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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
暗黒領域・魔王決戦編
151/171

Tournament151 The Themofumov’s souvenir hunting:7(『テモフモフの遺産』を狩ろう!その7『PTD10ドール』)

ジンが相対するのはPTD10『ドール』。一時は彼女に圧倒されながらも、ジンジャーや賢者スナイプの活躍で復活するジン。二人の戦いの結末は?


【前回のあらすじ】


賢者スナイプは戦闘狂を自認するPTD3『道化』とぶつかった。終始相手を圧倒したスナイプだったが、『道化』が斃れる間際、瘴気を込めた櫛を差し込まれ、行動不能、人事不省に陥ってしまった。


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「私はPTD5「法律家」。エピメイア様のご命令であなた方を裁きます!」

「ボクはPTD3『道化』☆ よろしく、ドッカーノ村騎士団の皆さん♪」


 『法律家』と『道化』が、さらに突っ込んで来る。『法律家』はわき目も振らずにレイラさんにかかったが、『道化』はコインを取り出し、僕に向けて凄い速度で撃ち出してきた。


「はっ!」

 グワンッ!


 とっさに避けたが、コインは僕の背後20ヤードの所にある岩を粉砕する。恐るべき威力だった。

 ピエロの格好をしたふざけた野郎だと思ったが、やはり侮れない。僕が『道化』に『払暁の神剣』を向けた時、彼はにたりと笑い、


「ざーんねん☆ ボクはキミを割り当てられなかったんだ♧」


 そう言って、いきなりスナイプ様に跳びかかり、彼の後ろにいて、今まで存在を感知できなかった灰色マントの自律的魔人形エランドール、『ドール』が、ものも言わずに跳びかかってきた。


 ジャンッ!

「くっ!?」


 得物が見えなかった。けれど、物凄い殺気が僕を襲い、その殺気を叩き斬るようにして弾いたところ、火花が散り甲高い音が響く。


(……どんな武器を使うんだ?)


 もはや、他の団員やエランドールたちに注意を割くべきではない。先ずこいつを確実に仕留めるべきだ……僕の勘はそう告げていた。


「……名乗らないでいいのか?」


 僕が『払暁の神剣』を斜に構えて訊くと、灰色マントのそいつはゆっくりと首を振った。そしていきなり魔弾を放ってくる。


 ズドドドドドド……!

「はっ!」


 僕は『大地の護り(ラントケッセル)』でシールドを張りながら魔弾を回避する。するとそいつは黙って魔弾が着弾した岩壁を指さす。

 僕はそちらをちらりと見て、目を細めながらそいつに言った。


「……名乗るために、わざと外したって言うんだな?」


 そいつはうなずく。岩壁には『PTD10-DOLL』の文字が浮かび上がっていた。


「承った。俺はジン・ライム。『約束の地』に行くため、ここを押し通らせてもらう」


 僕はそう言って、『ドール』との戦いに入った。



 僕と『ドール』は力量的に互角だった。


 『ドール』は灰色のフード付きマントに身を包み、顔も手足もよく見えない。そして魔力については、それまでに見たことがないものであった。


 最初の攻撃で、僕は『ドール』が何か仕掛けて来たのは判った。判ってそれを弾きもしたが、どんな武器で攻撃されたのか不明なのが薄気味悪かった。


「『大地の護り(ラントケッセル)』」


 僕は自分も含めてシールドを張る。精霊覇王エレクラ様から使用を許されたこのシールドに、僕は絶対の信頼を寄せていた。

 僕は着地してすぐ『ドール』に向き直り、


 バシュンッ!


 牽制の魔弾を放つと『ドール』に斬りかかる。


「やっ!」

 パンッ!


 『ドール』が魔弾をマントで弾きつつ、『払暁の神剣』を受け止める。魔力が乗った剣を片手で止めるという神業だった。


(……どんな顔をしているのか見えない。それに最初から一言も口を利かない。こんな不気味な相手は初めてだ)


 僕は不意に『ドール』に対し、言い知れぬ不気味さを感じた。『エランドールは人間のために造られた、人間と同じように意思疎通する存在』という、それまでの常識から外れていたからだろう。


 ギギッ……キキンッ!


 『払暁の神剣』の刃が鳴っている。


(『払暁の神剣』は、遠い異国の魔鉱石である『七つ色の真鋼まがね』で鍛造された剣だ。硬いがしなやかなこの剣に刃鳴りをさせるなんて、どれだけの力を持っているんだ)


 ブワッ!


 僕は無意識に魔力で身体と『払暁の神剣』を包み込む。その瞬間、『ドール』は『払暁の神剣』をねじり、僕を投げ飛ばしやがった。


「うわっ!」

 ボヒュンッ! パアアンッ!


 空中で体勢を整える暇もなく、『ドール』の魔弾が襲ってくる。それは『大地の護り』に阻まれたが、魔弾を破砕する音を聞く限り、今までの誰よりも強力な魔力が籠った魔弾だった。


(アクアや大賢人マークスマンに匹敵するな。遠距離から近距離まで、こいつには苦手とする戦闘の間合いはないのかもしれない)


「『大地の刃(ラントソード)』っ!」

 ズババババババンッ!


 『ドール』に向かって、鋭い魔力の刃が突き進む。


 バフッ!


 『ドール』は、マントで刃を受け止め、振り払った。飛んでくる虫を払い落とすような無造作さだった。


 シュンッ!


 今度は『ドール』が仕掛ける番だった。『ドール』はマントを揺らすと、あっという間に間合いを詰め、


 ヒュッ!

「くそっ!」


 手刀を繰り出す。屈んでやり過ごした僕の頭の上を、青龍刀のような刃風が通り過ぎる。重々しく、そして圧迫感がある刃風だった。


 ビュッ!

「わっと!」

 グワンッ!


 屈んだ僕の頭を吹き飛ばすかのように、『ドール』の蹴りが炸裂する。素早いが重い蹴りを『払暁の神剣』で受けた僕は、後ろに勢いよく吹っ飛ばされた。


 ドサッ!

「ぐへっ!」


 まさかの攻撃に、背中から地面に叩きつけられる。叩きつけられはしたが、すぐに横に転んだ後、立ち上がる。真剣勝負の場では、一瞬の動作の遅れが敗北につながるんだ。


 ドゴンッ!


 案の定、僕が叩きつけられた場所に、『ドール』は拳を突き出していた。地面がぼっこりと陥没している。生身でまともに喰らったら、身体には大穴が開いていただろう。


「だあっ!」


 僕は『ドール』が立ち上がる前に、横殴りの斬撃を放つ。


 ガキィィィンッ!


 『ドール』は顔の前で両腕を組み、『払暁の神剣』の斬撃を受け止める。その時初めて、『ドール』には表皮のテクスチャが張られていないことを知った。


「そうか、お前にとってそのマントが皮膚と同じなんだな」


 僕が言うと、『ドール』は顔をこちらに向ける。フードの陰になって詳細は分からないが、漆黒の中に二つの赤い光が並んで見えた。


 ガガガガッ! ブンッ!


 『ドール』が腕を広げながら『払暁の神剣』を押し戻し、ついで突風のように正拳突きを繰り出す。腕と剣の間で火花が散り、火花の滝を割って拳が繰り出される。


「はああっ!」


 僕は『大地の護り』だけではなく『大地の嘆き(ラントドレイン)』と『大地の花弁(ラントボイメ)』も発動して『ドール』を捕えようとしたが、『ドール』は跳躍して魔法の規定空間から抜け出し、空中で両手を合わせた。


「むっ!?」


 『ドール』の今までにない動きに、僕は何かを感じて周囲を見回す。不意に自分がいる空間が浅黒く見えることに気付いた。


「でいっ!『風の発散(アウスストレメン)』!」

 ジャリィィィィンンッ!

 ドゴオォォンッ!


 僕は、自分が何か特別な空間に閉じ込められかけていると見破った。そして風の魔力を集めた『払暁の神剣』で、閉じかけた空間の結節を斬る。周囲がパッと明るくなった瞬間、


「やあっ!」

 バゴォォンンッ!


 襲い来る『ドール』の魔弾を斬り裂いた。強烈な爆風が起こり、僕に突進してきていた『ドール』は、その爆風を避けるためマントにくるまって身を伏せる。


「喰らえ、『大地の怒り(ラントメテオ)』っ!」


 すると空の一角が避け、そこから巨大な燃え盛る隕石が落ちて来て、立ち上がりかけた『ドール』を直撃した。


 ズドドドドオーンッ!


 再び巨大な爆風が、僕と『ドール』を覆った。



 もくもくと土煙が上がる中、僕は油断なく『払暁の神剣』を構えて『ドール』の動きを探っていた。僕の『風の楽譜(ウインドスコア)』には、まだ『ドール』の魔力が捉えられていた。

 土煙は風に乗って動いている。薄れてきたと言っても、視界はまだ十分ではない。


 シュンッ!


 『ドール』は土煙を目晦ましにして近寄ってきたが、『風の楽譜』でその動きを読んでいる僕にとっては、奇襲でもなんでもなかった。


 ジャッ!


 火花が派手に散る。『ドール』の爪が青く放電しながら襲ってきたが、『払暁の神剣』はそれを撥ね退けた。


 ジャンッ!


 僕は、とっさの閃きで次の攻撃を敢えてシールドで受け、


 バシュンッ!


 『払暁の神剣』を間近で振り上げる、『ドール』はこの予想外の動きに即応できなかった。


「くっ!?」


 マントを縦に斬り裂かれ、か細い声を上げた『ドール』は、宙に舞い上げられたマントを一瞥したが、僕が次の攻撃動作に入るのを見て取って後ろに跳び、間合いを開けた。


「はああっ!」


 僕は『ドール』が間合いを開けたのを見ると、とっさに宙を舞うマントに斬りかかり、ズタズタに引き裂いた。これで『ドール』はマントを使った防御手段を失ったことになる。


 そして僕は、目の前15ヤードほどの所に立つ『ドール』の正体を初めて見ることになった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 それは銀色に光る合金でできた、まさに『人形』だった。瞳はなく、赤い目が開いており、身体つきから察するに、テモフモフは『ドール』を少女として仕上げたかったのだろうと思われた。


「……マントを斬られるとは不覚」


 僕は『ドール』の声を初めて聴いた。思ったよりも優しい声だったので、一瞬耳を疑った。だが、次の瞬間、『ドール』は僕の後ろにいた。


 ガキョッ!

「ぐわっ!」


 僕はシールドに大きな衝撃を受けて前に跳ね飛ばされる。続いて受けた攻撃は、僕が覚えている中でも最も激しく、素早いものの一つだった。


 ズガガン! バシュンッ! ガゴンッ! バヒュンッ!

「あぐっ! おごっ! うぐっ! がはっ!」


 そして、


 パアアーンッ!

「ぐわああーっ!」


 僕はついにシールドを割られ、背中をざっくりとえぐられた。急いで『大地の護り』を張り直す。しかし『ドール』の追撃はそれよりも速く、そして止まらなかった。


「この姿、見られたく、なかった、だから、コロす!」

 バシュッ! グチュッ! ブシュッ! バフンッ! ズゴッ!


「がはあああっ!?」


 あちこちを鋼鉄の爪で裂かれ、えぐられ、突き刺されていた僕は、腹部に深々と『ドール』の左腕がめり込んだ時、目を見開いて絶叫した。


「……これで最期……」


 『ドール』が無機質な声でそう言って手を引き抜く。


 グチャッ、ブジュルルル……

 ブシュウウウウッ!


『ドール』が内臓を引きずり出す感触で、僕は完全に力を失った。傷口からは多量の血と体液が噴出する。支えを失った僕の身体は、崩れ落ちるように地面に突っ伏した。


(……正体を見られた瞬間、『ドール』は覚醒したみたいだった。……くそっ、ここで死んでたまるか……)


 僕は必死で意識を掻き立てようとするが、出血が酷くて力が入らない。『ドール』は赤い目を冷たく光らせて、僕を見下ろしている。


「……」


 『ドール』が無言で僕の頭を踏み潰そうと足を上げた時、


 バシュンッ!

「!?」


 『ドール』は突然の攻撃に対応しきれず、魔弾をまともに受けて吹っ飛んだ。黒い瞳に憤怒の炎を燃やした女性が、黒髪を揺らしながら駆け寄って来た。ジンジャーさんだ。生きていてくれたんだ!


 ジンジャーさんは、ちらっと僕を見て唇を噛むと、


「……団長さんを失うわけにはいかないわ。あなたのお相手は、しばらくわたしが務めるわね?」


 そう言って、右手を青黒い魔力で光らせる。


「……あらぁ、ジンジャーさんじゃない? 助かったわ。ジンくんを助ける間、『ドール(そいつ)』のお守りをお願いね?」


 聞き慣れた声がする。気が遠くなりかけている僕の側に、賢者スナイプ様が姿を現していた。ジンジャーさんは吃驚しつつも、希望に顔を輝かせてうなずく。


「スナイプ様!? では『道化』を倒されたのですね?」


 スナイプ様は僕の傷を検めながら、真剣な声で答える。


「いいえ、『道化』はどうしてもジンくんと戦いたいそうだから、私にジンくんを救ってくれって言ったのよ。……うん、必ずジンくんは救ってみせるわ」


 賢者スナイプ様は真剣な声でそう言った。


「……『道化』、余計なことを……」


 『ドール』が無機質な声でつぶやく。その顔には表皮のテクスチャが貼られていないので、感情がまったく判らない。それがさらに不気味さを増した。


「……あなたたちも一枚岩じゃないみたいね? おかげでわたしたちは助かるけど。『闇の沈黙(ダーカイエット)』っ!」

 バシュンッ!


 ジンジャーさんの右手が瞬時に伸びて『ドール』の左足に絡みつく。これは完全に『ドール』の想定外の攻撃だった。


「!?」


 驚いた表情で『ドール』が魔力ガードを発動するが、ジンジャーさんはニヤリとして言った。


「ムダよ。『深淵の瞳(ピューピルオブアビス)』!」


 ジンジャーさんは魔法を発動するとともに、左手に魔力で作った剣を握りしめ、『ドール』に斬りかかって行った。



 それを見たスナイプ様は、僕を仰向けにして、痛ましそうな顔で顔を撫でる。


「ジンくん、気をしっかり持って。まだあなたの運命は終わっていないのよ」


 その言葉に、僕は不思議と力が湧いてくる。ゆっくりと目を開けた僕に、スナイプ様は聖母のような微笑を浮かべる。


(……そうだ、僕はまだ死ねない。魔王を倒し、『摂理の黄昏』を止めないと……)


 僕はふわふわとした感覚の中で、そう思っていた。そして僕の胸に翠色の淡い光が灯る。


「……大丈夫よ、ジンくん。あなたにお姉さまたちから預かっていたものを返すわね?」


 スナイプ様はそう言うと、僕のくちびるにそっと自分のくちびるを重ねた。不思議なことに、スナイプ様からはかあさまと同じ匂いがした。


 スナイプ様の身体が翠のまぶしい光に包まれる。スナイプ様の手は僕の鳩尾からお腹の辺りをさまよっていたが、それは僕の引きずり出された内臓を元の位置に戻し、傷ついた部分を修復してくれていたのだと、後から気付いた。


 僕の胸の奥が熱くなる。それは僕から発する翠の光と連動しているようだ。僕とスナイプ様の光は共鳴し、互いにまぶしく輝き始める。


(……この気持ちよさは何だろう……てか、叔母と甥でキスなんて……)


 そんなことを考えることができたのだから、僕の状態はかなり良くなっていたのだろう。


 やがて光が収まった時、僕はスナイプ様に膝枕をされていた。スナイプ様の優しい、そしてどことなく恥じらうような顔がのぞき込んで来る。


「……スナイプ様……」


 僕がお礼を言おうとした時、スナイプ様は再び僕のくちびるを奪ってきた。


 僕は思わず目を開けてスナイプ様を見る。物理的に限界の距離にスナイプ様の顔がある。先ほどのキスとは違い、好意をむき出しにした狂おしいほどの長いキスだった。


 やがてスナイプ様は、名残惜しそうに僕から顔を離し、まるでシェリーのように小悪魔的な笑みを浮かべて言った。


「大丈夫、ジンくんには賢者スリング様やエレノア姉さまが大事にしていたものを返したから。もう誰もあなたを傷つけることはできないわ」


 僕は起き上がって身体中を撫でまわす。あれほどの傷が完全に癒え、そして血なんかもかなり失ったはずなのに、僕の調子は傷を受ける前と同じように最高だった。


 スナイプ様は立ち上がると、巻きスカートについた土を払い落とし、


「さぁて、私は『道化』を待たせているから、決着を付けて来るわね? ジンくんにはジンジャーさんが付いているし、もう心配は要らないわ。『道化』と『ドール』を叩き潰したら、『テモフモフの遺産』たちも全滅よ」


 そう言って笑う。


 僕は周囲を見て驚いた。ワインはまだ『ナルシスト』と戦っているが、どうやら『淑女』が加勢しているようだ。ということは、少なくともシェリーとチャチャちゃんは無事に違いない。


 ウォーラさんとガイアさんの姿が見えないのが気にはなったが、『学生』も『戦士』も姿が見えないので、決着が付いたか別の空間で戦っているかのどちらかだろう。


 ただ、遠すぎてはっきりとは見えないが、レイラさんらしき服を着た人物が倒れたまま動かない。『法律家』の姿も見えないので勝ってはいるようだが、重傷を受けて動けないのかもしれない……これは早く僕も決着を付けて、団員の無事を確認しないと落ち着かない気持ちになった。


 そんな様子を見て取ったか、スナイプ様は僕を急に抱きしめる。やわらかいスナイプ様の身体に包まれて聞いたのは、思いもよらない情報だった。


「ジンくん、落ち着いて聞いて。レイラさんは『法律家』を倒したけれど、『道化』に止めを刺されたわ。私が油断したばかりに彼女をむざむざ失ってしまった。

 レイラさんの仇は私が『道化』を討って必ず取るから、ジンくんは『ドール』を倒すことだけ考えて。いいわね?」


 その報告は僕にとって衝撃だった。僕はこの『魔王の降臨』や『摂理の黄昏』では、仲間を一人として失わずに切り抜けたかったからだ。それがまだ初期ともいうべきこの段階で、レイラさんを失うなんて……。


 スナイプ様は、僕をぎゅっと抱きしめて、強い口調で言った。


「いつか言ったわよね?『戦いの場で仲間を失うことがあっても、それを乗り越えなきゃいけない』って。この戦い、全員生き延びて終わらせることができるなんて、そんなに甘いものじゃないの!


 ジンくんだって、シェリーちゃんだって、ワインくんだって、そして私だって、すべてが終わった後生きていられるかなんて誰にも分らないわ。だから一戦一戦を大事に生き延びなきゃいけないの。仲間の死を悼むのは、敵を倒した後でいいわ!」


 そして、スナイプ様は僕が生きてきた中で最も衝撃的な告白をした。


「……ジンくん、私はほんとはジンくんの叔母じゃなく、お姉ちゃんなの」


 一瞬僕の頭の上に『?』が浮かんだ。賢者スナイプ……エレーナ・ライムは僕の母であるエレノア・ライムの妹じゃなかったのか? かあさまだってそう言っていたし……。


 僕の戸惑いを見て、スナイプ様はニコリと笑い、


「私は、エウルア姉様がある目的のために、バーボン・クロウとエレノア姉さまの素材を使って創り上げた人工生命体ホムンクルスなの。

 私の役目は、ジンくんを守り、魔族と人間の断絶を防いで『摂理の最後の1ピース』を完成させること……ジンくんがその『最後の1ピース』なの。だからあなたは簡単に死んじゃダメ。覚えていてね?」


 そう言うと、鋭い表情になり『道化』の許へと歩き出す。


「スナイプ様!」


 僕は思わず叫びかけたが、その後の言葉が出てこない。こんな状況で、あんなことを言われても、正直脳が追い付かなかった。


 スナイプ様はいつもの表情に戻り、いつものようなおどけた声で冗談を言った。


「心配要らないわ、いつもどおりに戦いなさい。私のことを心配してくれているんなら、『道化』を倒したらご褒美をちょうだい、団長さん♡」


「……約束します。だからエレーナ姉さまも無茶はしないでください」


 僕が叫ぶと、スナイプ様は透き通るような笑顔をして、本当にうれしそうな笑顔をしてうなずいた。


「ジンジャーさん一人じゃ大変そうだわ。早くジンくんが行って、『ドール』に引導を渡してあげなさい」


 僕はスナイプ様の言葉に背中を押されるように、『ドール』とジンジャーさんが戦っている場所に駆け出した。



「ジンジャーさん、大丈夫か!?」


 僕が戦場に戻ってみると、ジンジャーさんは『ドール』に魔力の綱を巻き付けていた。どうやらドレイン系の魔法を使っているらしく、『ドール』は執拗にジンジャーさんを狙って攻撃を繰り返している。


 僕の声を聞いた『ドール』は、ハッとした顔で振り向いて、


「……くっ! スナイプは死者復活の魔法でも持っているのか? 完全に息の根を止めたと思っていたのに……」


 そう悔しそうな声で言う。僕を瀕死の状態まで追い込んだ時には、感情を表さず、しゃべることすら稀だった『ドール』が、これほどのことを言うなんて、相当追い詰められているに違いない……僕はその時点で勝利を確信した。


 だが勝負は水ものだ。『確信』では駄目だ、『確実』に『ドール』を壊す必要がある。


 僕は『払暁の神剣』を抜いた。そしてその途端、僕はスナイプ様が言った、


『賢者スリング様やエレノア姉さまが大事にしていたものを返した』


 という言葉の意味が分かった。鞘を離れた『払暁の神剣』は、その途端、僕の意思とは関係なく『風』の魔力を集めだしたのだ。


 そして、剣自体も翠の光を放ち、微妙に振動している。その振動は、僕の胸に翠の光を灯す。


(……『払暁の神剣』が僕の中の『風の宝玉』と共振している!?)


 僕はすぐそう悟った。そしてエレーナ姉様が僕にくれたものは、『風の宝玉の欠片』だったことも……。


 僕の魔力発現を見て、『ドール』はジンジャーさんの『深淵の瞳(ピューピルオブアビス)』を受けたまま戦うことの不利を悟ったようだ。その次に『ドール』がした行動は、驚くべきものだった。


「……」

 グイッ!

「あっ!?」


 『ドール』は左足を思いっきり蹴り上げた。ジンジャーさんは絡みついた右手と共に大きく体勢を崩す。その隙を見逃す『ドール』ではなかった。


 シュンッ、バムッ!

「がっ!?」


 『ドール』はジンジャーさんとの間合い20ヤードを一瞬で詰め、その胸に右腕を叩き込んだ。


 ジンジャーさんは、わななく唇から鮮血を垂らしながら、ゆっくりと自分の胸を見る。『ドール』は無表情に


「……去れ」


 そう言って心臓を握りつぶそうとした瞬間。


「『風の発散(アウスストレメン)』!」

 パアアァァンッ!


 僕は『ドール』の右腕を、ひじの部分で切断した。そして、


「『風の収束(ヴィンドケッセル)』!」


 ジンジャーさんを風のシールドで覆うと同時に『ドール』へと斬りかかった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 PTD10『ドール』。


 製作者であるテモフモフ博士は当初、彼女をPTD1からPTD9の集大成として、『完璧な女性』として仕上げるつもりだったと思われる。


 しかし、その頃のテモフモフは経済的にひっ迫し、研究を続けられない状況にまで追い込まれていた。


 仕方なく彼は、PTD8『執事』とPTD9『踊り子』に興味を持ったフェン・レイという女性に、その2体をかなりの額で売り払っただけでなく、後にフェンからPTD8のコピーを30体も頼まれて、経済的な問題は解決し、シュガーレイクシティに専用の研究所兼工場まで構えることができた。


 そして、その噂を聞いた『組織ウニタルム』のバーディーという女性から、『戦闘・索敵用の自律的魔人形エランドール』の試作を求められることになる。


 これが、『ドール』の運命を変えた。


 テモフモフは戦闘・索敵用エランドールの製作に当たり、『直接防御重視型』としてPTD11『お姉さま』を、『間接防御重視型』としてPTD12『妹ちゃん』を作ったうえで、『暗殺任務特化型』としてPTD13『死神』を製作した。


 ちなみに、PTD13『死神』は、試運転の最中にラボが襲われ、テモフモフ博士が殺されてしまったことを知り、その経緯を知らぬまま『組織』枢機卿ヴィンテルに拾われることになる。


 そしてPTD10については、それらのデータを反映させて、最高の戦闘用エランドールに仕上げるつもりだったのか、名前も暫定的な『ドール10』のままだった。


 こうして、本来なら日常生活で主人を癒す最高のエランドールになるはずだった彼女は、無機質で冷徹な戦闘用エランドールとして誕生することとなった。


 ただ、『ドール』には葛藤もあった。


 彼女が『テモフモフの遺産』として、賢者マーリンがシュガーレイクシティのラボから運び出した時、彼女だけがまだ表皮テクスチャ未実装だった。その実装準備が終わったところでテモフモフ博士がバーディーから粛清されてしまったのである。


 『ドール』は、『運命の背反者(エピメイア)』の所で再起動したとき、記憶媒体の中に眠っていた記憶の欠片から、自分がもともとは完璧な女の子として設計されていたことを知り、金属の質感がむき出しのわが身を疎ましく思った。彼女がフード付きのマントを手放さず、無口なのは自分の現状を思い知らされるのが耐えられなかったからでもある。


 『ドール』は癒しの女の子として完璧になるはずだったが、完璧な戦士として活動することになった。その際、なまじ美人で可愛い外装を与えられるより、機械感丸出しの無機質な存在としての外観が役に立った。


 いかなる武器も扱う機械の戦士、一見して何で攻撃されているのか不明な不気味な戦士……それが、わずかな期間で彼女が勝ち得た評価だった。


 仲間たちの中で、PTD4『幽霊』やPTD5『法律家』、PTD7『淑女』は彼女を薄気味悪く感じていたが、PTD1『学生』とPTD2『戦士』、PTD6『ナルシスト』は『ドール』に信頼を寄せていた。


 特にPTD3『道化』は彼女を気に入り、彼女の気に障らない程度にちょっかいをかけていた。『ドール』が仲間内で孤立しなかったのは、『道化』の存在が大きかったと言っていい。


『ジン・クロウを処置せよ』というエピメイアの命令が下った日、『ドール』が青い夕陽を眺めていると、『道化』が側に来て言った。


「夕日なんか見詰めてどうしたんだい? 今度の命令、結構楽しめそうじゃないか☆」


 ピエロの扮装をした掴みどころのない男、『道化』は、のほほんとした表情で『ドール』に声をかける。


 『ドール』はそれに答えず、


「……きれいだわ」


 ただ一言言う。『道化』は一瞬ポカンとしたが、すぐに微笑んで相槌を打つ。


「そうだね。人間の世界の夕日は血のように真っ赤だそうだが、こっちの世界は死人の皮膚のように青い♤ 青に染まった世界もキライじゃないよ♧」


「……我が皮膚を与えられていたら、『淑女』のように美しかっただろうか?」


 フードの下に隠れて『ドール』の顔は見えないが、赤い瞳は真っ直ぐ夕日を見つめている。灰色のフードは、それこそ夕日を受けて蒼く沈んでいた。


 『道化』はため息をつきながら肩をすくめる。


「さぁてね? もしもを考えるとキリがないし、やるせなくなる♢

 ぼくだって子どもたちに囲まれていた時代があったそうだけれど、今となってはそんなことどうでもいいし、思い出して感傷に浸っても何の役にも立たない♤

 ぼくは今を大事にして、未来でどんな強敵と戦えるのかだけを考えているよ♪」


「……そう。強いね君は……」


 ポツリと言う『ドール』に、『道化』は笑って、


「ぼくはテクスチャも実装されているから、きみの気持ちが完璧に解るわけじゃない♧

 でも、自信持って言えるのは、今だってきみは十分に魅力的だってことだ☆」


 そう言うと、『ドール』は怒って『道化』を睨みつける。


「おためごかしはいい。見た目が機械のエランドールが魅力的なわけがない!」


 『道化』はくすくす笑って言う。


「ぼくたちは人間じゃないんだ♪ エランドールの魅力はあくまでその能力だよ☆

 きみは目的達成のために高い特殊な能力を与えられている♤ それが魅力的じゃないってどうして言えるんだい?」


 そう言うと、黙ってしまった『ドール』に、『道化』はウインクして言った。


「まぁ、見た目で言っても、きみは実にぼく好みだ♡ きみはぼくのテクスチャが戦いの中で燃え落ちても、それを疎ましくは思わないだろう?」



自律的魔人形エランドールの魅力は、その能力……」


 右肘から先を失った『ドール』は、そう言って僕の方を見る。そして左手をこちらに向けて広げると、シールドを張った。


 ジャンッ!


 『払暁の神剣』が火花を散らす。風の魔力がデフォで籠っているので、かなりのシールド耐久値を削ったはずだ。


「やあっ!」


 斬り下げた剣を、手首をひねって逆に斬り上げる。『ドール』は後ろに飛び退き、右手に魔力を集めて剣を創りだした。


「……変わった?」


 『ドール』が僕を見てつぶやくように言う。僕はそれには答えず、魔力を開放した。


「『逃走不可能パープルプリズン』!」

「くっ!?」


 『ドール』の周囲を紫紺の立方体が囲み込む。これで『ドール』は逃げられない……はずだった。


「……」


 『ドール』は『逃走不可能』を赤い目でじっと眺めていたが、不意に唇を歪めると右手の剣をメイスに変え、自分を捕らえている障壁に思いっ切り叩きつける。


 バガン、バゴン、バアンッ!


 『ドール』は一心にメイスで障壁を叩き続ける。そして遂に、


 バン、バギャンッ、バアーンッ!


 『逃走不可能』の障壁を破って出て来た。恐るべき魔力とパワーだった。


 しかし、


「がっ!?」


 魔障壁の空間から出た『ドール』を、間髪入れず紫紺の靄が包み込む。僕は『ドール』が『逃走不可能』を破った場合に備えて、『貪欲な濃霧(ドレインミスト)』を二重張りしていたのだ。


「……ドレイン……」


 『ドール』が靄の中でつぶやく。彼女の言うとおり、『貪欲な濃霧』は基本ドレイン系の魔法として使う。行動不能とまではいかなくても、『魔力マナ』を減らして『ドール』の行動を掣肘することはできる。


「観念しろ。『崩壊不可避デスキューブ』!」


 靄の中でもがく『ドール』を、再び紫紺の空間が閉じ込める。こちらは『逃走不可能』とは違って、中に入れた物体を崩壊させる攻撃魔法だ。


「だはっ!」

 ボグァンッ!


 僕は数十ヤードを飛び退いた。『崩壊不可避』は爆発を起こすことはない。ただ静かに内部の物を分解する。分解に当たって爆発が起きることもあるが、それは空間内部で留まるため、外に影響を与えることはない。


 しかし、これほどの爆風を伴うということは、『崩壊不可避』が破られたことを意味する。『ドール』が何かしたに違いない。


 僕が『払暁の神剣』を握ったまま爆炎を見ていると、急に背筋に寒気を感じた。こんな時、僕の身体は何か考えるより早く反応する。僕は前に跳ぼうとして、閃いた直感に従い上に跳んだ。


 バシュンッ!


 空間の裂け目から出て来た『ドール』が、右手の剣を横一文字に振り抜いた。魔力の剣だからその攻撃範囲は50ヤードにも及んでいる。前に跳んでいたらどうなっていたか分からない。


「だあっ!」

 ドムッ!


 僕は『ドール』に牽制の魔弾を放ち、次の魔法を撃つ。


「『風の夢想(ヴィンドトロイメライ)』!」

 ジャッ!


 『ドール』が魔法を斬り裂いたが、その瞬間『ドール』はそよ風に包まれる。よほど鋭い術者でないと、魔法を破砕したと勘違いするほどの優しい風だが、これに包まれているとだんだん闘志を奪われていき、最終的には意識すら失わせる。


『遅効性だけど、えげつない効き方をするよ』


 僕にこの魔法を許可してくれた風の精霊王ウェンディが、いたずらっぽい目で言っていたことを思い出した。


「『ドレインミスト』!」


 僕は再度ドレイン系の魔法を『ドール』にかける。ちゃんと『風の夢想』を破砕したと思わせるためだ。


「……しつこい」


 『ドール』の苛立ったような声が聞こえた。彼女は右手を『風の収束(ヴィンドケッセル)』に包まれているジンジャーさんの方に向け、


「……『部位回復なおって』」


 魔力を開放すると、ジンジャーさんに突き刺さっていた右手が腕にはまり、元どおりに回復する。自己回復能力まで持っているのか……。


「君には感情がないのかと思っていたよ。見た目はウォーラさんたちに近いものがあるのに。やはり誰からマナを与えられるかで違うんだね、自律的魔人形エランドールは」


 僕が煽るように言うと、『ドール』は思わぬ反応を示した。


「見た目が『お姉さま』や『妹ちゃん』に近い? 笑わせるな! 機械の見た目のどこが彼女たちに似ている!?」


 そう叫びながら、復活した右手で殴り掛かって来た。


 ジャンッ! バフンッ!


 『ドール』の正拳を剣で弾く。どちらにも魔力が乗っているので、単に火花が散るだけではなく、爆炎と爆風も生む。


「我を小馬鹿にするのも、いい加減にするのだな」


 『ドール』は左手に剣を創りだすと、僕に肉薄してくる。僕が待ち構えていると、『ドール』が空間を歪ませてとんでもないところから斬りかかって来る。


「はあっ!」

 シュンッ!


 いきなり右手に現れた『ドール』の斬撃を、僕は体を開くことでかわす。


 僕は戦いながら思った。『ドール』は何か鬱屈していると……それは『ドール』のマントを剥いだ時から感じていたことだ。


 例えば、ド・ヴァンさんと戦った時、僕たちは相手との対峙以外は何も考えていなかった。殺すまでは行かなくても、相手に勝つため精神を研ぎ澄ませていたものだ。


 これが精霊王アクアの時は、さらにはっきりしていた。彼は僕を倒すことしか念頭になく、驚きや無念さなどの雑念が入ったのは、彼が斃れる瞬間ぐらいだった。


 大賢人だったマークスマンにしても、途中で感情の高揚や精神の乱れはあったにしても、それが戦意を覆い隠すほどの動揺をもたらすことはなかった。


 だが、『ドール』は違う。


 最初はまったく感情そのものを見せずに、それこそ完璧な『戦闘マシーン』と言った感じで僕と対峙していた。僕も、『ドール』の表情や感情が読み取れず、次に彼女がどんな手を打つのか読むのが難しかった。


 だが、感情バーストとも言える豹変で、逆に感情の動きは読めるようにはなったが、彼女の戦闘技術や速さがそれを遥かに上回り、僕が対応に順応する前に瀕死の重傷を負ってしまうことになった。スナイプ様とジンジャーさんがいなければ、今頃僕の頭は無残に潰されているだろう。


(ジンジャーさんが戦闘に加わって、『ドール』の戦闘パターンが変わっていた。きっとジンジャーさんの『深淵の瞳(ピューピルオブアビス)』が、彼女の意識の深層を掘り起こしているのだろう。口数が増えているのがその証拠だ)


 僕は『払暁の神剣』を構え直して間合いを開ける。『ドール』は赤い目を光らせて憎々し気に言った。


「……お前もその女も、小賢しい魔法を使うものだ。我も本気を出させてもらう」


 そして、『ドール』の身体を黒い魔力が包み込んだ。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ジンジャーは、ジンの『風の収束(ヴィンドケッセル)』の中でうつらうつらしていた。『ドール』の右手はジンジャーの胸部を深く抉り、肺の一部損傷、胸骨と肋骨の骨折を引き起こしていたが、


(……心臓を握りつぶされなくてよかった)


 それだけを考えていた。


 本来ならばどこか治療ができる場所まで退いた方がいいのだろうが、『ドール』からかなりの魔力を吸い取られていたため、


(……しばらくはここでじっとしているに限るわ。団長さんの『ヴィンドケッセル』には、ヒール効果もあるようだし)


 ジンジャーは、いつの間にか流血も止まり、傷口もだんだんと小さくなっていくのを見てそう思う。


 そして、シールドの外で展開されているジンと『ドール』の戦いを見て、ため息をついた。


「……速すぎるし、凄すぎるわ。空間規定を行いながら斬り合うなんて、神業に近いわ。

 でも、魔王やエピメイアを相手にするなら、あの程度は朝飯前って感じじゃないとダメなのかもね」



 『ドール』は、魔力の開放度をさらに上げた。それまで銀色の光沢を放っていた頭部に、白い髪が生える。『ドール』は白髪の下で赤い目を光らせて僕を睨むと、


「……空間規定能力をレベル5にアップ……」


 そうつぶやき、僕に右手を向けた。何か魔法を発動するつもりなのは間違いない。


 僕は機先を制して攻撃をかけようとダッシュした。空間の裂け目が目の前に開いたので、間一髪それを避けて、『ドール』に斬撃を叩き込む。


「やああっ!」

 ブンッ!


 だが、


「残念、それは幻影」


 『払暁の神剣』は空を切り、『ドール』は後ろに回り込んで剣を振り上げてくる。


「やっ!」

 ビュンッ!

「むむっ!?」


 僕も負けじと攻撃を回避しながら、『ドール』を『逃走不可能パープルプリズン』で捕捉しようとする。


 だが一度捕まっている『ドール』は、空間が規定される瞬間が分かるのか、するりと罠を潜り抜け、僕の思わぬところに現れて攻撃を仕掛けて来る。


「はっ!」

 シュンッ! カーンッ!


「『崩壊不可避デスキューブ』っ!」

 ザザッ!


「くそっ! また避けられたっ!」


「空間の操作は、我に一日の長があるようだな?」


 物理的な技と魔法の応酬だが、どちらも相手の先を読み、なかなか決定打を与えることができない。特に『ドール』は、自己修復機能まで持っているので、


「だあっ!」

 バギョンッ!


「甘い……『部位回復なおって』発動」


 せっかく斬り離した右ひざから下も、あっという間につながって、何事もなかったかのように、


「エランドールの存在意義は、確実に命令を遂行すること」


 白い髪を魔力で膨らませながら言う。


「……『道化』を助けねばならん。これで決着を付ける」


 『ドール』はそう言うと、両手に魔力を込めてこちらに歩き出す。

 僕は『ドール』の攻略法が判らないまま、それを迎え撃つことになった。


「……ジン・クロウ、お前も、お前の騎士団もここで終わらせてやる」


 『ドール』は赤と青の魔力を込めた手を前に伸ばし、時計回りに回しながら何かをつぶやいている。『ドール』の髪が帯電し、放電を始める。


「一瞬で決める。覚悟しておけ」


 『ドール』がそう言った瞬間、雷鳴が轟いて青白い稲妻が走った。


 ピシャーンッ!

 キィィィィィンッ!


 僕は、とにかく『ドール』の雷箭ともいうべき魔力の迸りを『大地の護り(ラントケッセル)』で弾き飛ばした。


 稲妻のような魔弾は周囲に着弾してさく裂し、あちこちに焦げた穴を開けている。


「シールドは卑怯」


 『ドール』が非難するような眼で見て言ったが、僕は笑って言った。


「できれば君を仲間にしたくてね? 怪我をさせるのも気の毒だなって思ったのさ」


 『ドール』は僕の言葉を侮辱と受け取ったようだ。先ほどにも勝る魔力を両手に集め、


「……その、我を小馬鹿にした態度が許せんのだ」


 そう言いながら再び攻撃準備を始める。だが、その途中で『ドール』は訝しそうな顔をして魔力集中を止める。


「……おかしい。魔力の流れが急に弱くなった?」


 当惑した面持ちをしながらも、魔力でメイスを創り、僕に突進してくる。


「やああああっ!」


 その時僕は、やっと『風の夢想(ヴィンドトロイメライ)』が効果を発揮しだしたのだと悟った。意識下に作用し、集中力を失わせると共に生体の生存に必須な部分をじわじわと不調にさせる……そんな魔法がエランドールに効くかどうかは正直賭けだったが、記憶媒体と統合システムとの連携を遮断し、動力装置への魔力供給を阻害する結果となった。


「『逃走不可能パープルプリズン』!」


 僕は再び『ドール』を魔力の鳥かごに捕らえた。



「出せ! 尋常に勝負しろ!」

 バン、ドカン、ガスッ、ドゴンッ!


 『ドール』は紫紺の空間の中で叫びながら、メイスを揮ってめちゃくちゃに暴れている。


 しかし、僕は出来るなら彼女を捕獲したかった。『テモフモフの遺産』たちとの戦いでどれだけ被害が出たかを僕はまだ知らなかったが、『勇士の軍団』との邂逅が遅れている状況で先に進むためには、一人でも多く仲間が欲しいところだった。


「ステージ2・セクト2『大地の嘆き(ラントドレイン)』!」


 僕は『貪欲な濃霧(ドレインミスト)』と同時に、土のドレイン系魔法も同時に発動する。『ドール』は説得に応じないかもしれない。だが、マナクリスタルを空にしてやれば、彼女は戦闘能力……というよりすべての動力源を失って機能を停止する。


 感情バースト、奥の手である『サイレントスキル』の発動、そして2回の部位回復……これだけの魔力を使ったうえで、『風の夢想』での消耗がある。かなりマナの充填率は落ちているはずだ。


 僕のその考えは、『ドール』のつぶやきで立証された。


「……マナ充填率が20パーセントを切りました。『省力モード』に切り替えますか?」


 そして思ったとおり、『ドール』は


「ダメだ! 通常モードでないとこの空間を破壊できない!」


 通常モードでマナを消費し続けることを選んだ。

 相変わらず魔力の鳥かごの中から出ようと悪戦苦闘する様子が伺えたが、それまでの重いものを叩きつける音から、


 ガスッ、ガンッ、バンッ、ドンッ!


 手足で攻撃している音に変わった。魔力の消費が激しすぎて、メイスなどの武器を魔力で創ることが困難になったようだった。


 ガン、ガン、ガン、ガンッ!


 『ドール』は空間を叩く音がだんだん弱々しくなっていく。マナが尽きるのも時間の問題だ。


 その時、僕の頭の中にウォーラさんの言葉が蘇った。


『私は頭部の制御機構にも、予備のマナが蓄えられていますから、胴体を破壊されてもしばらくは意識があります。そのことを覚えておいてください』


「……とすると、『ドール』が動かなくなったからって油断はできないってことか」


 僕は魔力視覚を発動する。こうしていれば、『ドール』にウォーラさんと同じ機構が備え付けられていても、それを見破ることができる。


 やがて、


「くそっ、こんな魔法で我が……」


 『ドール』はそうつぶやいて、動かなくなったようだ。


 だが、ウォーラさんの言うとおり、『ドール』の頭部に魔力が残っている。しかし、それは僕たちのように身体全体を覆うでもなく、平時のウォーラさんたちのようにマナを使う駆動部だけが覆われているのでもない。


 後からワインに聞いた話では、どうやらマナを充填されるまで記憶媒体のデータを保存するためにそうした装置があるようだ。


 僕は恐る恐る魔法を解く。『ドール』は目を見開いたまま、仰向けに寝転がっていた。身体を動かすことができないらしい。


「……君のマナクリスタルは、どこに装着されている?」


 僕が訊くと、『ドール』は静かに答えた。


「……無念だ。このまま我をスクラップにしろ」


 僕は『ドール』の横に屈んで、彼女の目の前に顔を持って行った。


「……僕の『騎士団』にも損害が出ている。魔王や『運命の背反者(エピメイア)』を倒すためには、一人でも仲間が欲しい。

 僕と一緒に魔王を倒してくれないか?」


 僕がそう言うと、『ドール』ははっきりと驚いた顔をした。


「我は敵だぞ? 敵を仲間に誘うのか? 変わった奴だなお前は」


 そう言う。僕はうなずいて、


「僕が惜しいと思った人物で、僕と共に戦ってくれるのなら、僕に敵対したことは過去のことだ。

 現に君が戦ったジンジャーさんも、最初は僕を倒すために『組織ウニタルム』から遣わされた人だったからね」


 そう言うと、『ドール』は少し考えて、


「……お前の考えは理解できない。だが、我は見てのとおり見た目が機械そのままだ。『お姉さま』や『妹ちゃん』と比べれば可愛さなどは期待できないぞ?」


 そう恥ずかしそうに言う。やはり、他の自律的魔人形エランドールと違い、表皮のテクスチャが未実装だったことも、彼女の考えに影響していたのだと思った。


「……テクスチャは賢者マーリン様が保管している可能性がある。君が仲間になったら問い合わせてみよう」


 そう言いながら僕は、『ドール』の足の間に手を伸ばす。魔力の残滓が、彼女のマナクリスタルの場所はウォーラさんと同じ……ちょっと恥ずかしいところ……であると教えてくれたのだ。


「な、何をするの!? そんなところに手を伸ばして。このHENTAI!」


 案の定、『ドール』は慌てた声で文句を言ったが、僕はもう彼女をこのままスクラップにするつもりはなかった。



「……複雑な気分ですが、ご主人様が私を必要としてくださるのなら、私は精一杯ご奉仕させていただきます。

 でも、私の見た目が可愛らしくないからって嫌いになったり、愛想を尽かしたりしないでくださいね?」


 僕の魔力で再起動した『ドール』は、恥じらうような仕草でそう挨拶する。僕は彼女にマントを渡し、


「君が気にするなら、テクスチャが仕上がるまでそのマントにくるまっていればいい。

 とにかく、ドッカーノ村騎士団は君を歓迎するよ……ええと……」


 僕はそう言いながら考える。『ドール』とは、彼女が完成するまでに与えられた仮の名だ。それに団のみんなも敵だった頃の『ドール』の名で彼女を呼ぶのには抵抗があるかもしれない。これは新たな名前が必要ではないか、と。


「君を何と呼べばいいのかな? 君が完成した暁には、どんな名が与えられる予定だったのか判らないかい?」


 僕がそう問いかけると、彼女は少し気恥しそうに、


「……見た目には似つかわしくないので名乗ってはいませんでしたが、テモフモフ博士は私に『PTD10・彼女』アイリス・ララと名付ける予定だったようです」


 そう、もじもじしながら言う。僕は笑顔でうなずいた。


「いい名じゃないか。じゃ、これからは君を『アイリス』と呼ぼう。そのつもりでいてくれよ?」


 するとアイリスさんは、パッと顔を輝かせ、


「はい、ご主人様! ありがとうございますっ!」


 そう笑顔で答えた。


 だが僕はこの時、まだ僕の『騎士団』が蒙った被害の大きさをぜんぜん知らなかった。


   (『テモフモフの遺産』を狩ろう! 終わり)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

なんとか『ドール』改めアイリスを仲間にしたジンですが、『騎士団』の損害を把握した時、彼はどんな行動を取るのでしょうか?

次回からは、『暗黒領域』のさらに奥へと向かうことになります。お楽しみに。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 18歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。

♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。『PTD7・淑女』と共に『PTD6・ナルシスト』を倒した。

♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子で負けフラグをへし折った『幼馴染ヒロイン』。

♡ラム・レーズン 19歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』。現在、ジンと合流するため移動中。

♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』。

♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇魔法の使い手で、『PTD4・幽霊』を倒すも、右腕を失った。

♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)28歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの姉に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』。

♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王マロン・デヴァステータだがその地位を剥奪された。『魔族の祖』アルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。現在ジンたちとは別に『暗黒領域』で行動中。

■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』

♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 21歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、頭も切れ双剣の腕も確かだが女好き。

♤ウォッカ・イエスタデイ 21歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。

♡マディラ・トゥデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。

♡ソルティ・ドッグ 21歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。

♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。

♤ブルー・ハワイ 25歳『ドラゴン・シン」の遊撃兼偵察隊長である槍使い。金髪碧眼で観察力と記憶力に優れる。変装に優れ、情報を分析する能力に長ける。

♡メアリー・ブラッドレイ 25歳『ドラゴン・シン』で物資調達を引き受けている槍使い。ド・ヴァンを詐欺ろうとして失敗、許されて彼に心酔し仲間になった。

■退場した仲間たち

♡レイラ・コパック 博識で氷魔法の使い手。スナイプのスカウトで加入した。『PTD5・法律家』を倒すも『PTD3・道化』に止めを刺された。享年17歳。

♡ウォーラ・ララ ジンの魔力マナで再起動した自律的魔人形エランドール。彼に献身的に仕えたが、『PTD2・戦士』との戦いで相討ちとなった。

♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『PTD1・学生』と対峙したが、相討ちとなって果てた。

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