深夜の掲示板 1
1 書き込みの夜
大学生のタカシは、いつものように深夜までネット掲示板を眺めていた。
友人たちはもう寝ている時間だ。タカシの部屋は狭く、蛍光灯の光だけが冷たく机の上を照らしている。窓の外には、夜の都会のネオンがぼんやりと滲んで見えるだけだった。
その日、いつもとは少し違う掲示板を見つけた。「深夜の掲示板」とだけ書かれた板だ。アクセス数も少なく、投稿もまばらだが、どこか惹かれる雰囲気があった。
スクロールすると、奇妙な書き込みが目に入った。
『消えたら、鏡を三回叩け。〇時ちょうどに。』
書き込みの横には小さく、「体験者募集中」とある。タカシは眉をひそめた。
「また、変な都市伝説か……」
と思いながらも、どこか胸の奥で好奇心がうずいた。
時計を見ると、もうすぐ〇時だ。何も予定のない夜。タカシはふと、自分でもやってみたい気持ちに駆られた。
半信半疑のまま、スマートフォンを置き、部屋の鏡の前に立つ。
小さな鏡だが、部屋の蛍光灯を反射して、顔を白く浮かび上がらせる。
〇時。タカシは掲示板の文章通り、鏡を三回叩いた。
コンコンコン。
軽い音が室内に響く。だが、何も起こらない。
「ああ、やっぱり嘘か……」
安堵の息をついたその瞬間、背筋がぞくりとした。
鏡の中に、見知らぬ人影が映ったのだ。
黒い服を着た、人間の形。しかし顔はぼんやりして、詳細はわからない。
タカシが一歩後ろに下がると、影も同じように鏡の中で揺れる。
冷たい風が、部屋の中をすり抜けたかのように感じられた。
息を整え、もう一度鏡を見る。影は、消えてはいなかった。
タカシは恐怖と好奇心が入り混じった感覚で、椅子に腰掛けた。
掲示板の投稿者も、きっとこんな感覚を味わったのだろうか。
その時、スマートフォンが振動した。画面を見ると、掲示板に新しい書き込みがあった。
『見たか。お前も来るのか。待っている。』
タカシは心臓が飛び跳ねるのを感じた。
「待っている……って、誰が?」
文字が画面から浮かび上がるように見え、指先が震える。
数分後、ふと気づくと、部屋の窓に何かが映った。
人影。
立っているのは、さっきの影に似ていた。だが、部屋の中には誰もいない。
タカシは息を詰め、手を伸ばすこともできずに固まった。
その夜は、結局眠れなかった。
鏡の前で叩いた「三回」の意味も、影の正体もわからないまま、時間だけが過ぎた。
翌日、大学の講義中も、頭の中はその影でいっぱいだった。
友人に話す勇気もない。誰かに信じてもらえる気もしない。
だが、掲示板を見るたびに、あの書き込みが目に入る。
『〇時、鏡を三回叩け。待っている。』
タカシは無意識に、夜の時間を意識してしまう。
そして次の〇時、また鏡の前に立つ自分を想像するだけで、背筋が寒くなった。
数日後、掲示板には新たな書き込みが増えていた。
『昨日、消えた。鏡の前で待っていたら、影が現れた。』
『〇時を過ぎると、必ず近づいてくる。』
『助けて、消えたくない……』
どれも匿名。だが、どれも恐怖に震えた文章だ。
タカシは、指先が震えるのを感じながらも、画面を閉じることができなかった。
そしてその夜、〇時を迎えた。
タカシは心臓を高鳴らせながら、鏡の前に立つ。
コンコンコン。
三回叩いた瞬間、室内の明かりが一瞬だけ消え、暗闇の中に目が慣れたとき、タカシは背後に人影を感じた。
振り返る。
だが、そこには誰もいない。
しかし、窓の外のネオンの中、確かに自分に似た人影が、こちらを見ていた。
タカシは目を凝らす。
影は、ゆっくり、首を傾げ、微かに笑ったように見えた。
息が詰まる。
タカシはその場から動けず、ただ影を見つめ続けた。
夜が明けても、影は消えない。
タカシはそのとき、初めて思った。
「これは、ただの都市伝説じゃない……」




