作らないからわからないって」


 そう言ってぎこちなさそうな手つきで、だが確かな腕で魔法薬を作っていく。


(美白クリームに混ぜ込む魔法液を作る時は普通に調合してただろう……と言っても素直に認めないだろうね。それにあの薬草を選んだ理由――やっぱり気になるね)

 

 ルシアナが選んだ薬草はファインロード修道院の周辺で簡単に手に入る薬草だ。

 効果が高い方の薬草は簡単に手に入らない。

 つまり、彼女は今後ゼニスが薬を使う時の参考になるようにと敢えて効果の低いが入手しやすい薬草を選んだのではないかと勘繰ったのだ。

 ルシアナはやりにくそうに


「……その調子で調合を頼んだよ。」


 ゼニスはそう言って部屋を出た。

 先ほどからルシアナがわざと下手を装っているのは自分の実力を隠すため。

 だったら、自分がいないほうが調合が捗るだろうと思ってのことだ。



 調合室から出たところで、一人の若い男が紅茶の載ったトレーを持って歩いてきた。

 歩き方に無駄がなく、かなりの手練れだとゼニスは思った。


「あなたがゼニス様ですね」

「ああ、部外者が勝手に入ってすまないね」

「シアちゃんの師匠なら問題ありませんよ。申し遅れました。当ギルドの責任者をしているルークと申します」

「そうか、あんたが。ちょうどいい。シアについて話が聞きたいんだよ」

「かしこまりました。では、こちらで紅茶でも飲みながら話をしましょう」


 ルークは柔和な笑みを浮かべ、応接間にゼニスをいざなった。

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