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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第八章 終末編
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120話 助けて

 頭が割れるような感覚に襲われながら、柚葉は意識を保つことで精一杯だった。

 抗っても抗っても次第に視界はぼやけていき、思考はかき消されていく。

 聞こえていた声は、言葉として認識出来なくなってしまう。

 ずっと自分の事を呼んでいた声は、大切なその人の声は、もう誰のものか分からなくなってしまった。

 誰の事も認識できず、衝動にかられて破壊を繰り返すうちに、彼女の意識は存在ごと荒波に飲み込まれていく。

 あの時までは。

「おねえちゃん。だいじょう、ぶ……」

 名前の知らないその人に触れられ、柚葉は黒い波の中で目を覚ます。

「ここから出ないと。私はここで終わる訳には……」

 全てを飲み込むような波に抗うように手を伸ばし、彼女はその先で輝く光を手にする。

 自分を飲み込む災厄のその根源にある意識に触れ、神楽柚葉という存在を守る為にそれを支配下に置こうとする。

 逃れようとするそれを押さえながら、彼女はその記憶を垣間見た。


 最初の景色は、知らない図書館だった。

 見上げても端が見えない本棚には、所狭しと本が積まれている。

 規則正しく並ぶ本棚の間には大きな長机があり、その上にも本が積まれている。

 どれだけの量があるのかは分からないが、少し見ただけでも一生かけても読み切れないと柚葉は感じた。


 次の景色は、陽の差す森の中だった。

 大地の匂いに包まれ、葉の揺れる音が心地良い。

 どこまでも続く緑の中を歩いて行くと、ある一本の大樹の元に辿り着く。

 根に寄りかかるようにして、一人の少女が寝息を立てていた。


 最後の景色は、様々な風景の映る水晶が大量に浮く暗闇だった。

 さっき寝息を立てていた少女はその中央で、怒りに狂った様子で剣を振るう。

 一振りでいくつもの水晶は粉々に砕け、一振りで何柱もの神は死んだ。

 それでも水晶は次々と現れ、いつしか彼女は剣を持ち上げることすら出来なくなってしまう。


 地面に立てた剣に寄りかかり、少女は肩で息をする。

「足りない、まだ……。もっと壊さないと、もっと入れ替えないと……もっと、救わないと」

 何かに憑りつかれた様に呟く少女を眺めながら、柚葉はつい声をかけてしまった。

「あなたは……何をしてるんですか?」

「何、を……してるの? 私は、なんで壊すの? 分からない、分からないよ。私はただ、助けたかっただけなのに……」

 自分を飲み込もうとする存在の意識に対し、柚葉は手を差し伸べる。

 だが、それは自分が助かる為ではない。

「……あなたは、何を助けたかったんですか?」

「助ける? そう、私は助けたかった。けど、私は壊す以外何も出来ない。みんなを助ける為に壊して、そしてら止まらなくなっちゃった。助けて……この世界は悪くない。ここの神は……今の神は悪くないの。ここを壊すのは、私がするべきことじゃない」

 涙を流しながら、少女は言葉を紡ぐ。

「お願い、私を止めて。この世界を……助けて…………」



 地面から生える触手は、苦しみでもがく主の腕の代わりに暴れ回る。

 白く燃える炎に焼かれたそれは、灰と化したそばから再生してまた暴れ出す。

 刀に切り刻まれたそれは、やはりすぐに形を取り戻した。

「何が起きてるの……?」

「我にも分からない」

 茜に触れられ柚葉は今までにない、拒絶反応に近い症状を起こした。

 その変化を見ながら、桜は考えを巡らせる。

 あれを拒絶反応だと仮定した場合、あの接触によって災厄に何かしらの影響を与えたことになる。

 しかしそんな事、ただの人間に出来るわけがない。

 少なくとも、何かしら外部の存在の影響があると考えるのが自然だ。

 今の世界にある中で、最も可能性があるのは……。

「なんでここに人形が居んの……」

 辺りを見回し、遠くで瓦礫の山を這いあがるエレナの姿を見つける。

「会長を助けます」

「人形までそんな事言ってるの? あーなったら無理だって……」

「お主、誰かに会って来たのか?」

 呼ばれたエレナは二人と合流すると、開口一番そう言った。

 何度も聞いたその話に桜は飽き飽きと言った様子だが、フェニックスは彼女が今までとは違う雰囲気を纏っている事に気付く。

「さっき、セレネさんと話をしてきました」

「セレネだと? いや、あり得ない話ではないのか……」

「誰?」

 一人で驚き一人で納得するフェニックスに、桜は記憶にない名前を尋ねる。

 その問いに、フェニックスはどこか答え方を迷っているようだった。

「ルナの……妹だ」

「そんな話聞いたことないけど」

「言う必要が無いから話さなかったのだろう」

「あぁ、何か納得した」

 過去の日々を思い出し、桜はフェニックスの話に同意する。

 今考えれば、桜はルナ・ヴァレンタインのプライベートの話をあまり知らない。

 知ったところでこの作戦の成功率が上がる訳ではないし、そもそも当時はそれどころではなかった。

「それで、出来んの?」

「それが……」

 妙に自信のあるエレナの言い方に、桜は彼女が何か作戦を持ってきたと考えた。

 当然の問いに対し、エレナは言いよどむ。

「セレネは何と言った?」

「……助けるには、一度殺す必要があると」

 促すフェニックスの言葉に、エレナは戸惑いながら続きを話す。

 桜はその内容が彼女の口から出たことに少し驚いたが、元々自分達がやろうとしていた事に近いその手段に一安心する。

 この期に及んで彼女まで自分達を阻む存在になっては、流石に手詰まりになってしまうからだ。

「助ける為に?」

「私も蘇生の方法までは聞いたんですけど、その先は……。殺すことで災厄と魂を分離させられるとしか」

「なるほどな……」

 エレナの話を聞き、桜とフェニックスは顔を見合わせた。

「いや、そこまで出来れば後は鳥さんの力でどうにか出来る」

「そうなんですか?」

「ああ」

 元々器ごと壊すつもりだった所を、災厄をピンポイントで攻撃出来るのであれば、桜達にとっても好都合だ。

 もしその状況を作り出せたなら、器という盾を貫く為にエネルギーを消費する必要もなくなる。

 その分、もちろんほんの僅かな差だろうが、災厄を滅する確率は上がるだろう。

「となると、どうやって殺すかですよね」

「私たちもどうにかしたいんだけど、さっきからあそこが黙ってないんだよ」

 エレナとしても、自身では十分な攻撃する手段を持たない以上、こういう協力者がいるのはありがたい。

 後はその前提となる条件を実現するだけだが、もちろん立ちはだかる存在が居る。

 桜の差す先には、触手に対応する悠と茜の姿があった。

「そう、でしょうね……」

 二人からすれば、救う為に殺すなど理解出来ない事だろう。

 もちろん、私も出来るならこの方法は避けたい。

 けど、この場であれを見て、他の手段、少なくともこの方法を超える手段は思いつかなかった。

 可能ならあの二人にも協力をしてもらいたいが、そもそも説得する時間も無い現状ではそれも難しいだろう。

 それこそこのまま悠長に過ごしていれば彼女の魂が完全に災厄に食われてしまい、助けるなど夢物語にすらならない。

「いっそ、力でゴリ推す?」

「それは……後で問題になるやり方は出来る限り避けたいです」

「じゃあ、どうするの。あの二人に見つからないようになんて不可能だよ」

 直接的な解決方法を口にする桜を押さえ、エレナは頭をフル回転して手段を探す。

 何か、方法は……。

 あの二人を武力で倒す必要は無い。

 せめて認識をこの一件から外せれば……。

「真奈ちゃんの時のあれ、空間を切り離すってやつの応用で出来ませんか?」

「うむ……」

「行ける……か?」

 突拍子もないその提案に、桜は頭の中で過去の実験のデータを検証する。

 以前自分で試した時、確かに空間の壁の向こう側を見ることは難しかった。

 少なくとも神格かそれに準ずるもの、あるいは空間に関する力を持っていない人では、その認識能力が空間の壁を超えることは不可能だろう。

「うん、行ける。それならあの二人の目を搔い潜れる」

「それじゃあ、やりましょう」

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