116話 小さな花②
「咲け、ここが我らの楽園である!!」
そう声高に宣言すると、彗を中心に色鮮やかな花畑が作り出される。
瓦礫の上に広がるそれらによってあたりは幻想的な風景になり、花々を踏む人型はつるによってからめとられ自由を奪われる。
獣の吐く炎も地面から生えるつるによって覆いつくされ、それらを燃やすことは許されない。
エレボスの攻撃手段を完全に封じ切る術に、彼女は現実を受け止めきれない。
いくら結界の中だからと言って、このようなことはあってはならない事だと考えているからだ。
それでもなお、彗の怒りは収まっていない。
「はは、あり得ない。あり得ない! あり得ない! あり得ない!! ルナはどこまで手を回していたというの!!」
「なにごちゃごちゃ言って……。彗の楽しみ奪っておいて、こんなで済むと…………」
「何なのよ、あなたは。こんなの、まるで……」
草の上をふらつきながらも一歩一歩に力がこもる彗に、エレボスは言いようのない恐怖を感じていた。
フェニックスと同じかそれ以上の脅威になりうる存在によって、彼女の恐れていた事態は別の形となって現実になる。
それでも、彗も人間という枠組みを超えていない以上、これだけのことをして無事はいられなかった。
「まだ……まだ、これで…………」
スイッチが切れたように彗は姿勢を崩す。
地面へとつく前に、彼女は何者かによって支えられた。
「後は私に任せてください」
「……良かった」
薄れゆく意識の中、彼女はほとんど閉じている瞼の隙間から白く輝く髪の少女の姿を見て、安心した様子で眠りについた。
白髪の少女は光となり散っていく花畑の上を歩き、彗を茜のそばへと連れて行く。
「彗! エレナさん、彗は……」
「大丈夫です。時間はかかりますが、元通りに戻ります」
「良かった」
本当にギリギリだったけど、間に合ってよかった。
身体の中はぐちゃぐちゃになったそばから修復を繰り返され、魂も精神もすでもボロボロになっている。
何がこの子にここまでさせるのか分からないが、今はとにかく彼女が味方であることが救いだ。
幸い完全な復元は出来るが、必要な情報量が多すぎて一度始めればこれにかかりきりになるだろう。
となると今優先すべきは……。
「本当に、次から次へと……」
空を見上げると、先の術式の影響で所々に傷を作る神と目が合う。
「もう終わりにしましょう。これ以上争っても何も生みません」
「何言ってるのよ。私はこんなところで止まる訳にはいかないのよ!」
そう言い手を振る彼女は、どこか狂気に染まったように見える。
「そうですか。では……」
実力行使に移ろうとした寸前、私の言葉を遮るように大型の九尾の獣が襲い掛かって来た。
靄の目を見ると、その下にある薄れる自我の意識が頭の中に流れ込んでくる。
可愛そうに。
元は戦いを好まない子だったはずなのに、どうしてこんなことに……。
けど、今は……。
「ごめんなさい。今は少しだけおとなしくしててください」
獣を四角い光の箱に捕らえる。
それでも私を傷つけようと爪を振るい炎を吐くが、全ては徒労に終わった。
光の箱は小さくなり、両手で抱えられるほどのサイズになる。
それを回収すると、一連の様子を見ている事しか出来なかったエレボスは確かめるように口を開く。
「ルナの後継者……他にもいたの」
「もう終わりです。これ以上無益な争いは……」
「いいえ、ちょうど始まったのよ」
自身気にいう彼女の言葉を直ぐに理解出来なかったが、直後遠くで大きな爆発音のような音がした。
その方を見てみると、ひときわ大きな煙が立ち異質な雰囲気を感じる。
「やっとなのね。ちょっと時間がかかりすぎなのよ」
エレナの意識が一瞬それた隙をエレボスは見逃さなかった。
「災厄が……」
「何が起きたの?」
何が起きたのか分からず驚く茜を前に、エレナはただひたすら呆然としていた。
災厄だ。
かつて世界樹に繋がった時に、その存在を一瞬だが感じたのを思い出す。
あの時は何が何だか分からなかったが、全身を刺すようなこの感じは間違いない。
世界樹に記録された雰囲気と似たそれを感じる。
「エレナさん!」
茜ちゃんの呼びかけで意識は引き戻された。
周りを見渡すとエレボスの姿はすでになくなっていたが、こうなってしまった以上優先順位は彼女に無い。
まずは彗さんの復元を……。
そう思ったのに、身体に力が入らず地面に膝をつく。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫。ちょっと、負荷が強くて……」
どうにか息を整えると、寝かされた彗さんに向かい合う。
物理的な傷は既に彼女の力で治癒が進んでいた。
これだけの治癒能力があれば並大抵の事では死なないという話にも、今更ながら納得できる。
世界の樹の記録もとんでもない事になっていた。
壊しては治しを何千回も繰り返している。
それも、あのたった数十秒の間でだ。
それはこれだけ魂も精神も摩耗する訳だ。
「……はい、一応終わりはしました」
出来る限りはした。
元々不安定な技術なうえ、このような大けがは初めてで如何せん自身が無い。
不安な気持ちで見守っていると、しばらくして目がゆっくりと開いた。
「彗!」
「あ、あかね……ちゃん?」
「良かったあぁ!」
いつの間に仲良くなっていたのか、目が覚めた彼女を抱く茜ちゃんの目からは涙がこぼれていた。
水を差すのは気が引けるが、確認したいことは尽きない。
「身体の調子はどうですか?」
「なんか……ふわふわ、する」
見た感じ問題もなさそうだし、意識がはっきりしているから大丈夫だろう。
「彗さんはしばらくの間は安静にしていてください」
「安静……? けど、まだ終末は……」
「これ以上は力を使っちゃダメです。たぶん、次は……ありません」
確証はない。
けど、次にあのような大規模な術式を使えば魂が耐えられないと思う。
「……わかった。彗はおとなしく休んでる。けど、またいつか前みたいに戦える?」
「それは……ごめんなさい。私にはわかりません。けど、何か方法が無いか探して見ます」
「そっか……」
考えすぎなのか、抱えらえる姿には今までのような覇気がない。
戦いを好んでいた彼女にこの仕打ちは辛いだろうが、それでも助けられる命なら出来る限り……。
「さ、次は……」
先の爆発音が聞こえた場所に行こうと思い立ち上がると、足元がおぼつかずバランスを崩してしまう。
「エレナさんも、休んだ方が……」
「行かないと……まだ、私に出来ることが……あるから…………」
「大丈夫です。私が見てきます」
「けど……茜ちゃんだって……」
「私は二人のおかげで大丈夫。だから、エレナさんはお姉ちゃんをお願いします」
「けど……」
「本当は自分で無事を確認しに行きたいけど、今はそう言う状況じゃないから」
彼女には辛い選択だっただろう。
本当なら私が背負えればよかったけど、今の状況では余計に問題を増やすだけなのは目に見えている。
ここはおとなしく提案を受け入れるのが良いのかもしれない。
「……わかりました。会長の事は任せてください」
「はい。お願いします」




