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ep.18 婚約者の友人達

「セオドール。お前がここに居ると聞いて、挨拶に来たぞ」

「カリスト……それに、ヴィクトールまで……?」


 その二人、カリスト・グランツ侯爵子息とヴィクトール・シュタインベルク伯爵子息は、セオドールの学生時代からの仲の良い友人だ。


 二人は親しい様子でセオドールに軽く手を挙げて挨拶をした後、隣に座るマリアベルへと目を向ける。その瞬間、友人二人はぎょっとした顔をした。


「あ、挨拶が遅れて申し訳ありません。まさか、アイゼンハルト嬢だったとは……」

「俺はてっきり、アメリアだと思い……」


 慌てて挨拶するヴィクトールに続いて、カリストが失言する。「おい!」と、ヴィクトールに激しく肘で突かれ、彼もすぐに自分の失言を理解し顔を青褪めた。


 セオドールもまた、これまでの自分の犯したツケが回ってきた事で、青を通り越して白くなっている。


 友人同士和気藹々としていた空気から一気に静まり返る。その中でマリアベルが柔らかな声で静かに言った。


「えぇ……セオドール様とサロペ嬢の仲の良さは、よく存じ上げておりますよ」


 サァーと血の気が引いていく男三人に、マリアベルは優雅な笑顔を浮かべていた。


「カリスト・グランツ侯爵子息様と……ヴィクトール・シュタインベルク伯爵子息様ですね」


 突然フルネームを呼ばれた二人は、顔色悪いまま反応する。


「え?」

「えっ?」


 マリアベルは『完璧令嬢』に相応しい優雅な仕草で立ち上がると、まるで見本のようなカーテシーをして二人に挨拶をした。


「セオドール様のご友人で、学生時代から親交が深いと伺っております」


 二人は顔を見合わせた。


「……俺達、初対面ですよね?」

「えぇ、そうですね」


 マリアベルが当然のように答えると、カリストが思わずといった様子で続けて尋ねた。


「じゃあ、なんで知っているんです?」


 その質問に、マリアベルはぱちくりと瞬きをする。


「なぜって……婚約者たるもの、お相手の交友関係を把握しておいて当然でしょう」


 その瞬間、カリストとヴィクトールは顔色悪いまま彼女の隣に立つセオドールへと目を向けた。


(重い……これは……大丈夫なのか?)

(セオドールはもしかして、彼女に監視されている?)


 二人は友人セオドールが不憫な気持ち半分と、マリアベルの言葉に彼が不快になったのではと心配な気持ち半分で、セオドールの様子を窺う。すると、セオドールは……


(マリアベル……俺が知らなかっただけで、君はずっと俺の事を見てくれていたのか……)


 感動した様子で目を輝かせながらマリアベルの横顔を見つめていた。


(……あ、なんか大丈夫そうだな)

(あいつ、むしろ喜んでいないか?)


 カリストとヴィクトールは、思わず乾いた呆れ笑いをこぼしたのだった。


 二人は改めてセオドールの様子を見た。


「マリー。今度、俺にも君の友人を紹介してくれよ」

「人前でマリーと呼ばないでください」


 そして顔を見合わせる。


「おい……愛称で呼んでるぞ……」

「いつの間に、あんなに仲良くなったんだ?」


 カリストとヴィクトールは知っている。これまでのセオドールを……


 彼は当初、完璧令嬢と名高いアイゼンハルト嬢との婚約が決まったと嬉しそうに二人に報告してきた。それが、時が経つにつれてセオドールの表情は暗くなっていき、婚約者の無関心さに打ちのめされていく姿を目の当たりにしてきた。


 政略結婚に愛を求めてはいけない。貴族なら、分かりきった常識だ。だからマリアベルには何の非もない事を理解している。けれど……


 やはり、セオドールの友人として、マリアベルに多少の反抗心は抱いていた。だから、いけない事だと分かっていても、セオドールとアメリアの距離が縮んでいく様を見ないふりしてしまっていたのだ。


(……もしかしたら俺達、アイゼンハルト嬢の事を誤解していたのかも)


 彼女への罪悪感もあるが、純粋に今の楽しそうなセオドールの様子を見て二人はそう思う。

 それに、今日の彼女は、二人が思い描いていた『冷たい婚約者』とは、どこか違って見える。もしかすると彼女は、見かけの印象と違ってとても優しい心の持ち主なのかもしれない。


「何だよ、セオドール。婚約者と仲直りしたんなら、教えろよ」


 カリストは嬉しくなり、セオドールに気安く肩を組みながら言った。


「全くだ。二人の仲直り方法を教えてくれよ、俺も将来の参考にするからさ」


 続いてヴィクトールも、揶揄うように続けた。


 しかし、なぜかセオドールは複雑そうな表情を浮かべ、その隣でマリアベルは少し思案する様子を見せる。


「……査問会を開きましたわ」

「はい?」


 カリストとヴィクトールは意味が分からず聞き返した。


「セオドール様とサロペ嬢の不貞疑惑について査問会を開き、事実確認、状況証拠、動機、そして互いの過失割合を元に判断した結果、私達には『相互理解』が不足していた事が分かり、現在は婚約者教育中ですの」


 やはり、意味が分からなかった。


「参考になれば、幸いですけれど……」


 と、優雅に笑いながら説明するマリアベルを見て、二人が唯一分かった事は、彼女は彼らの知る普通の令嬢の範疇を超えているという事だけだった。


 一瞬、室内は変な雰囲気に包まれたが、ボックス・アテンダントに馬券の購入番号を尋ねられた事で、セオドール達は気を取り直して競馬に集中する事にした。


 せっかくなので、カリストとヴィクトールもこの場で馬券を買う事にした。


「マリアベル。君の見立てでは、何番の馬が良さそうだ?」


 セオドールに尋ねられ、マリアベルはオペラグラスを持ち上げて次レースの馬達を観察し始めた。


(うん? 競馬場にオペラグラス……?)


 ヴィクトールはすぐにこの奇妙な光景に疑問を抱いたが、本能がこの疑問を口にする事を避けた為そのまま黙っていた。


「……八番ですね」


 マリアベルが静かに答えると、セオドールはさっそく八番の馬券を……まぁまぁ多額の金額で買った。


 カリストとヴィクトールは、友人のとち狂った行動に驚愕する。


「おまっ……本当にその額で買うのか? 言っちゃ悪いが、八番はここ最近の成績でも特別悪くはないがパッとしない成績だぞ」


 カリストが慌てて言うと、セオドールが真剣な表情で「いや……」と首を横に振った。


「お前達も、騙されたと思って八番を買ってみてくれ」

「はぁ?」

「いや、そんな無駄金……」

「もし負けたら、その分俺が払うよ」


 そこまで言うなら……と、二人は試しに八番の馬券を購入した。ボックス・アテンダントに金を渡す時、ヴィクトールは彼の目が奇妙な輝き方をしている瞬間を見た。


(なんだ……?)


 第三レースが開始し、カリストとヴィクトールはどうせ負け試合だとそこまで興味もなくレースを眺めていた。しかし、なんと八番馬がどんどん追い上げていくではないか。


 二人の動きは止まり、そして次第に目を見開いて、最後には窓に齧り付くように立ってレースの行方を見守っていた。


 そして順位は決まる……一位、八番馬!


「ま、まじかよ……」

「クソ! 俺、どうして大金で賭けておかなかったんだ……!」


 呆然とするヴィクトール、そして後悔するカリストの横で、今この瞬間に大金を稼いだセオドールは大喜びの様子で両手を広げた。


「マリー! 君って奴は、天才だな!」


 あまりの興奮に、セオドールはマリアベルを強く抱き締めて喜びを露わにする。


「セオドール様っ、人前で……!」

「もし俺が騎士団をクビになっても、競馬場さえあれば俺達生きていけるな!」

「そんな旦那様はお断りです!」


 引き離そうにもびくともしないセオドールの腕に、マリアベルは抵抗するのも無駄だと悟り黙って抱き締められていた。


 そんな二人を見ていたヴィクトールは、先ほどのレース結果の驚きの余韻もあり呆然としていたのだが……「ははは!」と、突然笑い声をあげる。

 何だか可笑しくてたまらなかった。セオドールも、レースも、そして彼の変な『完璧』な婚約者も。


「セオドール。お前、いつからそんなに積極的になったんだ?」


 ヴィクトールはひとしきり笑った後、抱擁を嫌がっている様子のマリアベルに助け舟を出すようにセオドールを揶揄った。


 するとセオドールもハッと我に返って、顔を赤くしながら素早く離れる。


「す……すまない。つい、興奮して……」


 無意識とはいえ、自分の行動に驚きを隠せない様子のセオドールは、明らかに動揺していた。


(俺は今……マリアベルを抱き締めていたのか……⁉︎)


 あまりの無意識に、彼女を抱き締めた瞬間や感覚をそこまで覚えていない。セオドールは少し……落ち込んだ。


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