119話 資格を持つ者
建物が崩れている紫陽学園は騒然としている。
ほとんどの生徒が避難する中、怪我人の対処や人型との戦闘を担当する神楽家の拠点と化していた。
そこへエレナが彗とお互いがお互いを支えるようにして辿り着くと、それを見た九条が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫か」
「九条さん……私は大丈夫なので、この子を」
そう言って、彼に彗さんを預ける。
意識はあるし怪我も治っているけど、まだ心配だ。
念のため、専門知識のある人に診てもらった方が良いかもしれない。
「それと、会長はどこに……」
「それが、不知火の方に行ったようだ」
「じゃあ……」
さっき大きな音がした方だ。
記憶が間違っていなければ、あっちが悠さんの担当だったはず。
もし本当にあれが災厄なら、多分対応出来るのは神由来の力を持つ桜ちゃんとステラさんにフェニックス。
会長や茜ちゃんには悪いけど、ただの人間には荷が重いと思う。
「行かないとっ……」
「少し落ち着け。その状態で行ってどうするんだ」
「けど……」
九条さんは心配そうに引き留める。
さっき力を使い過ぎたせいで細かい様子は見えないけど、何か良くないことが起きている気がして止まない。
だからと言って、九条さんの言う事も分かる。
今の状態の私が行ったところで、何か役に立てるとは思えない。
「少し休んでから行け」
「……わかりました」
念を押すように言う九条さんだったが、そう答えると彼は安心したように息をつく。
壁に寄りかかるようにして座り目を閉じると、直ぐにでも寝てしまいそうだ。
自分で思っている以上に疲れが溜まっていたらしい。
こうしていると、今までの事を嘘だと思いたくなる。
目を開ければ賑やかな生徒会室に戻っていて、楽しい日常があることを望んでしまう。
決して叶わない願い、あの続きを望んでしまう。
ふと不思議な風に撫でられたような気がして目を開けると、辺りの景色は一変していた。
空を見上げると闇夜に無数の星々が輝いていて、足元を見下ろすと無数の星々の輝く海が広がっている。
宙に浮かぶような感覚になる不思議で、神秘的な空間だ。
「ここは……?」
不思議とさっきまで感じていた疲労感も無く、服もいつも通りに戻っていた。
何回かこんなことはあったけど、今ままでとは状況が違う。
空間を認識する力を得た以上、多くは無くても何かしら情報を得られてもおかしくはない。
だと言うのに、この空間からは何も感じられない。
それどころか、覗こうとすればするほど私の存在を持っていかれそうになる。
「資格を持つ者、この地に立つ理由を述べよ」
考え事をしていると、突然脳内に声が響いた。
「資格? 一体あなたは誰なんですか」
「資格を持つ者、この地に立つ理由を述べよ」
私の問に間髪入れず、声は同じことを繰り返す。
機械音声に似たその声からは感情を読み取ることが出来ず、ただ決められた言葉を繰り返しているだけのようだった。
「私は……私は、力が欲しいです。守る為の力が」
「力を得てどうする。それを振るった先に何が見える」
「……わかりません。けど、みんなを守ることが出来れば、それで……」
「足りない。力には責任が伴う。自身が与えた影響の責任を取る、それが力を持つという事だ」
「責任……」
そんな事考えたことも無かった。
けど、よく考えると今持っている力だって良くない影響を与えかねない。
試そうとも思わなかったけど、やろうと思えば世界そのものの時間もいじれるかもしれない。
少なくとも人間一人分のデータを引っ張て来て、ロードすることは出来た。
理屈だけで考えれば、同じことを世界規模でも出来るはずだ。
間違ったことをした時、元通りに戻せる確証も無いのに……。
「再び問おう。力を得てどうする。それを振るった先に何が見える」
「私はみんなを守りたいです。それが私が生まれた意味だから。責任の取り方は……分からないですけど、その為に私が払える対価は全部払います」
「やはり足りない。人間一人が払える対価は限られている」
「それは……」
悔しいが、その通りだ。
今の私には何もない。
他人から借りた力に、他人を模した身体に魂。
そして、それらを勝手に放ることのを許されない役割という制約。
「汝はその願いの為に自身の命、魂を支払えるのか?」
「それしか力を得る方法が無いなら」
答えは考えるまでも無い。
その役割を全うできるなら、この願いを叶えられるなら私は全てを差し出す。
それが私が生まれた意味で、役割だから。
「良いでしょう」
私の答えに返って来たのは冷たい機械音声ではなく、少女の声だった。
そして同時に、心なしかその空間の雰囲気が明るくなったような気がする。
「あなたを縛る枷を外すわ」
その声に従うように、心なしか今まで以上により細かく力の事を感じられるようになった気がする。
その感覚を嚙みしめていると、目の前に一人の少女が現れた。
十歳ほどに見えるブロンドヘアの彼女は、純白のワンピースの裾を引きずりながら私の前で立ち止まる。
見た目は人間と変わりがない。
けど、彼女から感じる全てが人間ではないという事を伝えてくる。
本物の神だ。
引退して神格を失いかけてたルナさんとは違う、正真正銘本物の神。
「あなたは……」
「初めまして、お人形さん。私はセレネ。あなたの世界で起きている問題の調査と後処理をしに来たの」
「問題……ですか?」
「あなたも気づいているのでしょう? あの禍々しい存在に」
「災厄……」
「そうなの。やはり、あれが……」
私が記憶に残るその単語を呟くと彼女は、セレネさんは手を顎に当て何かを考え込む仕草を見せる。
気のせいか、その存在に触れた時から彼女の雰囲気が少し変わった様な……。
「悪いけど、私は災厄についてあなた程の知識も無いの。だから、その解決方法も知らない」
「それじゃあ、どうやって……」
「けど、あなた達はお姉様の知識があるのでしょう?」
「……お姉様?」
「ルナ・ヴァレンタインの事よ。あれの事だからきっと、何かしら対策を考えているはずだわ」
「対策……」
そんな話、過去の世界では聞かなかった。
エレナちゃんからも聞いたことは無いけど、もし知っているとしたら桜ちゃんかステラさんのどちらかだろう。
ん?
それより、今なんて……。
「今、ルナさんの事をお姉様って」
「なによ、そんなに驚くようなことなの? 確かに、私にはあれみたいな圧倒的な力も知恵も無いけど……」
「ルナさんに妹が居るなんて初耳で……。それに、そもそも神様にも姉妹とかいるんだなって」
ちょっと不貞腐れるようなセレネさんだったが、私の説明にどこか納得した様子だった。
「そういう事……。けど、確かに珍しいわね。あるいは他者との関係性について、人間みたいなこだわりが無いだけなのかもしれないわ」
「関係性ですか……?」
「別に、私のことはどうでも良いのよ。それより、あなたはお姉様の事を知っているのよね。なら、彼女が死んだっていうのは本当なの?」
「ルナさんは……私も詳細は知らないですけど、間違いはないと思います」
「……そう」
そう言いうつむくセレネさんは、どこか悲しそうに見える。
いくら神とは言え、親しい者の死は辛いものなんだろうか。
「信じられないわ。あれが本当に死ぬなんて……」
「そんなに凄かったんですか?」
「凄い……そうね、確かにお姉様は他の神々と比べて、特別強かったわ。ルナ・ヴァレンタインが命を落とすとすれば、それは神々の秩序が崩れる時に違いないって言うのも居たくらいだもの」
神々の秩序……。
それを揺るがすような問題が起こったわけではないけど、ルナさんが亡くなった影響がどこかに現れるのだろうか。
それが崩れると一体どんな事がおきてしまうのか、想像もしたくない。
「ルナさんは……友達の為に命を使いました」
「また、アステリアなのね」
どう話すべきか考えながら言った言葉に、セレネさんはため息交じりに応えた。
「知っているんですか?」
「知ってるも何も、お姉様が一番信頼しているのが彼女よ」
「えっ!?」
「なに、聞いていなかったの?」
友達としか聞いていなかったけど、まさかそんな相手だったなんて……。
「まぁ、いいわ。この話は後にして、今は目の前の問題を対処しましょ」
「そうだ。会長が」
「あの災厄の器になった娘ね」
「何か助ける方法は……」
「一度殺すしかないわね」
「殺すって、そんな事っ!」
「魂と災厄を切り離すには最も効率的な方法よ。それに、世界の樹に残されたお姉様の神格とあなたが居れば、魂が帰る前に蘇生が出来るのでしょう?」
そう言われても、そんな方法聞いたとが無い。
それに、後で生き返らせられるからと言って、誰かを殺すなんて間違ってる気がする。
あの場には悠さんもいるのに、会長を殺すなんて本当にそんな事して……。
「知りません、そんな事……」
「まぁ良いわ。どうせ、失敗すれば世界ごとみんな死ぬのだから」
セレネさんがそう言うと、景色は歪み始める。
元の世界に帰れという事だろう。
「おい、しっかりしろ」
「九条、さん……?」
目を覚ますと、目の前には心配そうな顔をした九条さんが居た。
周りを見回すと、やはりみな忙しそうに駆けまわっている。
「……行かないと」
方法はどうであれ、まずはあの場所に行ってみないと。
そして、もし何も解決法が無いならその時は私が……。




