事故調査官は、迷宮を止める
「西側扉を、証拠保全対象者の避難経路として解錠します」
私は管制卓から手動解錠を申請した。
榊原の視線が、私の指先へ動く。
「黒瀬さん。扉が開いたら四人を耐魔階段へ。全員が入るまで、あなたも転移台から離れないでください」
『了解』
時刻は二十一時十九分。
証拠凍結の期限まで、五分。
外部保全庫への接続が九十六パーセントで止まった。
「回線が絞られています」
運行主任が青ざめる。
「安全管理室から帯域制限が」
「解除してください」
「私の権限では」
「解除すれば、同時運用中の救助回線が遅れます」
榊原が静かに言った。
「たった一件の再現試験へ回線を占有して、別の迷宮で救助を待つ人間を危険にさらす。あなたのお父上も、そんな規格を望んだのでしょうか」
父の名前を出されるたび、胸の奥に細い針が刺さる。
六年前の事故。
非公開の補遺。
目の前の画面には、父が作った検査名と、それを無効にするSG-0。
どちらが父の真実につながるのか。
『真壁調査官、三人入った』
迅さんの声が、針を抜いた。
『魔素切れの一人が遅れてる。待つ。命令どおりだ』
「はい。待ってください」
いま守るべきなのは、六年前の父ではない。
R-12を歩いている四人だ。
「外部回線を救助帯域から分離。事故調査院の低速回線へ切り替えます。映像を毎秒一枚へ落とし、照合値を優先してください」
「画質が足りません」
「人の顔を撮る試験ではありません。数字が読めれば十分です」
接続が百パーセントになる。
二十一時二十三分五十八秒。
凍結期限まで、二秒。
「正規経路を地上帰還門に固定。検証機六号、搬送待機」
凍結が解除された。
管制画面に緑色の経路が表示される。
`R-12 → 地上帰還門`
正常だ。
榊原が中央卓へ手を置いた。
「この経路では、地上到着まで二十二分かかります」
「待てます」
「迷宮災害では、二十二分が人を殺す」
「今回は待てます」
「あなたは四人の状態を直接見ていない」
榊原は胸ポケットの古い認識票へ触れた。
「私は見てきた。正規経路の開通を待って、何人が手遅れになったか。短絡中継なら九秒です」
中央卓に、橙色の警告が現れた。
`経路最適化要求`
`要求端末:安全統括卓01`
「要求を取り消してください」
「四人を帰還させます」
「その搬送対象は」
私は言いかけて、止めた。
ここで検証機だと明かせば、榊原は手を引く。
手を引けば、四人は助かる。だが天城さんの死は、権限を盗まれた故障として逃げられるかもしれない。
それでも、危険にさらされるのが人間なら、私は明かすべきだ。
けれど今、R-12の人間は。
『四人目、入った』
迅さんから通信が届く。
『全員、耐魔階段へ退避完了。真壁調査官、こっちは安全だ』
私は息を吐いた。
「経路最適化要求を拒否します」
運行主任が拒否キーを押した。
榊原は迷わなかった。
自分の認識票を中央卓へ当て、掌紋を重ねる。
`統括権限による強制実行`
`AUTH: SG-0 / SEIJI SAKAKIBARA`
緑の経路が、赤く折れ曲がった。
`R-12 → M-17 → 地上帰還門`
「記録しました」
私の声に、榊原の目が動く。
「搬送対象は、第三新人班ではありません。無人検証機六号です」
榊原が中央卓の停止キーへ手を伸ばした。
遅い。
搬送光が監視画面を白く塗りつぶした。
二十一時二十四分十一秒。
中央台帳は、検証機が地上帰還門へ正常到着したと表示する。
外部保全庫の位置記録は、M-17を示した。
〇・八秒だけ、二つの場所へ同時に存在する。
映像には赤い保守灯と、急速に迫る閉鎖隔壁。
衝撃で画面が回転し、検証機の右車輪が警告色に変わった。
だが通信は切れない。
装備側の搬送前照合値と、中央台帳の到着記録。
二つが食い違ったまま、事故調査院の保全時刻印を取得する。
「依織」
耳元で、迅さんが一度だけ名前を呼んだ。
『読め。いま目の前にあるものを』
父の事故ではない。
天城さんの後悔でもない。
目の前の事実を、私は読み上げる。
「直接原因。転移先の空間不足による座標剪断と、隔壁への衝突」
管制室の全記録が、私の声を保存している。
「技術要因。真壁式空間容積検査の無効化」
榊原は動かない。
「実行者。安全統括卓01、榊原征司。SG-0権限による迂回強制。天城晃さんの死亡時と同一経路、同一の〇・八秒欠損を再現しました」
画面の端に、小野寺主任の承認通知が出る。
`湾岸第六迷宮・全転移設備 二十四時間緊急停止`
`承認者:主任調査官 小野寺真琴`
「二十一時二十四分三十八秒。湾岸第六迷宮を止めます」
すべての転移台が、順番に赤へ変わった。




