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S級探索者の死因は魔物ではない ~新人事故調査官と追放エースのダンジョン検証録~  作者: sakumaaa


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5/10

追放エースは、死者の謝罪を許さない

隔壁の前には、天井から垂れた太いケーブルが一本あった。ケーブルの先は、弁当箱ほどの黒い装置につながっている。


 正規設備の型番表示はない。


 代わりに、側面へ白い塗料で一文字だけ記されていた。


 S。


「触らないでください」


「触ってない」


「触りたい顔をしています」


「顔で証拠を取るな」


 私は絶縁シートを敷き、装置へ非接触スキャナを向けた。


 走査結果が端末へ流れ込む。


 正規搬送は五段階だ。


 利用者認証。生体保護。出発座標固定。到着座標照合。そして、転移先に人体が収まる空間があるかを確かめる空間容積検査。


 最後の検査を設計したのは、父だった。


 画面上では、その五番目だけが灰色になっている。


`VOLUME_CHECK: BYPASS`


`SHORT_RELAY: ACTIVE`


`AUTH: SG-0`


 喉の奥が、ひどく乾いた。


「真壁?」


「空間容積検査が切られています。到着先の壁や設備と利用者が重なっても、搬送を実行できる状態です」


「天城は、壁の中へ送られたのか」


「完全には重なっていません。座標がずれて、隔壁へ叩きつけられた。おそらく、〇・八秒の欠落はこの短絡中継を通った時間です」


 私は認証欄を拡大した。


「SG-0。個人名ではなく、管理権限の共通コードです」


「誰が使える」


「中央安全管理室。それと、迷宮運営会社の安全統括責任者」


 迅さんは返事をしなかった。


 その肩がわずかに固くなる。


「榊原征司」


「まだ権限の範囲が分かっただけです」


「分かってる」


 分かっている人の顔には見えなかった。


 私は持参した耐衝撃ケースを開けた。


 中には、天城さんの白い探索服から回収した黒箱の記憶核が入っている。最初の解析では中央台帳と同じ搬送履歴しか出なかった。


 だが、短絡中継には、正規設備とは別の照合鍵がある。


「現場の経路鍵と接続します。黒瀬さん、周辺監視を」


「了解、調査官」


 記憶核と短絡中継を、読み取り専用ケーブルでつなぐ。


 復号には時間がかかった。


 進捗表示が十二パーセントから動かない。


「待っている間に、聞いてもいいですか」


「内容による」


「天城さんが、あなたに不利な証言をした件です」


「内容が悪い」


「では、答えなくても構いません」


「そう言われると余計に腹が立つな」


 迅さんは転移台の縁に背を預けた。


 黒い手袋の指で、古い傷のある金属面を一度なぞる。


「二年前、湾岸第三迷宮で崩落が起きた。撤退命令が出たが、区画の奥に民間人が十二人残ってた」


「記録では、あなたが単独で命令違反をして、二次崩落を誘発したと」


「前半は正しい。後半は違う」


 迅さんは短く息を吐いた。


「俺が入る前から、支柱は限界だった。天城はそれを知ってた。だが審問では、俺が先に動いたとだけ証言した」


「十二人は」


「生きて出た。一人だけ、帰れなかった」


 救助隊員だった、と迅さんは付け加えた。


 名前は言わなかった。


「天城さんを恨んでいましたか」


「殴りたいとは思った」


「実行は」


「してない。向こうが避けた」


「それは実行しています」


「当たってない」


「刑法上、そこはあまり慰めになりません」


 迅さんが私を見る。


「お前、本当に戦えないのか」


「口論を戦闘に含めるなら、適性検査の再受験を検討します」


 復号進捗が九十八パーセントへ跳ね上がった。


 会話を打ち切るように、完了音が鳴る。


 中央台帳では消されていた、搬送前経路ハッシュが表示された。


 出発地点、B-42。


 正規到着地点、地上帰還門。


 実到着地点、M-17。


 書換命令、SG-0。


 そして黒箱の末尾に、未送信の音声記録が一件残っていた。


 迅さんの顔から、わずかな感情も消える。


「再生しますか」


「証拠なら再生しろ」


 私は記録開始を確認して、音声を開いた。


 雑音の奥から、男の声が流れる。


『あの日、お前は正しかった。今度は俺が記録に残す』


 それだけだった。


 謝罪というには短く、告発というには主語がない。


 けれど、迅さんには十分だったらしい。


「遅いんだよ」


 声に怒りはなかった。


 怒りより、もっと長く残るものがあった。

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