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ep.6 罪の判決

「あ……」


 彼女が見せる、初めての表情に、セオドールは言葉を失った。


「マリアベル……俺……」

「早く答えてください」


 彼女に手を伸ばしかけた彼だったが、罪悪感に手を引っ込める。一体、どういうつもりで自分は彼女に触れられるというのか。


(俺が……彼女を傷付けてしまったのか……)


 セオドールの心が、ずんと重たくなる。


 正直に話そう。今のセオドールが婚約者の為にしてやれる事なんて、もうそれしかないのだから。


「……サロペ嬢に抱いていた特別な感情は、確かにあった」

「それは?」


 マリアベルの鋭い視線と共に飛んでくる追問。彼は諦めたように笑った。


「俺が彼女に抱いていたのは、親しみと気楽さだ」


 セオドールはもう彼女を見る事なんて出来なくて、全てを白状する事にした……そう、アメリア以外の事も、全て。


(これで俺が、器の小さい男だという事が彼女にバレるな……)


 でも、それでいいのかもしれない。マリアベルが求めているのが真実ならば、婚約者として最後くらい彼女に『ありのままの自分』を曝け出してやろう。


(どうせこの後捨てられるのだから、もういいか……)


「サロペ嬢といると気楽だった。俺は俺らしくいられるし、余計な自己嫌悪なんて感じない……俺にとって君は、あまりにも完璧で眩しすぎたんだ。君の前だと俺は、いつも劣等感を感じてる」


 マリアベルは静かに彼の『本音』を聞いていたが、途中で小さく息を呑む音がした。


「君がルシアン王太子殿下と親しい事は知ってる。幼少期からずっと一緒に育ってきた二人の仲だって事も……だから、そこに文句を言うつもりはないけれど、婚約者の俺には心を開かない君が殿下には心を開いている姿を見ると、たまらなく嫉妬して胸が苦しいよ」


 セオドールの青い瞳からは、いつの間にか一粒の涙がこぼれ落ちていた。


「俺、本当はこんなにもみっともなくて格好悪い男なんだ……」


 彼は頬を伝う涙を指で払うようにして拭うと、改めてマリアベルを見た。


「ずっと君の前にいる自分が嫌いだった」


 そう言って、寂しそうに笑うセオドールに、マリアベルの胸が微かに痛む。


(私も、この人に本心を見せた事はあったかしら……)


 これまでの二人を思い返す。政略結婚、義務的に行われていく婚約者としての活動。


 マリアベルはセオドールとの結婚は政略だと割り切っていた。相手も自分と同じだろうと疑わなかった。

 なぜなら自分達は貴族だから。それが義務であり責任だから。


 互いの尊厳を傷付けず、尊重し合えればそれでいいと……でも、それはマリアベル個人の考えで、セオドールのものではない。


(私達、これまで一度も互いの考えや気持ちについて話し合った事がなかったわね)


 思えば、一緒に過ごしても当たり障りのない会話ばかり。セオドールの職場の話や、彼の友人の話、それに彼の家族の話など……


(……あ……)


 その時、マリアベルもまた自分の罪を悟った。


 セオドールと二人で過ごす時、彼女は相手に失礼のないように笑顔を浮かべて、穏やかに相槌を打っていた。ただ、それだけだった。


 マリアベルから話のきっかけを作った事なんてないし、どこかへ誘った事もない。


 いつからだろうか? 初めこそ頻繁に届いていたセオドールからの手紙も少なくなり、毎週のように侯爵家の屋敷に遊びに来ていた彼が、月一の義務の茶会以外顔を見せなくなっていたのは。


 それを思い出せないくらい、マリアベルはあまりにもセオドールに無関心だった。


「…………」


 マリアベルは、セオドールの言葉を用紙に書き写しながら、これまでの婚約者としての自分の振る舞いを振り返っていた。


「……セオドール様への事実確認は、以上を持ちまして終了いたします」


 羽根ペンを置いたマリアベルが言った。


「続いて、今回の事での貴方の処分についてですが……」


 セオドールはまるで裁きが下るのを待つ罪人のように、苦しそうに眉を顰める。マリアベルは小さく息を吐いて、姿勢を正すように座り直した。


「……判断材料がまだ足りません」


 彼がマリアベルを見つめると、彼女もまたセオドールを見つめていた。


「私達、まずはお互いについて知るべきですね」


 セオドールは目を開く。


「私はこれまで、政略結婚だと割り切って過ごしておりました……でも、セオドール様の話を聞くと、どうやら貴方は違うようですね?」


 マリアベルは真剣な表情で、真っ直ぐに彼を見つめている。その自分から逸らさない瞳に、セオドールは何となく心が救われた。


「あぁ……俺は、例え政略だとしても、互いを思いやりたいし、ちゃんと『家庭』を築きたい」


 そう言ったセオドールは、少し気まずそうな表情で続けた。


「俺が言える立場ではないが……君にもいつか、『丁寧』と『義務』は違う事を知って欲しい……」


 マリアベルはずっと、婚約者であるセオドールには特別に『丁寧』に接してきた。それが婚約者としての務めだと考えていたから……でもその考え自体が、彼の言う『義務』という意味なのだろう。


「まぁ……君にこれから婚約破棄を告げられる俺にこんな事言われても、君が困るだけか」


 続けて自嘲気味に笑うセオドールを、マリアベルは無表情ではあるが小首を傾げながら見つめる。


「……何を仰っているのです?」

「え?」


 セオドールもまた不思議そうな顔をした。


「私がいつ婚約破棄をすると言いましたか?」

「だってこの査問会は……俺の罪を暴き裁くためのものだろ?」


 するとマリアベルは眉を顰めて、小さく息を吐いた。


「私はちゃんと初めにお伝えしましたわ。『査問会では事実確認をし、責任所在を明確にする』と」


 セオドールの瞳は驚きで見開かれており、その青い瞳に映るマリアベルの表情はとても不機嫌そうだ。


「それともセオドール様は、私と婚約破棄をなさりたいの?」

「い、いや……そういう意味では……」


 彼が戸惑いながら答えると、マリアベルの表情は不機嫌から無表情へと戻っていった。


「今回の件、責任の所在を考えるなら九割は貴方にございます」


 セオドールは、やはり……と肩を落とす。


「けれど……私にも一割あるという事が分かりました」


 その時、彼は顔を上げて目の前の婚約者を見た。


「ゆ、許してくれるのか……?」


 信じられない目でマリアベルを真っ直ぐに見つめていると、彼女は初めて彼から目を伏せた。


「いえ、許したのではありません。セオドール様の軽率な行動のせいで、すでに私は『婚約者を愛人に奪われた女』と密かに囁かれつつあります。私の名誉が貶められたとも言えるでしょう」


 セオドールは彼女の言葉に申し訳なさから、改めて自分の不甲斐なさを呪う。


「このような実害、そして、九対一の過失割合から、貴方に下す罰は……」


 マリアベルの声は固く、そして冷たかった。


「私の婚約者として相応しい知識と行動を身に付け、私の名誉回復に努めて下さい」


 その瞬間、セオドールは目を大きく開き、縁の周りを赤くさせていた。彼女がこんな自分を見捨てずもう一度チャンスを与えてくれる事に、感謝と感動が込み上げてくる。


 ——今度こそ、逃げ出さずに彼女と向き合おう。そして、隣に立つに相応しい自分になりたい。


「なので、一割の過失がある私が直々に貴方の教育を受け持ちますわ」


 ——セオドールは強く誓う。自分はこの先、絶対にマリアベルを裏切らないと……


「…………え?」


 思わずセオドールは顔を上げて、ポカンと口を開けながらマリアベルを見つめる。

 マリアベルは笑っていた。


「だから、軍人の娘である私がセオドール様を軍隊式に教育して差し上げると申し上げているのです」


 でもその笑顔は、これまでセオドールが見てきた優雅で上品な笑顔などではなく……厳格な軍人侯爵の娘に相応しい、まるで冷酷な上官のような笑顔だった。


(もしかして、これが……彼女の本性?)


 彼の頭に過ぎる『完璧令嬢』と称される彼女の姿を思い浮かべながら、セオドールはぼんやりと思う。


(どうやら俺は、婚約者の事を何一つ知らなかったらしい……)


 セオドールは初めて、完璧な婚約者の本性を目の当たりにしたのだった。

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