証拠は焼けても、次の四人は待っている
端末が着信を告げた。
発信元は中央安全管理室。榊原征司。
迅さんが私を見る。
私は黒箱の記録状態を確認してから、通話を開いた。
『ずいぶん深いところまで行きましたね、真壁調査官』
榊原の声は穏やかだった。
私たちの位置を把握していることを、隠す気もない。
「証拠保全命令は共有済みのはずです」
『もちろん。協力するために連絡しました』
端末に、一件の文書情報が送られてくる。
`事故調査資料 2033-04`
`真壁宗一`
`補遺・非公開`
父の名前だった。
六年前の事故で責任を問われ、その後、姿を消した父。
私が何度開示請求をしても、存在すら回答されなかった資料。
『あなたが探しているものです』
「なぜ、あなたが」
『安全管理室には、長い記憶があります。今回の件を迷宮生物による災害として整理できれば、運営会社との調整も早い。明日には、補遺を閲覧できるよう手配しましょう』
「取引ですか」
『提案です。死者を増やさないための』
画面の向こうで、榊原はきっと微笑んでいる。
父が何をしたのか。何をしなかったのか。
知りたかった。
事故調査官になった理由の半分は、その答えを探すためだ。
だが、残り半分は。
「お断りします」
死んだ人が残した事実を、都合のいい原因へ書き換えさせないためだ。
「天城晃さんの装備から、搬送前経路ハッシュを回収しました。M-17の短絡中継と一致しています。榊原統括、二十三時十四分前後のSG-0使用記録と、あなたの操作承認記録を提出してください」
沈黙は、一秒にも満たなかった。
『残念です』
通話が切れた。
同時に、部屋の照明が消えた。
「真壁調査官、ケースを持て」
迅さんの呼び方が変わった。
暗闇の中で、短絡中継の表示灯だけが赤く点滅する。
`REMOTE SANITIZE`
`00:29`
「遠隔消去です。装置を回収します」
「二十九秒で焼ける。諦めろ」
「現物がなくなれば、権限記録との接続が」
「黒箱は取った。試料も取った。今は人間を持ち帰る」
迅さんが記憶核のケースを私の胸元へ押しつける。
「退避するぞ」
「待ってください。消去処理の開始記録だけ」
私は端末を装置へ向けた。
残り二十三秒。
走査、署名、外部保全庫への転送。
九十七パーセント。
「真壁!」
「あと二秒です!」
転送完了。
次の瞬間、短絡中継から白い火花が噴き出した。
迅さんが私の安全帯をつかみ、床へ引き倒す。頭上を熱風が抜け、転移台の縁が爆ぜた。
膝を強く打ったが、痛がるのはあとでいい。
入口の隔壁が閉まり始めている。
迅さんは私を立たせると、出口ではなく西側の壁へ走った。
「そっちは行き止まりです!」
「救助隊は、入口を出口に数えない」
壁際の配管へ手を突っ込み、錆びた赤いレバーを引く。
床板の一部が跳ね上がった。
人ひとりがやっと通れる、保守用の退避孔が現れる。
「先に入れ」
「黒瀬さんは」
「最後に出る」
迷う時間はなかった。
私はケースを抱えて孔へ滑り込む。右膝が抗議したが、却下した。
迅さんが続いた直後、背後で二度目の破裂音が響く。
熱風が退避孔へ吹き込み、私の体が前へ飛んだ。
安全帯のロープが張る。
迅さんが後ろで支えていた。
「締めすぎを直しておいてよかったな」
「非常に、助かりました」
「上司への評価と同じだぞ」
「最高評価です」
暗い退避孔を這い、旧救助導線へ戻った時、時刻は二十時五十八分になっていた。
私は壁に背を預け、ケースの封印を確かめる。
無傷。外部保全庫への転送も完了。
迅さんは自分の焦げた袖より先に、私の膝を見た。
「歩けるか」
「業務災害の申請書を増やす程度には」
「歩けるんだな」
その時、端末が新しい警告を表示した。
短絡中継の消去前に取得した、最新の搬送待機一覧。
`21:30 第三新人班・四名`
`帰還地点 R-12 → 地上帰還門`
`経路最適化 SG-0`
経路ハッシュは、天城さんのものと同じだった。
M-17へつながる、偽の帰還経路。
「新人班は、いまどこです」
「地下六層の帰還待機所だ」
迅さんが立ち上がる。
「止められるか、調査官」
時刻は二十一時一分。
次の搬送まで、あと二十九分だった。




