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ep.3 片想いのなれ果て

 暫くすると、涙が落ち着いてきたアメリアが鼻の頭を赤くしたまま恥ずかしそうに頭を下げた。


「ごめんなさい、先輩……その、まさかクッキーを受け取ってもらえるとは、思わなくて……私、嬉しくて……」

「え? さっき、余り物だって……」


 訝しげにセオドールがすぐに違和感を指摘すると、アメリアはつい本音が漏れてしまった事に慌てた。


(や、やばい! 先輩には婚約者がいるんだから、私はちゃんと友人でいないと!)


 アメリアはまだ涙の乾いていない緑色の瞳でセオドールを見上げた。


 彼女が学生時代から片想いをしてきた相手で、彼が卒業してからも想い続けてきた人。そして、彼の婚約が決まってから、もう話す機会も無かったけれど、それでも忘れられなかった人……

 セオドールは、アメリアの青春を埋め尽くす人だった。


 片想いと失恋を拗らせて、両親に勧められた見合いから逃げ出すように参加したガーデンパーティーで、アメリアは再びセオドールと再会する。


 久しぶりに見た彼は相変わらず輝いていて、アメリアの止まっていた心臓を再び動かし始めた。そして……彼の隣で美しく笑う完璧令嬢マリアベル・アイゼンハルトの姿が、アメリアの目に焼き付いている。


 誰が見てもお似合い、理想の二人。今度こそ諦めなきゃと自分に言い聞かせて、いくつもの夜を泣き過ごし、やっとの思いで前を向く決心を持てた。


 そんなある日、アメリアはたまたま気付いてしまった。マリアベルの隣に立つセオドールは、アメリアが恋をした自信に満ちた笑顔を浮かべる青年ではなくなっていた事に。


(……先輩、どうしてそんな表情……)


 今のセオドールは不幸そうだ。アメリアはそう思った。


 その瞬間、やっとついた決心は音を立てて崩れていき、やっぱりアメリアはその緑色の瞳でセオドールを見つめ続ける。


(先輩を奪いたいとかじゃ、ない……)


 アメリアは分かっている。自分じゃマリアベルの足元にも及ばないし、代わりになんてなれない。


(でも、先輩が不幸な顔をしてる姿なんて見たくないよ……)


 せめてセオドールがまた明るく笑ってくれるようになるまで、アメリアは友人として彼を慰めたいし支えたい。たとえそれが、『友人』だとしても、側にいられるなら——


 アメリアはハッとして、罪悪感に眉を僅かに顰めた。


『側にいたい』。それが彼女の本心で、『友人として彼を支えたい』なんて建前だ。


(自分が一番分かってる……これが狡いって事くらい……っ)


 そうだ。恋は人を欲張りにする。


(……こうして先輩に会いに行く理由を、私はもうとっくに『友人だから』だけでは誤魔化せない……)


 アメリアはとっくに自分自身すら騙せなくなっていた。きっと、これ以上セオドールの側にいたら、今度は本当に彼の心まで望みそうで……


 でも、彼女の本当の願いがそれなのだから、アメリアがセオドールから離れられる日は、きっとこの先も来ない。


「私、そろそろ帰りますね……」


 アメリアは自分の中の罪を隠すように、暗い表情の中に無理やり笑顔を浮かべて言った。


(来た時は笑っていたかと思えば、さっきまで泣いていて、そしてまた泣きそうに笑ってる……)


 セオドールの目にも、アメリアの笑顔は痛々しく映った。なんとなく、紳士としてこのまま一人で帰らせていいものなのかと、正体不明の罪悪感が彼の心を蝕んでいく。


「……アメリア。兵舎の外まで送っていくよ」


 セオドールは、城の中まで送るとまた噂が立つが、兵舎の中なら大丈夫だろうと軽く考えて申し出た。


「あ、ありがとうございます……!」


 アメリアはさっきまで暗かった表情を明るくさせて、嬉しそうに笑っていた。




 兵舎の外に出て、門の所までアメリアを送る。


「それじゃあ、アメリア。気を付けて……あ、クッキーありがとう。部下達と皆で頂くよ」


 セオドールが軽く手を振って言うと、アメリアは一瞬複雑そうな表情を浮かべた。けれどすぐに笑顔になって、頷いた。


(本当は、先輩の為だけに焼いたんだけど……)


 例えアメリアの偽りの善意だとしても、それを疑わずに受け入れてくれるセオドールが好きだ。


(……離れたくないなぁ……)


 アメリアは思わずそんな事を心の中で呟いてしまうのだが、ぐっと胸の奥にしまい込み、彼女もまたセオドールに手を振る。


 その時、一際強い風が吹いた。まるで突風のように吹いた風は、空へと土埃を巻き上げていく。


「痛っ……!」


 アメリアは顔を歪めて、目を擦った。どうやら、土が目に入ってしまったらしく、赤くなった目に涙が浮かんでいる。


「アメリア、大丈夫か?」


 セオドールも心配そうに、腰を曲げて彼女の顔を覗き込んでいた。


 カツ、カツ……


 だから、彼は気付かなかった。少し離れた所から、歩く音が聞こえてくる事に。


「目に、入っちゃったみたいで……」

「擦るな、目に傷が入るぞ!」


 セオドールはアメリアの赤くなった瞳に集中していて、もうすぐそこまで来ている足音が耳に入らなかった。


「まずは目を洗え。兵舎に戻ろう……」

「——戻る?」


 急に第三者の声が聞こえて、セオドールとアメリアは固まる。


「と、いう事は……今までお二人はご一緒に過ごされていらっしゃったのですね」


 セオドールがまさかと思い、顔を上げると……目が覚めるほどに鮮やかな薔薇色の瞳と、すぐに目が合った。


「セオドール様。そんな幽霊でも見たかのような青い顔をして。どうかなさいましたか?」


 彼女の瞳が、セオドールを射抜くように見つめている。


「まるで罪の現場でも見られたかのような反応ですね?」


 相変わらず、優雅に上品に笑うマリアベルの笑顔は美しく、そして恐ろしかった。

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