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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
暗黒領域・魔王決戦編
145/171

Tournament145 The Themofumov’s souvenir hunting:1(『テモフモフの遺産』を狩ろう!その1『PTD4幽霊』)

『テモフモフの遺産』たちはヴォルフの策に嵌り、陣地を放棄してジンたちを強襲することにする。

そしてジンジャーと『幽霊』の戦闘は佳境を迎えていた。

【前回のあらすじ】


人狼たちを片付けたジンたちに、『テモフモフの遺産』たちが攻撃を開始する。チャチャはヴォルフたちの手で奪還したものの、エランドール『幽霊』の魔法にジンたちは捕まってしまった。


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 シェリーたちの前には、黒い空間が広がっている。それはきっちりと一辺が20ヤードほどの正方形をなしていて、表面は光をぜんぜん反射しないのか真っ黒で、中を覗き込むことはできなかった。


「ジン! 聞こえる!? 返事して!」


 シェリーが空間の側に寄って必死に叫ぶが、何の反応もない。ただ、ワインが魔力視覚で見たところ、表面は渦を巻くように動いているようではある。


「シェリーちゃん、離れるんだ!」


 ワインがそう言ってシェリーの手を取り、20ヤードほど引き離す。シェリーはジンとジンジャーを飲み込んだ空間を睨みながら、唇をかんでいた。


「私が攻撃してみましょうか?」


 ウォーラが身体中から土の魔力を噴き出してワインに訊くが、スナイプが首を振って反対した。


「この魔法は、外からの攻撃を一切受け付けないわ。それに、もっと厄介な性質も持っているの。先ずは結節を探し、空間を解除すべきだわ」

「スナイプ様、厄介な性質とは?」


 ワインが訊くと、スナイプは物凄い形相で空間を睨みつけ、吐き捨てた。


「外からの攻撃を、内部の任意の場所に発現するのよ。だから攻撃したら、それがジンくんやジンジャーさんに当たってしまう可能性が高いわ」

「そんな! じゃあどうすればいいんですか!?」


 悲壮な顔で叫ぶシェリーを慰めるように、スナイプはテキパキと指示を下す。


「空間ベクトルの解析が先決ね。ウォーラさんとガイアさん、この空間の結節を探してくれるかしら? ワインくんは私とこの空間をハダカにするわよ」

「分かりました」「任せろ」


 ウォーラとガイアは、すぐに空間解析に取り掛かったが、ワインはちょっと考えて、


「スナイプ様、ひょっとしてこの空間の内部が、別の次元に繰り込まれているってことでしょうか?」


 そう確かめるように訊く。スナイプはうなずいて、


「ええ。これだけの能力を持つ自律的魔人形エランドールですもの、目の前の空間は目くらましで、中身は別の次元につながっているって考えた方が無難よ。

 だから、空間を解析し、もしも次元単位が違っていたら、私たちの次元まで引きもどす必要があるの。今結節が見えないとしても、その時には見えるようになるはずよ」


 そう言うと、ワインは納得したように空間を観察し始めた。


「あの、スナイプ様。アタシたちは何をすればいいでしょうか?」


 シェリーがおずおずと訊くと、スナイプは一瞬笑顔を見せて、


「ワインくんの作戦に『テモフモフの遺産』たちが引っ掛かれば、残りの7体がここに来るはずよ。それを迎撃してもらえるかしら?」


 シェリーはみんなを見回す。ウォーラ、ガイア、チャチャ、レイラは、真剣な顔でうなずいた。

 それを見て、シェリーも笑顔でうなずくと、スナイプに力強く答えた。


「分かりました、任せてください!」

「頼んだわよ?」


 スナイプはそう言うと、黒い空間を真剣な目で睨みつけ、何か呪文を唱え始めた。スナイプの周囲に風が集まり、金髪が風に揺れて吹き上がる。


 翠の魔力をまとったスナイプは、ゆっくりと黒い空間に歩み寄り、その手を伸ばす。

 そしてその手が空間に触れようとした時、スナイプはハッとして手を引っ込める。左手首を右手で握ったまま、スナイプは青い顔をしていた。


(……実体はここにない。見えている空間はただの目晦まし。ということは、ジンくんたちだけを自分たちの罠に連れて行っている!?)


 その時、ウォーラとガイアが悲痛な声を上げた。


「この空間は見せかけですっ! 実体は別の所にありますっ!」

「空間内に転移魔法陣の痕跡がある。団長たちはどこかに連れて行かれたようだ!」


 それを聞いた瞬間、スナイプはワインを見て叫んだ。


「ワインくん、すぐに転移よ!」



(暗い……)


 僕は、重い身体を持ち上げるようにして立ち上がる。漆黒の闇が続いており、自分の手すら見えなかった。


(ジンジャーさん! ジンジャーさんはどうしているんだ!?)


 僕は、一緒にこの空間に閉じ込められたはずの彼女の姿を探す。もちろん視界は完全に真っ暗なので、『風の楽譜(ウインドスコア)』に意識を移す。

 しかし、発動しているはずのこの魔法でも、ジンジャーさんの魔力を捉えることはできなかった。


(……魔力を封じる空間、か……たしか以前にもそんな空間と出会ったような?)


 僕は思い出そうとして止める。先ずはこの空間からの脱出が先決だ。空間の性質を観察すれば、似たような経験なら思い出すだろう。

 そう思い、つぶさに空間を感じてみる。視界がないのだから、全身の感覚で『感じる』しかない。そうすると、少し違和感を覚えた。


(次元が違う?……いや、時間の流れが違っている。これは嫌な予感がするぞ……)


 そう思った瞬間、暗闇の中で声がした。


『さあ、ショーの始まりよ!』


 その声と同時に暗闇は消え去り、僕の目の前には信じられない光景が広がっていた。


 僕は、焼け焦げ、崩れかけた城に立っている。目の前には空を覆って千を超えるドラゴンが飛び回り、雄たけびを上げて威嚇し、炎を噴いている。

 視線を落とすと、まちの人たちがドラゴンから逃げまどっている。城兵は勇敢に戦っているが多勢に無勢、被害は広がるばかりだ。


 一頭のドラゴンが、誰かに向けてファイアブレスを吐く。その人物は機敏にそれを避け、ドラゴンに剣を叩きつけた。

 その時、別のドラゴンが、その人物を尻尾で薙ぎ払った。


『あがっ!』


 断末魔の悲鳴を上げて、その人物は血煙をあげ、バラバラになった肢体が宙を舞った。


『リンっ!』


 いかにも隊長といった見た目のオーガが、それを見て悲痛な叫びを上げ、


『くそっ! みんな、ここの守備は放棄する! 全員城に入ってお嬢を助けるんだ!』


 周囲の部下たちをまとめて城へと撤退を始めた。


(これは……あの時のカッツェガルテンだ! するとウェカも?)


 僕がそう思った瞬間、場面は城頭に切り替わる。金髪をポニー・テールにした少女が、軍装も凛々しく弓を引いている。


『ウェカお嬢様、ここはもう守れません。早く落ち延びてジン様と合流してください!』


 隣で弓を引いているマルさんが、必死に呼び掛けるが、ウェカは首を縦に振らなかった。


『アタシはこのまちの執政官よ。みんなが戦っているのにアタシだけ逃げ出したら、ジンに怒られちゃう!』


 そう言ってさらに矢をつがえた時、ドラゴンのファイアブレスが城の見張り台に命中した。


『ウェカ様、危ない!』


 マルさんがウェカを突き飛ばした瞬間、彼女の上に見張り台の残骸が落ちて来た。


 ズシンッ!

『マルっ!』


 ウェカは慌てて飛び起き、瓦礫の下から覗いているマルさんの上半身を覗き込む。光を失った目、半開きにして血を噴いた口……一目でもう手の施しようがないと分かった。


 そこに、城そのものに守備範囲を狭めたザコが、援軍を連れて駆け寄って来た。


『お嬢、ここは俺っちたちに任せて郭内にお戻りください!』


 ザコは、マルの遺骸に気付くと一瞬声を失ったが、すぐさまウェカにそう言うと続けて


『トソー将軍が引き連れていた兵たちの話では、このドラゴンはアルケー・クロウの眷属とのこと。魔王の眷属に対抗できるのはジン殿しかいません。早く脱出してジン殿と合流してください! 俺っちの最期の頼みです』


 と、頑強に脱出を勧めた。もはやそれは懇願ではなく、哀願に近かった。

 しかしウェカは、髪を振り乱して頭を振ると、


『アタシはこのまちの執政官よ? 魔王だか何だか知らないけれど、市民やあなたたちを見捨てて引っ込んでいるなんてできないわ! そんなことしたら、ジンに怒られちゃう』


 そう叫び返すと、再び弓に矢をつがえる。

 そのときだった、


 ガアアッ!

『あああっ!』

『お嬢!』


 ウェカはドラゴンの吐く炎に包まれた。それに続いてザコも


『ぐおっ!……無念ッ!』


 別のドラゴンのブレスをまともに受け、あっという間に火だるまになる。


 炎の中のウェカは、最後の力を振り絞って弓を引いたが、弦がバンっという音とともに切れた。

 ウェカは弓を投げ捨てると、


『いやだっ! ここで死ぬのはイヤっ! せっかく『摂理の黄昏』を止めてジンと暮らせると思ったのに!』


 燃え尽きる直前までそう叫んでいたウェカは、最期の瞬間


『ジン、さよなら。愛してる』


 そうつぶやいて灰になった。



 僕は、ウェカの死の瞬間を目の当たりにして泣いた。久しくウェカのことは忘れていて、たまに思い出してもそんなに胸が痛まなくなっていた自分を、薄情な男だと思いつつも、


(時間が僕の心を癒してくれているんだ。ウェカとのことは思い出として懐かしむだけでいい)


 そう思えるようになっていたが、まざまざとその瞬間を見せつけられると、精神的なダメージは大きかった。


 しかも、ウェカを助けようと魔法を使おうとしても、ウェカの運命を告げて城から脱出することを勧めようとしても、ウェカには僕の姿は見えず、声も聞こえないようだった。行きつく運命、選択された運命をなすすべもなく見守るだけというのは、無力感さえ感じる拷問だ。


『お前の運命は決まっている。お前はまた、『乙女』を犠牲にして、一時逃れの手を打つしかない、無力な存在だ』


 白い髪を伸ばした少女が現れて言う。薄い青色の布地を無造作に身体に巻き付け、銀の太いベルトで留めている。


「……『運命の背反者(エピメイア)』か……」


 僕が顔を上げてつぶやくと、エピメイアは慈愛に満ちた表情で僕に呼びかける。


『私は別に摂理を否定しているわけではない。今の摂理が不完全なので完全な摂理を起て、生きとし生けるものは真に自由に自らの運命を選択し、享受するような世界を創りたいだけ……。

 そうすれば、ウェカのような存在はいなくなる。そなたは幼馴染が『乙女』として散っても良いと言うのか?』


 あの朝のシェリーの顔を思い浮かべる。あの、恥ずかしそうに、けれどどこか満足そうに笑ったシェリー。いつものえくぼを浮かべた笑顔を咲かせて……。


『さあ、ジン・クロウ。私の手を取って。ともに新たな世界を創り上げましょう?』


 エピメイアの手が差し伸べられる。白くて細い、しかし威厳に満ちた高貴な手……。


 僕が思わず手を差し出そうとしたその時、


「団長さん、いけませんっ!」


 ジンジャーさんの声が響き、カッツェガルテンの風景が消え去った。僕は殺風景な白い世界に立っていた。


「これは幻覚です!『幽霊』の『招かれざる思い出(ナイトメアナイト)』という魔法ですっ!」


 いつの間にか、ジンジャーさんが僕の前に立ち、エピメイアと相対している。ジンジャーさんはエピメイアに語気鋭く、


「正体を現したらどう?『幽霊』。それとも化けの皮を剥いでほしい?」


 そう決めつけると、エピメイアはニヤリと笑う。さっきまでの慈愛に満ちた顔とは思えない、醜悪な笑顔だった。


「ふん、あたしの悪夢を切り抜けるなんてさすがね? でも、悪夢の影響はちゃんと受けているみたいね」


 そう言うと、エピメイアの姿は消え、代わりに灰色のマントを着た白髪の少女が立っていた。『幽霊』はジンジャーさんに左腕を差し出して笑う。


「気付かないの? あなたが最も見たくない夢が、あなたの右腕を奪っていることを」

 バシュンッ!

「うっ!?」


 ジンジャーさんの苦悶の声とともに、彼女の右肘から下が爆散する。


「ジンジャーさんっ!」


 僕は叫ぶと同時に『払暁の神剣』を引き抜く。しかしジンジャーさんは落ち着いて魔力で止血し、僕に笑って言った。


「ご心配なく。『幽霊』はわたしが倒します。団長さんはこの世界を脱出して、『テモフモフの遺産』たちを叩いてください」

「そうはさせないよっ!『招かれざる思い出(ナイトメアナイト)』っ!」

「『超乱反射アルベドコントロール』!」


 『幽霊』が打った魔法を、ジンジャーさんはいともたやすく跳ね除ける。そして僕にうなずいて言った。


「スナイプ様が結節を探り当てられたようです。魔法陣の方向に向けて跳んでください。『縺れの光景(エンタングレメント)』!」


 僕は、懐かしい魔力を感じて後ろを振り返る。古代エルフ文字で描かれた魔法陣が、翠色の優しい光を放って浮かび上がっていた。

 僕はジンジャーさんの魔力によって、強引にその魔法陣へと放り投げられてしまった。


   ★ ★ ★ ★ ★


「……ちっ! 逃がしたか」


 ジンが消えた魔法陣を見つめて『幽霊』はつぶやいたが、案外残念そうでもなくジンジャーに視線を移す。


 ジンジャーは、なくなった右ひじから先をかばうように、青黒い魔力を身にまとって『幽霊』を見つめている。


「……団長さんが逃げて残念がるかと思っていたら、そうでもないみたいね?」


 ジンジャーは腕を組んで言う。黒い髪が魔力の流れによってゆらゆらと揺れていた。

 『幽霊』は首を振り、冷たい視線を投げてよこす。


「残念なのは確かね。でも、あたしたちの誰かがジン・クロウを討ち取ればそれでいいわ。あたしはお前を倒すことに全力を尽くすだけ……」


 そう言うと、再び左手をジンジャーに向けて言う。


「お前の悪夢の続きは、お前の右足も欲しているわ!」

「うっ!?」


 ジンジャーは、右膝に、焼けた火箸を差し込まれるような痛みを感じた。その瞬間、彼女は反射的に後ろに跳び下がったが、右膝からは見えない何かに刺し貫かれたかのように、血液と体液が噴出する。


「ちっ、避けたか。さすがに反射神経はいいわね。あと0・08秒で右膝から下をもらえたのに……」


 それを聞いて、ジンジャーには『幽霊』の能力がある程度判った。


(過去の悪夢を利用して、それと同じようなことが起こるように相手の魔力を操作する……それだけでなく、他の部位や精神にも同じ状況を生起させるみたいね)


 右膝に『闇の沈黙(ダーカイエット)』でヒールをかけながら思う。

 この空間内部では魔力を発動できなかったはずだが、ジンがいなくなったからか普通に魔力を使えるようになっている。これにより、『魔力の発動制限』はジンだけを狙ったものか、幻覚を見せている時だけの時限的だったものかのいずれかと判断できる。


「どれだけ逃げ回っても無駄よ。『ナイトメアナイト』はいずれ、お前を捉えるから」


 『幽霊』は、ジンジャーに左手を向け続けている。ほんの0・16秒だけジンジャーの身体のどこかを捉えれば、確実にその部位は破壊される。ジンジャーは『見えない照準』から捉えられないよう、たとえ一瞬でも立ち止まるわけにはいかなかった。


 ただ、このように戦いが推移すれば、いずれは『幽霊』に負けるとジンジャーも悟っていた。逃げるばかりでは勝てないのだ。


(一瞬でいい。攻撃する隙さえあれば形勢を逆転させられる。それまでの我慢よ)


 ジンジャーは逃げ回りながらも、『幽霊』に気付かれないように少しずつ距離を詰めていった。


「ちょろちょろと往生際の悪い!」


 一向に捕まらないジンジャーに業を煮やした『幽霊』が罵ると、ジンジャーは


「往生際が悪いのが暗殺者アサシンじゃなくて?」


 そっけなく言い返す。

 『幽霊』は舌打ちすると、


「『懐かし(オールド)()岸辺(イリュージョン)』!」


 自身が創った空間の中に、ジンジャーを二重に閉じ込める。今度の空間は、最初の空間よりかなり小さいものだった。


 ジンジャーは、『幽霊』のこの行動を見て、二つのことを悟った。


 一つは、『幽霊』が創る空間は創り直したり、大きさを変えたりすることが出来ないということ。

 もう一つは、『幽霊』自身は物理的攻撃が出来ないということだ。


(なら、敢えて『幽霊』がこの空間を創った意味は……)


 一辺が5メートルほどの空間の中で、ジンジャーが『幽霊』の意図を悟った時、


「手間をかけさせてくれるわね。『ナイトメアナイト』っ!」

 ボシュンッ!

「うっ!?」


 いきなり後ろに現れた『幽霊』の魔法で、右足を吹き飛ばされてしまう。

 ジンジャーは、痛みをこらえながら右ひざから噴出する血を止め、傷を魔力で覆う。


 『幽霊』は、そんなジンジャーを見下すようにして、心地よい声で嘲った。


「しょせん、人間はあたしたち自律的魔人形エランドールには勝てないのよ。悪あがきは止しなさい、ジンジャー・エイル」


 そう言うと、左手をジンジャーの心臓に向けて『ナイトメアナイト』を放った。

 ジンジャーはゆっくり目を閉じる。その胸からブジュルッ! という耳を塞ぎたくなるような音が響いた。



 暗い森の中を、ジンジャーは走っていた。後ろからは得体のしれない何かが追ってくる気配がする。

 ジンジャーは、


(これは夢、これは夢よ!)


 そう頭の中で叫びながらも、走ることを止められない。捕まったら、自分は目覚められなくなることを、本能的に感じ取っていたのかもしれない。

 ………………

 ジンジャー・エイル、本名キュラソー・クロウ。

 彼女は、魔族として生まれた。その族姓が示すように、『魔族の祖』と言われるアルケー・クロウの血を引く一族で、本流ではなかったものの魔力は強かった。


 クロウの名を持つ者は、概して平坦な人生を送れない。本流であるマティーニ・クロウは『伝説の英雄』として『暗黒領域』で波乱の生涯を閉じたが、キュラソーの人生も負けず劣らず波瀾万丈だった。


 キュラソーが物心ついた時、父はすでにいなかった。彼女は母に連れられて、兄と共にトオクニアール王国を出て、リンゴーク公国のトリューフという町の郊外に住みついた。

 しかし、彼女が10歳になるとき、兄は突然いなくなった。母に聞いても、困ったような顔で哀し気に笑うばかりだった。


 キュラソーにとって、兄は父代わりであり、尊敬の対象であった。魔族として奇異の眼で見られても笑って流し、嫌がらせを受けた際には毅然と対応した。兄は魔法でもめ事を解決することを嫌い、村人を助けるため以外には魔法を使わなかった。


 魔力の強さにおごらず、誰にでも優しい兄が出て行ったことを、キュラソーは1月ほどものも食べられなくなるほど悲しんだ。


 彼女の母は、それからしばらくして亡くなった。兄が父を探しに『暗黒領域』に向かったことは、今わの際に母がキュラソーに語ったことだ。


 母も亡くして天涯孤独になったキュラソーは、一時茫然とした。しかし、まだ少女の自分を助けて母の葬儀を行い、その後の身の振り方を真剣に心配してくれた夫婦のことを覚えている。

 確か7歳くらいの男の子を連れていたその夫婦に、キュラソーは兄を探しに『暗黒領域』に行きたいと話すと、女性の方は悲し気に反対したが、男性の方は翠の瞳を彼女に向け、


「『暗黒領域』は、君のような子が生きて行けるほど甘い場所ではない。どうしても『暗黒領域』に入りたいなら、まずは魔力を身に着けてからだな」


 そう言って、ある魔女を紹介してくれた。

 魔女の名は『サン・ライム』。ホッカノ大陸で農園を営みながら、地域で魔物を討伐する自警団を率いているという。


 キュラソーは、魔法博士サンのもとで数年を修行に費やし、正式な魔導士となった後、兄を探しに『暗黒領域』へと旅立った。師匠のサンは、キュラソーの決意が固いと解り、何も言わずに送り出してくれたという。



 だが、キュラソーは『暗黒領域』を進むことはできなかった。『東の関門』の先にある『迷いの森』に入り込んでしまい、命からがら森から脱出したときには、1年が経過しており、そこで彼女は、


(『暗黒領域』に挑むには、まだ実力が足りない)


 そう思い知ったのだ。

 そんな時に、水の精霊王アクア・ラングに出会った。


 アクアは、水色の髪にアクアマリンのような瞳を持つ見た目17・8歳の美青年であり、そしてとてつもなく強かった。


(この方について行けば、わたしは強くなれるかも……)


 そう考えたキュラソーは、『組織ウニタルム』への加入を勧められ、迷うことなく同意した。

 アクアは、キュラソーを一目見て気に入ったらしい。しかしそれは、彼女が持つ『暗殺者としての才能』に惹かれてのことだった。


 実際、キュラソーに与えられる命令は、他の三人、フレイム・ロート、ブラウ・ヴェッサー、ライン・ラントらには困難な、隠密を必要とするものであり、そのほとんどが暗殺だった。


 当時のキュラソーは、葛藤はありつつもアクアが目指す世界が正しいと妄信していたし、仕事をこなすたびに強くなっていく自覚があったので、暗殺という手段が正しいものかどうかまで考えることはなかった。というより、アクアが考える時間を奪っていたという方が正しい。


 それに彼女自身、幼い頃に周囲の人間たちから受けた仕打ちに対して恨みを抱えていたため、いびつな達成感と高揚感で少し精神的に不安定だったこともあるだろう。


 『成功か死か』……そんな世界に身を置いていた彼女は、やがてジン・ライムに出会うことになる。そしてそこで、初めて自分の歩んできた道を振り返り、大きな十字架を背負うことになるのだ。



「オレは、敵から情けをかけられたヤツを信用しないことにしている。キュラソーも、結局はただの人間だったわけだ」


 身体のあちこちから血を噴き出し、ズタボロになって動かなくなったキュラソーに、アクアはそう吐き捨てる。まだ息があったキュラソーは、


(……幾人もの人間を不条理に殺めて来た罰ね……)


 薄れゆく意識でそう考えて、静かに微笑んだ。兄に会えなかったという未練は残るが、『殺して、殺されるだけの人生』に終止符を打ちたかった。

 しかしアクアは、驚いたことに止めを刺さずに踵を返し、そのまま歩き去ってしまった。あるいはキュラソーの状態を見て、もう死んだと思ったのかもしれないし、止めを刺すまでもないと判断したのかもしれない。


 何にせよ、キュラソーは思わぬ命拾いをしたわけだ。


 そんな彼女は、ジンから言われた言葉を思い出していた。


『そなたが、人の温かさを知らずにあの世に行くのはもったいないと思ったからだ。そなたほどの術者なら、『組織』に頼らずとも真っ当に生きて行けるだろう。それに俺たちは魔王を倒す旅をしている。一緒に来ないか?』


(……『一緒に来ないか?』。その一言が、私を救った……)


 キュラソーはゆっくり立ち上がり、よろよろと歩き出す。ちぎれかけていた右ひじも、身体中の傷や痛みも、もう何も感じなくなっていたが、ただ、


(生きたい……そして今度こそ自分の人生を歩みたい……)


 その一念だけで歩き続けた。

 その後傷が癒えた彼女は、レミー・マタン率いる騎士団『スーパーノヴァ』に拾われることになる。

 ………………


(それ以来、あの夢は、もう見なかった……)


 目の前が暗くなったジンジャーは、そう考えながらゆっくりと膝から崩れ落ちた。


 倒れて動かなくなったジンジャーの側に、『幽霊』が近寄って来る。『幽霊』はクスリと笑って、


「あっけないものね。外にいるジンたちに、この首を示してやろうかしら。そしたらジンも戦意喪失するかもね?」


 そう言いながら、ジンジャーの首を刎ねるため髪の毛をつかんだ時だった。


「捕まえたわ!『深淵の瞳(ピューピルオブアビス)』!」

 ボウンッ!

「あっ!?」


 ジンジャーの身体が弾け飛ぶと同時に、黒い髪がまるで蜘蛛の巣のように『幽霊』に絡みつく。『幽霊』はとっさに跳び下がって爆風に捉えられることは避けたが、彼女に絡みついた髪はうねうねと動き、確実に『幽霊』の動きを止めに来ていた。


「……なるほど、偽存在ドッペルね……」


 『幽霊』は、腕を組んで立つジンジャーを睨むと、悔しそうに言う。ジンジャーはそんな『幽霊』から目を離さずに、


「あなたが二度目の『オールド・イリュージョン』を発動したときに考え付いたの。あなたが幾重にもわたしを捕らえるなら、わたしはマトリョーシカになればいいって」


 感情の籠らぬ声で言いながら、肘でちぎれた右腕を『幽霊』に向ける。『幽霊』を縛り上げた髪の毛がきつく締まり、『幽霊』の身体がミシッと軋んだ。


「あなた方『テモフモフの遺産』の性能については、ヴォルフさんからもらったデータで把握しているけれど、隠された能力(サイレントスキル)について、どうしても分からなかったのよ。スクラップになる前に、全員分のサイレントスキルを話して逝ったらどうかしら?」


 ジンジャーがそう言った途端、『幽霊』は肩をゆすって笑い始めた。


「ははは、ははは、ははは。じゃ、お前たちはあたしたちのすべてを知ったわけじゃないのね? それで勝った気でいるなんて、すごくおかしい……」


 そう言いつつ、魔力を開放しているのだろう。『幽霊』の身体が赤く光りだした。


(……サイレントスキルを発動しているのね。どんな能力か見てあげようじゃないの)


 ジンジャーは数歩下がり、呪縛している髪の毛を焼き切ろうとしている『幽霊』を見つめていた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 『休息』の台地に陣取った『テモフモフの遺産』たちは、『幽霊』がジンたちにかかったことは知っていたが、その後の状況がまったく不明なため、ジンを待つか『幽霊』を全員で助けるべきか判断しかねていた。


「僕たちはここに絶対不敗の陣を敷いている。ジン・クロウの墓所はここだ。

 『幽霊』の能力からして、全員を一度に相手するような場面はあり得ない。

 だから『幽霊』を心配する必要はない。ここでジンたちを待つべきだ」


 『学生』や『ナルシスト』がそう主張する。

 しかし『幽霊』と仲の良い『法律家』と『淑女』は、


「ジンたちが『幽霊』を袋叩きにしているのを見逃せば、自分たちも各個撃破される恐れがある。相手にはワインやスナイプという知恵者もおり、『幽霊』を討ち取ったら一人ずつ誘き出す手を考えるかもしれない。

 だから今すぐジンたちを全力で強襲し、『幽霊』の負担を軽くすべきだ」


 そう言って譲らない。


 『ドール』は何も言わずに立っているし、『戦士』は


「セオリーから行けば、俺たちはここで待つべきだ。たとえ『幽霊』が犠牲になろうと、ジンさえ討てば俺たちの勝ちになる。

 だが、肝心のジンが『幽霊』にかかっているのなら、彼女一人では明らかに不利だ。

 人質作戦を行った『執事』と『踊り子』はどうした? 失敗したなら、ジンをこっちに向かわせる策を講じないといけないんじゃないか?」


 そう言って、条件付きで『学生』たちの意見を支持した。


 残りの『道化』は、この混乱をジンと戦うチャンスと捉えていた。彼は話し合いでスナイプ担当になっていたが、やはりジンと戦うことを諦めきれなかったようだ。


(全員の強襲でジンたちがいる場所に殺到すれば乱戦になる♤ そしたらぼくはジンに飛びかかればいい♪ ぼくたちはいつだって『早いもの勝ち』だったからね♡)


 『学生』の視線を受けて、『道化』が話し始めようとしたとき、不意にヴォルフが戻って来た。左ひじを無くしたヴォルフは、面目なさげに『学生』に頭を下げる。


「すみません。ジンの説得に失敗しました」

「……君の様子を見て、そうだろうと予想はしていた。だが『踊り子』はどうした、一緒じゃないのか? それとも『幽霊』と一緒にジンたちと戦っているのかい?」


 『学生』はいぶかし気に訊いたが、次の言葉で青くなる。


「ジンが交換条件を拒否したため、『幽霊』殿が戦闘を開始しました。私とセレーネは『幽霊』殿を援護して戦いましたが、私は腕を斬られ、セレーネは魔弾で胸を撃ち抜かれて行動不能になりました。

 今、『幽霊』殿はジンたち全員の包囲下で頑張っていますが、そう長くはもたないでしょう。私は『幽霊』殿から、『学生』殿に急を知らせ、急ぎジンたちを強襲してほしいと伝えてくれと頼まれました」


 いったんは青くなった『学生』だが、ヴォルフの話を聞いて引っ掛かるものがあったらしい、


「……『幽霊』はどんな時でも、一人でやると決めたら仲間に救援は求めない人物だ。君に救援依頼を言づけたとは信じがたいが……」


 『学生』がつぶやくように言うと、『道化』は深刻な顔をし、


「どんな人物でも、目的達成のため自身の信念を曲げざるを得ない時もあるもんさ☆ ジンを『ドール』に譲ったぼくみたいにね?

 『幽霊』ほどの仲間が助けを求めるってのは相当なことだよ♧ 早く行ってあげないといけないんじゃないかな♪」


 ヴォルフの真剣な目、『道化』の不思議な圧力に負け、『学生』は遂に決断した。


「……全員で『幽霊』を助けに行こう。『執事』、君には悪いがこの陣地を守っていてくれないか? あっちでの戦況次第では、ここでジンを迎え撃つ必要が出てくるかもしれないから」


 そう言うと、全員を連れて転移魔法陣で転移して行った。


 ヴォルフは、ゆっくりと腰を下ろし、陣地を見つめてつぶやいた。


「これでいい、これで『テモフモフの遺産』は全滅するはずだ。セレーネ、もはや私は戻れないが、お嬢様のことを頼むぞ」



「ははは、それで勝った気でいるなんて、すごくおかしい……」


 『幽霊』は高笑いしつつ、魔力を開放しているのだろう。その身体が赤く光りだした。


(……サイレントスキルを発動しているのね。どんな能力か見てあげようじゃないの)


 ジンジャーは数歩下がり、呪縛している髪の毛を焼き切ろうとしている『幽霊』を見つめていた。


 バチィィィンッ!


 赤黒い炎を上げて、ジンジャーの呪縛魔法が破砕される。『幽霊』は灰色のマントを脱ぎ捨て、白い環頭衣を身にまとっていた。


「やっ!」


 ジンジャーは先制の魔弾を放つ。しかし、魔弾は『幽霊』をすり抜け、空間の境界に当たって消えた。『幽霊』は魔弾を破砕したのでも、弾いたのでもない。文字どおり身体を通過したのだ。


「あたしには攻撃は効かない。誰もあたしを倒せない」


 『幽霊』は唇を歪めてそう言うと、ゆっくりとジンジャーに近付いて来る。


(……攻撃がダメなら、ドレインではどうかしら?)


 ジンジャーは冷静に次の手を模索する。今まで自称『不死』を名乗る相手には何人も出会って来た。だから落ち着いて考えることも出来たのだ。

 このような場合に冷静さを欠けば、それが死に直結することを、ジンジャーは良く知っていた。


「『ピューピルオブアビス』!」


 ジンジャーは蜘蛛の巣のように髪を張り巡らし、『幽霊』の動きを止めようとしたが、先ほどとは違い、『幽霊』はその名のとおり蜘蛛の巣をすり抜けて歩いて来る。


 魔法にも『流体化』や『気体化』のようにダメージを受けなくなるものはある。ただしその術式発動時には魔法は撃てない。

 だからジンジャーは、


(どうやら身体の構造をナノマシーンのような極小物質に分解し、かつ全体として行動できる仕掛けが施されているのかも知れないわね)


 そう考えていた。

 しかし、『ピューピルオブアビス』は単に相手を呪縛する魔法ではない。その糸にはドレイン系の魔法がかかっており、並みの魔術師なら触れるだけで魔力を半分以上持って行くほど強力な術式だ。


(……『幽霊』も自律的魔人形エランドールである以上、魔力マナを失ったらただの人形になるはず。何とか魔力を吸い取るか、浪費させるしかない)


 今のところ、ジンジャーにはそれしか打つ手はない。いや、あるのはあるが、


(あれは、最後の手段)


 そう思っている。


「あがけ、もっとあがけ!……どれだけあがいても無駄だと知った時の、お前の顔を見るのが楽しみ」


 『幽霊』はそう言いながら、両手を広げ、


「『ナイトメアナイト』!」


 ジンジャーに魔法を放つ。


「くっ!!」


 今度の『ナイトメアナイト』はジンジャーを捉えた。しかしその瞬間に、


「やっ!」

 バウンッ!


 後ろに回っていたジンジャーが、隙だらけの『幽霊』の背中に魔弾を叩き込む。『幽霊』の前にいて『ナイトメアナイト』に捉えられていたジンジャーは消滅していた。


「……おまえには偽存在ドッペルを使う能力があったわね」


 『幽霊』は振り返ると、ニヤリと笑う。倒れた細い月……ジンジャーは笑う『幽霊』の口を見て、なぜかそう感じた。

   ………………


「魔法にも、出来ることと出来ないことがあります」


 亜麻色の髪をした女性が、10をいくつも出ていないであろう少女に話している。


「魔法って、自然の摂理にない働きをする術ではないのですか?」


 少女が訊くと、女性は首を緩く横に振って、優しい声で言う。


「魔法も摂理の内にあります。ただ、物理法則を超えるものがあるのは確かですが、摂理を超える魔法は、少なくとも私たちが使うことを許されている魔法にはありません」

「でも、『死者蘇生の魔法』とかよく聞きますけど?」


 少女が納得していないような顔で言う。女性はニコリと笑って答えた。


「確かに死者蘇生の魔法はあります。でもそれは、四神を超える存在である『摂理の調律者(プロノイア)』様が、摂理を整えるために使われる魔法……というよりも根源的な力です。

 キュラソー、魔法は超常的な力ではありますが、決して万能の力ではありません。そこは間違えないようにしなさい」


 キュラソーはうなずいたが、目を輝かせて質問する。


「サン様、『根源的な力』とはどういうものでしょう?」


 サンは苦笑いとともに答える。


「まだあなたには早いでしょうが、理解が及ぶ範囲で覚えておきなさい。


 摂理は世界を包含し、世界の根幹を形作ります。それは何ものも抗えない『決まり事』で、その『決まり事』があるから世界が続いているのです。


 その『決まり事』はたった二つ、『すべては流転する』ということと、『流転することは止まらない』ということです。すべてのことに始まりと終わりがあるのはそのためです」


 そこでサンは一息つく。キュラソーはサンの眼を見てうなずいた。


「魔法は、この『決まり事』に反しない限り、どんなものでも編むことができます。

 不死は『流転そのもの』を止めること。故に魔法では編めません。

 同じように、死者蘇生は『流転すること』を止めるもの。だから魔法では編めません。


 誰かが『不死になった』と言っても、その実は時間の流れを遅くしているとか、再生能力を極限まで引き上げるとか、他の魔法を特性を使って『死ににくい』ようにしているだけです。


 世界があり、同じ次元空間があれば、摂理はどこでも通用しますし、空間の根源的な部分を規定し続けています。これは時間や、空間内部に存在するすべてに当てはまります」

   ………………


『摂理は、時空とその中にあるすべての存在を規定する……』


 ジンジャーはサン・ライムの言葉を思い出し、


(やはり、あの術式なら『幽霊』を倒せる!)


 その確信を持ってにこりと笑う。


「あたしの攻撃を受けながら笑うとは、余裕ですね?」


 『幽霊』が皮肉を言うと、ジンジャーは微笑を浮かべたまま、


「『超乱反射アルベドコントロール』!」


 隠形とシールドの術式を展開する。ジンジャーの姿は虚空に消えた。


「甘いわ! あたしたちのサイレントスキルを喰らいなさい!『深淵の絶対零度(マイナスゼロ)』!」


 『幽霊』が赤黒い魔力を迸らせる。途端に空間内部の気温がどんどん下がり始めた。


(……『深淵の絶対零度』。空間だけでなく、その内部にあるすべてのものの動きを止める魔法術式ね)


 ジンジャーは『幽霊』の術式をそう見破ったが、同時に違和感も覚えていた。


(『幽霊』の魔法属性、最初は『闇』、そして魔力バースト後は明らかに『火』だった。

 にもかかわらず、最終奥義ともいえるサイレントスキルが『水』属性?)


「……つまり、『テモフモフの遺産』たちは、全員同じサイレントスキルを持っているってことね。こればかりは、さしものテモフモフも、自身が扱えない属性の術式を組み込むことが出来なかったってことでしょうね」


 ジンジャーは、この情報だけはジンに知らせなければと思った。相手の手の内を知っていれば、ワインやスナイプがいるので何とか対処できるだろう。


 ジンジャーの眼が忙しなく空間のあちこちを見る。なんとか生きてこの空間から出なければいけないのだ。


「姿を現しなさい。往生際が悪いわね」


 ジンジャーの術式は完璧に彼女の存在を『幽霊』から隠している。それにいら立った『幽霊』が周囲を見回しながら大声を上げる。『幽霊』とて、今のジンジャーから攻撃を仕掛けられれば初撃を喰らう可能性は十分にある。


 攻撃を受ければ、ジンジャーの位置を推測するのは容易くなるが、その一撃で勝負が決まる恐れもある。『幽霊』の警戒は当然だった。


 ジンジャーの方もこのまま推移していいわけではない。空間の気温は下がり続け、すでに摂氏マイナス20度を下回ろうとしている。酸素が液体になれば呼吸が出来なくなるし、絶対零度まで下がれば物質として存在することすら危うい。


 だが、ジンジャーは待った。『幽霊』が致命的な隙を晒す瞬間を。


「……だんまりを決め込んでも、やがてお前は息もできなくなる。もう時間がないぞ」


 煽るつもりだろう、『幽霊』はそう言ってジンジャーの焦りを引き出そうとしている。焦りは迂闊な行動を生む。それに乗じればいいのだ。


 だがジンジャーは待った。


(暗殺者として最も大事なのは、機を見ること。そしてそれまで待ち続けること……)


 摂氏マイナス40度……マイナス50度……マイナス60度……


「……強情なやつね。窒息して誰にも知られずに朽ち果てるといいわ」


 『幽霊』が悪態を大声で言っている。


 マイナス80度……マイナス90度……マイナス100度……


 すでにジンジャーの手足には凍傷が広がりつつあり、感覚も無くなっている。それでもジンジャーは待った。


 マイナス110度……マイナス120度……マイナス140度……

 そして、ついにその時が訪れた。


 バンッ!

「うむっ!?」


 余りの低温に耐えきれなくなった『幽霊』の表皮のテクスチャが弾け、装甲板に音を立てて亀裂が入った。


「『不離の風景(コンクリート)』!」


 ジンジャーは、最後の力を振り絞って『幽霊』を術式に捉えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 一方、ジンジャーさんから空間の外に弾き飛ばされた僕は、


「ジンジャーさんを助けなければ。『幽霊』は思ったより侮れない奴だった」


 そう言って、黒い空間に再度飛び込もうとした。

 しかし、それを止めたのはワインとシェリー、そしてスナイプ様だった。


「落ち着きたまえ。キミの眼前にあるそれは目晦ましだ。本物の入口は別の場所に開いている。キミを助けるために空間規定ベクトルを解析したが、実に巧妙なやり方だった。

 ボクたちが探り当てた入口も、もう別の所に移っている可能性が高い」


 ワインが言うと、シェリーも


「それより、ヴォルフさんが『テモフモフの遺産』たちの所に行ったわ。『必ず奴らをここに誘き寄せます』って言ってくれて。

 だからジン、今やることは『テモフモフの遺産』たちの迎撃よ」


 僕の腕を取ってそう言う。

 スナイプ様もうなずき、


「二人の言うとおりよ。『幽霊』は索敵や触接、暗殺に対応した自律的魔人形エランドール。そしてジンジャーさんの得意分野も同じ。

 違うのは、恐らくジンジャーさんの方が場数を踏んでいるし、何より知識が豊かってこと……だから私は彼女が『幽霊』ごときに敗れるはずはないって信じているわ」


 三人の言葉で、僕は冷静さを取り戻した。実際、救援が不可能なら、ジンジャーさんを信じて彼女の勝利を祈るしかない。脅威は去っていない、むしろこれからもっと大きな脅威が迫っているのだ。


「分かった。では、『テモフモフの遺産』たちの迎撃準備だ」


 僕がそう告げた時、ウォーラさんとガイアさんが警報を発する。


「ご主人様、私の感情制御装置と推論機構に、微弱な干渉が入り始めました」

「うむ、我もだ。恐らく『学生』が我らにアプローチしているのだろうな」


 二人の言葉を聞いて、ワインが尋ねる。


「どんな干渉が入っているかは分かるかい?」


 ガイアさんが顔を上げて答える。


「……簡単に言うと、戦闘途中で団長を裏切り、その首を刎ねろ、というものだな。

 『学生』というエランドールはかなり神経質のようだ。微に入り細に入り指示を出しくさっておる」


 苦虫を噛みつぶしたような表情だった。

 ワインはくすくす笑いながら、


「面白いじゃないか。ガイアさんたちには賢者マーリン様のプロテクトが掛かっているのも知らずに、キミたちにドヤ顔で指令を下そうとしているなんて。

 どうだろうウォーラさん、ガイアさん、『学生』の小細工を逆手に取って遊んでみようじゃないか?」

「ふむ、わざと団長を攻撃し、『学生』が油断したところを討ち取るのか。面白いな、その作戦に乗ろう」

「……たとえ作戦だとしても、ご主人様に刃を向けるのは気が引けますが、『学生』は奴らにとって謂わばワインさまのような立ち位置にあるエランドール。討ち取ればその後が有利になりますね」


 『学生』の指示はまだ続いているのだろう、顔をしかめながらウォーラさんも賛成した。


「では、先鋒はウォーラさんとガイアさんに任せよう。僕とレイラさんが続き、ウォーラさんたちの攻撃を支えきれないふりをして『テモフモフの遺産』たちを引き込む。

 後は周囲から袋叩きだ。ジンの警護はシェリーちゃんとチャチャちゃんに頼む。適宜狙撃で援護してくれ」


 ワインの指示が飛ぶ。腕を組んだスナイプ様が、ニヤニヤしながらワインに訊いた。


「私の名前が出なかったみたいだけど?」


 するとワインは、ちょっと言いよどんでから


「スナイプ様には、ジンのお守りと、ジンジャーさんに万が一があった時の対応をお願いします」


 そう言うと、スナイプ様はあっさりとうなずき、


「安心したわ。ちゃんとそこも考えてくれていて。さすがはワインくんね」


 笑顔で言った後、厳しい表情になった。


「そろそろ来るはずよ。ここを乗り切れないなら、魔王にはとても敵わないわ。

 でも大切なのは生き残ること。負けても生きてさえいれば、いつかは勝ちを制するものよ。みんな、命は大事にしてね」



 マイナス110度……マイナス120度……マイナス140度……

 そして、ついにその時が訪れた。


 バンッ!

「うむっ!?」


 余りの低温に耐えきれなくなった『幽霊』の表皮のテクスチャが弾け、装甲板に音を立てて亀裂が入った。


「『不離の風景(コンクリート)』!」


 ジンジャーは、最後の力を振り絞って『幽霊』を術式に捉えた。


「ぐおっ!?」


 『幽霊』は、全身を強く押し潰されるような感覚に、思わず苦悶の声を漏らす。そして、不意に身体が硬直し、指一本動かせなくなった自分の状態を急いでスキャンした。


『……全身の関節が破砕。胸部装甲板の亀裂から、魔力と実体のある組成不明の物質侵入。

 侵入物質は主動力変換装置、主制動装置、魔力制御盤、マナクリスタルに到達』


 そう、機械的な声でつぶやいていたが、ジンジャーの魔力やそれに伴う物質がマナクリスタルの開放弁に到達したとき、『幽霊』はそれまでに聞いたことのない叫び声を上げた。


「……マナクリスタルの開放弁が開かれる! 主制動装置オフ、副制動装置オン、開放弁の制御を取り戻さないと!」


 そう言った瞬間、


「往生際が悪いわよっ!」


 ジンジャーが姿を現し、左手を『幽霊』に差し伸べて叫ぶ。ジンジャーから、青紫の魔力が迸り、『幽霊』を直撃した。


「あがああっ!」


 『幽霊』は物凄い叫びを上げた。それはジンジャーの鼓膜をビリビリと振動させただけでなく、空間そのものにも影響を与えた。

 ジンジャーの魔力は『幽霊』の制御装置をはじめとするすべての機器を暴走させ、『頭脳』ともいえる統合制御システムをショートさせた。


『……主制御装置故障。副制御装置故障。魔力制御盤破損。姿勢制御装置故障。感覚装置暴走中、復旧の見込みなし。記憶装置への回路遮断。自律的診断装置起動、自律的修復プログラム起動……起動失敗。再度実行……起動失敗……』


 『幽霊』の状況報告を聞きながら、ジンジャーはさらに魔力を強める。ジンジャーの吐く息は真っ白く凍り、吐くそばから凍結してまつ毛や髪の毛に霧氷のように付着していく。魔力を放つ左手は凍傷で青黒く、顔色も真っ白で、凍傷を発症しているところが青黒く変色している。


(……低体温症になりかけている。でも、『幽霊こいつ』の最期を見届けるまでは、倒れるわけにはいかない)


 ジンジャーは、『幽霊』にウォーラと同じ自動復旧プログラムが搭載されていることを知り、遠ざかっていく意識を掻き立てるようにして魔力を放ち続ける。

 魔力の供給過多で『幽霊』のすべての機能が停止するまで、戦いは終わらない……ジンジャーは強烈な意志で結末まで見届けることを自身に課していた。『超一流の暗殺者アサシン』と言われた彼女なりのけじめだっただろう。


『……起動失敗……再度実行……起動失敗……再度、実行……』


(私には『往生際が悪い』とかさんざん言っていたくせに、自分の方がよっぽど往生際が悪いじゃない。人のことを言えた義理じゃないわね)


 ジンジャーは、何度も自動復旧プログラムを起動しようと試みる『幽霊』に、執念のようなものを感じて、睨みつけながらそう思う。


 いつしか、気温はマイナス160度に達していた。もはや人間は生きていられない環境に突入している。

 現に、ジンジャーの腕や足は、すでに凍り付いて動かなくなりつつあった。髪の毛はとうの昔に凍り付いて、板のようになってしまっている。魔力の保護があるにもかかわらず、目を閉じることが出来なくなっていた。


 魔力で身体を覆っていても、限界というものはある。その限界がもうすぐ訪れようとしていたのだ。

 だが、


(待つのは得意だったじゃない。『幽霊』はもうすぐ動けなくなる。それまでの辛抱よ)


 ジンジャーは、最後の止めを放った。


「……往生しなさい。『深淵の瞳(ピューピルオブアビス)』!」

 バゴォォォンッ!


 呪縛の魔法でもある『ピューピルオブアビス』を受けた『幽霊』の外板は、あっけなく粉砕され、特殊金属の骨組みと内部の構造が露わになる。


 そしてようやく、『幽霊』に最期の時が訪れた。

 ほぼスクラップとなった『幽霊』は、統合制御システムが落ちる瞬間、次のような言葉を発した。


『……復旧不能と判断します。アポトーシスプログラム発動……』

「えっ!?」


 ジンジャーはそれを聞いて、逃げ出そうと身体を動かしたが、凍結寸前の身体は言うことを聞いてくれなかった。


『……あたしを倒したものは、みんな道連れ』


 爆音と閃光に包まれる直前、ジンジャーが聞いたのは、『幽霊』の呪いとも取れる言葉だった。


     (『テモフモフの遺産』を狩ろう!:2に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ジンジャーVS.『幽霊』の戦闘はアサシン同士らしい執念を感じさせるものでした。

次回はレイラVS.『法律家』の戦闘を中心にお届けします。お楽しみに。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 18歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。

♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』。

♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子で負けフラグをへし折った『幼馴染ヒロイン』。

♡ラム・レーズン 19歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』。現在、ジンと合流するため移動中。

♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』。

♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』。

♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』。

♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。

♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)28歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの姉に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』。

♡レイラ・コパック 17歳 内向的な性格で人付き合いが苦手だが博識。『氷魔法』を持っているため、賢者スナイプのスカウトで騎士団に加わった『ギャップ萌えヒロイン』。

♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王マロン・デヴァステータだがその地位を剥奪された。『魔族の祖』アルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。現在ジンたちとは別に『暗黒領域』で行動中。

■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』

♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 21歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、頭も切れ双剣の腕も確かだが女好き。

♤ウォッカ・イエスタデイ 21歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。

♡マディラ・トゥデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。

♡ソルティ・ドッグ 21歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。

♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。

♤ブルー・ハワイ 25歳『ドラゴン・シン」の遊撃兼偵察隊長である槍使い。金髪碧眼で観察力と記憶力に優れる。変装に優れ、情報を分析する能力に長ける。

♡メアリー・ブラッドレイ 25歳『ドラゴン・シン』で物資調達を引き受けている槍使い。ド・ヴァンを詐欺ろうとして失敗、許されて彼に心酔し仲間になった。

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