ep.16 騎士隊長
一方、王都の街ではとある犯罪者集団が必死に逃走していた。
彼らは薬物流出から人身売買、さらに誘拐や詐欺を横行している極悪な犯罪者達だった。
「くそっ……どうして、居場所がバレたんだ‼︎」
犯罪グループのリーダー格の男が、青褪めた表情のまま悔しさと焦燥に顔を歪めながら、追っ手を振り切るように裏路地の奥へと逃げていた。
彼らと繋がる貴族達もおり、中には大物貴族だっている。だからこそ、彼ら犯罪グループは保証された安全の中で、罪を犯し続ける事が出来ていたのだ。
捕まるわけにはいかなかった。自分達が捕まれば、後ろにいる貴族達も芋蔓式に引っ張り出されてしまう。そうなれば、彼の命は保証されないことだろう。
「いたぞ! こっちだ!」
男が行く先から、王宮騎士団の制服を着た騎士が飛び出してきた。
(まただ!)
彼は慌てて進行方向を変えて、残された道へと逃げ込んでいく。これで何度目だろう。男の進行方向を数々の騎士が塞いでいく。
残された最後の道に飛び込んだ時、太陽光が眩しいくらいに男を照らし付けていた。男は目を細めて、ついに立ち止まる。
彼はいつの間にか、裏路地ではなく表通りへと誘導されており、目の前には騎士達が全方位を囲んでいた。
「……っ……」
逃げられない。そう悟った男が足を竦ませていると、たった今彼が抜け出てきた後ろの暗い路地道に背の高い男が立っている事に気付く。
まるで男を追い詰めるように、その黒髪の騎士は一切の隙を見せずにゆっくりと前へと進んでいった。
男と同じように、太陽がその騎士を照らした。彼の顔をはっきりと認識した時、男は絶望した表情を浮かべたのだった。
(……セオドール・ベルグラード……)
男は彼を良く知っている。何故なら、かつての自分の仲間達の多くがこの騎士に逮捕されているからだ。
男の住む裏の界隈では有名な話だった。セオドール・ベルグラード程、圧倒的な剣の実力を備え、鼻が効く秩序の執行人はいない……と。
セオドールが異例の速さで若くして騎士隊長の座に就いた理由の一つが、国の犯罪組織の検挙率もあるだろう。
「もう逃げ場はないぞ。これ以上は手間をかけさせないでくれ」
鞘から抜きはしていないが、腰に下がった剣の柄に手をかけたまま、セオドールが男に言った。
セオドールは少し時間を気にした様子だ。しかし、その青い瞳は男の一切の行動も見逃さないというように鋭かった。
男が抵抗しない様子を見て、セオドールが合図を送ると騎士の一人が前に出た。男の手を縛る為の縄を持っている。
「……っ‼︎」
騎士が男に近付いた時、最後の悪足掻きとして男は懐に隠していた小型ナイフを握り締めると、彼に向かってナイフを振りかぶった。
すぐに振り下ろされた刃先が騎士の目先へとやって来て、あと数センチで喉元に届く距離だった。
その瞬間、甲高い金属音が響き、男は何が起きたのか理解できなかった。
気付いた時には、握っていたナイフが宙を舞い、自分の手首から血が噴き出していた。
この一瞬で、セオドールが目にも止まらぬ速さで剣を抜き男との距離を詰めると、躊躇いもなく男の手首を切り付けたからだった。
「あぁあッ⁉︎」
小型ナイフを地面に落とし、男はどくどくと血が流れ出る自身の手を見つめながら、血の気を失っていく表情で叫び声を上げていた。
男が蹲ると同時に、数人の騎士が飛びかかり男を取り押さえる。こうして、王都に蔓延る犯罪組織の一つを壊滅させる事に成功したのだった。
「た、隊長……ありがとうございます!」
今まさに殺されそうになった騎士は、顔色悪くしてセオドールに心からの感謝を告げた。
セオドールは剣に付いた血を払うように刃先を軽く振るい、鞘に収める。そして、厳しい表情で部下に目を向けた。
「犯人を前にして隙を見せるな。いいか、最後まで警戒を怠るんじゃない」
セオドールに叱咤された騎士は落ち込んだ様子で反省している。彼はそんな部下の姿を横目に、続いて他の部下に医療班を呼びに行かせ、犯人の男の手の治療を指示する。
「セオドール」
そこに、副隊長であるアンリと共に中年の厳つい雰囲気の大柄な騎士がやって来た。
「団長。誘拐されていた被害者達は……?」
「あぁ、無事に保護した」
王宮騎士団団長のヴァルターだった。彼の言葉を聞いたセオドールは、ほっと安堵した様子で、やっと笑顔を見せたのだった。
「今回の事件解決の手柄はお前だ、セオドール」
ヴァルターは彼の犯人逮捕までの手腕に感心した表情を浮かべて、セオドールを褒めた。
「これから犯人の調書を取り、そこから犯罪組織の繋がりと全貌を……」
「いえ、ヴァルター団長。今回は団長がいてくださってこその事件解決です」
セオドールはハキハキとした口調で、ヴァルターの言葉を遮った。そして、懐中時計を取り出すと、時刻を確認して眉を顰める。
(時間が……やばいな、間に合うか?)
「まったくお前は……そう謙虚になるな、セオドール。今回の事をきっかけに犯罪組織の全貌を明らかに出来れば、お前が最年少騎士団長になる未来だってあるんだ」
ヴァルターはセオドールがソワソワと落ち着かない様子である事には気付かず、機嫌が良さそうに彼の肩を笑いながら叩いた。
「ヴァルター団長」
セオドールはヴァルターと真っ直ぐに目線を合わせて、真剣な面持ちで言った。
「これにて、俺の隊は引き上げさせます。後はよろしくお願いします!」
早口にそこまで言うと、セオドールはヴァルターの返事も聞かずに頭を下げて部下達の方へと向き直る。
「兵舎に引き上げるぞ。急ぐんだ!」
部下達を急がせるセオドールに、ヴァルターは驚きながら声を掛けた。
「おい待て、まだ報告が……」
セオドールは振り返ると、焦った表情で叫ぶように言った。
「申し訳ありません! 急ぎの予定が!」
そして、そのまま足早に部下達を連れて去って行ったのだった。
「……昇進よりも急ぎの予定って、一体何なんだ……?」
彼の勢いに呆然としながら呟くように疑問を口にするヴァルターの隣で、置いて行かれてしまったアンリは心の中で答える。
(……おそらく、アイゼンハルト嬢関連だと思います……)
アンリはハッとすると、慌ててヴァルターへ頭を下げてセオドールを追いかけたのだった。
セオドールは兵舎に戻ると、騎士の制服から私服へと着替えて帰宅準備を進めた。それに気付いたアンリが、やはり……と確信した顔をして、好奇心から何も知らないフリをして尋ねてみた。
「隊長、とても急いでいますね?」
するとセオドールは明るい表情で「予定があってな」と答える。
「予定……」
最近のセオドールは、すっかり良い方に変わり、婚約者以外の女性との正しい付き合い方を学んだようだ。あの日以来、アメリアもセオドールを訪ねて来ていないし……
アンリは、隊長の明るい笑顔、普段より気遣っている服装、そしてどこかそわそわとした落ち着きのなさを見て、すぐにその予定がアイゼンハルト侯爵令嬢と関わりがある事を見抜いた。
「もしかして、アイゼンハルト嬢とのご予定ですか?」
そう続けて尋ねると、セオドールは照れ臭そうに笑った。
「あぁ。これから夫婦模擬演習があるんだ」
「なんですって?」
アンリは自分の耳を疑って、思わず聞き返してしまう。その時、他の騎士がセオドールへの来客を知らせに来た。
「セオドール隊長。アイゼンハルト嬢がお見えです」
その声と共に姿を現したのはマリアベルで、セオドールは驚いた様子で飛んでいくように彼女の元へ近付いていった。
「わざわざ兵舎に来てくれなくても、俺が迎えに行ったのに」
「私がいた王太子宮より貴方がいらっしゃる兵舎の方が城門に近いですし……これから外出する事を考えれば、私がこちらへ向かう方が効率的です」
「いや……そう言う意味ではないんだが……」
冷えた目で淡々と答えるマリアベルにセオドールが半ば呆れた様子で苦笑いを浮かべていた。
少し見ない間に、二人の雰囲気がまるで違う事にアンリはとても驚いていた。
前のセオドールは、マリアベルの話になると気まずそうな表情を浮かべて目を逸らすくらい、苦手としていたのに……




