ep.25 公開処刑
セオドールはまだ終えていない仕事があったので、再開する事にした。
「そういえば令嬢は、最近隊長と競馬場に行ったらしいですね」
「えぇ、とても有意義な時間を過ごしました」
何だかマリアベルが騎士団の騎士達と打ち解けているようで、セオドールは嬉しく思う。
「え! 賭けていないんですか? 馬の鑑賞?」
嬉しく……思……
「あははは! 馬の筋肉を見るだけでその馬の状態が分かるって……アイゼンハルト嬢は変わったお方ですね~!」
セオドールはジト目で書類から顔を上げる。
(……マリアベル、俺よりも部下達の方が打ち解けてないか?)
マリアベルは至って真面目な表情で馬について語っているのだが、騎士達はそんな彼女を心底面白いと感じているようだった。
和気藹々としている彼女と部下達を見つめながら、セオドールの心は嫉妬に満ちていく。仕事が手に付かなかった。
ガタリ、と音を立ててセオドールが立ち上がったので、マリアベル達は会話を止めて彼を見た。
「マリー、そろそろ帰ろう」
「あら……お仕事は?」
薔薇色の瞳が、じっと彼を見つめている。セオドールは小さく「うっ」と呻いた。
「……実は今日の分はすでに終わってるんだ」
さっきとは真逆の事を言っている自覚のあるセオドールは、マリアベルから目を逸らして彼女の元へと近付いていった。
「お前達も。そろそろ退勤時間だが……もしかして、残業がしたいのか?」
セオドールが黒い笑顔を浮かべて尋ねると、マリアベルと楽しくお喋りしていた騎士達は青褪めた表情で、退散するように執務室を後にするのだった。
部屋に残された二人の間に短い沈黙が落ちる。
「……手を」
セオドールが改めてエスコートしようとマリアベルに手を差し出すと……
「……嫌です」
なぜか、顔を背けられてしまった。何だかんだで今まで手繋ぎを許してくれていたマリアベルに拒否されてしまい、セオドールはショックを受け、少し泣きそうな、情けない表情を浮かべる。
「な、なぜだ……もしかして、俺が君にキスしたから……だからもう触れたくもないのか……⁉︎」
セオドールが嘆くように尋ねると、マリアベルはむぅっと唇を引き結ぶ。白い頬がみるみる赤く染まり、薔薇色の瞳が落ち着きなく揺れていた。
彼女もまた、彼とのキスを思い出してしまったようだ。
「その、………から、です……」
マリアベルの言葉が聞き取れず、セオドールは少し腰を屈めた。
「……貴方に触れると、なぜか心が落ち着かなくなるので嫌です」
真っ赤な顔で眉を顰めながらそう言うマリアベルを見て、セオドールは……
急にセオドールがマリアベルの前で片膝を付いたので、彼女はとても驚いてしまった。
「マリー、今からデートしよう!」
「え?」
セオドールの顔も照れたように赤くなっていたけれど、それよりも嬉しさが勝ってそんな言葉を口にしていた。
なぜなら、マリアベルの今の言葉はセオドールを異性として意識し始めたという証拠だからだ。
片膝を付いたまま、セオドールが手を伸ばしてマリアベルの手に触れるけれど、彼女は嫌がらなかった。
「……貴方には今から、昨日すっぽかした婚約者教育があると初めにお伝えしたはずです」
マリアベルは眉を顰めたまま、やっとセオドールを見た。彼はとろけるような笑顔を浮かべて言う。
「じゃあ……夫婦模擬演習だな!」
「…………」
セオドールは、マリアベルすらも黙らせる『夫婦模擬演習』の使い勝手の良さを実感したのだった。
◆
マリアベルはセオドールに連れられて、王都の中でも有名なデザイナーが経営するドレスショップに来ていた。
そこは先日にセオドールの希望で既に二人で訪れた事のある衣裳店で、来月に王宮で開催される公式行事に向けて、二人の衣装を注文したばかりであった。
「注文して一週間ですし、まだ衣装は出来上がっていないと思いますけれど……」
マリアベルが不思議そうに小首を傾げながら、無表情にじっとセオドールを見つめると、彼は少し頬を赤く染めていた。
「いや、今日はそのドレスの受取りに来た訳ではなく……」
そして、コホンと小さく咳払いをしてから、ここに来た目的を話す。
「実は、元々今日は俺の友人から夜に開かれる夜会の招待状を受け取っていたんだ。行くつもりはなかったが、マリアベルとデー……夫婦模擬演習の場にぴったりなんじゃないかと思って……」
なるほど、とマリアベルは頷いた。
「つまり、社交の実践訓練ですね」
「……あぁ、そういう事だ!」
マリアベルならそう言うだろうと予測していたセオドールも、話を合わせるようにして頷く。そして、彼女を丸め込むようにそれらしい言い訳を並べていった。
「急に夜会と言われても、マリアベルも準備が出来ていないだろう? だから、ここでドレスや宝石を揃えようと思いこの店に来たんだ」
「そういう事でしたか……」
マリアベルも納得する様子を見せていたので、その隙にセオドールはさっそくデザイナーを呼んで、彼女に合うドレスを見繕うように言った。
「前回は公式行事用の衣装をお願いしたが、今回はカジュアルな夜会に合う華やかなドレスを見繕って欲しい」
すると、デザイナーのマダム・ヴァレンティーヌ・ベルモンがやる気に満ちた瞳で「お任せください!」と承諾する。マリアベルが二人の会話に口を挟む前に、彼女はヴァレンティーヌによって奥の衣裳室へ連れて行かれるのであった。
数十分後、マリアベルは深い紺色のドレスに身を包んでセオドールの前に姿を現した。
「いかがですか?」
普段から明るい色合いの清楚なドレスを着用しているマリアベルは、今着ているような濃いダークトーン色はあまり馴染みがなかった。だからか、マリアベルは少し不安そうな面持ちだ。
セオドールはそんな彼女の姿を見て、目を逸らせず、そして言葉も続かない程に見惚れてしまっていた。
いつも彼女の事を綺麗だと感じていたが……暗色のドレスにマリアベルの淡い金髪がよく映え、白い肌がいつも以上に輝いて見える。暗い色のドレスに身を包むマリアベルは、上品で、落ち着いていて、綺麗で……そこに、色気が足された魅力があった。
「ご覧下さい、ベルグラード様! ご令嬢の魅力を最大限に活かしたこのドレス! 令嬢は背が高く脚も長いので、ドレスはマーメイドラインを採用いたしましたわ! 特にご注目いただきたいのが、首元から胸元を包む繊細なレースの柄です! こちらは職人達が細い糸を数ヶ月をかけて編み込み作り上げた緻密な図形でして、この世にここまで肌触りの良い透け感のあるレース生地は——!」
興奮したヴァレンティーヌから次々と飛んでくるドレスについての説明文など、セオドールの耳には一切入ってこなかった。
いまだに返答を返してくれないセオドールに、マリアベルは僅かに眉を顰める。
「……何も仰らないという事は、セオドール様はどうやらお気に召さなかったようですね。では、このドレスは着替えて参りましょう」
「ま、待ってくれ!」
背を向けて再び衣裳室の奥へ向かおうとするマリアベルを、セオドールは慌てて引き留めた。
「違う! 綺麗すぎたんだ!」
マリアベルは驚いた様子で目を開く。
「君が魅力的すぎて、言葉にならなかった……!」
続くセオドールの言葉に、マリアベルの顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「魅力的?」
「……そうだ」
「私が……?」
セオドールの言葉に、マリアベルは心底驚いているようだった。
いつの間にか、ドレスについて説明していたヴァレンティーヌも、周りにいた従業員達も手を止めて二人の様子を見守っていた。
「…………セオドール様、最近の貴方……どこか様子がおかしいですわ」
マリアベルは真っ赤な顔のまま、セオドールの方へと体ごと向き直す。
「先日のキスといい、今の発言といい……以前の貴方なら、そのような事は仰いませんでした」
彼女の薔薇色の瞳が、僅かに揺れながらも真っ直ぐにセオドールを見つめながら、なぜと問い掛けてくる。
『キス』と聞こえた瞬間、ザワっと周りの者達も赤面してしまう。そして、彼は何と答えるのだろうと好奇心に満ちた瞳でセオドールへと視線を向けた。
(マリアベル……今、ここでそれを言うのか……⁉︎)
突然、まるで公開処刑のように人前で自分の恋心を暴かれてしまいそうになったセオドールは、真っ赤な顔のまま固まっていた。




