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軋む十三段目 4

4 放送室の逆再生


 放課後の校内放送が、終わりのチャイムを鳴らしたはずだった。

 しかし、その余韻が消えた直後、校舎中のスピーカーが「ブツッ」という湿った音を立てて再び息を吹き返した。

 流れてきたのは、音楽でも連絡事項でもなかった。

 ……ル……ガ……ア……

 それは、ひどくスローテンポで、すべての音が反転したような「逆再生」のノイズだった。

 拓海は耳を塞いだが、左耳のレンズがその音を紫色の光の波として捉え、脳内に直接映像を映し出した。

 映像の中、かつての放送部員だったという、三十年前に失踪した少女が、マイクに向かって自分の喉をペンチで引き抜こうとしている。

「やめろ……止まってくれ……」

 拓海は引き寄せられるように、旧校舎四階の奥にある放送室へと向かった。

 腕の文字が熱を持ち、彼を導くコンパスとなっていた。

 放送室の扉は、まるで肉厚な鼓膜のような質感に変わっていた。

 拓海がノブを回すと、シュウッという空気が漏れる音がして、真空状態だった室内へと引きずり込まれた。

 室内は、赤い回転灯のような光に照らされていた。

 壁一面に張り巡らされたオープンリール式のテープレコーダーが、生き物のようにリールを回している。

 磁気テープは壁を伝い、床を這い、まるで黒い血管のように部屋中を埋め尽くしていた。

 その中心に、あの少女がいた。

 彼女の首には、何重にも磁気テープが巻き付けられ、その端は放送機材へと繋がっている。

 少女が口を開くたび、テープが「ジジ……」と擦れる音がし、校舎中のスピーカーから彼女の苦悶の表情が「音」となって吐き出された。

『……ねえ、巻き戻して。私の、終わらなかった時間を』

 少女の手が、ミキサーのレバーをゆっくりと上げた。

 その瞬間、拓海の腕に刻まれた設計図が、激しい痛みを伴って発光した。

 設計図の線が肉を割って飛び出し、放送室のテープと絡み合う。

「ぐあ、ああああ!」

 拓海は床にのたうち回った。

 彼の脳内では、北階段が建設された当時の、おぞましい光景が逆再生で流れ始めた。

 建設費用を惜しんだ業者が、人柱として埋め込んだ犠牲者たち。

 その中には、この少女の血縁者も含まれていた。

 階段の十三段目は、彼らの「声」を吸い込むための巨大な耳の穴として設計されていたのだ。

『……記録して。この、軋む音の正体を』

 少女が拓海の胸ぐらをつかみ、巨大なヘッドホンを彼の頭に無理やり押し当てた。

 ヘッドホンからは、逆再生された「世界が誕生する前の静寂」と「世界が滅びる時の絶望」が、凄まじい音圧で流れ込んできた。

 拓海の目、鼻、そして右耳から、墨汁のような黒い血が溢れ出す。

 左耳のレンズは限界を超えてひび割れ、そこから少女の過去の断片が、鋭利なガラス片となって拓海の脳細胞を刻んでいった。

 放送室の壁が、徐々に内側へと狭まってくる。

 それは部屋が縮んでいるのではない。磁気テープが拓海と少女をまゆのように包み込み、一つの「記録媒体」として融合させようとしているのだ。

「……ふざけるな……俺は、お前らの……蓄音機じゃない!」

 拓海は、腕の傷口から溢れ出す血を使い、放送機材のメインスイッチに、設計図にはない「否定の印」を叩きつけた。

 回路がショートし、激しい火花が散る。

 磁気テープが一斉に発火し、少女の姿が、焼けるフィルムのように熱で歪んで消えていった。

 静寂が戻ったとき、拓海は焼け焦げた放送室の床に横たわっていた。

 ヘッドホンは粉々に砕け、腕の文字は火傷の跡のように黒く変色していた。

 だが、校内放送のスピーカーからは、まだ微かに音が漏れていた。

 ギチ、ギチ、ギチ……

 それは、北階段が「完成」へと向かう、最後の一段の軋み音だった。

 拓海は悟った。

 これまで起きたすべての怪異は、自分を「十三段目」へとふさわしい供物にするための、調律チューニングに過ぎなかったのだと。

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