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S級探索者の死因は魔物ではない ~新人事故調査官と追放エースのダンジョン検証録~  作者: sakumaaa


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2/10

その爪痕は、狼のものではない

初対面から評価票を返された。


 私は彼の検証員証を読み取り、利害関係の確認画面を開く。


「被害者の天城晃さんとは、二年前まで同じ探索班。あなたの処分審査で、天城さんは命令違反が隊員の死亡を招いたと証言しています。相違ありませんか」


「ない」


「天城さんを恨んでいましたか」


 主任が止めるより早く聞いた。


 迅さんは検査台を見た。長くは見なかった。


「恨んでいた」


 警備員の姿勢が変わる。


 私は画面へ、そのまま入力した。


「現在も?」


「死んだからって、過去まで善人になるわけじゃない」


「では、検証から外れますか」


「お前が決めろ、調査官」


 挑発というより、本当にどうでもよさそうだった。自分が疑われることに慣れすぎている人の顔だ。


 記録だけを見れば、外す理由は十分にある。


 けれど、記録だけでは分からない傷が目の前にある。


「利害関係を開示したうえで、検証を続行します。発言は単独で証拠に採用しません。すべて私が再検査します」


「好きにしろ」


「あと、証拠品には許可なく触れないでください」


 伸びかけていた黒い手袋が止まった。


「……見てただけだ」


「手で?」


「現場じゃ普通だ」


「ここでは異常です」


 主任が顔を背けた。たぶん咳を我慢したのだと思う。


 私は鎧を撮影台へ移し、迅さんに正面と側面を見せた。


「公式には鋼殻狼による裂傷です。残留魔素は二種類の試薬で陰性。洗浄痕もありません」


 迅さんは返事をせず、腰を落として傷を見た。


 近い。けれど触れてはいない。


 右端の傷から中央、左端へ視線が動く。次に三本の始点。終点。装甲板の継ぎ目。


「爪痕じゃない」


「爪痕には見えます」


「鋼殻狼のじゃない」


「そこは重要なので、最初から省略しないでください」


「理由を」


「間隔が同じすぎる」


 私は計測画面を重ねた。三本の傷の間隔は、始点で四・八センチ、中央で四・九センチ、終点で四・八センチ。


「鋼殻狼は獲物へ食いつくとき、肩を内側へ絞る。爪の間隔は先へ行くほど狭くなる。こいつは平行だ」


「装備表面を滑った可能性は?」


「その深さなら中央が浅くなる。全部、同じ深さだ」


 解析光を当てる。深度は最大七・二ミリ。誤差は〇・一以内。


 迅さんの言葉と、測定値が一致した。


「つまり?」


「鋼殻狼を見たことのない人間が、狼らしく付けた傷だ」


「細かいな、新人」


「死因を調べていますので」


 少しだけ、迅さんの口元が動いた。


 笑ったのか、面倒な相手だと思ったのかは記録できない。記録できないものを判断材料にしないのが私の流儀だった。


 少なくとも、今日の午前中までは。


 私は装甲の傷を三次元走査し、迅さんの説明を検証仮説として保存した。


 爪痕は偽装された可能性がある。


 では、本当の損傷はどれだ。


 白銀装備の胸部を拡大すると、爪痕の下にわずかな波形の歪みが見えた。切断でも打撃でもない。素材の分子配列が、一瞬だけ別方向へ引かれたような変形。


 私は鎧の内蔵時計へ接続した。


「装備記録を開きます。黒瀬さん、画面から一歩下がってください」


「触ってない」


「圧が強いです」


「機械は緊張しない」


「担当者がします」


 彼が半歩だけ下がった。


 装備の稼働ログが、細い光の帯になって宙へ浮かぶ。心拍、魔素循環、外圧、温度。二十三時十四分十八秒に大きな衝撃。運営会社の記録と一致する。


 最初は、そう見えた。


「主任。装備時計と中央標準時の差分を再計算します」


「何かある?」


「一秒だけください」


「一秒で足りるのか」


「〇・八秒です」


 装備時計は二十三時十四分十七秒二〇四から、十八秒〇〇四まで進んでいなかった。


 故障して止まったのではない。その前後では正常に動いている。時間だけが〇・八秒、きれいに欠けている。


 そして時計が再開した瞬間、胸部と左脚の空間圧センサーが同時に上限を振り切っていた。


「鋼殻狼との遭遇記録は、二十三時十四分十八秒でしたね」


「ああ」


「その直前に装備時計が〇・八秒停止しています。外圧異常は時計の再開と同時です」


 主任の目が細くなった。


「事実は?」


「時刻欠損と圧力異常。原因は未確定です」


「仮説は」


 私は答える前に、父の設計ノートで何度も見た図を思い出した。


 人体と装備を同じ座標系へ移すとき、転移先に十分な空間がなければ、装備側の時計に一秒未満の同期欠損が出る。だから父は、転移前に人体と装備が収まる空間を検査する手順を作った。


 真壁式空間容積検査。


 父の名前を口にすれば、私は父の無実を証明したがっている娘になる。


 証拠より先に、物語ができてしまう。


「まだありません」


 私は言った。


 迅さんがこちらを見た。


「転移事故を疑ってる顔だ」


「顔は証拠になりません」


「便利な返事だな」


「便利なので規則になっています」


 言い返しながら、白銀装備の左脚を検査台へ固定した。


 外側には爪痕がない。それなのに、膝から下の装甲だけが内向きへ歪んでいる。転移ショックなら説明できる。だが、いまはまだ説明できるだけだ。

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