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哭血の社(こくけつのやしろ)  作者: nonon


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2/8

怒りの短い刃

「……一足、遅かったか」

「遅かった、だと?」

土間の血溜まりの中、父の亡骸を背にした朔真の全身で、血が沸騰した。


壊れた戸口から踏み入ってきたのは、見慣れない狩衣姿の男たち。先頭に立つ白髪交じりの痩せた男――玄理げんりは、惨状を前にしても悲壮感は見せず、ただ忌々しそうに舌打ちをした。


「知ってて来たのか。……知ってて、見殺しにしたのかよッ!!」

朔真の怒号に、玄理は微かに目を細めた。

「保護に向かっていた。お前たちの一族をな。……だが、嗅ぎつけるのが早すぎる。朝廷うちの身内のどこかで、意図的に情報が漏らされたとしか思えねえ」

「てめえらの都合なんて知るか!!」

朔真は足元に落ちていた『小春の鈴』を握りしめ、右手で重い山鉈を振り上げた。


「誰が殺した!! 親父が言ってた『哭代なきしろ』ってのは何だ! てめえらの敵がうちを襲ったなら、てめえらが親父たちを殺したのと同じだろッ!!」


絶叫と共に、朔真は玄理へ向かって地を蹴った。

怒りに任せた、渾身の上段振り下ろし。木なら一撃で両断できる力だった。


だが。


「――素人は、黙って寝てろ」

ガァンッ!

火花が散った。玄理が腰の太刀を抜くことすらなく、鞘のまま軽く下から払っただけで、朔真の山鉈は軌道を大きく逸らされた。

「なっ……」

体勢が崩れた瞬間、玄理の足払いが朔真の軸足を刈り取る。

視界が反転し、朔真は血の海となった土間へ無様に叩きつけられた。肺から空気が漏れ、息が詰まる。そこへ、玄理の冷たい鞘の先が喉元にピタリと突きつけられた。


「弱えな。そんな大振りじゃ、あいつらの残像すら斬れねえよ」


玄理の瞳は氷のように冷たかった。

「いいか、ガキ。お前たちの村を襲ったのは『哭代』。ただの野盗じゃない。歴史の亡霊……人を虫けらのように処理する、化け物の群れだ。お前の一族の血が奴らに対抗するために必要だったから、俺たちは保護しに来た。だが、間に合わなかった。それが事実だ」


「……ふざけ、るな……ッ」

朔真は喉元に鞘を突きつけられながら、血走った目で玄理を睨み上げた。


「俺は……俺の家族は、お前らの道具じゃねえ……!」

「そうだな。だが、死んだ」

玄理は鞘を退き、朔真を見下ろした。

「お前がここで喚いても、家族は戻らない。お前一人で山鉈を振り回しても、哭代と会う前に死ぬ。犬死にだ」


朔真の奥歯が、ギリッと音を立てた。

悔しかった。目の前で家族が死んでいるのに、自分にはこの胡散臭い男の一撃すら防ぐ力がない。己の圧倒的な無力さが、怒り以上に朔真の心をズタズタに切り裂いていた。


玄理は低く息を吐き、静かに言った。

「俺たちはお前を『使える駒』として拾うつもりだ。だが……哭代を甘く見るな。奴らを殺したいなら、俺が戦い方を教えてやる。お前の命を朝廷に預けるなら、仇を追うための道と力をくれてやる」


今の朔真には、それに縋るしか道はなかった。

「……殺す」

朔真は泥と血に塗れた顔を上げ、地獄の底から響くような声で言った。

「俺の家族を奪った連中を、一匹残らず殺せるなら……てめえらの駒にでも何にでもなってやるよ」


その憎悪に満ちた瞳を見て、玄理はほんのわずかに目を伏せ、それから部下たちへ顎でしゃくった。

「死体を一箇所に集めろ。朝廷の記録上、この村は『流行り病で全滅して焼却処分された』ことになる。証拠は残すな」

「……ッ!!」

朔真が何かを言うより早く、部下たちが手際よく村人たちの亡骸を運び出し始めた。


「待て! 親父は……」

朔真は這いずるようにして、直継と志乃、そして小春の亡骸のそばへ寄った。

父は昔、『どんな死に方をしても、人は人だ。なかったことにはできない』と言っていた。それなのに、彼らの死は朝廷の都合で「流行り病」という嘘で塗り潰されようとしている。

「焼く前に、せめて……」

朔真は震える手で、直継の開いたままの目を、そっと撫で下ろして閉じた。そして、志乃の冷たくなった頬に触れ、小春の亡骸のそばに落ちていた「血まみれの鈴」を拾い上げ、強く握りしめた。


(……親父、俺は……)


人でいろ。直継の言葉が頭の中で反芻した。胸の奥で真っ黒な炎が、静かに、そして二度と消えない温度で点火していた。

やがて、村のあちこちから火の手が上がった。

朝廷の隠蔽のための業火が、朔真の生まれ育った家を、日常を、すべて呑み込んでいく。


   * * *


村を出る時、朔真は一度も振り返らなかった。

振り返れば、足が止まる気がした。

止まったら最後、もう二度とあの燃え盛る場所から動けない。火の粉と共に立ち上る家族の匂いが、重い泥となって自分の両足に絡みつき、引きずり込まれる気がした。


だから、見なかった。


ただ、右手には真っ赤に染まった「山鉈」を、左手には「小春の鈴」だけを強く握りしめていた。

先頭を歩く玄理たちの足取りは速く、無駄がない。

普通なら村を焼かれたばかりの少年にかけるべき慰めの言葉など、誰一人として口にしなかった。それがかえって朔真には好都合だった。哀れみなど向けられれば、張り詰めた糸が切れて狂ってしまいそうだったからだ。


「……行くぞ」

玄理が前を向いたまま言った。

「まずは拠点に戻り、お前のそのナマクラな太刀筋を、一から殺し合いの作法に組み替えてやる。哭代の刃は、一瞬の瞬きすら命取りになるからな」

「……ああ」

朔真の返事は短く、だが確かな殺意を孕んでいた。

歩きながら、朔真は夜の闇を睨みつける。

朝廷の胡散臭い連中。そして、自分からすべてを奪った「哭代」という化け物たち。

生き延びて、力を手に入れなければ、仇には届かない。

そのためなら、この身を削ってでも、この大人たちを利用し尽くしてやる。

怒りを冷やし、ただひたすらに刃を研ぎ澄ますための「修行」が、ここから始まろうとしていた。


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