117話 災厄
「今こそ目覚めの時。さあ『世界』、お前の答えを見せてくれ!」
「ゆずっ!!」
両手を広げ歓喜に浸るアステリアの隣では柚葉が胸を押さえ、自分の意識を乗っ取られまいと必死にもがいていた。
頭を振る柚葉の影からは白い触手のようなものが生え、手当たり次第に周囲を壊そうと暴れ始める。
そんな彼女を見ていられない悠は炎を纏い、柚葉を助けようと駆け寄ろうとするが桜によってその場から引きずられてしまう。
「放せ! 行かないと!!」
「死ぬ気!? あれはダメだ!」
「ダメって何で! 早くゆずを助けないとっ!!」
柚葉に何が起きているのか理解している桜は、とにかくその場から、彼女から距離を取る事を最優先に行動する。
「わかんないのか! あれはもう人間じゃない」
襲い掛かる触手を刀を操り切り裂きつつ、桜は逃げる事に必至だった。
何を言っているのか分からない悠は、引きずられながらもがき苦しむ柚葉を眺める。
日常を守りたい、そう言っていた彼女からは想像出来ない行動に、どうにかして止めなければいけないという使命感に駆られていた。
「はは、やっぱり目は良いんだね」
「おかげさまで、先生にみっちりと鍛えられてるんで」
「そうか、ルナはこれは予想してたのか」
空へと昇り触手のうねりから逃れようとする桜たちを見て、アステリアは興味深そうに言う。
自身でさえこれが過去に起きた物と同じ手順、正しい過程なのか確証の無い再現実験に思わぬ形で答えを得ると同時に、評議会ですら完璧な知識を持たない『災厄』という存在をルナが知っていた事により彼女の特殊性への興味が湧く。
そして、アステリアの呼びかけに対し答える事で桜の注意がそれたのを悠は見逃さなかった。
桜の手を振りほどくと、悠は再び暴れる触手の中心、もだえる柚葉へと向かって走り出す。
「ゆず!!」
「あのバカッ!」
どうにかして悠を引き戻そうと桜は刀を手元に戻すが、切ったそばから再生する触手に行く手を阻まれてしまう。
それは悠も同じで、彼が近づくのを拒むように触手は襲ってくる。
それでも拒もうとはせず、それの付けた傷を治癒することもせずに彼女の前に立つと、苦しみに悶える柚葉を抱きしめた。
「ほら、大丈夫だよ。ね、ゆず?」
「あ……ぁ、ゅう?」
「そうだよ」
優しく、怒りに狂う子を諭すように悠は語り掛ける。
言葉を覚えたての赤子の様に呟く柚葉の表情からは次第に苦痛の様子が消えていき、それに合わせて触手の動きも鈍くなっていく。
「ゆう……ゆう…………」
「うん、そうだよ。僕はここに居るよ」
荒くなっていた呼吸も落ち着いて、柚葉はその存在を確認するように悠の頬に手を当てる。
元に戻った、そう思った悠が彼女の手に手を重ねると、柚葉はとろけたような声で繰り返した。
「ゆう…………きれい」
「……え?」
「きれい? きれい……は、こわす」
その言葉をきっかけに、悠は柚葉の纏う気配が大きく変わった事に気付く。
彼女に触れられている場所は激しい痛みに襲われ、触手は再び暴れはじめる。
今までに感じた事のない激痛に耐えながら、悠は彼女を抱きしめる腕の力を強めようとした。
しかし、柚葉の操る触手によって地面へと叩きつけられてしまう。
「だから言わんこっちゃない」
「ゆず! ねぇ、何のあれ?!」
「わかんないけど、たぶんあれが先生の言っていた災厄」
「災厄?」
「かつて神々の半分を殺した、文字通りの存在」
柚葉は笑顔で触手を操り、破壊そのものを楽しんでいるようだった。
その威力は最初よりも上がっていて、燃やそうが切り刻もうが、撃退するそばから生えてきりがない。
「元に戻す方法は無いの?」
「無い」
「そんな……」
断言する桜に、悠は現実を受け止めきれない。
次第に触手への対応も遅れていき、傷を増やしていく。
その様子を横目で見ていた桜は足を止めると、意識体のフェニックスへと目配せする。
「鳥さん、やるよ」
「良いんだな」
「最初の想定通りに、ここで終わらせよ」
「わかった」
「何するの……」
今までと違う動きを見せる桜とフェニックスに、悠は言いようのない不安を抱く。
そして、何も答えようとしない桜の対応が嫌な予感の裏付けとなる。
桜の太刀を白く輝く炎が覆うのと同時に、フェニックスは悠へ言葉をかけた。
「許せ。これしか方法が無いのだ」
「おい!」
手を伸ばし桜を止めようとする悠だったが、一歩届かずに彼女は踏み出す。
そのはずだった。
「お姉ちゃん!!」
「おー、あーにゃんだ。久しぶりに見ると、結構成長してるね」
全身で呼吸をする茜の登場に悠や桜だけでなく、柚葉とアステリアの視線も彼女へと向く。
何が起きているのか、細かい原因は彼女には関係ない。
そして、最も肝心な誰が柚葉をこうしたのか、それはすぐに理解出来た。
「お前が……」
「ごめんね、柚葉ちょっと借りてるんだ」
「お姉ちゃんを返せっ!!」
茜は刀身が紫に輝く短剣を抜くと飛び出す。
暴走に近いその行動に、桜とフェニックスは作戦を即座に修正した。
単身で突っ込んでいく茜を守るように炎は触手を燃やし尽くし、桜の作る岩の壁を彼女は伝ってアステリアとの距離を詰めていく。
「まぁ、そうなるよね」
凄まじい形相の茜が目前に迫り、アステリアはどこか納得したように呟く。
余裕を崩さない彼女の胸に向かって茜が短剣を突き刺そうとした寸前、アステリアと柚葉の位置が入れ替わる。
「……ぁ、おねえ……ちゃん」
勢いを殺しきれない茜の身体は柚葉へとぶつかる寸前、彼女の触手によって止められる。
首を絞められる茜は抵抗するも、振りほどくことは出来ない。
徐々に力が強くなり茜の意識は遠のきかけるが、どうにかして最後の力を振り絞った。
「だいじょう、ぶ……」
「ああああぁぁぁぁ!!!」
振るえる茜の手が柚葉へと触れると、絶叫と共に彼女は頭を抱え苦しむ。
変化はそれだけではなく、彼女の触手はスライムのように溶け始める。
「こんな反応想定には無かった。なんで……ん?」
その変化を見て、アステリアは興味深そうに呟く。
そして、それと同時に空を覆っていた透明な板のようなものは音を立てて崩れ始めた。
それらに因果関係は無いだろうが、形成はよりアステリアらへ有利な方へと傾く。
「嘘でしょ……」
この状況での結界の崩壊、それが意味するのは一つしかなかった。
「ステラッ!」




