Tournament147 The Themofumov’s souvenir hunting:3(『テモフモフの遺産』を狩ろう!その3『PTD7淑女』)
シェリーとチャチャは『淑女』との戦いに入った。チャチャが早期に戦線離脱するが、シェリーと『淑女』の間に、なぜか相手への理解が生まれて……。
【前回のあらすじ】
ついに『テモフモフの遺産』たちとの全面対決になったジンたち『騎士団』。『法律家』を相手にしたレイラは、精神攻撃を受けつつも『法律家』を倒すものの、『道化』に止めを刺された。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「あら、『法律家』がやられちゃったの? きっと油断したのね」
『学生』からの司令を傍受した『淑女』は、シェリーの『烈火の突風』をあしらいつつそうつぶやく。
(レイラって子の頭は、ぼくが吹き飛ばしておいたよ♪ みんな目の前の敵のことだけを考えておいてね☆)
続いて『道化』から入った報告で、『法律家』の仇は取れたことを知った『淑女』だが、
(……『道化』のヤツ、いやに機嫌がよかったわね。アイツも油断してスナイプに乗じられなければいいけど)
一瞬、そう心配した。
だが、『道化』は相手が強ければ強いほど、不真面目な態度を取るという癖を思い出した『淑女』は、
(やはりスナイプはジン・クロウに次ぐ強さなんでしょうね。あの『道化』が楽しそうにしているなんて、彼の手に余るほどの強さなのかもしれないわ)
そう考える。だが、たとえスナイプが『道化』を超える実力を持っていたとしても、戦いを放棄するような『道化』ではなく、むしろその苦戦を楽しむのだろう……そう思い直して目の前の敵に注意を向けた。
「ぼさっとしてたら、切り刻んでやるわよ!」
短剣を両手に持ったシェリーが懐に飛び込んで来る。
「やあっ!」
「あら、結構思い切りがいいじゃない?」
ジャンッ! ジャランッ!
『淑女』は跳び下がりながら、シェリーの短剣を槍の石突で跳ね飛ばす。
「やっ!」
ドムッ!
「げっ!」
シェリーは『淑女』の足蹴りを喰らい、4・5メートルほど吹っ飛ばされる。
もんどりうって地面に転がったシェリーは、その勢いを使ってサッと跳び起きたが、そこに『淑女』の槍が襲ってくる。
「やああっ!」
「やばっ!」
『淑女』の槍は速い。シェリーはとっさに左に避けたが、
パアーン! チュイーンッ!
「ちっ!」
『淑女』の穂先に魔弾が命中し、左に流れる。おかげでシェリーは突きを回避できた。チャチャの援護がなければ、腕か肩を刺し貫かれていたかもしれない。
シェリーはチャチャを見てうなずくと、
「だああっ!」
短剣を構えて『淑女』の懐に飛び込み、必殺の十字斬りを放った。
「ちょっと待っててね♪」
シェリーの斬撃を難なくかわした『淑女』は、次の瞬間チャチャの真後ろにいた。
「チャチャ、後ろっ!」
シェリーの叫び声に、反射的に後ろを振り向いたチャチャは、『淑女』がニコリと笑うのを見て固まってしまう。
『淑女』は、駆け寄って来るシェリーをチラリと見て、チャチャにおどろおどろしい視線を向け、
「邪魔な小娘ね。『心神喪失』!」
魔力が乗った槍の柄でチャチャをひっぱたいた。
「きゃんっ!」
チャチャは、轢かれた子犬のような声を上げてすっ飛び、地面に叩きつけられる。彼女の狙撃魔杖は『淑女』の槍で両断されていた。
「チャチャっ!」
シェリーは『淑女』そっちのけで、倒れて動かないチャチャのもとに駆け寄ろうとするが、
「あらぁん、わたしよりそのちんちくりんな子がお好みかしらぁん♡」
『淑女』が回り込んで、シェリーに槍の穂先を向ける。
「あったり前でしょ!? 仲間が優先に決まっているじゃない!」
シェリーと『淑女』の間は、まだ20ヤードはあった。対して『淑女』はチャチャを槍の間合いに入れている。シェリーは一挙動で短剣をしまい、弓を執って矢を放った。
バシュンッ! ドムッ!
「えっ!?」
さすがの『淑女』も、シェリーの神業は想像の外だったらしく、とっさに避けたがわずかに間に合わず、肩先に矢を受けてしまう。
「……やるわね。はっ!?」
カイーンッ!
『淑女』が肩先の矢を抜こうとした瞬間、次の矢が飛来する。『淑女』は間一髪、槍で矢を払い落とした。
バシュン、バシュン、バシュンッ!
「……あなた、短剣より弓の方が得意なのね? どうして最初っから弓を使わなかったのかしら?」
次々と間を置かず襲い来る矢を避けながら『淑女』が訊くと、シェリーは
「弓より連射が効いて、射程が長い武器を持つバディがいるのに、二人とも遠距離攻撃は必要ないでしょ? それに……」
次々と目にも止まらぬ早さで矢を放ちながら、
「……あんたは、弓じゃ仕留められないわ、きっと」
槍を水車のように回しながら矢を弾く『淑女』は、口元を歪めると、
「……そう、あなたって本当に油断ならないわね。最初はもっと弱っちいかと思ったから、こっちのチビッ子とまとめて料理できるかなって思ってたけど……」
そう言いながら、シェリーに向かって突進する。
「……チビッ子を先に黙らせて正解だったわ!」
ビュンッ!
『淑女』の槍は、魔力を乗せてシェリーが思うより遥かに長いリーチで攻撃してきた。
パシンッ!
「あっ!」
シェリーは、『淑女』のあまりにも速い接近に対応しきれなかった。それに槍の斬撃がこれほど遠くまで届くとも想像していなかった。
「くっ!」
シェリーは、両断された弓を投げ捨てる。
「それっ!」
ビュンッ!
「はっ!」
縦に斬り下ろしてくる『淑女』の攻撃を、シェリーは横に跳んでかわす。
(『淑女』の攻撃範囲は20ヤード近い。アタシの短剣は腕のリーチも含めてせいぜい1ヤード……どう戦おう?)
シェリーは必死になって考えた。短剣では50ヤードほど離れた場所から『淑女』に致命傷を与えることはできない。かと言って、どれだけ自分の行動が素早くても、50ヤードの距離を詰めるには2秒はかかる。
その2秒の間に、『淑女』は3回、下手をすれば5回は斬撃や突きを繰り出せる。シェリーの短剣が『淑女』を刺し貫く頃、自分はズタズタにされているだろう。
(たった1秒、1秒でいいから、『淑女』の気を散らせる何かがあれば……『音速の烈風』で、相討ちになってもいいから仕留めてやるのに!)
『淑女』は、シェリーの悲壮な顔色を見て、薄ら笑いを浮かべながら言う。
「悪いことは言わないから降参したら? あなたみたいに可愛らしくて純真で、真っ直ぐな人間、殺しちゃうには惜しいわ」
シェリーは、『淑女』の攻撃が緩んだ隙を見て、一気に距離を詰める。
「やああっ!」
ジャリンッ!
「ふっ……」
シェリー渾身の一撃は、『淑女』の胸元を薙ぎ払ったが、それは衣服を斬り裂き、胸部装甲板に傷をつけたに留まった。
(そうだった、こいつはエランドール。装甲があるんだった!)
迂闊にも、短剣が火花を発して弾かれるのを見るまで、そのことに思い至らなかったシェリーは、隙だらけの自分を刺し貫く槍の冷たさを想像して絶望する。ここまで接近したら、もう逃げられる可能性はほぼない。
しかし『淑女』は、絶望的な眼差しで自分を見つけるシェリーに、薄く笑いを浮かべ、
「破ッ!」
ガスッ!
「ぐぇっ!」
槍ではなく、一歩踏み出して左ストレートをシェリーの腹部に炸裂させる。シェリーは潰されたカエルのような声を出し、胃液を吐きながら数メートルも吹っ飛んだ。
『淑女』はさらに、倒れて腹を押さえ丸まっているシェリーの所まで駆けて来ると、その勢いのまま、左足でシェリーを蹴り上げる。
ガスッ!
「ぐぁっ!」
今度の蹴りはシェリーの脾腹に入った。シェリーはさらに数メートル、空を飛んだ。
「……どおぉ? あなたがわたしに敵いっこないことが分かった? さっさと降伏して、あなたの大事なジン・クロウにも降伏を呼び掛けなさいな。
わたしたちのボスは、仲間には寛大で慈悲深いわ。わたしが口添えしてあげるから、新しい世界で二人の営みを楽しみなさい?」
シェリーは『淑女』の言葉を聞きながら、身体を震わせていた。強烈なパンチとキック、それは想定外の攻撃だったため、もろに急所をえぐっていた。ぜえぜえと息をするたびに少量ではあるが口から血が噴き出してくる。そして体幹には耐えがたい痛みが走っていた。
(……や、やばい……内臓が破裂しちゃったかも。気が遠くなってきちゃった……)
『淑女』は、ぜえぜえと肩で息をし、青白い顔で目をうつろに見開いて痙攣しているシェリーを眺め、ゆっくりと近寄って来て言う。
「あらあら、ちょっと力を入れすぎちゃったかしら? これじゃ苦しすぎてわたしの言うことなんて頭に入らないでしょうねぇ」
そう言いながら、左手に漆黒の魔力を集める。そしてそれをシェリーの上にすとんと落とした。
漆黒の魔力は、ゆっくりとシェリーを包み込む。シェリーの全身を覆いつくした時、魔力はまるで砂漠にまかれた水のように、音も痛みもなく、シェリーの身体に吸い込まれていった。
すると、シェリーはお腹の痛みが消え、呼吸が楽になるのを覚えた。
(……何をしたの? まさかアタシの感覚を奪って、自分の思いどおりに動かそうとしているんじゃないわよね!?)
痛みは消えたがだるさは残っているシェリーは、そう考えながらゆっくり目を開ける。
思ったより優しい顔をした『淑女』が立っているのを見て、シェリーは少し混乱した。今、アタシたちは1対1で戦っているはず。自律的魔人形も、敵に情けをかけることがあるのだろうか?
『淑女』は、シェリーと視線を合わせると、槍を虚空にしまい両手を腰に当てて言った。
「あなたと女同士の話がしたいの。ちょっと休戦させてもらっても良くて?」
★ ★ ★ ★ ★
シェリーは、痛む身体を引きずるようにして座り、一つ息をしてうなずくと、
「……どういうつもり? このままアタシに止めを刺したらよかったじゃない」
そう、少し怒ったような声で訊く。
『淑女』は、困った妹を見るような眼をして、
「不思議ね、最初わたしは止めを刺すつもりで近付いてきたのよ。でも、苦しんでいるあなたを見て、何かを思い出しちゃったのかもね? まだわたしが賢者マーリンに封印される前の出来事なんだろうけれど……」
そう言うと、シェリーの横に腰かける。
さっきまで戦っていた二人が、武器も持たずに座って話をしている……傍から見たらかなり異様な光景だったに違いない。
「女同士の話って?」
シェリーが訊くと、『淑女』はズバリ訊いてきた。
「あなた、『乙女』でしょ?『伝説の英雄』と結ばれるけれど、最期は悲惨な死に方をするって聞いているわ。怖くないの?」
シェリーは、痛みのためにうまく笑顔が作れなかったが、それでも笑ってうなずく。
「だってアタシ、小さい時から……ホント、物心ついた時にはジンが側に一緒にいたんだ。
それからずっと、ジンと一緒にいた。ジン以外のオトコなんて見たことなかった。アタシはジンが笑顔になるなら何だってやるし、ジンのためなら死んだっていい……ずっとそう思っているんだ」
『淑女』はそんなシェリーを、羨ましそうに見ていたが、
「……それで、ジン・クロウはあなたのことを大事にしてくれているの? 大事にされているって実感はあるの?」
シェリーは即答した。
「うん。ジンは旅の中で成長しているの。最初こそ、『鈍感系思わせぶり主人公』だったけれど、今はアタシのことを一番に見てくれているって自信がある」
「それは、もうジン・クロウと繋がっちゃったから?」
『淑女』の言葉に、シェリーは顔を真っ赤にしてうつむき、
「それは……て、敵に答えるギムはないと思う」
それだけをやっと答えた。
『淑女』は、ふっと笑い、空を見上げる。他の場所では凄惨な真剣勝負が行われているはずだが、突き抜けるような青空がとても虚しく感じられた。
「わたしとPTD6『ナルシスト』は、製作者のアイザック・テモフモフ博士の設定では恋人同士よ。エランドールに感情があるのなら、そう言った設定の時にお互いどんな反応や行動をするのかを研究するために造られた……。
人間と同じような行動をすることが確認できたら、今度は夫婦としてPTD14『女の子』がわたしたちに与えられるはずだったの……」
「はずだった?」
シェリーは思わず訊く。と同時に、ドクター・テモフモフはどこまで想定してエランドールの開発に取り組んでいたのかとうすら寒くなった。
「ふふ、『ナルシスト』が少し、人間とは違った精神の動きを見せてね? 結局、まだ機械には愛情というものは理解できないってことで、検証は中止になったの。
彼はわたしが不機嫌になった時、どうしても論理的な問題解決としての行動パターンを取ることが多かったのね。『寄り添って、共感するだけでいい』というパターンを最後まで取れなかったわ」
『淑女』は寂しそうに笑った時、シェリーは
(あれ、ひょっとしてこの女、『ナルシスト』のことが人間的な意味でも好きだったんじゃないかしら?)
そう、雷に打たれたように直感した。
「……『淑女』、気を悪くしたらゴメン。あなたって、アタシがジンを好きなのと同じくらい『ナルシスト』のことが好きだったんだね?」
「……機械には恋愛は出来ない。機械には恋愛は必要ない。『組織』の連中が言っていた言葉だけど、感情を持った者なら、他人に愛着を感じずにはいられないはずよ。
だからわたしは、一度、恋をしている人間とわたしの感情を比べて、わたしが人を愛せるエランドールだってことを確認したかったの」
「ワインに言わせれば、アタシのジンに向ける感情は一途すぎて、ぶっ飛んでるそうだけれどね?」
シェリーが自嘲気味に言うと、『淑女』は不意に思い出した。なぜ、自分がシェリーに止めを刺す気を無くしてしまったのかを。
(……PTD14『女の子』……彼女のイメージはシェリー・シュガーに似ていた。見た目だけでなく、無垢で純真で、すべてを自分たちに任せながらも、ちゃんと自分を主張するようなところが……。だからわたしは、彼女と話してみたいと思ったのね)
「……敵同士、こうやって話をするようになっちゃおしまいね」
『淑女』は、自分の心の変化をおかしく思いながら言う。
彼女は戦意を喪失させて戦うやり方を得意とし、『心神喪失』や『五感分離』と言った魔法もそれに特化したものだったが、シェリーと話し、過去を思い出すことによって自身が戦意を喪失してしまっていることに、軽い皮肉を覚えた。
「いいんじゃないたまには。ジンたち男の子にだって、『拳で語る友情』ってもんがあるらしいし。
戦わなくて済むならそれが一番じゃない。これからどうするの? 仲間に怒られない?」
シェリーが笑いながら言う。えくぼがでる明るい笑顔を見ながら、『淑女』は初めて、自発的に仲間になりたいと思える相手に会ったと思った。
『淑女』は緩く首を振りながら言う。
「そうね、怒られるし、命を狙われるでしょうね。でもいいの、好きになった気持ちを隠して戦うなんて、私にはできないわ。エランドール失格ね」
「じゃあ、とにかくまずは戦域を離脱して、みんなの争いをどうやって止めるかを考えようよ?
あなたを見ていたら、『テモフモフの遺産』たちみんながみんな、ジンを絶対倒すマンでもないように思うし。そうと決めたら急ごう、間に合わなくなっちゃうから」
シェリーは『淑女』がうなずくのを見ると、転がっている短剣を拾って鞘に戻し、チャチャのもとに駆け寄る。チャチャはまだ息があるはずだから、この場に残して退くわけにはいかない。
(……シェリー・シュガーはやっぱり素敵な少女だった。彼女がこれほど入れ込んでいるジン・クロウだもの、わたしが仲間を裏切ってでも協力するだけの価値がある人物でしょうね)
『淑女』がチャチャを助け起こしているシェリーを見てそう思った時、不意に背筋に寒気を感じた。
「ダメじゃないか『淑女』。僕はみんなを見ているんだよ? 女子会じゃあるまいし、敵と話し込んでどうしたんだい?」
後ろから話しかけられた『淑女』は、青くなって振り向く。彼女の予想どおり、そこには青くさらさらした髪をなびかせて乗馬服を着たPTD1『学生』がいた。
「……それとも、相手を油断させるためにわざと親しくしているのかい。きっとそうだよね? 君が早くシェリーとチャチャを倒してくれれば、ジン・クロウの平常心を乱せるんだ。頑張ってくれないと困るよ?」
そう言うと、『学生』は瞳を赤く光らせる。『淑女』はそれをまともに見て、自分の意識が何者かに押さえつけられるような感覚を覚えた。
「お待たせ~。どうしたの『淑女』?」
シェリーはそう話しかけて、背中を向けたまま突っ立っている『淑女』の様子がおかしいことに気が付く。先ほどまでの柔らかで温かな雰囲気ではなく、冷たくそそり立った崖のような雰囲気をまとっている。
(……さっきまでのは演技? いや、あれは絶対に『淑女』の本心だった。でも今はまた敵に回っている。きっとエランドールとしての忠誠心が、裏切りを拒絶しているのね)
シェリーは、最悪のタイミングで『淑女』が心変わりしたことを知った。弓も無くし、身体中の痛みはまだ残っている。おまけに気を失っているチャチャを背中に負ぶったままだ。今のままでは戦うことも、逃げることもできない。
かと言って、戦うために短剣を構えるには、チャチャを地面に寝かせるしかない。それは99%チャチャが死ぬことを意味している。
(……どれだけ不利でも、チャチャちゃんを見捨てることなんてできない。やれるだけやってやる!)
シェリーはそう腹をくくると、片手で短剣を抜いて構えた。
(……シェリーとは戦いたくない。せっかく心を通わせられた、たった一人の人間なのに)
『淑女』のそんな思いとは裏腹に、彼女はゆっくりと右腕を伸ばし、虚空から槍を召喚する。
そして、ボウンッと魔力を開放すると、シェリーに向き直った。
「えっ!?」
シェリーは、『淑女』が魔力を開放し、こちらに向く間、じりじりと間合いを開けた。チャチャが目を覚ませば、彼女を逃がしながら『淑女』の攻撃をいなすのはそう難しくない。勝つためではなく、離脱することを主眼に置けば、相手が一人なので逃げ切る自信はあった。
しかし、シェリーが戸惑いの声を上げたのは、こちらを向いた『淑女』の眼には、明らかに哀しみの色が浮かんでいたからだ。
(……そう言えば、PTD1『学生』って、ほかのエランドールの思考制御装置に干渉できたわね。とすると『淑女』は、彼女の意志とは無関係に、アタシを攻撃するよう干渉を受けたんだ! なんて卑劣なの)
シェリーは『淑女』の豹変に『学生』の関与があると睨み、
(それなら絶対に負けちゃいけない。『淑女』を悲しませないためにも)
そう決心し、叫んだ。
「アタシはあなたが話してくれたことを信じる。だからアタシはあなたを攻撃しない。でもあなたにやられるつもりもない。『淑女』、『学生』なんかの干渉には負けないで!」
それを聞いて、『淑女』は槍を取り落としかける。
やはり彼女が『学生』の干渉下にあるのは確かだ。だがその干渉も、まだ『淑女』の意識を完全に奪取するまでには至っていないようだ。
『淑女』は、ものも言わずシェリーに突きかかる。シェリーはチャチャを負ぶったまま、右に左に跳んで攻撃をかわす。
シュシュッ!
「おわ!」
ジャンッ!
『淑女』が二段突きを放った時、シェリーは逃げ損ねて短剣で払いのけた。だが、『女同士の話』の前と比べ、『淑女』の攻撃には鋭さがない。
シェリーは周囲をざっと見まわす。すでに決着が付いたレイラと『法律家』以外は、まだあちこちで戦っている。
(賭けだけど、ここから離れてみようか。追ってくるようだったら、適当にあしらいながら『学生』が倒されるのを待つって手もあるわ)
『学生』は『戦士』と共にウォーラ、ガイアのエランドール姉妹を相手にしている。あの二人なら、『学生』を倒してくれるだろう。『学生』が倒れれば、『淑女』への干渉が止まる可能性もある。
だが、干渉の度合いによっては、シェリーが離脱した場合、彼女を追跡せずに誰か……特にジン……の攻撃に加わってしまう場合もある。そうなった場合、好むと好まざるとに関わらず、シェリーはチャチャを抱えたまま、弓もなしに戦わねばならなくなる。
シェリーが迷っていた時、背中のチャチャが夢に怯えたか、
「うわわああ~っ!」
そう叫んでシェリーの首を絞め始めた。
「ぐえっ! チャチャちゃん!?」
シュッ、ドスッ!
「ぐっ!」
急いでチャチャの手を振りほどこうと体を揺すったシェリーに、『淑女』の槍が突き立つ。チャチャは眠ったまま、凄い力でシェリーの首を絞めてくる。
ドバッ、ブシュッ!
「ぐぇっ!」
『淑女』は感情を表さない瞳のまま、何度も槍を引き抜いては、シェリーの身体に突き立ててくる。そのたび、シェリーは呻き声を上げたが、やがて視点が定まらなくなった目を茫然と見開いたまま立ち尽くす。
『淑女』はゆっくりとシェリーの後ろに回り、まだ首を絞め続けているチャチャの背中に、
ドスッ!
無言で槍を突き立てた。
「がっ!?」
それでチャチャは目を覚まし、シェリーの首から手を放すと、支えを失ったチャチャの身体は仰向けに地面に叩きつけられる。
同時に、のどを押さえるものが無くなったシェリーは、大量の血を吐いて膝から崩れ落ち、うつぶせに転がった。
『よくやった『淑女』。シェリーの首を持ってジンのところに行くんだ。急いでくれ、思ったよりも『ドール』が苦戦している』
『淑女』の頭の中に『学生』の声が響く。『淑女』はゆっくりと槍の穂先をシェリーのうなじに当て、一気に刺し貫こうとした。
その時、
バシュンッ! パーンッ!
魔弾が『淑女』の槍を砕いた。
『淑女』はゆっくりと魔弾が来た方向に顔を向ける。20ヤードほど先に、黒いイブニングドレスを着た女性がいた。女性は左手に魔力を集めながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「悪いけど、シェリーさんやチャチャちゃんを逝かせちゃうわけにはいかないのよね」
その女性はそう言いながら、チラリとシェリーを見て、
「酷く痛めつけてくれたわね?『闇の沈黙』」
シェリーの身体を青紫の魔力が包む。
「……『幽霊』といい、あなたといい、どうして『テモフモフの遺産』の奴らは精神破壊や感覚操作なんてえぐい魔法ばかり使うのかしら? これもテモフモフ博士のシュミ? それとも『組織』の注文かしら?」
女性の言うことを黙って聞いていた『淑女』は、両手両足に赤黒い魔力を集めると、何も言わずに女性に殴り掛かって来た。
ガスッ、バシッ、バンッ、シュンッ、バシュッ!
女性は『淑女』のパンチやキックを、身をよじることでかわしていたが、
「ふん、『学生』の影響を受けているのね? 仲間すら信用せずに道具として扱う……あなた方の本性ってものが分かるわ。『深淵の瞳』っ!」
バシュンッ!
女性は、右手で『淑女』の腕をつかむ。するとその右手は魔力の塊となって『淑女』の内部に侵入し、動力伝達系の機能をショートさせた。
「がっ!?」
呻きながら目を見開いた『淑女』に、女性はねっとりとした笑いを向けて言う。
「わたしはジンジャー・エイル。『幽霊』さんにはお世話になったわ」
そして、『淑女』の向こう側に姿を現した、ペストマスクの男に声をかける。
「こいつが『テモフモフの遺産』の一人、PTD7『淑女』よ。お兄様から何かこいつに質問はある?」
★ ★ ★ ★ ★
ペストマスクの男は、くぐもった声で言う。
「……キュラソー、そいつはしばらく動けないし、『学生』の干渉も外れている。お前は幼馴染さんの容態を見て差し上げろ。腹違いとはいえ私の従弟で『伝説の英雄』が選んだ『乙女』だ、死なすんじゃないぞ?」
そう言うと、ジンジャーはうなずいて『淑女』から右手を放す。『淑女』は茫然と突っ立ったままだ。
テキーラはゆっくりと『淑女』に歩み寄ると、正面から彼女を見て訊いた。
「私はテキーラ・トゥモロウ、『ドラゴン・シン』の一員だ。
お前たち『テモフモフの遺産』を率いている『運命の背反者』が、何を望んでいるのかが訊きたい。知っていることを話してもらおうか」
すると『淑女』は、悲しそうな顔をして言った。
「シェリーは、シェリー・シュガーは助かりそう!?」
テキーラは冷たい声で言い返す。
「貴様が殺そうとしておいて、いまさら何が訊きたい? 止めが刺せたかの確認か?」
すると『淑女』は涙を流して叫ぶ。
「違う! せっかくわたしを心から受け入れてくれた人間を、わたしが殺したいと思うはずないじゃない!!」
そこに、ジンジャーが声をかける。
「テキーラお兄様、シェリーさんはとりあえず大丈夫です!」
すると『淑女』は心からホッとした顔をして、泣きじゃくり始めた。
テキーラがその様子をじっと眺めていると、ジンジャーが手招きする。テキーラは早足で彼女の側に進む。
「……『淑女』は敵意がないようだが」
テキーラが不思議そうに言うと、ジンジャーが苦い顔で答えた。
「おそらく、『淑女』は『学生』の影響下にあったんだと思います」
「『学生』? PTD1のナンバーを持ち、『テモフモフの遺産』の実質的なリーダーか?」
「ええ。『学生』は他の自律的魔人形の統制機構に干渉して、ある程度自分の意思に従わせる能力を持っています。
『騎士団』のウォーラさんやガイアさんはそれを危惧して、賢者マーリン様に対策を講じていただいています」
ジンジャーの説明に、テキーラは納得がいったように言う。
「ふむ、だから『淑女』からは敵意を感じず、幼馴染さんを気にする様子が見えたのだな」
「はい。『学生』の干渉も完全なものではなく、一部自分の意志が残っていたようですね。
でないと12か所も刺されて、致命傷が一つもないなんてことは考えられません」
それを聞いて、テキーラは『淑女』に目を向ける。彼女はもう泣き止んで、しきりとこちらを気にするように視線を向けていた。
「分かった。引き続き幼馴染さんやチャチャさんの様子を見ていてくれ」
テキーラはそう言うと、『淑女』の方へと歩み寄る。
「シェリーさんとは話が出来そうですか?」
涙の跡を残して訊く『淑女』に、テキーラは首を振って答える。
「まだ目を覚ましていない。だが、生命の危機は去っているようだから安心するといい。
お前が『学生』の影響下にあったことを知っていれば、今回のことは心から謝罪すれば許してくれるはずだ。ジン・ライムも、幼馴染さんも、そういう人間だからな」
言い聞かせるように言うと、真剣な声になって続ける。
「だが、私や『ドラゴン・シン』のオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長、そしてジン・ライムの団員は別だ。ちゃんとした謝罪の証拠を求めるだろう。
エピメイアの野望、それは何だ? 知っていることだけでいい、話してくれ」
『淑女』はうなずいて、エピメイアと出会った時のことから話し始めた。
………………
わたしたちは、長い間賢者マーリンの屋敷に保管されていました。
賢者マーリンはテモフモフ博士が死んだ時、いち早く研究室に行って、私たちを回収したのです。PTD13『死神』は、その時試運転中だったのでラボにおらず、後に『組織』に回収されたものと思います。
わたしたちがエピメイアの目に留まったのは、『組織』の枢機卿にエピメイアが捨て駒以上の価値を見出さなくなったからだと聞いています。枢機卿や枢機卿特使を用いてジン殿の周囲から仲間を削り、私たちの一斉攻勢でジン殿を亡き者にする……それがエピメイアの腹案のようでした。
「……ジン・ライム殿を襲う計画のことはどうでもいい。エピメイアは何のためにジン殿を狙うのか、そしてエピメイアの最終的な目標は何なのか? 私はそれを聞いている」
テキーラが静かに訊くと、『淑女』は笑って続きを話す。
エピメイアは慎重で用心深く、わたしたち全員と親しく話はしても、肝心の部分については主に『学生』としか話はしていません。
しかし、『学生』もわたしたちの統率上、最低限のことは説明してくれていました。
『学生』の話では、最終的にエピメイア自身が『虚空』と同一の存在になろうとしているようでした。
つまり、『摂理を規定し、摂理の運行を自在にできる存在』を目指していたようです。
そのため、最初エピメイアは魔王、アルケー・クロウ、ジン殿を天秤にかけ、ジン殿と手を組んで魔王を倒し、アルケーと手を組んでジン殿を仲間にするか倒すかし、最後に『摂理の調律者』様と雌雄を決して、『虚空』を壊す……そう考えていたようでした。
「その順番なら、ジン・ライム殿はエピメイアにとって最も重要なピースだ。それをなぜ、最初に狙おうとしている?」
テキーラの問いに、『淑女』は当惑の顔で答える。
「……わたしにも分かりません。知っているとしたら『学生』でしょうが、彼も知らないかもしれません。エピメイアからジン殿の討伐命令が下されたとき、『学生』も腑に落ちていないようでしたから。
ただ、マイティ・クロウが魔王との戦いを始めたのち、それを偵察しにエピメイア自身が行ったことがあります。その時エピメイアが、
『今日、アルケー・クロウに会ったわ。相変わらず物事をややこしくするような小細工ばかりしていたみたいね』
と、笑いながら話していたことを覚えています。ひょっとしたら、エピメイアはもっと早く自分の望みを叶える道筋を見つけたのかもしれません」
テキーラは、『淑女』の話を聞いて考える。
(『淑女』が言った最初の青写真よりも早くエピメイアの望みを叶える筋道か……。
仮にジン・ライム殿を最初に排除した場合、エピメイアが組む相手は魔王かアルケー・クロウになる。
この場合、魔族のボスたる魔王より、魔族を生み出したアルケーの方が組む相手としては望ましい。うまく話を進めれば魔王すら仲間に引き入れることができるからな。さすればプロノイア様と戦うときに、強力な味方が増えることにもなる。
だが問題は、木々の精霊王マロン・デヴァステータ様の存在だ。マロン様はジン殿とアルケーの協力を模索していると聞く。それが成功した場合、アルケーを仲間にする見込みが減る。
だからジン殿を最初に狙ったのかもしれんが、完全に敵に回ったマロン様がアルケーを口説けば、魔王すらエピメイアの敵になる可能性だってある。そのリスクを考えていないエピメイアでもあるまい……)
その時、テキーラに恐ろしい考えが浮かんだ。
(……そう言えば、マイティ・クロウが戦ったのは『魔王』ではなく『魔王の心臓』だと聞いたことがある。つまり『魔王』は実体として存在していないのかもしれない。
とすると、『誰が魔王になるか』がとても重要な因子になりえる。
今、魔王の心臓とマイティ・クロウが再び戦っている。つまりはその場にいる叔父上、エレノア殿、そして大賢人だったスリング様……もし、叔父上たちが負けたなら、このうちの誰か、いや、悪くすると全員が魔王に取り込まれることになる……そんなことになったら……)
テキーラはその先を考えるのを止めた。考えたくもないことだった。自分やジンジャーが、バーボン・クロウやジンと戦う図など。
「……そんなことにならねばいいが……」
テキーラは顔を上げ、暗然としてつぶやいた。仮面越しに見る空は暗かった。
………………
「テキーラ殿?」
『淑女』の声にテキーラは我に返ると、彼女の顔を見て言う。
「……大変参考になる話だった。ド・ヴァン団長も喜ばれるだろう」
そう言っているところに、ジンジャーがシェリーとチャチャを連れて歩いてきた。
「シェリーさん、よかった。『学生』の影響下にあったとはいえ、取り返しのつかないことをいたしました」
ヒールで復活したシェリーの姿を見て、また涙ぐむ『淑女』に、シェリーは手を振って言う。
「そのことなら、アタシも解っていたことだからいいよ。それにあんな話をした後だから、『淑女』と戦う気もなくなっていたし。
アタシ、ジンには『優しすぎるから心配だよ』って言うくせに、これじゃ人のこと言えないね?」
「あたしも、結果的に悪夢から覚ましてもらったから、『淑女』さんのこともう敵って思っていないよ? だからシェリーお姉さまたちと、早く団長さんたちを助けに行こう?」
勢い込んで言うチャチャに、テキーラは首を振って言う。
「君たちはヒールで復活したばかりだ。魔力も残り少ないし、主要武器も失っている。ここはいったん退いて様子を見ておくべきだと思うぞ?」
「そうよ。逸る気持ちは解るけど、今のあなた方じゃ足手まといにしかならないんじゃないかしら。どう思う、副団長さん?」
ジンジャーもシェリーに向かって訊く。一瞬強がりを言おうとしたシェリーだったが、『淑女』がすまなそうな顔をして自分を見ているのに気が付き、
「……ジンは必ず勝つもん……チャチャちゃん、『ドラゴン・シン』の集積所まで戻って、弓矢と狙撃魔杖を手に入れてから戻って来よう!」
そう決断した。
「それがいいわ。じゃ、お兄様、シェリーさんたちを集積所まで連れて行ってくださらない? わたしは『淑女』さんと一緒に団長たちに加勢するわ」
テキーラは、
「いや、私が残ろう……」
そう言いかけて、ジンジャーをじっと見つめ、
「……ふむ、お前に気負いがないのは分かった。では、お前に任せよう。幼馴染さん、私と一緒に来てくれ」
そう言うと、シェリーはジンジャーの手で行動機構のロックを解除された『淑女』に近付いて、
「無茶しないでね。ジンは仲間を失うことを嫌がるの。だから絶対生き延びて、エピメイアの野望なんかめちゃくちゃにしてやろう! 約束だよ?」
そう言って右手を差し出す。
『淑女』は戸惑いの表情を浮かべたが、すぐにシェリーと握手し、
「分かったわ。約束する」
そう笑って言った。
★ ★ ★ ★ ★
「さーて、誰を叩くべきかしら?」
シェリーたちを見送ったジンジャーは、腕組みをして『淑女』に訊く。『淑女』は、少し考えていたが、
「私たちは、いずれも自分の能力や実力に合わせて相手を選定しました。ですから彼らは、ジン殿はじめ皆さんと同等かそれ以上の実力を持っているはずです。
その中でも『ナルシスト』は『学生』がいなくなったら最も注意すべき智謀の持ち主ですし、『道化』は飛びぬけた実力を持つ戦闘狂、『ドール』の本気はわたしたちも見たことがありません。
ですから、まずは『ドール』『道化』『ナルシスト』を叩くべきです。その後は『学生』『戦士』の順でしょうね」
この時、ジンジャーは、テキーラを帰してしまったことを激しく後悔したそうだ。
「……『ドール』『道化』『ナルシスト』は、誰を相手にしているかしら?」
ジンジャーが訊くと、『淑女』は、
「『ドール』がジン殿を、『道化』は賢者スナイプ様を、『ナルシスト』はワイン・レッド殿を相手にする割り振りでした」
そうよどみなく答える。
(……話を聞くと、『ナルシスト』も『道化』もヤバい相手みたいね。でも、団長さんの相手、『ドール』も、団長さんを割り当てられているのならかなり強いはず。
なにより『淑女』たちも本気を出して戦っているところを見ていないというのは不気味だわ。『道化』は戦闘狂とはいえ、スナイプ様が簡単に倒されるとは思えないから……)
「……わたしたちは、『ナルシスト』と『ドール』に張り付きましょう」
そう決断を下した。
その頃、テキーラに連れられて『ドラゴン・シン』の集積所に向かったシェリーたちは、かなりの亜空間酔いで完全にグロッキーになっていた。
「テキーラ、君と次に会うときは『決戦の荒野』だと思っていたよ」
テキーラの姿を見たド・ヴァンは、驚きつつも喜んで彼を迎え、
「おや、団長くんの幼馴染さんとちっちゃな魔族さんじゃないか? いったいどうしたんだい?」
ド・ヴァンは青くなって転移魔法陣から出て来たシェリーとチャチャを見てそう訊いたが、すぐに察し良く、後ろにいるソルティに命じた。
「ソルティ、幼馴染さんとチャチャさんをすぐに救護テントへ。薬を飲ませてしばらく寝てもらおう」
そう言って、団員たちがソルティの指示でシェリーたちを運び去るのを見ていたが、
「……何があったんだい? 団長くんが君に彼女たちの離脱援護を依頼したのなら、かなりやばい状況になっているんじゃないか?」
心配顔で訊くド・ヴァンに、テキーラは首を振り、
「ジン・ライム殿を追いかけているうちに、別の次元空間に迷い込みましてね? そこでドッカーノ村騎士団のジンジャーという団員が彷徨っているのを拾いました」
そう言う。
「ふむ、それで?」
ド・ヴァンは話を急がせない。核心だけを話してもらっても、理解できないこともある……ド・ヴァンはそのことを知っていた。
「……彼女の話では、ジン団長たちは『テモフモフの遺産』たちとの戦闘に入っているとのことでした。
ジンジャー殿はPTD4『幽霊』を倒したが、『幽霊』が作り上げた空間からの出口が判らなかったとのこと。
それで彼女をジン殿の所に送るついでに戦況を確認するつもりでいたのですが……」
「君のことだ、必要なら『テモフモフの遺産』たちとも一戦交えるつもりだったんだろう?」
ド・ヴァンが笑って訊くと、テキーラはペストマスクの下でくくっと笑い、
「まあ、そこは想像にお任せしますが、亜空間を出てみたところ、ちょうど幼馴染さんがPTD7『淑女』に止めを刺される直前でして、まずは彼女を助けたのです」
そう説明する。ド・ヴァンはうなずいて、
「それはいいことをしてくれた。ボクは彼女が『摂理の黄昏』を止めるカギの一つ、『乙女』ではないかと考えているからね。
それで、『淑女』はどうした? 倒したかい?」
「……それが、どうやら幼馴染さんはその前に『淑女』と語り合い、心を通わせていたとのことです。幼馴染さんの願いで『淑女』はジン団長方として、ジンジャー殿と共に戦闘に戻りました」
テキーラの答えに、ド・ヴァンは驚きつつも、心配そうに訊く。
「何だって? だが『淑女』は幼馴染さんを殺すつもりだったんだろう? そんなやつを簡単に信じていいのかい?」
テキーラは首を振ってきっぱりと答えた。
「どうやら『淑女』が幼馴染さんを殺そうとしたのは、『学生』の干渉があったからのようでした。ジンジャー殿の力でその干渉はすっかり外れていますので、武器を無くし、魔力を消耗した二人を連れてここに帰って来たというわけです」
ド・ヴァンはしばらく考えていたが、テキーラに思い切って訊く。
「団長くんたちは、『テモフモフの遺産』たちに勝てると思うか?」
テキーラは首を振って答える。
「私が見たところ、すでにレイラという団員が『法律家』と相討ちになっているようです。そのまま1対1の状況が続けば勝負は判らなかったでしょうが、『淑女』がジン殿についたからには、犠牲は出るでしょうがジン殿たちの勝ちは動かないでしょう」
それを聞き、ド・ヴァンは北の空を見つめてつぶやいた。
「……すでに幼馴染さんとチャチャちゃんは保護している。団長くんが生き残ってくれればいいが。それにワインとスナイプ様、最低この二人だけは生き残ってほしいものだ」
シェリーたちの回復には、かなりの時間がかかった。その理由の一つには、テキーラがわざと数百マイルという遠距離の転移を行ったことも関係している。
テキーラがシェリーとチャチャを見た時、ジンジャーの魔法で回復したとはいっても、彼女たちはいつ倒れてもおかしくないほど生命力も魔力も枯渇していた。
特にシェリーは、致命傷は免れたとはいえ体幹部を十数か所も槍で刺し貫かれており、かなりの血を失っていた。ジンジャーの魔法があと数分遅れたら、傷は治っても失血で命を失った可能性が高い。
医薬の心得があるマディラが呼ばれたが、
「チャチャちゃんはともかく、シェリーさんの治療はワタシも自信がありません。幸い、『ブリューエン』が近くに来ていますから、ポピーさんに頼んでみてはどうでしょう?」
というマディラの意見に従い、ド・ヴァンは早速『ブリューエン』の統率者、サン・ゾックに救援依頼の使者を送った。
「シェリーさんが!? 分かりました、すぐに参りましょう!」
使者の話を聞いたサン・ゾックは、すぐさま参謀ナルシスと薬物の大家ポピーを連れて『ドラゴン・シン』の物資集積所を訪れ、シェリーの容態を確認した。
シェリーは、長距離転移の影響か、はたまた薬の影響かぐっすりと眠っていたが、彼女を一目見たポピーは、
「……かなり危ない状態だっちゃ。うちに任せられても、正直、以前のようなレベルまで回復するとは確約できないっちゃよ」
泣き言に近い言葉を述べたようだ。
しかし、サンの
「シェリーさんはジンさまの大事な仲間。ワタシたち『ブリューエン』の名に懸けて治しなさい! ワタシに恩返しをさせないつもりなの!?」
という厳命を受け、ポピーは畢生の知識を根こそぎ動員して特効薬を超特急で調合した。
「シェリーお姉さまは治るの?」
7・8時間ぐっすり寝て、すっかり体調が回復したチャチャは、シェリーがまだ目覚めていないことを知ると、武器調達もそこそこにシェリーの枕元に詰めっきりになった。
最初は心配で眠れない様子だったチャチャも、ポピーの特効薬を飲んだシェリーの顔色がみるみる良くなっていくのを見て、安心して武器調達の続きにかかる。
そして、シェリーが目を開け、身体を起こせるようになる時分には、自身で厳選した『最高の狙撃魔杖』を肩にかけてご満悦だった。
シェリーは、深い沼から浮き上がるように目を開ける。白いテントの屋根が見え、油を引いた帆布張りの壁の向こうからは、兵士たちの声が聞こえてくる。
「……ここ、どこ?」
思わずポツリと漏らしたシェリーのつぶやきに、ちょうど薬の効き具合を確認していたポピーが答えた。
「あ、やっと目が覚めたけ? うちの計算どおりだったっちゃ」
「ポピーさん? どうして?」
首を動かして自分を見るシェリーに、ポピーは優しいまなざしを向け、
「シェリーさん、血液も魔力もかなり失っていたっちゃ。危ない状態だったっちゃよ?」
そう言いながらシェリーの脈を取ると、
「……うん、でももう大丈夫だっちゃ。あと1時間ほどでうちの特効薬の点滴も終わるっちゃ。そしたらご飯食べて、気分が悪くならないようだったら退院だっちゃよ」
そう、満面の笑顔で言う。その目の下には、黒い隈が出来ていた。
「アタシ、どのくらい寝ていたの?」
シェリーが何気なく訊くと、思いもよらない返事が返って来た。
「う~ん、丸一日だっちゃね。正確には今日で2日目だっちゃ」
「丸一日!?」
驚いて跳び起きたシェリーは、眩暈がしてぐらりと身体を傾ける。ポピーが慌てて身体を支えながら言う。
「いきなり起きたら駄目だっちゃ! シェリーさんは貧血、それから来る一時的な臓器不全、転移魔法陣による亜空間酔いを併発していたっちゃよ。
起きても構わないけど、少しずつ、眩暈が起きないか様子を見ながら体を起こすっちゃ」
背中をさすられて気分がよくなったシェリーは、
「ジンたちが『テモフモフの遺産』たちと戦っているの。アタシも早く帰らなくちゃ」
そう言って無理やり寝台から降りようとする。
「……ポピーさんの言うとおり、もう少しここでゆっくりして、万全の体調でドッカーノ村騎士団に戻ることを勧告しますよ。シェリー・シュガー副団長」
そこに、ド・ヴァンが天幕を引き上げて入って来る。シェリーは、ド・ヴァンのイヤに丁寧な言い回しに、悪い予感を覚えた。
「……ド・ヴァンさん、看病していただき感謝します。それで、ジンは無事でしょうか?」
シェリーが青い顔で訊くと、ド・ヴァンは思ったよりも明るく、
「いや、お礼はあなたをここにお連れしたテキーラと、薬を調合してくださったポピーさん、看病に駆けつけてくださったサンさんに仰ってください。ボクは彼らに繋ぎを付けただけです」
そう言うと、微妙な微笑と共に、
「大丈夫、団長くんは無事ですよ」
その言葉に、ひとまず安心したシェリーだった。
「……それで、アタシは『淑女』と約束したんです。彼女は無事でしょうか?」
シェリーの問いに、ド・ヴァンは一瞬身体を強張らせたが、マディラがうなずくのを見て、静かに言った。
「シェリーさん、本当は後でお話ししようと思っていたんですが……落ち着いて聞いてください」
その言葉と、ド・ヴァンやマディラの顔色を見ただけで、シェリーはこれから何が告げられるかを悟った。
そして、ドッカーノ村騎士団の現状を聞かされたシェリーは、嘆くよりも茫然としてしまった。
(『淑女』の嘘つき! 生き延びて、一緒にエピメイアをぶっ飛ばそうって約束したじゃない!)
シェリーは悲嘆に暮れていたが、新たな希望がジンの許を目指してマジツエー帝国に足を踏み入れたことは、まだ知らなかった。
「やっとここまで来たな」
マジツエー帝国唯一の貿易港であるアインシュタットの堤防を見ながら、軍装に身を固めた乙女がつぶやく。
彼女は、肩まで伸ばした赤い髪を海風になぶらせ、緋色の瞳で堤防を見つめている。
切れ長の目、意志の強さを表すようにきゅっと引き結ばれた赤い唇。そして何より異彩を放っていたのが、額に生えた白い金属質の光沢を持つ角である。
彼女の名は、ラム・レーズン。ユニコーン族の戦士長シールの愛娘で、故国では『獅子戦士』の称号を持つ戦士だった。
「……やっとここまで『右鳳軍団』を引っ張って来れたな。上陸したらすぐにでも『暗黒領域』に向かいたいが、『遊撃軍団』や『猟兵軍団』の編成もあるし、物資補給線の確立作業もある。
できるだけ急いでジン・ライム殿のもとに馳せ参ずるつもりだが、それまではラム、お前が頼りだ。しっかり頼むぞ」
いつの間にか後ろに来ていた、上背のある屈強な戦士が、ラムにそう話しかける。ラムの父で、『右鳳軍団』の指揮官であるシール・レーズンだった。
ラムは、シールを振り返り、輝くような笑みを浮かべてうなずく。
「お任せください父上。上陸したら早速、ウォッカ殿と共に『暗黒領域』に向けて出発します。
父上も気を付けておいでください。『暗黒領域』でお待ちしています」
シールはうなずいて、後続する船団を眺める。あの船団のどこかに、『左龍軍団』を率いたオーガ族長スピリタスがいて、息子のウォッカと同じような言葉を交わしているのだろうと考えると、感慨深いものがある。
(……マイティ・クロウ様と共に『決戦の荒野』を踏み越えて、早21年。また『魔王の降臨』を阻止しに出撃できるとは、戦士冥利に尽きるな……)
シールもまた、近付いて来るアインシュタットを見ながら、そう考えていた。
(『テモフモフの遺産』を狩ろう!:4に続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
シェリーと『淑女』、この回は結構次回以降と時間的な前後が生じています。
ジンの『騎士団』に、かなりの損害が出ることは示唆されましたが、具体的に誰が、どんなふうに最期を迎え、それがどんな意味を持つのか、じっくりお伝えしていこうと思います。
もし、『推しの子』が退場しても、それがベストだったと思えるように書き込んでいきたいと考えていますので、よろしくお願いいたします。
次回は『ウォーラ&ガイアVS.PTD2戦士・PTD1学生』です。お楽しみに。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 18歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』。
♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子で負けフラグをへし折った『幼馴染ヒロイン』。
♡ラム・レーズン 19歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』。現在、ジンと合流するため移動中。
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』。
♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』。
♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇魔法の使い手で、『PTD4幽霊』を倒すも、右腕を失った。
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。
♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)28歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの姉に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王マロン・デヴァステータだがその地位を剥奪された。『魔族の祖』アルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。現在ジンたちとは別に『暗黒領域』で行動中。
♡レイラ・コパック 博識で氷魔法の使い手。スナイプのスカウトで加入した。『テモフモフの遺産』の一人、『法律家』を倒すも『道化』に止めを刺された。享年17歳。
■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』
♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 21歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、頭も切れ双剣の腕も確かだが女好き。
♤ウォッカ・イエスタデイ 21歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。
♡マディラ・トゥデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。
♡ソルティ・ドッグ 21歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。
♤ブルー・ハワイ 25歳『ドラゴン・シン」の遊撃兼偵察隊長である槍使い。金髪碧眼で観察力と記憶力に優れる。変装に優れ、情報を分析する能力に長ける。
♡メアリー・ブラッドレイ 25歳『ドラゴン・シン』で物資調達を引き受けている槍使い。ド・ヴァンを詐欺ろうとして失敗、許されて彼に心酔し仲間になった。
♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている謎の男。実はジンジャーの兄で、マイティ・クロウの甥に当たる人物。




