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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
暗黒領域・魔王決戦編
146/171

Tournament146 The Themofumov’s souvenir hunting:2(『テモフモフの遺産』を狩ろう!その2『PTD5法律家』)

遂に『テモフモフの遺産』たちと全面衝突することになったジンたち『騎士団』。

レイラは、幻影の法廷で過去のトラウマと直面させられる。

レイラVS.『法律家』、軍配はどちらに上がるのか?

【前回のあらすじ】


激闘を続けるジンジャーと『幽霊』。その頃『テモフモフの遺産』たちはヴォルフの言葉に乗り、陣地を捨てジンたちを強襲する決断をした。

一方でジンたちも、『テモフモフの遺産』たちを迎え撃つため、ウォーラとガイアで罠を張ることにした。


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 『テモフモフの遺産』たちは、ジンたちが待ち受ける場所から5百ヤード(この世界で約470メートル)の所に姿を現した。


「PTD11とPTD12への干渉は上手くいったか、『学生』?」


 巨体を赤い革鎧で覆った『戦士』が訊くと、青い髪をした少年はニヤリと老獪な笑みを浮かべ、


「十分に洗脳してやったよ。これで『お姉さま』も『妹ちゃん』も、戦いの途中でジンに斬りかかるはずだ」


 そう答える。


「ふん☆ だったら早いところ、奴らにお目にかかろうじゃないか♡ 面白い出し物が終わらないうちにさ♪」


 ピエロの扮装という尖った格好をした『道化』がせっつくように言うと、『ナルシスト』も金髪をいじりながら賛成する。


「そうだね。ボクもワイン・レッドとは楽しみたいからね」


 二人の言葉に何かを感じたのだろう、帝国管理の服を着た女性が、眼鏡を押し上げながら言う。


「ちょっと待ってください! ここでもう一度、誰が誰に当たるかを確認いたしましょう」


「分担はみんな覚えているだろう? 早くジンたちにかかろう♪ 『兵貴拙速』って言うじゃないか♧」


 『道化』の言葉をガン無視し、『法律家』はみんなの顔を見て一人一人に確認を取る。


「ダメよ。『早い者勝ち』なんていう人がいたら、ノーマークの団員が出て来るでしょう? そしたらそいつは自由に私たちを攻撃できることになるじゃない。


 えーと、『学生』さんがPTD11、『戦士』さんがPTD12、『道化』は賢者スナイプ、私がレイラ、『ナルシスト』がワイン・レッド、『淑女』がシェリー・シュガー、そしてジン・クロウに当たるのが『ドール』……みんな、間違えないでね」


 『法律家』の言葉に、全員がうなずく。ただ、『道化』だけは面白くなさそうな顔をしていた。


「よし、じゃあ行こうか。どうせあと5百ヤードだし、みんな横並びで歩いて行こうじゃないか」


 『学生』の言葉で『テモフモフの遺産』たちは、待ち受けるドッカーノ村騎士団の方へと歩き出した。



「……来たわね」


 腕を組み、半眼になって金髪を風になぶらせていたスナイプ様が、そう言って目を開け、腕組みを解く。僕も、スナイプ様に言われるまでもなく、禍々しい魔力が近付いて来るのを感じ取っていた。


(やはり油断のならない奴らだ。ジンジャーさんのことを考えている場合じゃないな)


 僕がそんなことを考えていると、ワインが隣に来て言う。


「……ジン、奴らは正々堂々と名乗りを上げて戦うつもりじゃないかな。横並びになって近付いて来ている」


「何それ? マンティスや人狼をけしかけた奴らのくせに、正々堂々なんてちゃんちゃらおかしいわよ」


 反対側にはシェリーがやってきて言う。確かに、一度はチャチャちゃんを人質に取っておきながら、いまさらって感じだ。


 ウォーラさんとガイアさんは、敵から目を離さない。『学生』の動きに合わせて、彼を罠にかけねばならないからだろう。


 チャチャちゃんは狙撃魔杖を肩から外し、ボルトを開けて薬室チャンバーを確認する。腰から引き抜いた魔弾マナブレッドを5発、一気に装填した。


「……準備オッケー、絶対に仕返ししてやる……」


 人質になっていた間、よほど心細い思いをしたのだろう。チャチャちゃんはそうつぶやいて『テモフモフの遺産』たちを睨みつけている。まだ14歳の彼女だが、立派な魔獣ハンターの顔をしていた。


「……大丈夫、あたしはちゃんと戦える」


 レイラさんも、氷球を取り出して目をつぶり、そうつぶやいている。一番新しい団員である彼女は、ウラジミール環礁で賢者スナイプ様がスカウトした。魔法表出に特徴があり、『水』のエレメントを持ちながら『氷魔法』と言える変わった魔法を使う。


 実戦経験こそ乏しいが、魔力の高さと実力は確かだ。


「慌てさえしなければ勝てるさ。君だって立派な騎士団員だ」


 僕はそう言ってレイラさんを励ます。彼女は顔を上げ、うれしそうに笑ってうなずいた。


「ジンくん、もう奴らとは2百ヤードほど。あいつらが奇襲を考えているなら、何か仕掛けてくる頃よ」


 スナイプ様は僕の後ろにぴったりとくっついて、静かに注意してくる。僕は改めて奴らの方に視線を向けた。



 『テモフモフの遺産』たちは立ち止まった。距離は20ヤードほど。お互いの顔は見えるが、細かな表情までは読み取れない、そんな位置だった。


 奴らは向かって左から、大剣を担いだ大男、ピエロの扮装をしてニヤニヤしている男、眼鏡をかけて帝国官吏の服装をした女性、青い髪をして乗馬服に身を包んだ少年、ひらひらとした装飾が付いた高価な服を着た金髪碧眼の男女の順で並び、少年の後ろには灰色のフード付きマントで全身を覆った奴が控えている。


 乗馬服の少年が一歩前に出て、優雅に頭を下げると時代がかった挨拶をする。


「初めまして、僕はPTD1『学生』。ジン・クロウとドッカーノ村騎士団の皆さんですよね?」


 どうやら、戦場の作法に則ったやり方で戦いを始めたいらしい。すでに奴らの仲間の一人であるPTD4『幽霊』がジンジャーさんと戦闘状態に入っていることはガン無視するつもりらしい。


 僕も一歩出て、『学生』に皮肉を言ってやった。


「ドッカーノ村騎士団団長のジン・ライムだ。いま開戦の口上を述べるということは、『幽霊』は君の仲間じゃないようだね?」


 すると『学生』はニコニコと笑って答える。


「あはは、『幽霊』は触接中の不期遭遇戦ってやつですよ。ノーカンですノーカン。

 で、僕たちの目的ですけど……」


「どーせジンを狙ってるんでしょ!? 言っときますけどね、簡単にジンに近付けるって思わないでよね!」


 シェリーが弓に矢をつがえながら叫ぶ。『学生』はそんなシェリーに笑顔のまま言った。


「ご忠告ありがとう。でも僕らも『摂理の超越者(エピメイア)』様からの依頼なんで、いかなる犠牲を払ってもジン・クロウを討ち取らなきゃいけないんだ」


 そして『学生』は、シェリーを手で押し留めて言う。


「まぁ、幼馴染さん。僕たちは君たちのことを調べてよく知っているけれど、僕たちのことを君たちは残念ながら知らないだろう?

 だから自己紹介させてくれないか? 君たちだって、自分を討ち取る者がどんなエランドールか知っておきたいだろう?」


 シェリーが何か言おうとするのを、ワインが抑えて答えた。


「自己紹介したまえ。君たちも名無しのエランドールとしてスクラップにはなりたくないだろう?

 『騎士の寛容』だ。名乗りを上げて、自分の存在を『虚空ヌル』に覚えておいてもらうくらいは許してあげるよ。

 ヌルも、君たちを地獄に送る際に、名前が分からなきゃ困惑するだろうからね?」


「みんな、かかれっ! 地獄行きはどちらかを教えて差し上げろ!」


 ワインの痛烈な煽りを受け、『学生』をはじめ、『テモフモフの遺産』たちが一斉に魔力を開放する。僕は『払暁の神剣』を引き抜きながら叫んだ。


「来るぞ! みんなベストを尽くせっ!」


 僕の叫びと共に、みんな戦闘状態に入る。『テモフモフの遺産』たちとの決戦は、こうして幕を開けた。



「俺はPTD2『戦士』だっ!」

「PTD1『学生』だ。この剣を受けられるかい?」


 ウォーラさんとガイアさんは、それぞれ『戦士』と『学生』に突っかかっている。その二人を両翼で抑えているとき、中央を残りの5人が突破してきた。


「わたしはPTD7『淑女』。かわい子ちゃんたち二人は、わたしが相手するわよ」

「PTD6『ナルシスト』。キミはボクと同じ匂いがするねぇ。きっと切れ者なんだろうね、ワイン・レッド?」


 シェリーはチャチャちゃんと共に『淑女』を相手に戦いに入る。シェリーは弓ではなく短剣を構え、チャチャちゃんは適宜相手を狙撃で揺さぶる。息の合った連係プレーだ。


 ワインは、『ナルシスト』を相手にするらしい。どちらも槍使いで、しかも雰囲気が似ている。恐らくどちらも相手を見た瞬間に、『こいつを潰さねば』という気持ちになったみたいだ。ワインも『ナルシスト』も、最初からお互いを相手と決めていたんだろう。策士は策士に惹かれるのだろうか。


「私はPTD5『法律家』。エピメイア様のご命令であなた方を裁きます!」

「ボクはPTD3『道化』☆ よろしく、ドッカーノ村騎士団の皆さん♪」


 『法律家』と『道化』が、さらに突っ込んで来る。『法律家』はわき目も振らずにレイラさんにかかったが、『道化』はコインを取り出し、僕に向けて凄い速度で撃ち出してきた。


「はっ!」

 グワンッ!


 とっさに避けたが、コインは僕の背後20ヤードの所にある岩を粉砕する。恐るべき威力だった。

 ピエロの格好をしたふざけた野郎だと思ったが、やはり侮れない。僕が『道化』に『払暁の神剣』を向けた時、彼はにたりと笑い、


「ざーんねん☆ ボクはキミを割り当てられなかったんだ♧」


 そう言って、いきなりスナイプ様に跳びかかり、彼の後ろにいて、今まで存在を感知できなかった灰色マントの自律的魔人形エランドール、『ドール』が、ものも言わずに跳びかかってきた。


 ジャンッ!

「くっ!?」


 得物が見えなかった。けれど、物凄い殺気が僕を襲い、その殺気を叩き斬るようにして弾いたところ、火花が散り甲高い音が響く。


(……どんな武器を使うんだ?)


 もはや、他の団員やエランドールたちに注意を割くべきではない。先ずこいつを確実に仕留めるべきだ……僕の勘はそう告げていた。


「……名乗らないでいいのか?」


 僕が『払暁の神剣』を斜に構えて訊くと、灰色マントのそいつはゆっくりと首を振った。そしていきなり魔弾を放ってくる。


 ズドドドドドド……!

「はっ!」


 僕は『大地の護り(ラントケッセル)』でシールドを張りながら魔弾を回避する。するとそいつは黙って魔弾が着弾した岩壁を指さす。


 僕はそちらをちらりと見て、目を細めながらそいつに言った。


「……名乗るために、わざと外したって言うんだな?」


 そいつはうなずく。岩壁には『PTD10-DOLL』の文字が浮かび上がっていた。


「承った。俺はジン・ライム。『約束の地』に行くため、ここを押し通らせてもらう」


 僕はそう言って、『ドール』との戦いに入った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「あなた、あんまり戦闘経験がありませんね?」


 黒いショートヘアに黒い瞳、帝国官吏の服を着て剣を揮う『法律家』は、何度か見せ太刀を閃かせると、にこりとして言った。


「ばっ、馬鹿にしないでくださいっ!」


 見せ太刀に大きく反応し、体勢を崩したのを持ち直してレイラが言う。


「隙だらけですね。私が起訴事実を整理しているうちに、間合いと足取りを覚えた方がいいですよ?」


 そう言って、わざと届かない程度の斬撃を放つ。


「はっ!」


 これほどの接近戦は初めての経験になるレイラは、剣の間合いがつかめない。『法律家』の攻撃をすべて避けようとするため、肝心の呪文詠唱が進まない。


「……一ついいことを教えて差し上げます。法器を使うあなたは、本来私を剣の間合いに入れちゃいけないんです」


 それを聞いて、レイラは今更気付いたかのように跳び下がり、『法律家』との間合いを開けた。


「水の精霊よ、あたしに力を貸し、『伝説の英雄』の道を阻む者を排除させたまえ。

 清冽な水はすべてを包む、『凍てつく水鎖(コールドチェイン)』っ!」


 レイラはやっと呪文を詠唱できた。だが、空中から現れる水の鎖を見て、『法律家』は、


「公判前整理手続き終了。第1幕『開廷』!」


 持っている剣を高く掲げ、そう宣言する。


「えっ!?」


 レイラの水の鎖が消え、『法律家』と二人だけの空間に閉じ込められた。


 『法律家』は、びっくり顔で周囲をキョロキョロと見回しているレイラに、笑顔で言う。


「逃げようとしても無駄。すでに公判は始まったのよ。これから『罪と罰(ギルティ・ギルティ)』であなたの罪を裁くから、絶望の中でのたうち回りなさい」


 そして剣を自分の前で水平にして手を放す。驚いたことに剣は落下せず、そのまま宙に浮いた。


『法律家』は腰の後ろにつけた分厚い本を取り出し、ページをめくると、レイラを見て宣言する。


「第2幕『人定質問と起訴事実認否』……さあ、被告の名前を名乗ってもらいましょうか。あなたも騎士ですもの、戦いの前に名乗りを上げないってことはありませんよね?」


 『法律家』がそう言うと、レイラは頭がぼうっとしてくる。


(……名乗っちゃいけない。これは魔法術式を発現させる相手の特定作業だ!)


 法器使いとして、名前を名乗ることの危うさを知り尽くしているレイラの理性は、頭の中でそう警告を発する。


 しかし、すでに相手の術中にはまっていたレイラは、もはや『法律家』の思いのままだった。


「ドッカーノ村騎士団のレイラ・コパック」


「被告に起訴事実を申し渡す。被告はトオクニアール王国で父マルコと母マイムとの間に産まれた。


 第1の起訴事実は、難産によって産まれたことにより、母マイムの命を奪ったこと。難産で憔悴していた母マイムは、被告の行く末を心配するあまり、自らの命を縮めるに至った。


 第2の起訴事実は、魔力発現前に魔族と交流したため、神聖なる魔力のエレメント発現に不備を生じさせたこと。


 以上の事実を以て、検察は被告を『殺人罪』と『四神に対する不敬罪』を適用したものである」


 レイラの右側に赤い影が現れて、冷たい声でそう淡々と述べる。レイラは読み上げられる事実を聞き、幼い日の母の顔を思い浮かべていた。



 ……お母さんは優しかった。身体の具合が悪いのに、あたしが側にいる時は、いつもニコニコしていた。


『レイラはお母さんの宝物よ』


 それが、母の口癖……。あたしは一度だって、母からあたしを産んだことに対する恨み言など聞いたことがなかった。


 それに、魔族の友だちがいたことは確かだけれど、それがあたしの魔力が特殊なことについて関係があるとは到底思えなかった。


「あたしはお母さんから大事にされていた! 友だちだって、悪い子は一人もいなかった。言いがかりだ!」


 思わずレイラが叫ぶ。『法律家』はニヤリとして言う。


「罪状否認ですね? では検察による陳述よ」


 『法律家』が言うと、レイラの右側にいる赤い影が立ち上がって言った。


「裁判長、検察側証人の陳述と証人への質問を求めます」


「許可します。第3幕『検察陳述』です。証人をこれへ」


 『法律家』が言うと、レイラの右側にある扉から、『賢者会議』が制定する魔女の正装をした女性が現れ、証人席に着く。


 レイラは証人を見て驚きのあまり息をのみ、そして真っ青になった。


 検察官は証人に質問する。


「証人は官職姓名を述べてください」


「はい。魔導士マイム・コパックです」


 検察側証人として現れたのはレイラの母だった。すでに鬼籍に入って久しいマイムが現れたことで、レイラは懐かしさよりも混乱が大きかった。


 それだけではなく、自分の罪を告発する側として母が登場したことに大きな衝撃を受けたレイラだったが、マイムが語る言葉はレイラの心をズタズタに引き裂いた。


「私がレイラを身ごもった時、大きな喜びを感じました。しかしレイラの持つエレメントのために私の健康は損なわれ、愛するマルコとも永遠に離れなければならなくなりました。


 愛する者を残して逝く、それも自身の娘のせいでです。私は非常に無念です。

 私のこの無念を晴らしていただけるようお願いいたします」


 マイムはレイラを冷たい目で見てそう言い放つ。レイラは頭を殴られたような思いがして、胸が痛くなった。


「……どうして、お母さん。あたしには『宝物だ』って言ってくれたじゃない」


 泣きそうな顔でレイラが言う。


「被告人は黙ってください!」


 『法律家』が言うと、マイムは汚いものを見るような眼でレイラを見つめ、


「宝物? 生きている時はそんな気持ちだったんでしょうけれど、死んでしまったら後悔ばかりよ。生きていてこそ幸せも感じるの。

 その命を縮めたあなたを、許すわけがないじゃない」


「そんな……」


 被告人席で崩れ落ちそうになるレイラを、黒い影の警備員が支えて、無理やり立たせる。


「二人目の証人の陳述と質問を求めます」


 赤い検察官が言うと、『法律家』は機嫌よくうなずく。


「認めます。証人をこれへ」


 『法律家』の言葉と共に現れたのは、賢者スナイプだった。


「検察側証人、官職姓名を述べてください」


「賢者スナイプ、本名エレーナ・ライム。元四方賢者です」


 能面のような顔でスナイプが答えると、検察官がレイラを指差して訊く。


「証人は、被告と面識がありますか?」


「はい、ジン・ライムの率いるドッカーノ村騎士団で一緒でした」


「被告人を騎士団にスカウトしたのは、証人だったということですが、なぜ被告人を誘ったのですか?」


 スナイプはレイラを冷たい目で一瞥し、


「非常に危険な魔法エレメントの発現をしていたからです。矯正不可能な発現でしたので、魔王討伐の際に団長の身代わりにちょうどいいと思って、騎士団に誘いました」


 そう言い放って、レイラを憐みの表情で見詰めた。


「嘘! 嘘! そんなのウソだっ! スナイプ様はあんなに優しくあたしを励ましてくださったのに!」


 愕然とした表情でレイラが立ち上がって叫ぶ。


「被告人、座りなさい」


 『法律家』は心地よさげに笑って、レイラを注意する。レイラはがっくりと椅子に崩れ落ち、うなだれて涙を流し始めた。


 そんなレイラに、スナイプは唇の端を歪めて言う。


「やぁねぇ♡ オトナの振る舞いってやつよ? あなたみたいなお子ちゃまに、本当のことを言うわけないじゃない。


 それにウラジミール環礁では、あなたのお父様に裏切られたしね。あなたは変な子ちゃんだったから、適当に利用しようと思っただけよ♪

 エレメントを歪める出来損ないのくせに、私に目をかけられているとでも思った?」


 その言葉に、レイラは絶望の眼差しをスナイプに向ける。冷たいスナイプの視線に耐えきれず、レイラは肩を震わせて泣いた。


「……ジン団長やシェリーさんが優しくしてくれたのも、みんな嘘だったってこと?」


 そんなレイラの様子を見ながら、『法律家』はレイラの左側にいる青い弁護士を見て訊いた。


「第4幕『弁護人陳述』です。弁護人、被告人の弁護を」


 すると弁護士は薄ら笑いを浮かべて言った。


「弁護側には、弁護すベき事実はございません」


 それを聞いた時、レイラは立ち上がって叫んだ。


「あたしは無実だ! こんな茶番なんて認めない!」


 暴れ出そうとするレイラを黒い警備員たちが取り押さえる。


 『法律家』は分厚い本のページをめくり、


「では、第5幕『論告求刑』を行う。検察官!」


 そう宣言する。検察官が立ち上がり、レイラを非難する目で見て言う。


「被告人は非情な人間で、しかも反省の色が見えません。このような人物は矯正不可能で、世界に不要な存在です。よって死刑を求刑いたします」


 検察官の『死刑』という求刑を聞いた途端、レイラの中で何かが弾けた。虚脱して崩れ落ちそうな身体を、ただ『自分は無実だ』という思いだけで支えて来た彼女だったが、それが聞き入れられないと知った時、彼女の記憶から苦い思い出ばかりが蘇って来た。



 レイラが10歳の時、母のマイムが亡くなった。彼女が目覚めた時、すでに母は棺に横たえられ、花で埋め尽くされていた。


 レイラが起きて来た時、マルコは涙を浮かべた目でレイラに手招きし、黙ってマイムの顔を見るよう促す。レイラは、意味も解らず棺に駆け寄ると、マイムの顔を見て放心状態になった。


「……かあさま、昨夜まで元気だったじゃない。あたしに『お休み』って言ってくれたじゃない」


 茫然とつぶやくレイラに、マルコは髪を撫でながら言う。


「……今朝早くだった。わしはいつもになく、ふと目が覚めて、マイムが冷たくなっているのを知った。

 すぐにお医者を呼んだが、もう手遅れだと言われた。息を引き取る瞬間に起きていてやれなかったのが悔やまれるが、安らかな表情をしていることで少し救われている。


 昨夜、お前が眠った後、マイムはいつもより長く起きていてな? 珍しく具合がいいのだろうと思っていたが、命の最後の輝きだったんだろう。お前のことを本当に宝物だと言っていた」


 それを聞いて、レイラの眼からは大粒の雫が次から次へとこぼれて来た。優しかったかあさま、いつもニコニコしていて、病気の辛さを一切見せなかったかあさま、そして何より自分のことをすべて受け止めてくれていたかあさま……そのかあさまとは、もう会えないのだ。


「……うっ、うっ、……うわああああん!」


 レイラは棺の中の母にすがって号泣する。そんな自分を、能面のような顔をして斜め上から見ているレイラがいた。



「水魔法を凍らせるなんて、やっぱりお前はアクマの子なんだ!」


 6歳のレイラは、友だちに囲まれて心無い言葉を浴びせられていた。


 魔力のエレメントが発現した時、それが通常とは違うことにレイラ自身も気付いていた。どんな水魔法を使っても、実体化した水が瞬時に凍ってしまうのだ。


(なぜ、あたしだけこんな変な魔法になっちゃうんだろう?)


 そのことで一番悩んでいたのはレイラ自身であった。マルコやマイムは、レイラの鬱々とした表情を見て、


「……魔力の発現がイレギュラーな状態になる場合は、稀にあることだ。それはお前自身の人間性や性格とは一切関係ない。魔力が安定すれば治ることも多いそうだ」


「変わった魔法ではあるけれど、決して摂理に反するものではないわ。それはあなたの個性なの。

 それにお父さまの言われるように、成長すれば水のエレメント本来の魔法になる可能性もあるわ。他人の言うことは気にしなくていいの。あなたは母さんの宝物だから」


 そう言って慰め、励ましていた。


 けれど、友だちとの話題が魔法のことになると、やはりレイラは否応なく自分が『違う』ことを見せつけられざるを得ない。


 人間の場合、魔力が覚醒するのはほとんどが『水』のエレメントである。


 もちろん、何かの巡り合わせで『風』や『土』、『火』などのエレメントが覚醒する者もいないことはない。現にジンは『土』であるし、スナイプは『風』である。


 だからレイラの周りに『水』以外のエレメントを持つ子どもが一人でもいたら、彼女の孤独感は軽減されていただろう。


 しかし不幸なことに、当時レイラの周りで『水』以外のエレメントを持つ人物はいなかったし、魔法体系に『氷』という分類がなかったことも、レイラの孤独や悩みを助長させることになってしまった。


 『変な奴』『悪魔の子』……幼い時期にそんなレッテルを貼られ、ことあるごとにバカにされて独りぼっちだったレイラは、父や母にも言えずに部屋で泣くことが多かった。


(あたしだって、好きでこんな変な魔法を使っているんじゃない! なんでみんな分かってくれないの!?)


 枕に顔を埋めて泣くレイラを、無表情なレイラが斜め上から眺めている。その瞬きすら忘れたかのように見開いた目から、すぅーっと涙が一筋流れ落ちた。


 一度決壊した涙は、とめどもなくあふれてくる。涙の波は、レイラの感情を支えていた堤を少しずつ削り、やがて押し込められた感情は一気に爆発した。


「うわあああーっ!」


 『法律家』が創った空間に、レイラの叫び声が響き渡った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 マジツエー帝国は、ホッカノ大陸唯一の人間が住まう国であり、ホッカノ大陸、ヒーロイ大陸合わせて最強の国でもある。


 もともと、ヒーロイ大陸からの移民で建国されたマジツエー帝国だが、現皇帝マチェットが即位するまでは、特にトオクニアール王国と領土や通商の問題で対立していた。


 その対立の余波はまだ続いており、それは『ホッカノ大陸への貿易や植民以外での渡航禁止』という措置が続いていることでも明らかだ。


 だが、その禁止措置の例外となる事項が起きることもある。その『例外事項』を携えた使者が、マジツエー帝国を訪れていた。


「陛下、ちょっとよろしいですか?」


 執務室で決裁を見ていたマチェットのもとに、大宰相であるレイピア・イクサガスキーが訪れた。彼女は先帝の妹であり、マチェットにとっては叔母に当たる女性で、まだ40代ではあるがイクサガスキー一族の最年長者でもあった。


「何でしょう叔母上。何か『暗黒領域』で変わったことでも?」


 マチェットは書類から目を上げて、レイピアに問いかける。マチェットは敬愛する叔母に対して、他の臣下がいないところでは敬意を露わにして接していた。


 レイピアは、温和な顔に笑みを浮かべて首を横に振り、


「いえ、『暗黒領域』については、ジン・ライム殿をはじめオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長やサン・ゾック殿に任せておけば、まず間違いはありません。

 それよりも、オーガ侯国とユニコーン侯国から特使が来ています」


 そう告げた。


 マチェットは、『オーガ侯国とユニコーン侯国からの特使』と聞いてピンときた。


 ジンは『魔王の降臨』を止めに『暗黒領域』に入っている。そしてオーガ侯国とユニコーン侯国は、どちらも『伝説の英雄』と共に戦う『勇士の軍団』の中核となる部隊を出す国なのである。


「ふむ、『勇士の軍団』についてだな?」


 マチェットが言うと、レイピアは笑みを消して真剣な顔でうなずいた。


 特使として訪れていたのは、オーガ侯国からは国政参与のヴィザーヤ・ヤジュロフ、ユニコーン侯国からは戦士長補佐のオルト・メタノリスだった。


 マチェットは大宰相レイピア、大司空シールド・ヘイワガスキーと共に二人に謁見した。内容はやはり『勇士の軍団』の件で、軍団渡航のための輸送船を派遣してほしいというものだった。


「……『勇士の軍団』はどのくらいの兵力になりそうか?」


 マチェットの問いに、両国を代表してヤジュロフ参与が答える。


「我がオーガ侯国の『左龍軍団』、ユニコーン侯国の『右鳳軍団』各々3千。それにスコッチ・カッパーが集めた『遊撃軍団』2千と、ガン・スミス率いる『猟兵軍団』2千。合計で1万になります」


「物資の調達や輜重はどうする予定だね?」


 これは大司空の問いである。現在、マジツエー帝国はサン・ゾックに新たな開拓を命じており、開拓地や『ブリューエン』への補給で手一杯と言ったところだ。


 『勇士の軍団』への補給支援が必要になるなら、急いでその体制を検討・構築しなければならない。


「先ほどご報告した兵力は、輜重を含んだものです。当座の物資は、各軍団で1か月分を準備して渡航する予定です」


 これはオルトの答えである。


 大司空はざっと考える。帝国海軍が保有する輸送艦は、1隻で完全武装の兵を2百名運搬可能である。同時に物資を積み込むなら、その半数を乗艦させられる。


(輸送艦百隻が必要か……現在保有する輸送艦は何隻だったか。メイス・ダンゴスキー大司馬に確認せねばならないな)


 大司空シールドはそう計算し、マチェットに言った。


「輸送艦の手配と艦隊編成については、ダンゴスキー大司馬に任せましょう。問題は『勇士の軍団』がいつ頃ヒーロイ大陸を出発可能で、どの港に迎えに行ったらいいかということです。


 それと、『勇士の軍団』輸送については、事前にトオクニアール国王ロネット様に通達しておく必要がございます」


「その件は、特使のお二人と事務方で協議していただけばよろしいですね。艦隊の編成のこともありますから、ダンゴスキー大司馬に急ぎ知らせて、編成案と輸送計画を立案してください。頼みましたよ」


 レイピアが言うと、それを聞いていたマチェットもうなずく。シールド大司空は、協議を終えるとすぐさま宰相府に取って返し、軍政府に連絡した。



 ヒーロイ大陸では、『左龍軍団』と『右鳳軍団』は編成を完結し、両国とも侯からの出撃命令を受けるばかりになっていた。


 ただ、マイティ・クロウの時は5千ずつ兵員を集めたのだが、今回は出動を急いだことと、ヒーロイ大陸でも魔物の跳梁が危惧される状態であったことから、正規旅団編成で送り出すことになった。


 また、スコッチ・カッパーやガン・スミスについては、編成にかかったばかりであり、スコッチは21年前の仲間を集めるのに苦労しているようだった。


 ガン・スミスは、マーターギ村や周辺から腕利きの魔獣ハンターから5百人ほどは集めていたようだが、


「……残りはマジツエー帝国で集めるしかない。こちらの方面にも腕利きは残しておかねばならないからな」


 そう決めて、息子のバレル・スミスをフロント・サイトやリア・スミスと共に村に残し、自らはシアー・プルやトリガー・ガードたちを率いてアルトルツェルンを目指していた。


 そういう状況だったため、『勇士の軍団』が曲がりなりにも出航できるのは早くて2週間後である……そう見込まれた。


「ジン・ライム殿は既に『暗黒領域』に足を踏み入れている。『地獄の河原』に到達したという話もある。『勇士の軍団』が到着する前に『魔王の降臨』が終わっている可能性もありますね」


 マチェットは、執務室に下がってからレイピアにそう話しかけたが、レイピアは厳しい顔つきでそれを否定した。


「陛下、決して油断してはいけません。戦いは水物であり、私たちには見えない運命というものもございます。

 私たちにできることは、湧いて出る魔物たちから国民を守ること。まだ魔王が目覚めてもいないうちに、戦いの帰趨を測ることなどできはしません」


 その時マチェットは、精霊王フェン・レイによる騒動を思い出した。2個軍団を喪ったのは、やはりどこかに油断があったのだろう。そしてその油断は、『伝説の英雄が存在する』という安心感もその一因だと悟った。


 今度同じことが起こっても、ジンは既に『暗黒領域』の彼方だ。助けてもらうことはできないし、自分たちの油断が却ってジンたちの行動を妨げることにもなりかねない。


 マチェットは、自分の甘さを痛感する。そしてレイピアに頭を下げた。


「……確かに、朕はジン殿の存在を頼もしく思う余り、『天は自ら助けるものを助く』という言葉を忘れていたようだ。叔母上、これからも朕を叱咤してくれ」


「陛下、臣下に頭を下げることはございません。私は陛下のお気持ちは十分理解しているつもりです。

『勇士の軍団』が着いたら、一刻も早くジン殿の所に合流できるよう助力することと、私たちでできる工夫を凝らして魔物を討伐することを最優先に考えて努力いたしましょう」


 レイピアはそう言った。優しい微笑だったが、固い決意が瞳にあふれていた。



 『東の関門』の外に広がる開墾地……そこはマジツエー帝国が『暗黒領域』を探索する時の策源地として長く機能してきた集落である。


 両大陸でも隠れもないオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長率いる1級騎士団『ドラゴン・シン』は、この集落に到着した。


 ド・ヴァンは、出迎えた群衆の中に、ペストマスクを被ったマントの男を見つけて、ニコニコしながら歩み寄る。


「団長、まずは『暗黒領域』への第一歩ですな」


 ペストマスクの男が言うと、ド・ヴァンは、


「そうだね。それとテキーラ、『組織ウニタルム』の枢機卿特使だったか? あの三人を始末したそうだね? さすがだよ」


 そう言ってテキーラの肩を親し気に叩く。


「それでだ、ボクたちへの補給は当分の間サン・ゾックさんと『ブリューエン』が引き受けてくれるんだが、それも『地獄の河原』のこっちまでだ。


 早晩、うちの輜重でやって行かねばならなくなるが、そのために『ドラゴン・シン』独自の集積拠点を作りたい。


 すでに輜重を束ねる管運糧に相応しい人物の選定をメアリー・ツィツィに依頼しているが、十分な糧食や補給資材を集積できる場所が欲しい。探してくれないか?」


 ド・ヴァンは、テキーラの耳元でそう言うと、彼がうなずくのを見て続けた。


「……そのミッションを終えたら、君は自由に行動していい」


 そう言う。テキーラは思わずド・ヴァンの顔をまじまじと見た。


 ド・ヴァンは、ペストマスクの下でテキーラが驚いた顔をしているのを見透かしたように、薄く笑って言う。


「そんなに驚かなくていい。君は何か『暗黒領域』に忘れ物をしているんだろう? それを探しに行ってくるといいさ」


 テキーラはしばらく固まっていたが、やがて絞り出すように言った。


「団長は、私がウェンディ様の命で『ドラゴン・シン』を探りに来たことを知っていたはずだ。なぜ私を信頼し、ここまで連れて来てくれたのだ?」


 するとド・ヴァンは、肩をすくめてため息とともに答えた。


「さあね? ただ、君が悪人だとはどうしても思えなかった。そして何か人に言えない秘密を持っていることも解っていたつもりだ。


 君の『探し物』は、どうやら21年前の『魔王の降臨』に関係していること。そして君がマイティ・クロウに関係していること……断定はできないが、この二つのことだけは分かった。だからボクは君が抱えた秘密とやらに興味を持ったんだ」


 テキーラは何も答えなかった。彼の無言は、ド・ヴァンの推測が正鵠を射ていることを示していた。


「ここで君という団員を手放すのは惜しいし、『ドラゴン・シン』にとっても大いなる損失だ。

 だが、騎士は他の騎士の信念を尊重すべきだ。それに君の『探し物』は、きっと団長くんの行動を有利にする……そんな気がする。だからボクはこの直感を大事にしたい」


 それを聞いたテキーラは、懐から一枚の地図を取り出してド・ヴァンに渡す。


「これは?……むっ!」


 テキーラが手渡したもの、それは『黒の種族』が調製した『暗黒領域』の地図だった。


「そこには、『瘴気の密林』の向こう側までが正確に記載されている。具体的には『決戦の荒野』を臨む断崖絶壁までだ。


 これを今まで世話になったお礼に、団長に差し上げよう。ダークエルフのガイウス・ロンギヌスがくれたものだ。正確さは彼が保証している」


 ド・ヴァンは目を輝かせて、テキーラにお礼を言う。


「これは素晴らしい! 正確な兵要地誌は軍事行動の基礎だ。これは陛下に写しを差し上げてもいいものだろうか?」


 テキーラは首を振った。


「ガイウス殿は私と共にPTD13や枢機卿特使と対峙した。戦友として認めてもらったからこの地図を渡してもらえたのだと思う。

 団長は私の関係者だ。ガイウス殿は、団長にだけは渡してもいいと言ってくれた。彼との約束なので、団以外の者に渡すことは控えていただきたい」


「……分かった。君がした約束をボクが破るわけにもいかない。地図は団の機密にすることを約束しよう。剣の誓いだ」


 ド・ヴァンが重々しく誓うと、テキーラは黙ってペストマスクを外す。金髪碧眼で苦み走った、険のある目つきの男性の顔が現れた。


「君がボクの前でそれを外すのは2回目だね?」


 ド・ヴァンが言うと、テキーラは薄く笑って答えた。


「真の戦士にしか曝さないと誓った素顔だ。今までの厚情は忘れない」


 そう言った後、転移魔法陣を描きながら続けた。


「私の本名はテキーラ・クロウ。父はマイティ・クロウの異母兄マティーニ・クロウだ。21年前、マイティ・クロウと共に戦った父のことを調べていた。


 お言葉に甘えて、私は先に行ける所まで行かせてもらう。『決戦の荒野』で再会しよう。団長も、それまで死ぬんじゃないぞ」


 そう言って、テキーラは転移魔法陣に消えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「うわあああーっ!」


 『法律家』が創った空間に、レイラの叫び声が響き渡った。と共に、周囲にあるものが悉く凍り付き始める。


「な、何!?」


 『法律家』が驚いてレイラを見る。レイラはふらふらと立ち上がるところだったが、その身体からは清冽な青い魔力が迸り、周囲の気温がぐんぐんと下がって行った。


「くそっ! 魔力の暴走が起こったのね。相手がまだひよっこだって忘れていたわ」


 『法律家』はそうつぶやくが、一旦動揺した気持ちを静め冷たい視線をレイラに送る。


「ふん、どうせ魔力のコントロールもできないお嬢さんだもの、すぐに楽にしてあげるわ。

 第6幕『判決言い渡し』!」


 そう言ってレイラに自分の魔力をシンクロさせた。その瞬間、『法律家』は顔色を変える。レイラの魔力は物理的に凍らせるものだけではないということに、その時初めて思い至ったのだ。


「被告人、レイラ・コパックを死刑に処す! うわっ!」

 パアアアンッ!


 レイラの魔力は、『法律家』の魔力をも凍らせた。魔力で繋がった空間に鋭い音が響き、『法律家』の伸ばした右手が吹き飛んだ。


「しまった! こいつの魔力暴走を甘く見ていた」


 『法律家』はすぐに魔力を閉じてレイラから距離を取る。レイラの周囲の空間は、いまやマイナス20度近くにまで温度を下げている。そして気温は下がり続けているのだ。


 戸惑う『法律家』に、レイラは顔を上げてうつろな目を向けた。『法律家』はレイラの眼を見て戦慄する。すべてを擲って、すべてに絶望し自暴自棄になった人間の眼だった。『法律家』は人間の絶望が、いかに周囲に負の影響を与え、何人も巻き添えにしていくかをよく知っていた。


「……早いところ刑を執行すべきだわ。最終章……」


 そこまで言った時、レイラが突然魔法を撃った。


「……あなたは許さない。『春雪の儚さ(スノーブルーム)』!」


 すると、雪がちらつき始め、それは瞬く間に豪雪となって、『法律家』たちを雪で埋め始めた。


「くそっ!」


 『法律家』は間一髪で雪を払いのけ、体表温度を高めることで凍り付くのは回避したが、そのような装置を持たない赤い検察官や青い弁護士は、瞬く間に凍り付いて砕けてしまった。


 しかも、気温はさらに下がっていく。『法律家』はいつの間にか指先の感覚がなくなっているのに気付き、驚いて両手を見る。あまりの寒さに皮膚のテクスチャが弾け、赤いオイルが漏れだして凍り始めていた。


「あいつ、私を道連れにするつもりだわ!」


 自分の指先まで凍り始めた『法律家』は、急いで『罪と罰(ギルティ・ギルティ)』を解く。その瞬間、『法律家』の眼鏡が、あまりの低温で粉々に砕け散り、『法律家』の視界を奪った。


 バリンッ!

「あっ!」


 『法律家』は急いでフレームだけになった眼鏡をかなぐり捨てる。破片で傷ついたのだろう、左目からは血のようなオイルが漏れ始めた。


「くっ! 左眼球破損、復旧困難。左目は映像からセンサーに切り替える」


 『法律家』が自身の状態を把握した時、


「あたしは、好きで氷魔法を使っているんじゃなーいっ!」


 絶叫だった。レイラは髪を振り乱し、殺意の他は何物も籠っていないような眼で『法律家』を睨み、


「お前たちがバカにした『氷魔法』で、お前たちを殺してやる!『寒静の護り(アイスガード)』と『寒流の導き(アイスプルーフ)』だ!」


 レイラを冷たい輝きを放つシールドが包む。『法律家』がそれに一瞬目を奪われた時、


 ズデュムッ!

「ごあっ!?」


 『法律家』の腹部を、氷の槍が貫く。一瞬にして氷結した槍が『法律家』の目の前に現れたため、とっさの回避行動も間に合わなかった。


(……制御装置がある胸を貫かれなかったのは幸いだけれど、この装甲板をやすやすと貫くなんて!)


 『法律家』は信じられない思いだったが、事態はかなり憂慮すべきなのだとすぐに悟った。自分を貫いた槍が、内部から機器を凍らせていくのを感じ取ったのだ。このままでは内部の機器は低温のため完全に機能を停止する。


 いや、仮に機能を維持できるだけの耐寒性能をしているとしても、抵抗がなくなるほどの低温になれば、機器はショートして『法律家』も機能を停止するだろう。


(何としてもあいつの魔法を止めなければ、私まで機能を喪ってしまう)


「くっ……『私刑執行マイジャスティス』!」


 『法律家』が魔法を撃つと、レイラの周囲から鋭いペンが何百本と現れ、レイラに突っ込んで来る。


 バシュシュンッ!

 カンカンカンカンカン!


 すべてのペンはレイラのシールドに阻まれたが、『法律家』は右目を剥いてレイラを睨みつけ、右手を差し伸ばしている。


 『法律家』は、レイラの氷槍が姿勢制御装置をショートさせたのを感じ取る。これで温度が上がらない限り、『法律家』は行動の自由を奪われることになった。


「……もう少し、もう少しでシールドを割れる」


 急げ、急げ! あいつの槍が私の機能を止めてしまう前に、早くあいつのシールドを割らないと……


『法律家』はそうつぶやきながら、急速に機能を停止していく体内の機器にムチ打ちながら、魔力を注ぎ続ける。


 バシュシュシュシュ……

 カンカンカンカンカンカンカン!


 レイラは、魔力の雨の中、『法律家』を血走った目で睨みつけながら、一歩一歩近づく。


「許さない! かあさまやスナイプ様までバカにして! お前は絶対許さないっ!」


 バシュンッ! パアアンッ!


「お前なんか死んでしまえっ!『氷結の星辰(マイナスゼロ)』! がはっ!?」

 ズドムッ!


 レイラのシールドが割れ、一本のペンがレイラの背中に突き立った。その痛手に、レイラのシールドが一瞬解ける。


 それが最後の機会と見た『法律家』は、残った魔力のすべてを注いでレイラに最後の攻撃を仕掛けた。


「……判決……死刑……」

 バシュンッ!

「でっ!?」


 『法律家』が絶対零度の膜に覆われる瞬間に放り投げた剣が、レイラの心臓をえぐった。


「あ、あたし……あたし……」


 レイラは茫然と自分の胸を見る。突き立った剣……それを意識した瞬間、レイラの身体中を物凄い痛みと灼熱感が奔った。ぶわっと口から血があふれ出す。


「……たし……」


 レイラはゆっくりと、膝から地面に崩れ落ちる。凍てついた『法律家』が、絶対零度の膜の中で、バラバラに分解されていくところだった。


(……スナイプ様、もっといろいろ教えてほしかったなぁ……)


 『法律家』の姿はすでに消え、レイラの視界も暗くなってきていた。そして突然、レイラは暗闇の中で様々な人の顔を見た。


(……お父さん、生きて帰れなくてごめんなさい。親孝行してあげたかったけど、ごめんね……)


 マルコ・コパックは愛娘の顔を見て、悲痛な表情をしていたが、哀しそうに首を振って消えて行った。


(ジン団長、もっとあなたの役に立ちたかった……未熟なままで死んじゃってごめんなさい……)


 ジンが驚いた顔をして走って来る。そしてぺたりと座り込んだレイラの背中を支え、耳元で叫ぶ。


『レイラ、しっかりしろ! 気を確かに持て! すぐに治してやるから!』


 必死なジンの顔を見て、レイラは薄く笑う。あたし、こんなに大事に思ってくれる仲間が出来ていたんだ……。


 その時、レイラの耳に、忘れもしない声が響いた。


『レイラ、しっかりなさい! 仲間を見捨てて先に逝くのは騎士として恥ずべきことよ』


(……かあさま……あたし、かあさまと一緒の所に行きたい……連れて行って、かあさま)


 レイラは心の中で叫ぶ。


 しかし、マイムは叱り付けるように言った。


『あなたはまだ生きなきゃいけないのよ! しっかりして!』


 そしてジンが思いつめたような顔で言う。


『レイラ、イチかバチか、君の体温を下げて仮死状態になるんだ。そうすれば助けることができるかもしれない』


『私はレイラにまだ死んでほしくないの。お願いレイラ、団長さんのおっしゃるとおりにして!』


 マイムも必死の面持ちでレイラに訴えかける。


 その声が聞こえた瞬間、レイラは無意識に魔法を発動した。氷の鎖がレイラの周囲に現れ、彼女を優しく包み込む。レイラはゆっくりと意識を失っていった。


 最後に彼女の意識に残ったのは、満足そうに微笑む母の笑顔だった。



「くそっ、『法律家』がやられた!?」


 PTD5『法律家』の消滅を最初に感知したのは『学生』だった。彼はガイアを相手に激しい戦いを繰り広げていたが、視界の隅に氷の鎖を巻き付けたレイラを捉えた。


(誰か近くの者、レイラっていう少女に止めを刺せ。『法律家』の仇を取るんだ!)


 『学生』が全員の超感覚制御装置に呼びかける。それに反応したのはPTD3『道化』だった。


「ふん♤ ひよっこにやられるなんて、『法律家』のヤツ、どんなヘマをしたのかな?」


 『道化』はレイラがどこにいるかをサッと探す。百ヤードほど先に、氷の鎖に包まれた何かが見えた。生命反応はかなり微弱だったが、魔力はまだ十分に強かった。


(ふん、死なないように工夫しているんだな♧ ジン・クロウは強力な治癒魔法を持つと聞く☆ 復活されたらイヤだね♪)


 『道化』は何食わぬ顔で、スナイプに攻撃を仕掛ける。スナイプが自分とレイラを結ぶ直線上に来た時、『道化』は、スナイプに魔弾を放った。


 バシュンッ!


「気の抜けた攻撃は止めなさいな」


 それまで、『道化』の変幻自在な攻撃を経験していたスナイプは、


(やけに素直な攻撃ね。あいつに似合わないけど、何を考えているのかしら?)


 簡単に魔弾を避けた。


 そして次の瞬間スナイプは、『道化』の目標が自分ではなく、自分の後方50ヤードの所で氷の鎖に包まれているレイラだと悟った。


「しまった!」

 グジャッ!


 耳を塞ぎたいような嫌な音が響く。スナイプの耳に、戦場の喧騒の中でひときわ大きく聞こえたのは、彼女の後悔のせいだったかもしれない。


「レイラさん!」


 スナイプは『道化』をほっぽり出してレイラの所に駆けつける。魔弾は頭を直撃したのだろう、レイラの首から上は、熟れたスイカのように原形を留めていなかった。


 よく見ると心臓に剣が刺さっている。レイラはレイラなりに考えて、自分の命を救うために仮死状態になっていたものと思われた。


「酷いなぁ☆彡 死んだ仲間の方がぼくより魅力的なのかい?」


 『道化』がやって来て、スナイプを煽るように言う。スナイプは薄い唇を歪めて笑うと、物凄い目で『道化』を見て言った。


「……そうね。でも今はあなたの方が素敵よ。あなたがどんな声で、私に命乞いするか楽しみだわぁ」


 スナイプはゆらりと立ち上がり、翠の魔力を燃え立たせる。『道化』はそれを見て、楽しそうに笑って言った。


「それはぼくも楽しみだね☆ きみの美しい顔が歪んだ様を想像すると、ぼくはイっちゃいそうになるよ♡」


「じゃ、逝っちゃいなさいな」


 スナイプが冷たく言うと、『道化』はポケットからカードを取り出した。


   (『テモフモフの遺産』を狩ろう!:3に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

遂に『騎士団』から犠牲者が出ました。

『誰も喪わずに魔王の降臨と摂理の黄昏を止める』というジンの願いが早速崩れた形です。

しかし、『騎士団』は『テモフモフの遺産』たちとの戦いで思いもよらぬ犠牲を強いられることになります。次回は『PTD7淑女VS.シェリー&チャチャ』になります。お楽しみに。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 18歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。

♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』。

♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子で負けフラグをへし折った『幼馴染ヒロイン』。

♡ラム・レーズン 19歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』。現在、ジンと合流するため移動中。

♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』。

♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』。

♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』。

♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。

♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)28歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの姉に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』。

♡レイラ・コパック 17歳 内向的な性格で人付き合いが苦手だが博識。『氷魔法』を持っているため、賢者スナイプのスカウトで騎士団に加わった『ギャップ萌えヒロイン』。

♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王マロン・デヴァステータだがその地位を剥奪された。『魔族の祖』アルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。現在ジンたちとは別に『暗黒領域』で行動中。

■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』

♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 21歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、頭も切れ双剣の腕も確かだが女好き。

♤ウォッカ・イエスタデイ 21歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。

♡マディラ・トゥデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。

♡ソルティ・ドッグ 21歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。

♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。

♤ブルー・ハワイ 25歳『ドラゴン・シン」の遊撃兼偵察隊長である槍使い。金髪碧眼で観察力と記憶力に優れる。変装に優れ、情報を分析する能力に長ける。

♡メアリー・ブラッドレイ 25歳『ドラゴン・シン』で物資調達を引き受けている槍使い。ド・ヴァンを詐欺ろうとして失敗、許されて彼に心酔し仲間になった。

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