表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S級探索者の死因は魔物ではない ~新人事故調査官と追放エースのダンジョン検証録~  作者: sakumaaa


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

死者は、二か所にいた

迅さんが、ふいに床へ片膝をついた。


「何をしていますか」


「靴を見てる」


「それは見れば分かります」


「じゃあ聞くな」


 白銀装備のブーツ。その靴底へ、赤茶色の粉が薄く詰まっていた。


 地上施設の錆にしては粒が細かい。血液なら試薬が反応する。私は採取用フィルムを取り出した。


「検体番号AG6-20391014-07。採取時刻、午前九時三十一分。左足靴底、赤色粉末」


「赤鉛の防錆粉だ」


 迅さんが言った。


「現在の公共施設では使用禁止です」


「地上じゃな」


「心当たりが?」


「湾岸第六の古い救助通路で使ってた。改修前の床に撒いて、結露を吸わせる」


「場所を特定できますか」


「たぶんM系統。一般探索区には残ってない」


 私は運営会社から提出された施設図を開いた。


 A系統、B系統、救助中継区。M系統は表示されない。


「図面にありません」


「なら消したんだろ」


「存在しないとは考えないんですね」


「現場は、図面を消しても消えない」


 いかにも記録を信用しない人らしい言葉だった。


 なのに、靴底の粉は彼の側にいる。


 私は施設資材台帳を照会した。古い資料ほど階層が深く、閲覧申請の理由を三回も入力させられる。秘密を守る仕組みというより、職員の気力を削る仕組みに見える。


 七年前の改修記録に、一件だけ該当があった。


 保守区画M-17。旧救助中継路。赤鉛系防錆粉を使用。現在は隔壁閉鎖、立入禁止。


 画面を見た迅さんの眉が動く。


「そこだ」


「黒瀬さんはM-17へ入ったことが?」


「二年前に一度。崩落事故のとき、正規の救助路が潰れた」


 一般人十二名を救い、仲間を一人失った事故。


「記録には、B-09から独断で侵入したとあります」


「記録を書いたのは、現場にいなかった連中だ」


「天城さんは、あなたが撤退命令を無視したと証言しています」


 迅さんの顔から、わずかに残っていた表情が消えた。


「知ってる」


「反論は?」


「今する話か」


「あなたの証言の信用性に関わります」


「俺を信用するな。粉を調べろ」


 短く言って、彼は検査台から離れた。


 逃げた、と判断するのは簡単だった。


 でも彼は、自分を信じろとは言わなかった。測れるものを測れと言った。


 私は赤い粉の簡易分析を開始した。鉛、樹脂、微量の迷宮石灰。資材台帳のM-17保管試料と、成分比率が九八・七パーセント一致。


 事実が一つ増えた。


 天城晃の靴は、閉鎖されたM-17の床へ触れている。


 けれど公式記録では、昨夜の天城は入場門からB-42へ直行し、一度も保守区画へ入っていない。


 歩いて行ったなら、途中のゲート記録があるはずだ。


 ないなら、残る移動方法は一つ。


「個人ビーコンを確認します」


 私は白銀装備の胸部から、親指ほどの記録端末を取り外した。


「製造番号BCN-77A-41109。取り外し時刻、午前九時五十六分。封印状態、正常」


 運営会社の中央記録ではなく、天城本人が身につけていた一次記録。ここが書き換えられていたら、いよいよ私の信じるものがなくなる。


 解析端末へ接続する。


 位置履歴の復元には数分かかる。その間に、付属端末の通信記録が先に開いた。


 未送信メッセージ、一件。


 宛先を見て、私は迅さんへ視線を向けた。


「黒瀬さん宛てです」


 彼の黒い手袋が、わずかに握られた。


「本文は」


「破損しています。冒頭だけ復元できます」


 画面に、短い文字列が浮かび上がる。


 ――あの日、お前は正しかった。


 迅さんは何も言わなかった。


 怒るでも、喜ぶでもない。ただ、閉じた検査室の扉を一度見た。出口を確かめる癖なのか、その場から逃げないためなのか、私には分からない。


「続きを復元します」


「先に位置記録だ」


「いいんですか」


「死因と謝罪を混ぜるな。あいつが何を書いても、傷の形は変わらない」


 私は無意識に、主任を見た。


「事実と仮説を分けろ、か」


「いえ」


 私は位置履歴の復元を実行した。


「それより少し、難しい話です」


 人間の言葉は、記録より曖昧だ。


 けれど、曖昧だから価値がないわけではない。少なくとも黒瀬迅の言葉は、いま私が何を優先すべきかを正しく指していた。


 復元された位置履歴が、空中に二本の線を描く。


 青い線は、公式記録どおり入場門から一般探索区B-42へ伸びている。


 赤い線は、存在しないはずの分岐を通って地下へ落ちた。


「そんな経路はない」


 主任が言った。


「中央台帳にはありません」


 私は時刻を拡大した。


 二十三時十四分十七秒二〇四。


 装備時計が止まった、その瞬間。


 天城晃のビーコンは、一般探索区B-42と保守区画M-17の二地点に同時に存在していた。


 重複時間、〇・八秒。


 迅さんが低く息を吐く。


「魔物じゃないな」


「はい」


 私は事故分類画面を開き、暫定判定の「魔物災害」を保留へ変更した。


 S級探索者の死体には、魔物の痕跡がない。


 代わりに残っていたのは、消された通路と、止まった時間と、二つに裂けた現在地だった。


「天城さんは、公式記録上の遭遇時刻より前に転移しています」


「どこへ」


 私は赤い線の終点を指した。


「立入禁止区画M-17です」


 そこは七年前に閉鎖され、昨夜は誰も入っていないことになっている。


 なら、次に調べるべきことは一つだった。


 誰が、天城晃を存在しない経路へ送ったのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ