燃える夜の記録
金曜日の夜、高校二年の 三浦遥 は、突然の悪寒で目を覚ました。
体が重く、喉が焼けるように痛い。
布団から手を出すと、皮膚がじんじんと熱を持っていた。
(やばい……熱がある)
立ち上がろうとして足がもつれ、
壁に手をついて体を支える。
部屋の時計は夜中の二時。
家の中は静まり返っていた。
遥は体温計を探し、熱を測った。
『体温:39.8℃』
呼吸が荒くなり、視界がぐらりと傾いた。
(でも……救急も呼びたくないし……)
家族を起こすのも気が引けて、
遥はそのままベッドに倒れ込んだ。
瞬間、耳の奥で、誰かの囁き声が聞こえた。
「あついの?」
(え……?)
声は、はっきりと耳元で続いた。
「もっと、あたためてあげる」
遥は飛び起きた。
部屋には誰もいない。
ただ、暗闇だけが息をひそめていた。
翌朝、学校に行く。
まだ微熱が残る体を引きずり、教室に入る。
窓際の席に座ると、机の上に微かに暖かい空気を感じた。
周囲を見るが、誰もこちらを見ていないはずなのに、視線が背中をかすめるような錯覚がする。
(……また、あの感覚)
教室の隅、黒い影が揺れた気がした。
体温がわずかに上がる。
授業中、影は声にならない囁きを送り続ける。
心臓の奥で熱が脈打ち、息が浅くなる。
夜、帰宅する。
台所で水を飲もうとした瞬間、背後で空気が熱を帯びた。
「……まだ、あつい?」
振り返ると、黒い影が立っていた。
燃えるような赤い目だけが、ゆっくりとこちらを見つめる。
足音はない。だが、影は確実に、体の熱を吸い取るように近づいてくる。
「いや……近づかないで……!」
「だめ。呼んだんでしょ?」
「呼んでない!」
影が笑った。
低く、滴るような声。
「さっき、心の中で言ったでしょ。“誰か助けて”って」
胸が熱くなる。
体温が上がる。息が詰まる。
翌日、学校の廊下でも微熱は続いた。
クラスメイトの視線が、微妙にこちらを追っている気がする。
放課後、トイレに入ると、鏡に映る自分の背後に影が映った。
昨日の夜よりも大きく、体温が上がる感覚が鋭くなる。
(……もう、止められない……)
影は囁き、赤い目を光らせながら、徐々に体の中に入り込む。
触れなくても、熱が全身に広がる。
家に帰っても、影はついてくる。
布団に潜り込んでも、壁や窓ガラスの反射の中に赤い目が現れる。
息を止めても、鼓動と共に熱が波打つ。
スマートフォンを見ると、メッセージアプリの通知音が鳴った。
だが、開くと画面には何も表示されない。
画面の奥、赤い目だけがこちらを見ている気がした。
遥の胸の中、熱がじわりと膨れ、呼吸が乱れる。
数日後、学校では友人たちの表情が微妙に変わっていることに気づく。
笑みの角度、目の焦点、肩の揺れ……どれも微かに異常だ。
遠くで、赤い目がちらつく。
通学路の商店街でも、影は人々の生活の中に紛れ込む。
歩道の向こう、窓の反射、階段の下。
遥の体温が上がるたび、影は楽しそうに微笑む。
病院に運ばれた日、母に抱きかかえられながらも、
背後で赤い目が燃えている。
体温は41度を超える。
医師の声は届くが、遥の体は熱に支配され、思考が揺らぐ。
「ねえ、遥。二人なら、もっとあたたかくなれる」
赤い目は笑う。
鼓動と呼吸を同期させるように、体温が暴走する。
日常は完全に侵食される。
学校、家、街、電車——どこにいても影は存在する。
微熱が波打ち、息をするだけで熱に包まれる。
鏡を見ると、背後で影が微笑む。
触れずとも、胸が熱く、鼓動が耳に響く。
赤い目はどこにでも現れる。
逃げても、逃げ場はない。
遥の体温計は、警告音と共に上昇を示す。
38度、39度、40度……
影の囁きが耳元で歌う。
「ほら、始めよう。燃えるまで」
そして、赤い目が次の獲物を探す。




