死因は、記録から消せない
榊原は、ひどく静かな声で言った。
「短絡中継の導入前、救助搬送の平均待機は十一分四十秒でした。導入後は五十三秒。昨年だけで、救命可能時間内の帰還者が三十八人増えた」
「その数字に、天城さんは入っていますか」
「一人のために、三十八人を見殺しにはできない」
「だから一人を選んで殺したんですか」
「異常に気づいた彼が運用を止めれば、来年から何人が死ぬと思います」
榊原の指が、古い認識票を強く握る。
「規則は、間に合わなかった人間を数えない」
「あなたの計算も、犠牲に選んだ人の同意を数えていません」
管制室の扉が開いた。
迷宮犯罪班の捜査員が三人、事故調査院の職員とともに入ってくる。
「榊原征司さん。天城晃さんの死亡事故、証拠隠滅、および転移設備の不正操作について、お話を伺います」
榊原は抵抗しなかった。
連れて行かれる直前、私を振り返る。
「父親と同じですよ。あなたもいつか、規則では救えない数を選ぶ」
「その時は、選んだ事実と責任者の名前を消しません」
それが父と同じなのか、違うのか。
まだ私には分からない。
ただ、今回の死因は分かった。
父の規格が天城さんを殺したのではない。
規格が実行されなかったのでもない。
榊原征司が、実行させなかった。
その事実は、もう消せない。
第三新人班が地上へ戻ったのは、二十二時八分だった。
四人とも無事。
魔素切れの一人は救護班に囲まれながら、迅さんへ必死に握手を求めていた。
「本当に黒瀬迅だ! あの、弟子とか募集してますか!」
「してない」
「連絡先だけでも!」
「してない」
会話が成立していないようで、内容は完全に成立している。
私は救護椅子に座り、右膝へ冷却材を巻かれながら、その様子を眺めた。
迅さんが人の輪を抜け、こちらへ来る。
「骨は」
「異常なしです。打撲で二週間」
「転んだな」
「床に引き倒された記憶があります」
「命を救った」
「申請書には正確に書きます」
私は黒箱のケースを差し出した。
「天城さんの音声も、搬送記録も、捜査資料として保全されました。二年前の処分審査も再開されます」
迅さんはケースを受け取らなかった。
「許したわけじゃない」
「はい」
「だが、あいつが残した記録を、俺の感情で消す気もない」
「はい」
「同じ返事しかできないのか」
「記録中ですので」
「嘘つけ」
迅さんが笑った。
笑うと、思っていたより若く見えた。
火曜、午前零時十六分。
事故調査院へ戻ると、小野寺主任が二通の通知を机へ置いた。
一通目は、黒瀬迅の処分再審査開始決定。
二通目は、三十日間限定の現場検証員証だった。
「正式な免許回復ではない。真壁調査官の同行下で、事故現場の検証と避難補助だけを認める」
「戦闘は」
「禁止だ」
「床が襲ってきた場合は」
「報告書を書け」
小野寺主任は淡々と答え、もう一枚の画面をこちらへ向けた。
国内の転移設備を、SG-0で横断検索した結果だった。
湾岸第六迷宮を含めて、同じ無効化コードを含む記録が七か所。
どれも事故報告上は、魔物災害か探索者の操作ミスで処理されている。
「今回の事件は、これで終わりですか」
「天城晃の事件は終わらせた」
主任は七件の一覧を指で叩く。
「仕事は増えた」
非常に、事故調査室らしい結末だった。
迅さんが限定証を首へ掛ける。
「次も命令を出せ、調査官」
私は、今日だけで増えた報告書の山を見た。
それから、彼の焦げた袖を見る。
「次は遅刻しないでください」
「努力目標にしておく」
「受理しません」
魔物の痕跡がない死体から始まった、私の初担当は終わった。
そして次の事故は、あと六件も待っていた。




