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深夜の掲示板 2

2 映った影


 タカシは、あの夜以来、夜が来るたびに心臓がざわつくようになった。

 窓の外にネオンの光が漏れると、思わず背後を振り返ってしまう。

 あの影が、また現れるのではないかと。


 翌日の大学では、友人にそのことを話す勇気はなかった。

 掲示板の書き込みを見せれば信じてもらえるかもしれないが、誰もが笑いそうだ。

 だからタカシは、いつも通りの顔で講義を受け、いつも通りに帰宅した。


 帰宅途中、タカシはふと、掲示板にアクセスした。

 新たな書き込みがあった。


『昨日、影が部屋に入ってきた。消えない。助けて。』


『窓の外から、じっと見られている。』


 タカシの手は、スマートフォンの画面の上で微かに震えた。

 他人の体験談だとしても、あの夜のことを思い出せば、背筋が凍る。


 そして夜。〇時が迫る。

 タカシは、覚悟を決めて鏡の前に立った。

 心臓の鼓動が耳にまで届く。


 コンコンコン。


 三回。叩いた瞬間、室内の温度が変わったように感じた。

 寒気ではない。何かが、空気の流れを変えたのだ。


 鏡の中に、ぼんやりとした影が映る。

 しかし、今回は違った。

 影の輪郭が、前回よりも鮮明になっている。


 黒い服、長い手、顔はぼんやりとしているが、タカシを見ていることはわかる。

 息を呑む。


 そのとき、携帯電話が震えた。

 表示されたのは、見知らぬ番号。

 通話ボタンを押すと、無音の向こう側からかすかな声が聞こえる。


『助けて……』


 タカシは耳を疑った。

 どこか遠く、しかし確かに、人間の声。

 すぐに通話を切ったが、心臓は激しく打っていた。


 次の日、タカシは大学の帰り道に気づいた。

 周囲の人々が、妙に影のように見えたのだ。

 通りの照明に映る影が、動きに遅れて反応する。

 それは誰かの影ではない。

 まるで、空気に漂う何かが、形を取ったかのようだった。


 家に帰ると、タカシは玄関の鏡に映る自分の影が、わずかに遅れて動いていることに気づく。

 手を振ると、影は一秒遅れで振り返す。

 呼吸を止め、息を整える。


「……なんだ、これ……」


 影は、ただ鏡の中で、こちらを見つめ続ける。

 怖さを通り越し、恐怖と好奇心が入り混じった感覚。

 タカシは、次第にその影から目を離せなくなった。


 その夜、掲示板には新たな書き込みが増えていた。


『影が、映っただけじゃない。触れる。注意。』


『窓や鏡の前では、絶対に一人でいないこと。』


 タカシは手が震えながらも、書き込みを読み進める。

 そして最後の一文に凍りついた。


『影に名前を呼ばれたら、もう逃げられない。』


 その瞬間、タカシの部屋の扉が、ゆっくりと軋む音を立てた。

 心臓が飛び出しそうになる。

 誰もいないはずの部屋で、しかし確かに音がした。


 タカシは、机の上の鏡に目を向けた。

 影が、そこにいる。


 今までよりも、はっきりと、手の形がわかる。

 肩から先、腕がこちらに伸びているように見えた。


「タカシ……」


 低く、かすれた声。

 画面越しでも掲示板で見た文面でもない。

 目の前の現実で、確かに聞こえた。


 タカシは叫ぼうとしたが、声が出ない。

 体が硬直する。


 影はゆっくり、鏡の向こうで手を伸ばし続ける。

 タカシの心臓は、怒涛のように打ち、息ができない。


 その瞬間、部屋の照明が一瞬だけ暗くなった。

 タカシは目を閉じる。

 そして、開けたとき、影は消えていた。


 だが、鏡の中には、もう一つの顔が映っていた。

 それは、自分の顔ではない。

 他人の、しかし見覚えのある横顔。

 誰かが、ずっとタカシを見つめていたような、奇妙な感覚が残った。


 夜が明けても、タカシは眠れなかった。

 影は消えたかもしれない。

 しかし、確かに、現実世界に足跡を残していたのだ。


 次の夜、タカシは決意した。

 もう、何もせずに眠ることはできない。

 あの影の正体を、自分の目で確かめるしかない。

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