表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S級探索者の死因は魔物ではない ~新人事故調査官と追放エースのダンジョン検証録~  作者: sakumaaa


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

閉鎖区画には、新しい鍵がついていた

地図から消された通路は、現場では律儀に残っていた。


「この先は旧救助導線です。五年前に封鎖されてますよ」


 湾岸第六迷宮、地下四層。時刻は月曜の十八時四十七分。


 黄色い封鎖テープの前で、施設職員が困った顔をしていた。私が首から下げた事故調査官証を見て、隣に立つ迅さんの黒い手袋を見て、もう一度私を見る。


 新人調査官と、免許停止中の元S級探索者。


 自分でも、入場を許可したくなる組み合わせではない。


「事故調査室の証拠保全命令です。立入り記録には私の氏名を。黒瀬さんは現場検証補助員として同行します」


「ですが、戦闘免許が」


「戦闘はさせません」


 横から低い声がした。


「必要なら俺が先に死ぬ」


「安心材料としては零点です」


 即答すると、施設職員が目を泳がせた。


 迅さんは冗談を言っていない。だから困る。


「死なない手順で行きます。こちらに署名を」


 私は端末を差し出した。


 職員が渋々サインし、封鎖テープのロックを解除する。壁の一部にしか見えなかった隔壁が、重い音を立てて横へ滑った。


 その向こうに、照明の半分が死んだ細い通路が続いていた。


「真壁。腰の金具」


「外れてますか」


「逆だ。締めすぎだ」


 迅さんの指が、私の安全帯の留め具を一段だけ緩める。


「落ちた時に肋骨が折れる」


「落ちなければ問題ありません」


「現場でそれを言う奴から落ちる」


 経験者の断言は重い。


 私は素直に留め具を確認した。Fランクの戦闘適性しかない私にとって、安全帯は防具ではない。命綱そのものである。


「黒瀬さん。勝手に先行しないでください」


「命令か」


「手順です」


「なら従う」


 返事だけは優等生だった。


 旧救助導線は、公式図面より二・三メートルほど低い位置を通っていた。


 迷宮は成長する。壁を厚くし、通路を曲げ、昨日までなかった段差を作る。人間が作った配管やケーブルを、飲み込んだ骨のように壁面から覗かせる。


 私が三歩進む間に、迅さんは十歩先までの床と天井を見ていた。


「右に寄れ」


「理由は」


「左の床が呼吸してる」


 床が呼吸するわけがない。


 そう思って光を当てると、左側の石板がごくわずかに上下していた。隙間の奥で、迷宮生物らしい透明な膜が縮んでいる。


「報告書には何と」


「踏むと食われる床」


「正式名称をお願いします」


「知らん。現場じゃそれで通じる」


 元S級の知見が、急に雑だった。


 私は右壁に沿って歩きながら、携帯端末に位置と映像を記録する。迅さんは決して私の三歩以上先へ行かなかった。


 免許停止中だから、というだけではない。


 振り返る頻度。曲がり角で待つ位置。頭上を確認してから私の足元を見る順番。


 この人は、誰かを連れて帰る歩き方を体が覚えている。


「ここだ」


 二十分ほど進んだところで、迅さんが止まった。


 壁には『M-17 搬送設備区画』と薄く刻まれている。


 入口は公式の保守記録では溶接封鎖済みのはずだった。実物には、最近交換された電子錠がついている。


「地図からは消して、鍵だけ新しくした、と」


「几帳面な隠蔽ですね」


「褒めるな」


「評価です」


 証拠保全命令の番号を入力すると、電子錠は一度赤く光った。


 次の瞬間、迅さんが私の肩を引く。


 耳の横を、細い金属片が飛んだ。


 扉の隙間に仕込まれていた警告針が、向かいの壁へ突き刺さっている。


「いまのは」


「殺傷用じゃない。封鎖区画に入った奴を識別塗料で染める針だ」


「なるほど。申請なしの侵入者を、あとで見つけやすくする」


「俺たちは申請済みだがな」


「設備が書類を読んでくれなかったようです」


 私は針を証拠袋へ収めた。


 入る前から一件追加である。報告書だけが順調に育っていく。


 M-17は、中央に古い転移台を据えた円形の設備室だった。


 天井の保守灯は赤い。床には錆止め粉末が薄く積もり、転移台から北側の隔壁まで、何か重いものを引きずった跡が伸びていた。


 白い探索服に付着していたものと同じ、赤褐色の粉末。


 私は息を整え、記録を開始した。


「現場検証、十九時十二分開始。M-17搬送設備区画。同行者、黒瀬迅。床面試料を採取します」


 採取匙で三か所から粉末を取り、別々の容器に封入する。携帯分析器が走査を終えるまで、四十二秒。


 表示された数値は、九十九・九パーセント。


「一致しました。天城さんの装備に付着した錆止め剤は、ここから持ち出されたものです」


「隔壁を見ろ」


 迅さんが指した先に、腰の高さほどの擦過痕があった。


 粉末が弧を描いて剥がれ、中央だけ白い塗料が残っている。


 天城晃の肩当てと、ほぼ同じ高さだった。


 私は計測板を当てる。


「衝突痕、床上百三十二センチ。幅二十八センチ。白色塗料の移着あり」


「あいつはここへ飛ばされた」


「まだ仮説です」


「お前の上司も同じことを言うのか」


「『それは事実か、仮説か』が口癖です」


「面倒な上司だな」


「非常に助かっています」


 迅さんが、ほんの少しだけ口元を緩めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ