Tournament149 The Themofumov’s souvenir hunting:5(『テモフモフの遺産』を狩ろう!その5『PTD6ナルシスト』)
敵の知勇兼備の戦士『PTD6・ナルシスト』の相手をするのはワインだった。相手を読み合いながら戦う二人の所に、『PTD7・淑女』が現れて……。
果たして、智将同士の戦いはどちらに軍配が上がるのか?
【前回のあらすじ】
『学生』と『戦士』には、同じ自律的魔人形であるガイアとウォーラが当たったが、激闘の末、四人は相討ちで果てた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
PTD6『ナルシスト』は、『テモフモフの遺産』随一の美男である。そしてそのことを自認している。
金髪碧眼、眉目秀麗。そして頭脳は『学生』に次ぐ鋭さで、戦闘センスは『淑女』や『道化』に引けを取らず、総合能力では『テモフモフの遺産』でも1・2を争う。
「そんなボクと当たるなんて、君も運がないね、ワイン・レッド?」
方天戟を使いながら、『ナルシスト』はワインをあざけるように言う。
「それはボクの言うべきセリフじゃないかな?」
葡萄酒色の髪を揺らし、穂先が60センチもある手槍を操りながらワインは減らず口を叩く。
ワインも、見た目や日頃の行いはともかく、ジンの『騎士団』の中では豊富な知識と智謀で、参謀的立ち位置にあったし、その実力は1級騎士団『ドラゴン・シン』を率いるオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンをはじめ、各国の首脳や中枢に位置する人々にも知られており、賢者マーリンすら信頼を置いていた。
「言うじゃないか」
『ナルシスト』は秀麗な顔に笑みを浮かべ、方天戟を振り回す。その法を見たワインは、葡萄酒色した瞳を細め、
(ふむ……こいつの戦闘技術は本物だな。おそらくテモフモフは、名のある戦士の戦闘パターンをこいつの統制システムに記憶させているんだろう)
そう看破していた。
一方で『ナルシスト』の方も、
(ふむ、一見ハチャメチャのようで、攻撃や防御はしっかりと槍の法に適っている。しかも魔力はかなりあるようだな。ジン・クロウが信頼しているのも分かる気がする)
そう、ワインの実力を正当に評価していた。
「だが、それゆえに必ず討ち取らねばならない敵だよ。君は」
ヒュンッ!
『ナルシスト』の方天戟が頭上をかすめる。ワインは屈んでやり過ごした足を延ばすときに、弾みをつけて突く。
「ほいっと!」
ジャッ!
『ナルシスト』は軽く穂先をいなしながら、鋭い突きをカウンター気味に放つ。
「はあっ!」
「おっと!」
ワインはステップを踏むようにして突きを外し、身体を回しながら斬撃を放つ。
「やっ!」
「むっ!?」
カイーンッ! シュッ!
ワインの槍を跳ね上げ、一歩踏み込んで方天戟を斜めに斬り下げる。
「はあっ!」
シャラーンッ!
ワインは後ろに跳ぶと見せかけて、前に跳んで『ナルシスト』の攻撃をいなしつつ斬撃を放つ。『ナルシスト』はワインの行動を読み、方天戟を弾かれた段階で後ろに下がった。
お互いに先の先を読み、秘術を尽くしての斬り合いだったが、矛を交わすこと50合に達した時、『ナルシスト』は10ヤードほどの距離を取って立ち、
「なるほど、ボクに相対するほどの腕前を持っていることは分かった。次は魔法での勝負だ。言っておくがボクは魔法の方が得意だからね」
そう言うと、青黒い炎のように魔力を燃え上がらせる。
「おやおや、奇遇だねえ。実はボクもそうなんだよ」
ワインは微笑みながら青く鮮烈な魔力に包まれながら、いきなり、
「痛くしないからねっ!(意味深)」
ズバアアンッ!
魔力を乗せて青く光る槍を、左下から右上にかけて素早く振り抜いた。
「うわっ!?」
まさかの攻撃に、『ナルシスト』は避けもかわしもできず、魔力を乗せた方天戟をとっさに盾にすることで、やっとのことワインの『海嘯の一閃』を一部無効化する。
だが、おかげで『ナルシスト』ご自慢の『王子様コスチューム』は袖口や襟元のフリルがすべて引き裂かれてしまった。
「ちぇっ、さすがに自律的魔人形だ。反応はいいね」
ワインが槍を身体の右側に沿わせて立て、感心したように言うと、『ナルシスト』はギラギラした目をワインに向けて、不機嫌そうに言い放った。
「……ボクの一番大事な戦闘服を、よくも台無しにしてくれたね。これはもう、手加減なんてしてあげられないよ。覚悟するがいい」
そして魔力を燃え立たせ、自分の身体を一瞬にして包み込む。
「……何の真似だい? 魔力でガードするなんて、そのくらいのことは『騎士団』の団員なら全員ができるが?」
ワインはそう言ったが、もちろん本気で『ナルシスト』がガードしていると思っているわけではない。『テモフモフの遺産』たちは、今まで出会ったことのあるどんな相手よりも厄介で、そして強敵であることをワインは理解していた。
「……ふふふ、心にもないことを言ってボクを試すのは止めたまえ。ただ、強敵を相手にするなら、それなりの準備と態度ってものがある」
『ナルシスト』の声が炎の中から聞こえる。そして炎が身体を包み込むハローに変わった時、『ナルシスト』は青を基調とした派手な甲冑に身を包んで立っていた。
「お待たせしたねワインくん。さあ、これからボクの独壇場に付き合ってくれないかい?」
『ナルシスト』が目を光らせた瞬間、ワインは幾人もの『ナルシスト』たちに囲まれて立っていた。
ワインは槍を構え直すと、ゆっくりと周囲を見回す。1、2、3……ワインが数えたところ、都合10人の『ナルシスト』が彼を包囲していた。
「……ちょっと訊くが、キミたちの中に本物は混じっているんだろうね? 一人だけ次元を違えてボクの戦うさまを高みの見物なんて、そんな悪趣味なことはしないだろうね?」
ワインが訊くと、10人の『ナルシスト』はニヤリと笑い、
「さあ、それは君自身で判断したまえ。ただ一つヒントを上げよう。ボクのこの魔法は、『異体分離』というんだ。
幻影を見せられているのか、分身の術なのか、敏い君なら判断はつくだろう?」
そう言うと、10人が一斉に突きかかって来た。
(本物の『ナルシスト』は最初正面にいた。魔法発動の瞬間に移動しているに違いない。当てずっぽうだが、後ろを……)
ワインはそう読みかけたが、
「え? 全員幻影ではない!?」
周囲すべての『ナルシスト』から、等しく殺気を感じ取ったワインは、
「これしかない。『渦の幻影』っ!」
バシュンッ!
自分を巨大な渦で守る、防御態勢を取った。
バンッ、バシュッ、ザシュッ!
『ナルシスト』の方天戟は渦の表面を削るが、攻撃は中まで届かない。水と魔力で囲われたワインは、少なくとも考える時間を稼いだ。
「なかなか面白い魔法だね? この状態でボクの魔法の特性を分析し、勝てる方策wwwwwを見つけようというんだね?」
『ナルシスト』は渦の外からワインを煽る。
「まあ、まずは負けないことが大事だからね? ボクは誰かさんと違って自分自身にすら危険を押し付けるような魔法を習得していないもんだからね」
しかしワインも、煽り耐性の強さと煽り手法のヴァリエーションは豊富だ。自分自身に誇りを持っている人間は、他人の陰口など意に介さない。ワインがまさにそれだった。
「……ほほう、それはボクが卑怯者って意味かな?」
『ナルシスト』の声が若干低くなる。それを聞いてワインは、
(なるほど、やはり『ナルシスト』は、その名のとおりプライドだけは無駄に高いようだ)
そう、『ナルシスト』の弱点を分析し始めていた。
「卑怯者と言うなら、水の柱に囲まれて縮こまっている君はどうなんだ? 正々堂々と槍を合わせられない小心者ではないか!」
『ナルシスト』が嘲るように言うと、ワインは涼しい顔で答える。
「キミとはすでに50合以上槍を交えているじゃないか? 若年性のナントカかい?」
ワインはそう言った瞬間、渦の外で魔力が爆発的に増えたのを感じ取った。
「やかましい! 出てこい、この臆病者!」
ザシュンッ!
業を煮やした『ナルシスト』は、ワインの言葉でキレ、方天戟にありったけの魔力を込めて渦を両断する。ワインが籠った渦は消えたが、その代わりに何本もの渦巻きが『ナルシスト』を包囲するように立ち上がった。
「……くそっ! 今度は目晦ましか! どこまで卑怯なんだ貴様はっ!」
歯噛みする『ナルシスト』に、ワインは
「目晦ましをしているのはキミと同じさ」
「そこかっ!」
ザシュッ!
「キミは魔法の方が得意なんだろう?」
「いや、こっちだ!」
バシュンッ!
「だったら、ボクと魔法比べをすべきじゃないか?」
「ちょこまかと移動しやがってっ!」
ドムッ!
「ボクはキミと同じで、知恵で戦うタイプなんだよ」
「出て来い、ワイン・レッドっ!」
ズシュッ!
あちこちの渦の柱から『ナルシスト』に呼びかける。
10人の『ナルシスト』は、その度にあちらの柱、こちらの柱を攻撃して消していくが、渦は消される瞬間に別の所で立ち上がる。イタチごっこだった。
(……ワイン・レッド、確かに手強い相手だ。何より厄介なのは、こいつは自分の戦い方に信念を持っている。ボクのペースに引きずり込むのはかなり困難な相手だね)
『ナルシスト』は、自分の周囲で音を立てて吹き上がる渦の柱を見て、怒りに燃える目でつぶやく。何か、こいつが嫌でも水の護りを解くような方法はないのか……。
その時、『ナルシスト』に妙案が浮かんだ。ワインを引っ張り出す方法、それはワインが大事にしているものを危険に晒せばいい。
(『PTD4・幽霊』の調べでは、ワインとシェリー・シュガー、そしてジン・クロウは刎頚之友だという。だとすると、シェリー・シュガーをダシにすれば、こいつを引っ張り出せるかもしれない)
『ナルシスト』は周囲の水柱を見まわして言った。
「ふむ。君があくまでボクとの勝負を拒むなら、ボクも暇じゃないんで『淑女』の手伝いにでも行こうか。その方が効率もいいし」
(……誇り高い人物が、他人の手伝いに行くはずはない。『学生』からの指示があれば別だが、『学生』だってシェリーちゃんとボクは同じくらいの価値を見出しているはずだ。『どちらの首も、ジンの戦意を失わせる』と。だから今のは『ナルシスト』のはったりに過ぎない)
ワインはそう考えて、『渦の幻影』を解きかけた自身を戒める。その時、ワインを激しく動揺させる出来事が起こった。
★ ★ ★ ★ ★
「あら、まだワインに手間取っているの?」
艶めかしい声が聞こえ、ワインは眉を寄せる。誰であれ、『テモフモフの遺産』の一人がここに現れたのなら、それは『騎士団』の誰かが討ち取られたことを意味するからだ。
(奴らの中で女性はPTD4、PTD5、PTD7の三人。PTD4『幽霊』はジンジャーさんを相手にして、名乗りの中にいなかった。この声はPTD5『法律家』ではない。
とすると、PTD7『淑女』で、シェリーちゃんがやられたのか!?)
ワインはそう推察して暗然たる気持ちになる。ジンの気持ちを考えるといたたまれない気持ちになった。
「おや、『淑女』じゃないか? シェリーとかいう小娘はどうした?」
やはり現れたのはPTD7『淑女』だった。ワインは『淑女』がどう答えるか、全身を耳にして聞いていた。
(シェリーちゃんは自分が死んだらジンがどうなるかを、ボクらの中で一番よく理解している。どうかシェリーちゃんが逃げて、目標を消失したからここに来たと言ってくれ)
祈るような思いでいるワインの耳に、彼を奈落の底に突き落とすような『淑女』の声が届いた。
「シェリーとチャチャ? あんな小娘、わたしには役不足だったわ。チャチャなんてお漏らしして動けなくなるし、シェリーだって口ほどにもなかったし。
あなたがワインを討てば、ジンの前に三人の首を並べてあげられるじゃない。だからお手伝いに来てあげたのよぉん♡」
弾けるような『淑女』の声を聞いて、ワインはがっくりと肩を落とす。
『暗黒領域』深く足を踏み入れる前、シェリーちゃんはジンと結ばれて幸せそうだった。ジンもそんな彼女に『乙女』の運命を歩ませないと強く誓っていた。
その誓いが破れた今、ジンがどうなるのか、ワインには想像がつかない。ただ、
(……ジンの運命を悪い方に向かわせたくない。世界のためにも、そしてジン自身のためにも。だからボクは生き延びなきゃ……)
やっとのことでそう思い、脱力感を振り払おうと努力する。消えかけた闘志を再び燃え上がらせようとした。
そんなワインの心を救ったのは、『ナルシスト』の言葉だった。
二人はワインに聞こえているとも知らず、こんなことを話している。
「そうか。シェリーが死んだのなら、ワインも心が折れるかもしれないな。幼馴染三人の首を並べて『摂理の超越者』様に捧げたら、さぞ喜ばれることだろう。
『淑女』、渦に隠れている臆病者に、知らせてやってくれ。お前はシェリーにも劣る意気地なしだとな」
もはや勝利を手にしたように意気込む『ナルシスト』の言葉を聞いて、ワインの心に火が灯った。シェリーちゃんを手にかけた報い、この二人に必ず受けさせてやると。
すると『淑女』は不思議なことを言った。
「そうねぇ。でも『ナルシスト』、ワインを生け捕りにしない? シェリーとチャチャの首を抱かせて、ジンの前で号泣しているところをなぶり殺しにするなんて趣向、あなたの好みでしょ?」
すると『ナルシスト』は驚いたような声で訊く。驚きと嬉しさがないまぜになった、聞く人の心を凍らせるサディスティックな声だった。
「はは、さすがは『淑女』だ。それが出来たらジンはいっぺんで戦意喪失するだろうさ。
だが、ワインを生け捕りにできるか? こいつは頭も回り腕も立ち、口も達者で、しかも自分に自信を持っている。なかなか一筋縄ではいかない奴だぞ?」
「大丈夫よ。わたしたちがこんなに隙だらけで話しているのに、攻撃してこないじゃない。
すでに戦意を失いかけているんじゃないかしら? だから説得できると思うわ」
それを聞いたワインは、目を輝かせる。『淑女』がそのつもりなら、それを逆手に取ってまずは『淑女』を討ち取ろう……そう決心したのだ。
(だが念には念を入れるべきだ)
そう考えたワインは、自分の分身をすべての渦の中に配置して、『淑女』を待ち受けることにした。
(まず、分身のいる渦に引き入れて、『淑女』の様子を観察する。いきなり攻撃してくるようなら、そのまま渦を縮小してズタズタにしてやる。
話し合いが本当なら、それに乗った振りをして油断を誘い、『ナルシスト』と共に倒せそうな謀ができるなら、二人をまとめてジンの前でやっつけてやる)
ワインが考えをざっとまとめた時、渦の外から『淑女』が呼び掛けて来た。
「ワイン・レッド。シェリー・シュガーとチャチャ・フォークはもうここにはいないわ。
ジンももうすぐ決着が付くと思うの。だから話を聞いてくださらないかしら?」
ワインは、一つ深呼吸をすると、『淑女』に答えた。
「……話を聞くだけ聞いてやる。ボクが指定する渦に入れ。変なことをしたら、この話は一切なかったことにする」
「だぁい丈夫、わたしに任せて。情報ではワインの好みは賢者スナイプらしいの。彼女に似ているわたしを見たら、一目惚れして降参するかもよ?」
ワインの返事を聞いた『淑女』は、心配顔をする『ナルシスト』にそんな軽口をたたく。
『ナルシスト』はそれでも心配なのか、目を細めて不機嫌な声で言った。
「……それはそれで、ボクにとっては面白くないなぁ。忘れちゃいないだろうが、『淑女』、テモフモフ博士の設定では、君はボクの恋人だからね?」
すると『淑女』は、破顔一笑して言う。
「やだ、何それ嫉妬? あなたにも可愛いところがあるのね? でも心配なく、人間ずれにわたしが惚れると思う?」
「……渦に入れ」
ワインの声が聞こえると同時に、渦の一つが弱まる。水の壁を通して、向こうに葡萄酒色の服を着た若者が立っているのが見えた。
「じゃ、行ってくるわね。しばらくおとなしくしていて?」
『淑女』は『ナルシスト』に微笑みかけると、真剣な表情に戻ってワインが待つ渦の中に足を踏み入れた。
『淑女』は、渦が激しさを増し、外に声が漏れないのを確認すると、不意に優しい顔になって言った。
「シェリー・シュガーとチャチャ・フォークは無事よ。二人ともテキーラ・トゥモロウという男と共に、『ドラゴン・シン』の集積拠点へ避難させたわ」
それを聞いて、ワインは却って険しい表情になる。
「それが本当なら嬉しい限りだが、なぜ『テモフモフの遺産』の一人であるお前が、シェリーちゃんたちを助けるんだ?
テキーラさんに邪魔されたから、せめてボクを討ち取ろうとでも思ったのか?」
ワインの問いに、『淑女』は胸を見せつけるように腕を組んで訊く。
「あら、テキーラさんがいたことについては信用するのね?」
「ボクが知る限り、お前たちと『ドラゴン・シン』に直接の接点はない。
『執事』や『踊り子』から『ドラゴン・シン』について何か聞かされていたとしても、彼らはテキーラさんの存在を知らない。
それなのにお前が、一番ありえそうにないテキーラさんの名を知っているのなら、それは実際にテキーラさんと会ったということだ。だからその部分については信用する」
ワインの答えを聞き、『淑女』は微笑んでうなずき、
「そ、分かったわ。わたしが言うより、これを読んでもらった方が早いわね」
そう言いながら胸元から一通の手紙を取り出し、ワインに投げてよこす。
「シェリーさんは治療中だから、チャチャさんに書いてもらったの。それを読んでもわたしのことが信用ならないのなら、このままわたしを押し潰しても良くてよ?
心から信頼できる初めての友だちを大怪我させた報いは受けるわ」
ワインは『淑女』の様子に気を配りながら手紙を読んだ。まぎれもないチャチャの字で、テキーラに助けられたこと、『淑女』に敵意がなかったこと、シェリーは無事に『ドラゴン・シン』の補給処で治療中であることが書かれていた。
「……ジンジャーさんの署名もあるな。とすると『PTD4・幽霊』は討ち取ったのか」
ワインのつぶやきに『淑女』はうなずき、
「ジンジャーさんは、ジン団長を助けに行かれたわ。わたしはあなたを助けて『ナルシスト』をジン団長の仲間にしたいの。だからここに戻って来た」
そうワインの眼を真っ直ぐ見て言う。真剣な眼差しだった。
ワインは手紙をポケットにしまい込みながら訊いた。
「……残念だけど、『ナルシスト』がボクたちの仲間になることはないだろうね。彼はプライドが高すぎるし、自分に酔っている部分も見える。
あくまで『ナルシスト』が敵であることを貫く場合、キミはどうするんだい?」
ワインの言葉に、『淑女』はくすくすと笑った。
「ごめんなさい、あなたの『ナルシスト』評があまりに的確なのでおかしくて。
確かに彼はプライドが無駄に高くて傲慢、そして自己陶酔するタイプよ。だからコードネームが『ナルシスト』なの。名が体を表しているわね」
そして笑いを収めると、
「もし彼がわたしと同じ道を歩んでくれないのなら、わたしは彼の恋人として、彼の過ちを正してあげないといけないわ。テモフモフ博士は、わたしを彼の良き伴侶、彼を導く存在として造ったそうだから」
「遅いな……まさか交渉決裂で戦闘に入っちゃいないだろうな?」
『淑女』がワインの渦に入って10分ほどが経過した。『ナルシスト』はワインが投降を拒絶して『淑女』に襲い掛かっていないか心配になって来た。
そんな想像をするといてもたってもいられなくなったのか、『ナルシスト』が方天戟を執って渦へと歩き出した時、不意に渦の勢いが弱まり、中から『淑女』が微笑ながら出て来た。
それを見た『ナルシスト』は、ホッとした表情で『淑女』に駆け寄って訊く。
「うまく行ったみたいだね? ワインは投降を了承したんだろう?」
すると『淑女』は、曖昧にうなずき、
「さすがは智謀を以て聞こえた青年ね。いくつか条件を出してきたわ」
そう答える。『ナルシスト』は憤然とした声でワインを罵った。
「条件だと? 投降者の分際で厚かましいにもほどがある。有無を言わせず引っ張り出してきたらよかったんだ!」
そんな『ナルシスト』を宥めるように、『淑女』は笑って言う。
「あら、あなたはわたしたちの中でも『学生』に次ぐ智謀の士でしょ?
ワインは戦う気は満々で、こちらは戦って彼を倒せる見込みは50:50だったのよ? 絶対的敗者になる可能性がほとんどなかったワインですもの、条件を出してくるのは当り前よ。
もちろんあなたなら、このくらいの道理は解るわよね?」
『淑女』の言葉に、『ナルシスト』は黙ってうなずき、
「で、奴の条件は?」
そう訊く。『淑女』は笑って答えた。
「まず、ジン・クロウから手を引くこと。シェリーとチャチャの首級はエピメイア様に渡さずジン・クロウに返還すること、それが出来なければ戦士の礼で葬ること。わたしたちの中で魔王を倒したい者があるのならジン・クロウと協力すること……以上よ」
『ナルシスト』の表情は、『淑女』が話している間にもどんどん険しくなっていった。彼がワインの条件に腹を立てていることは明白だった。
「……聞くだけ無駄な条件だったな。特にジン・クロウから手を引くなんてことは絶対にありえない。シェリーとチャチャの首級については、エピメイア様に見ていただいた後戦士の礼で葬るのは問題ないが……」
早口でそう言って、ふと気づいたように『淑女』に訊く。
「……肝心のワイン本人の処遇については、どんな条件を出してきているんだ?」
「そんなに怒ってちゃ、怖くて報告できないわよ。ちょっと長物を貸して!」
『淑女』は、『ナルシスト』の方天戟を受け取ると、
「ワインは自分の処遇については、何の条件も付けなかったわ。わたしも驚いて、何かないのか、助命を乞いはしないのかって訊いたけど、笑って首を振るだけだったわ」
そんな驚くべき報告だった。
さすがの『ナルシスト』も、
「どういうことだ!? 本来なら自分の命が助かるよう、何をさておいてもそのことを願い出るべきじゃないのか?」
そう誰に訊くともなく言う。
「……ワインは投降を望んでいないのかもしれないわね。ただ、わたしの顔を立てるために話を聞いただけなのかも」
『淑女』が眉を寄せてつぶやく。
「ふむ……それはありうるな。しかし、ワインが話を聞いた理由に時間稼ぎがあったとして、何の時間を稼ぐんだ? 奴は魔法を使い続けている。ボクと違って応援が来る望みも薄い。まさか、団員の誰かが応援に来るのを期待しているなんてことはないだろうな?」
『ナルシスト』がそうつぶやくと、
「それはありませんね。むしろボクは早くあなた方を倒して、ジンの応援に行きたいくらいですから」
そんなワインの言葉とともに、『ナルシスト』も『淑女』も、ワインの渦の壁の中に閉じ込められてしまった。
★ ★ ★ ★ ★
『勇士の軍団』の中核をなすオーガ侯国の『左龍軍団』3千とユニコーン侯国の『右鳳軍団』3千は、マジツエー帝国最大で唯一の貿易港、アインシュタットに威風堂々と上陸した。
事前に連絡を受けていた皇帝マチェットは、近衛軍団と第1軍団を引き連れてアインシュタットに至り、指揮官であるオーガ侯スピリタス・イエスタデイとユニコーン侯国戦士長シール・レーズンと親しく懇談した。
「お二人とも、21年前の『魔王の降臨』の際、『伝説の英雄』マイティ・クロウと共に魔王を封印まで追い詰めたと聞いている。
今回の『魔王の降臨』は、『摂理の黄昏』という未曽有の事態を惹き起こすと言われているが、朕はぜひ前回のようなご活躍を願い、期待もしている。お二人と『勇士の軍団』の武運を祈るぞ」
大宰相レイピア・イクサガスキーをはじめ、大司空シールド・ヘイワガスキー、大司徒ランス・オチャスキー、そして大司馬メイス・ダンゴスキーの三公が同席する帷幕の中で青年皇帝マチェットがそう期待を披歴すると、スピリタスとシールは顔を見合わせる。
シールがうなずくと、スピリタス侯は紫の瞳でマチェットを見て答えた。
「陛下のご期待に背かぬよう、精一杯努力をするつもりではございますが、今回の『魔王の降臨』はご承知のとおりかなり特殊な経緯を辿っております。
ヒーロイ大陸の方では、トオクニアール王国のロネット陛下が、各国の首脳や1級騎士団に呼び掛けて大陸同盟を結び、それぞれに持ち場を定めて魔物の跳梁を抑えるべく体制を整えています。
マジツエー帝国は東に『暗黒楼域』を控え、魔物が攻め寄せやすい地勢です。国土と国民の防衛については、どのような体制を取っておられるのでしょうか?」
一瞬、その場が静まり返った。大帝国の皇帝に対して、同じ国主とはいえ地方の一侯国の長が出すぎた質問を……三公の顔にはそんな感情が浮かんでいた。
しかし、歴戦の将の風格があるシールが、静かだが重みのある声で
「我らは世界の摂理を守るため『伝説の英雄』と共に戦うことを宿命づけられた者。征途の危険は考慮に足らぬと覚悟し、戦場で果てることを無上の喜びとしている者です。
そんな我らが気になることと言えば、後方の安全、それに尽きます。戦線の後方には盤石の備えが控えていると知れば、我らは後ろ髪を引かれることなく戦えるのです。
オーガ侯の問いはぶしつけかもしれませんが、勇士たちが十分に力を揮えるよう、我らを安心させていただきたいとの趣旨でございます。ご賢察を」
そう言うと、怒気を収めて黙り込んだ。前線で戦う者たちの覚悟に、今更ながら思いを馳せる者も多かったという。
ダンゴスキー大司馬はレイピア大宰相の顔を見る。レイピアは、笑みを浮かべ、
「戦士の士気を支えるのも、我らの大事な務め。帝国の備えを説明し、オーガ侯やシール大将軍の覚悟に報いなさい」
静かにそう言った。
「はっ!」
ダンゴスキー大司馬は、レイピアの許しを得て、帝国の防衛策や軍の配置などについてつぶさに語った。そしてオーガ侯やシール戦士長は、その計画を聞いて戦備の不足している部分を指摘し、さらに盤石の体制になるよう、さまざまな意見や注文を述べた。
皇帝マチェットは黙ってそれを聞き、必要と認めた場合は、すぐに『勇士の軍団』指揮官の策を取り入れるようその場で指示を出した。
「スピリタス侯やシール戦士長よ、忌憚のない意見を聞かせていただき感謝する。
すぐに手当てできない事項もあったが、検討のうえできるだけ早く手当てすることを朕は約束する。
どうか後顧の憂いなく暴れてほしい。この国のみならず、世界の存亡がかかっておるのだ。ジン・ライム殿にもよろしく伝えてほしい」
『左龍軍団』と『右鳳軍団』は、マチェットからそんな言葉をかけられ、勇躍して『東の関門』を目指して発向した。
一方で、皇帝との謁見が終わった後、一路『北の関門』へと出発した部隊がある。マーターギ村長ガン・スミスが率いる『猟兵軍団』5百と、前回の『魔王の降臨』時、マイティ・クロウに従って出撃したスコッチ・カッパー率いる『遊撃軍団』5百である。
この2部隊は兵員が所望の数に満たないため、魔物と遭遇する可能性が低いルートを通って進撃し、『決戦の荒野』でスピリタス侯たちと合流する手はずになっていた。
そして、これらの部隊とは別に、すでに二人の戦士が『暗黒領域』を目指して出発していた。オーガ侯継嗣で、『ドラゴン・シン』親衛隊長兼副官のウォッカ・イエスタデイと、ユニコーン侯国獅子戦士でドッカーノ村騎士団きっての魔剣士ラム・レーズンである。
「俺が団長から聞いた情報では、ジン殿はすでに『暗黒領域』深く入り込み、『地獄の河原』まで進出しているようだ。
それにマイティ・クロウも『約束の地』に達しているとの噂だ。ひょっとしたらすでにマイティ・クロウと魔王は戦っているかもしれないな」
ウォッカが入手した情報をラムと共有する。
「そうか、私が団を離れている間に、情勢はそこまで緊迫していたか……」
ラムの顔に焦りの色が広がる。
ラムは戦いには強いが、情報を集めるという作業は苦手で、さらにはドッカーノ村騎士団にはワインやジンジャー、賢者スナイプの他には情報を集める手段を持つ者がいない。
そのため、オーガ侯国に『左龍軍団』編成を乞いに来たウォッカに出会うまで、ホッカノ大陸の情報がほとんど手に入れられなかったラムだった。
「ラム殿、焦っても仕方がないぞ。それに『勇士の軍団』の編成を乞うというのは大切な役目だし、俺たちが行った方がことがすんなり進む。
帝国の大司馬殿から聞いた話では、『ドラゴン・シン』は帝国の依頼で『暗黒領域』内の魔物討伐を新たな開拓地の守備を『ブリューエン』のみんなと遂行しているようだ。
団長の所に行けば、ジン殿たちの正確な所在が判るだろう。まずは共に『ドラゴン・シン』の拠点に急ごう」
ウォッカは、ともすれば焦りのあまり駆けだしそうになるラムに、そう声をかけて落ち着かせた。
落ち着いて旅を進めるとはいっても、ラムもウォッカも人間ではない。それに二人とも名の知られた戦士で、戦場経験もある。
二人は一日平均50マイル(この世界で約93キロ)という驚異的な速さで街道を駆け抜け、上陸から5日目には『東の関門』に到着した。
この関門は、長い間マジツエー帝国と『暗黒領域』を隔てる役割を果たしてきた。その堅固さには定評があり、この関門を魔物が越えたのは21年前の『魔王の降臨』の際1回あっただけで、あとはすべての侵攻を阻んできた。
「俺は『ドラゴン・シン』の団長副官、ウォッカ・イエスタデイ。こっちはドッカーノ村騎士団のラム・レーズン獅子戦士だ。
各々の主人の命を受け、故国に『勇士の軍団』の編成を乞いに行ってきたところだ。原隊復帰のため関門の通過許可をお願いする」
ウォッカが関門を守る将に姓名と用件を述べると、守備隊長は事前に連絡を受けていたのか、少しも待たせることなく関門を開いた。
「ジン・ライム殿やオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長にはお世話になったところです。お二人のご武運をお祈りいたします」
隊長はそう言って二人を『暗黒領域』に送り出したが、ウォッカから『勇士の軍団』の上陸を聞き、
「……これで『魔王の降臨』は確実になった。魔王や『暗黒領域』内の魔物についてはジン殿やド・ヴァン殿たちに任せるとしても、国内に現れる魔物については我が国軍で対応せねばならない。
みんな、これまで以上に気を引き締めて守備を貫徹するぞ。ここを抜かれたら俺たちの故郷や大事な人たちが犠牲になってしまうんだ」
部下たちにそう話したという。
『東の関門』周辺に広がる開拓村を過ぎ、『エルフの里』に立ち寄った二人は、まだそこで『キャロット神殿跡の予言詩石板』の調査研究を続けていたオタカ・ラ・ミツケールと話す機会があった。
「……そうか、『勇士の軍団』が遂にマジツエー帝国に入ったか」
ウォッカから話を聞いたミツケールは、難しい顔をしてつぶやく。
「せっかく、キャロット様が今の世のために予言を残してくださっていたのだが、明快な解釈が間に合わなかったのだけが残念だ」
ウォッカやラムにそう言ったが、気持ちを切り替えるように首を振ると、机の引き出しから数枚の羊皮紙を取り出し、二人に手渡しながら言う。
「現状での解釈だ。それらの内容はジン殿の騎士団員も、ド・ヴァン殿の幹部団員も知っている。
君たちが故国から戻ってきたら、読ませてやってくれと頼まれていた。内容はかなり衝撃的だが、キャロット様がそう観られているのなら、何をなすべきかは判るだろう?」
「……失礼します」
「読ませていただきます」
ウォッカとラムはそう言って羊皮紙に目を落とす。どちらの顔も、読み進めていくうちに表情が強張っていった。
やがて二人とも読み終えると、憮然とした顔でミツケールに羊皮紙を返す。特にラムは悲壮としか言いようのない顔色だった。
「……研究者としては言ってはいけないことかもしれんが、この予言が外れて、伝説の類の一つとして語り継がれることを祈るばかりだ。
ド・ヴァン殿は『地獄の河原』への街道80マイル地点に拠点として本陣を置き、最前線基地は2百マイル地点にあると聞く。本陣までは10マイルごとに繋ぎの砦が置かれているという。
明日には『ドラゴン・シン』の管運料殿が物資と共に境の渓谷を通過すると聞いているが、その輜重部隊と一緒に進んではどうかな?」
ミツケールからそう勧められた二人は、ここまで超特急で飛ばしてきたこともあり、今夜はゆっくりして明日からの英気を蓄えることにした。
ウォッカとラムは、ミツケールから夕飯を招待された。どちらも浮かない顔をしていたが、
「……私はジン様が『破壊者』になった場合、どうすればいいのだ?」
思い詰めたようにつぶやくラムに、
「その答えを見つけるため、ラ・ミツケール殿からいろいろな話を聞いておくべきじゃないのか? ミツケール殿も、何か話があるからわざわざ俺たちを夕飯に招待してくださったんだと思うぞ」
ウォッカはそう言って、無理にラムを引きずって行った。
後にラムは、この時のウォッカの行動に深く感謝することになる。
二人がミツケールの家に近付くと、彼は庭先で肉を焼いているところだった。
「おお、継嗣殿と獅子戦士殿、来てくれたか」
ミツケールは満面の笑顔で二人を迎え、席に着かせる。
「ミツケール殿、私も手伝います」
ラムが立ち上がろうとすると、ミツケールは手を振って、
「ああ、気にすることはない。今宵はわしがホストだ。お客は黙ってわしが焼く肉を食べてくれんか」
そう言いつつ、焼けた肉の塊を皿に載せ、ウォッカとラムの目の前に置く。
「……ミツケールさん、鹿の肉とは豪勢ですね? どうやって手に入れられたんです?」
ウォッカが訊くと、ミツケールは自慢げに胸を張り、
「わし自ら弓を執り、長城近くの狩場で仕留めた。いやぁ、久しぶりだったから緊張したが、1頭仕留めたら勘が戻ったので、その日は大猟だったぞ。関門守備地にも少し分けてやったわい」
そう、ひげをしごいて言う。
「それは素晴らしいですね。では、不束ながらご相伴に与らせていただきます」
ウォッカはそう言うと、遠慮せず肉にかぶりつく。
「……うん、これは上等な肉だ。ラム殿、せっかくミツケール殿が狩られた獲物だ。倶に寿いで、俺たちの武運も祈ろうじゃないか」
そこに、肉を焼き終えたのかミツケールも肉を載せた皿を持って席に座り、ラムを見て微笑むと言った。
「おんしがジン団長を心配するのは解る。しかし、彼自身は運命を静かに受け止めたぞ。
それに、こう言っては語弊があるが、予言は予言だ。ジン団長や周囲の団員がどう動くかで、運命は変わるのではないかな?
最もいけないことは、予言に囚われて周囲を見なくなることと、人事を尽くさなくなることだと思う。天命は、人事を尽くして初めて変わる……ジン団長はそう言っておった」
「人事を尽くして、初めて運命は変わる……」
ラムは小さく繰り返す。5千年前の世界でジンがどんな経験をしたのか、シェリーほど深くは知らないラムだったが、それでも心が千切れるような別れを経験したのだろうということは分かった。それも、深く愛し合った後、その恋人を喪うような……。
恋愛経験などまったくないラムだったが、それでもそう思ったのは、5千年前の世界から戻って来たジンが、女性の心をよく解るようになっていたからだ。
それにふとした拍子に見せる表情やしぐさに、幼さが抜け『男』を感じさせるところがあり、ドキッとさせられることも多くなって来ていた。
「……わ、私だって『乙女』になる覚悟はある。そしてジン様と共にその運命をひっくり返す自信もある……ただ、ジン様が『繋ぐ者』でなく『破壊者』だった場合、私はジン様をどうすればいいのか……そこが分からない」
思わず口走ってしまったラムだったが、ウォッカとミツケールはそれを聞いてラムを冷やかすのではなく、真面目な表情で言った。
「……確かに、ラム殿なら『乙女』となっても、ジン団長を悲しませない運命を手繰り寄せるかもしれないな」
「獅子戦士殿、『繋ぐ者』になるか『破壊者』になるかは、たとえ四神でも卜し得まい。
分からぬことに心悩ませるより、ジン殿と共に『摂理の黄昏』を乗り切れるよう一瞬一瞬を大事にすることだな。その積み重ねがあれば、おんしが言う時が来ても、答えは自ずから出よう。その決断に従っても悔いのないように生きるべきだな」
二人の言葉に、ラムははっとした。特にミツケールが言った『積み重ねがあれば、答えはその時に出るだろう』という言葉と『決断に従っても悔いのない生き方をせよ』という言葉は、
(……人事を尽くしたうえで天命に従え、ということか……)
そう納得したのである。
(……ジン様、待っていてください。私は揺るぎない心と弛まぬ努力で、きっとジン様が目指す世界を手繰り寄せてみせます)
楽しそうに話すウォッカとミツケールを見ながら、夜空にそう誓うラムだった。
★ ★ ★ ★ ★
「それはありませんね。むしろボクは早くあなた方を倒して、ジンの応援に行きたいくらいですから」
ワインの言葉とともに、『ナルシスト』も『淑女』も、ワインの渦の壁の中に閉じ込められてしまった。
「おおっ!?」
突然引き込まれた世界に、『ナルシスト』は戸惑いの声を上げたが、目の前にワインが立っているのを見て、ウザったい髪の毛をかき上げながら言った。
「どうした風の吹き回しだい? さっきまでかくれんぼをしていたくせに、急にボクたちを招待してくれるなんて?」
「何も心境の変化なんてないさ。キミを倒す算段が付いた、ただそれだけだ」
ワインが肩をすくめながら言うと、『ナルシスト』は鋭い視線を送りながらワインをあざ笑う。
「はったりも相手を選んで言いたまえ。ボク一人の時でも水の柱に隠れて何もできなかった君だ。『淑女』もいるのにどうやって勝つつもりだ?」
ワインはニコリと笑うと、指をパチンと鳴らし、
「むしろシェリーちゃんやチャチャちゃんを倒した『淑女』もいるなんて好都合なのさ。
それに『ナルシスト』、キミはちょっと勘違いしているよ。ここに居るのは『ボク』対『キミ&淑女』ではなく、『ボク&淑女』対『キミ』だ。
そうだろう、『淑女』様?」
ワインの言葉に『ナルシスト』はばッと『淑女』を振り返る。『淑女』はニコニコ笑って方天戟を『ナルシスト』の胸に擬していた。
「……どういうことだい『淑女』? お遊びにしては冗談が過ぎると思うが?」
『ナルシスト』は、『淑女』を刺激しないよう、静かに訊く。一瞬ワインが『学生』と同じように、エランドールの精神に作用する魔法を持っているのかとも思った『ナルシスト』だった。
『淑女』は『ナルシスト』の眼を真っ直ぐ見ながら答える。
「冗談ではないわ、わたしは本気なの。『ナルシスト』、わたしと一緒にジン・クロウに投降して?」
『ナルシスト』は一瞬、「は?」という顔をしたが、すぐに真剣な表情になり、
「……何をバカなことを言っている? ジン・クロウを討伐するのはエピメイア様から下された命令だぞ? 忘れたのか? それともワインに誑し込まれたのか?」
そう強面で言うと、『淑女』は首を振り、
「覚えているし、ワインに誑し込まれたわけでもないの。どっちかって言うとシェリーさんに共感したのよ。だって、『摂理を書き換える』なんてこと、たとえエピメイア様が『摂理の二柱』だったとしても……ううん、『摂理の二柱』だったからこそ不可能なのよ。
今の摂理を書き換えるってことは、今生きているすべての者たちの未来を奪うことになるわ。そんな大それたことの片棒を担ぎたくはないし、あなたにもそんなことに加担してほしくないの!」
悲壮な顔で叫ぶ『淑女』を見て、『ナルシスト』は舌打ちする。
「チッ! 誰がそんな余計なことを吹き込んだんだ。『淑女』、俺たちはエランドールだ。エランドールは主人の命令に絶対服従し、その命令を拒むことや命令を放棄することは許されない。
ボクの方天戟を返せ。今なら『学生』には報告しない。だが、それ以上穂先を近づけてみろ、たとえお前でもスクラップにしてやる。『学生』にお前を壊されるよりマシだ」
「……ボクたちのお誘いを断った……そう考えていいのかな、『ナルシスト』?」
ワインが訊くと、『ナルシスト』は秀麗な顔に悪魔的な笑みを浮かべて、
「当たり前だ。『淑女』をどうやって誑かしたかは知らないが、ボクは『淑女』と違って一途で身持ちが堅いんだ。それは覚えておいてもらおう」
そう決めつけると、酷い悪口に茫然とする『淑女』から方天戟を奪い返し、
「ボクの大事な武器に触るんじゃない。汚らわしい女め!」
そう言って『淑女』を刺そうとする。
「こっちだ!」
「あっ!」
ワインは『淑女』の手を引いて、渦から脱出する。ワインの身体は水の膜になり、『淑女』が渦を突破する時に彼女を守った。
ワインは渦の外に出ると、元の姿に戻り、
「その渦はもうすぐ収縮を始める。水流に引き裂かれて幻影になるといい」
渦の中にいる『ナルシスト』に言う。その瞬間だった。
ドムッ!
「げへっ!?」
「ワインさんっ!」
ワインの胸から方天戟の穂先が飛び出す。『淑女』の悲鳴が響いた。
「……やはりそういうことだったんだね?」
『ナルシスト』はいつの間にか渦の外にいた。そしてワインを後ろから刺し貫いたのだ。
「『ナルシスト』、どうして?……」
虚空から槍を召喚しながら『淑女』が訊くと、『ナルシスト』は片方の眉だけ器用に上げて答えた。
「君は気付かなかったかな? 君がシェリーと何か話しているので戦闘指導を行うっていう『学生』の超感覚連絡が入っていたんだ。
君が本当にシェリーを討ち取っていれば、ワインを生け捕りにしようなんて考えるはずはない。だってシェリーもそれなりに強い……特にジン・クロウが絡むと『組織』の枢機卿とですら互角に渡り合うほどだ。
シェリーの強さを知っていたら、同じかそれ以上強いワインは討ち取るのすら苦労するだろうって想像がつくだろう。特に強さに定評がある君だったらなおさらだ」
ワインは喘ぎながら胸の傷に魔力を集め始める。方天戟の穂先ごと傷を塞ぐつもりなのだ。
『ナルシスト』はそれを感じ取ると、
「ふん、好きにしたまえ!」
ズシュッ、ブシャアアアッ!
躊躇せずに戟を回しながら引き抜く。ワインの右胸には大穴が開き、噴水のように血が噴き出した。ワインの顔が見る見るうちに青くなり、すぐに紙のように白くなった。
「やべ……もう無理ぽ……」
ワインはそうつぶやくと、ズシャッという音を立てて地面にうつぶせに倒れた。赤黒い地面が黒く染まっていく。驚くほどの出血だった。
「ワインさんっ!」
倒れたワインに取りすがろうとする『淑女』に、『ナルシスト』は方天戟を向け牽制する。
「……さっきの話の続きだ。だから君がワインの渦に入った瞬間、ボクは『異体分離』を再度発動して様子を窺っていた。
君がワインの水柱から出てきた時、残念ながら君の裏切りははっきりした。君が、君の魔力とは違う『火』の魔力が付着した何かを持っているってことも判っていたし、出てきた時はそれを持っていなかったからね。何かワインと示し合わせたんだろうとはすぐに見抜いたよ。
そして、ワインは君とボクを彼の水柱に閉じ込めた。これはボクを始末するためだって判らないでどうする?」
憎らしそうにワインを見て言う『ナルシスト』だった。ワインはすでに動かなくなっている。魔力も散じてしまったようだ。
それは『淑女』も見て取った。『淑女』は悲しそうに首を振ってつぶやく。
「……ワインさんの言うとおりだったわ。最初からあなたに分かってもらおうなんて思わなければよかった。『彼はプライドが高すぎるし、自分に酔っている部分も見える』……ワインさんはあれほど正確にあなたの性格を見抜いていたのに……」
そして魔力を発動しつつ、槍を構えて『ナルシスト』に言った。
「ワインさんを殺してしまうなんて、シェリーさんに顔向けが出来ないわ。せめてワインさんに言ったことを実行しなきゃ。『ナルシスト』、あなたをここで処断するわ」
それを聞いて、『ナルシスト』は憫笑しながら槍を構えた。
「面白いね。『道化』じゃないけれど、いっぺんボクは君と真剣勝負をしてみたかったんだよ。君は裏切者じゃあるがボクの恋人でもある。最後の愛情として君を『学生』の手にはかけさせないし、苦しませずに壊してあげるよ」
「やああっ!」
シュンッ!
ガッ!
『淑女』の先制攻撃を、『ナルシスト』は余裕で受け止める。そして方天戟を回して『淑女』の槍を天空高く跳ね上げた。
「やっ!」
「あっ!」
槍を失って慌てる『淑女』に、『ナルシスト』は冷徹な一撃を放つ。
「はあっ!」
ザシュンッ!
「くっ!『五感分離』っ!」
『淑女』は、肩先を貫かれながら、『ナルシスト』に感覚を奪う魔法をかける。
「ぬっ!? 目晦ましを……」
そう呻いて槍を引く『ナルシスト』を見ながら、『淑女』は飛ばされた槍に左手を向け、
「槍よ、戻れっ!」
そう叫ぶ。槍は意志あるもののように、『淑女』の手に飛んで戻って来た。
「……さすがに君の『五感分離』は厄介だね。むっ!」
感覚装置を微調整して、視覚、聴覚そして触覚を取り戻した『ナルシスト』だが、目の前に『淑女』の槍が迫って来ていて思わず声を漏らす。
ザシュンンッ!
「ぐおっ!? はああっ!」
ズシャッ!
鳩尾の下を貫かれた『ナルシスト』だったが、間髪を入れず後ろに跳んで、『淑女』が槍を介して魔力を注入し、魔力によるショートを狙っているのを阻止した。
「ムダよ『ナルシスト』。ここで散りなさい!」
シュンッ!
『淑女』は愛する『ナルシスト』の心臓を狙って槍を突き出す。二人とも装甲は薄い。特にこの二人は胸郭部分にウォーラの4分の1程度の装甲を施してあるに過ぎない。魔力の乗った槍ならば、二人まとめて串刺しにできるだろう。
だが、これで終わらないのが『ナルシスト』だった。
「ふっ。『再度挑戦』!」
「えっ!?」
『ナルシスト』はごく短時間なら自分限定で時間操作ができた。魔力はかなり消費するが、最大3分前まで自分の状態を元に戻すことができる。
「残念だったね、『淑女』、これでお眠り」
グシュンッ!
目の前で復旧する『ナルシスト』を見ながらも、行き足がついていた『淑女』は攻撃をキャンセルできなかった。真っ直ぐに飛び込んだ『淑女』の胸を、『ナルシスト』の方天戟は見事に貫通した。
その時だった。
「隙をつけるのはほんの一瞬だ!」
「何っ!?」
ズバアアアンッ!
青く輝く軌跡を残し、ワインの『海嘯の一閃』が炸裂し、『ナルシスト』の右わき腹から左肩口にかけてすっぱりと斬り裂く。
『ナルシスト』はマナクリスタル、動力制御盤すべて、魔力制御装置のすべて、そして姿勢制御装置と、エランドールが行動するための中枢装置をすべて破壊された。
そしてワインは、それで満足しなかった。
「やああっ!」
ザシュンッ!
「とおっ!」
バガンッ!
ワインの槍は『ナルシスト』の首を刎ね、宙に舞う頭部を両断する。完全に『ナルシスト』が復活する芽を摘み取ったのだ。
「……ざまあみろ! 美人のお姉さんに非道いことをするからだ。このDV野郎!」
ワインは『ナルシスト』の各種機器をめった刺しにして、万が一にも復旧しないようにすると、倒れている『淑女』に駆け寄って抱き起した。
「大丈夫、傷は浅い。気をしっかり持ってくれ。キミがいなくなったら、シェリーちゃんが悲しむじゃないか!」
ワインの声が聞こえたのか、『淑女』はうっすらと目を開ける。だが、その瞳孔は開き、焦点を合わせられなくなっているようだ。
「……生きていたんですね、ワインさん。よかった」
か細い声で言う『淑女』だった、発声装置も機能を停止しかけているようだ。
「済まない、『ナルシスト』と同じ魔法を使っていたんだ。あいつが刺したボクは幻影だったんだ。ちょっと奴の隙を見つけるのに手間取ってしまった」
大声で謝るワインに、『淑女』はゆっくりと首を振り、
「これでいいの。わたしはシェリーさんに瀕死の重傷を負わせたんだもの。その償いなんだわ。それに、恋人の『ナルシスト』を失って、わたしだけ生きていようなんて思えないもの……」
そう言う。ワインは必死に『淑女』を助けようとした。
「くそっ! 部品が足りない」
そんなワインに、『淑女』は最期にこう言った。
「ワインさん、わたし幸せだった。シェリーさんにはわたしのこと解ってもらえたし、『ナルシスト』だって、わたしが他人に壊されるより自分で壊すって言ってくれた。
それに、こんなに必死にわたしを直してくれようとしたワインさん……ほんと、最初からあなたたちと会えたらよかったのに……」
そう言って『淑女』は目を閉じる。ワインは彼女の身体が急にずしりと重くなったように感じた。完全に機能を停止したため、重力制御装置が止まり、機械本来としての重さに戻ったのだ。
「……ジンを助けに行かなきゃな……」
ワインは、幸せそうな顔で機能を停止した『淑女』から目を逸らすと、槍に捕まって立ち上がる。ずっと向こうではガイアがぺたりと座って機能停止している。大きな破孔が見えるから相討ちになったらしい。
その向こうでは、ウォーラが同じように座っている。燃え上がって黒い煙を上げているから、彼女も散ってしまったようだ。
急にめまいと頭痛が襲ってきた。目の前の光景をワインの頭脳が理解することを拒んでいるようだ。
(……どれだけ犠牲者が出ているんだ。ジンやスナイプ様は無事なのか?)
ワインは、痛む頭でそう思いながら、よろよろと歩きだした。
(『テモフモフの遺産』を狩ろう!:6に続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
PTD6『ナルシスト』はPTD7『淑女』と共に逝きました。しかし、ドッカーノ村騎士団にもウォーラをはじめ犠牲者が出ています。これ以上の戦力低下は望ましくないのですが。
次回は賢者スナイプVS.PTD3『道化』です。特に戦闘狂の『道化』は、スナイプと戦いながらレイラに止めを刺すということもやってのけています。
いずれ劣らぬ二人の決戦、激戦が予想されますね。次回もお楽しみに!
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 18歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』。
♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子で負けフラグをへし折った『幼馴染ヒロイン』。
♡ラム・レーズン 19歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』。現在、ジンと合流するため移動中。
♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』。
♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇魔法の使い手で、『PTD4・幽霊』を倒すも、右腕を失った。
♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)28歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの姉に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王マロン・デヴァステータだがその地位を剥奪された。『魔族の祖』アルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。現在ジンたちとは別に『暗黒領域』で行動中。
■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』
♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 21歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、頭も切れ双剣の腕も確かだが女好き。
♤ウォッカ・イエスタデイ 21歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。
♡マディラ・トゥデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。
♡ソルティ・ドッグ 21歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。
♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。
♤ブルー・ハワイ 25歳『ドラゴン・シン」の遊撃兼偵察隊長である槍使い。金髪碧眼で観察力と記憶力に優れる。変装に優れ、情報を分析する能力に長ける。
♡メアリー・ブラッドレイ 25歳『ドラゴン・シン』で物資調達を引き受けている槍使い。ド・ヴァンを詐欺ろうとして失敗、許されて彼に心酔し仲間になった。
■退場した仲間たち
♡レイラ・コパック 博識で氷魔法の使い手。スナイプのスカウトで加入した。『PTD5・法律家』を倒すも『PTD3・道化』に止めを刺された。享年17歳。
♡ウォーラ・ララ ジンの魔力で再起動した自律的魔人形。彼に献身的に仕えたが、『PTD2・戦士』との戦いで相討ちとなった。
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『PTD1・学生』と対峙したが、相討ちとなって果てた。




