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ep.14 信用と証明


 一週間後、王国騎士団兵舎。


(今日は先輩、出勤してるかな……?)


 結局、アンリに忠告を受けても兵舎に通い続けていたアメリアは、今日もセオドールを訪ねてきていた。


 アメリアの姿を見て、アンリは呆れたように息を吐く。


「また来たんですか……」


 そして、不本意そうな表情で続けた。


「隊長は本日より出勤しております。取り次ぎますね」


 その言葉に、アメリアはパッと表情を明るくさせた。


(先輩に、会える……!)


 喜ぶアメリアを、アンリはセオドールの執務室へと案内し、彼を呼びに退室する。暫くすると、再び扉が開いた。


 アメリアが振り返る。


「……先輩!」


 そこにはセオドールが立っていた。嬉しさのあまり涙を浮かべるアメリアに、セオドールは明るい笑顔で笑いかけた。


「本日はどうしたんだ? サロペ嬢」


 その瞬間、アメリアの笑顔は固まってしまう。

 セオドールは室内に入ると、扉は開けたままにしてアメリアの対面のソファーへと腰を下ろした。


 ざわざわと兵士達が行き交う声や足音が扉の向こうから聞こえてくる。アメリアは何だか落ち着かなかった。


「あの、先輩……どうして扉を開けっぱなしなんですか?」


 今も通りすがりの兵士達に見られている。何だかアメリアはソワソワとした様子でセオドールへ尋ねた。


「なぜって……」


 セオドールは変わらずに笑顔で接してくれるのに、どうしてアメリアは距離を取られていると感じるのだろう?


「密室に男女二人と噂されたら、困るだろう? 俺も君も」


 そう言ったセオドールの表情は、本当にアメリアの事を気遣っている様子だった。


(先輩は優しい先輩のまま……それなのに、先輩は変わってしまった)


 自分を名前ではなく『サロペ嬢』と呼んだ時、こうして距離感への明確な線引きを行った時、アメリアはセオドールが以前の彼ではない事を悟った。


 アメリアは涙を溜めた目で俯く。震える手で持ってきていた自作のマドレーヌ入りバスケットを、セオドールの前に差し出した。


「差し入れです。私が……焼いたマドレーヌです。受け取って貰えますか?」


 どうか受け取ってと願いながら、アメリアは涙に滲んだ大きな瞳でセオドールを見つめた。


「それは……俺に?」


 彼が静かに問いかけてくる。


「た、隊の皆さんでどうぞっ」


 セオドールから目を逸らしたアメリアは咄嗟に嘘を吐いた。あの瞬間、きっと彼女がセオドール宛だと答えれば、彼はもう二度とアメリアからの贈り物を受け取らないだろうと思ったからだ。


「そうか、ありがとう」


 セオドールの柔らかな声に、アメリアの肩からふっと力が抜ける。期待を込めた瞳で、彼女は再び顔を上げた。


「では、後でアンリの所へ行って受付で差入れ申請の手続きをしてもらってきてくれ。隊長として、部下への差し入れをいつも感謝するよ、サロペ嬢——」


 アメリアは、最後にセオドールとどんな会話をして部屋を出たのかよく覚えていなかった。マドレーヌのバスケットを抱えて、アンリの元へ訪ね、そして言われた通りに受付で差入れ申請の手続きを行った。


 アメリアがセオドールを想って焼いたマドレーヌのバスケットは、見知らぬ騎士の手に渡り姿を消した……


 彼女は暗い表情のまま、兵舎を後にした。門を出た時、結局セオドールは最後まで自分を追いかけて来てくれなかったと涙がこぼれ落ちた。


 アメリアは期待していたのだ。今までのセオドールなら、自分が悲しそうにしていると心配して気遣ってくれていたから。でも、彼は来なかった。


(私、結局先輩の事諦めなくちゃいけないの……?)


 一度は忘れようとした恋心。でも、再熱してしまった恋……いや、執着。


 アメリアは苦しくて苦しくて、この気持ちをどう飲み込めばいいのか分からなかった。

 でも、彼女には特別な力なんて何もないから、こうしてただ泣く事しか出来ない。


「うぅ……セオドール、先輩っ……」


 拭っても拭っても途切れない涙に、アメリアは目の周りを真っ赤にしながら泣いていた。


 そこにちょうど通り掛かった二人組の男がいた。彼らの内の一人が足を止めて、遠目に泣いているアメリアの姿を見ていた。もう一人も足を止めて振り返る。


「いかがなさいましたか? シリル第二王子殿下」


 シリル・ヴァロアの紫色の瞳はアメリアの姿を確かに捉えて、彼女の向こうにある騎士団の兵舎を見る。


(あの令嬢……最近、城内で噂になっていたベルグラード小公爵の……)


 そこでシリルは考えを止めて、自身の側近に言う。


「……いや、何でもない。行こう、フェリクス」

「はい、殿下」


 そして、呆気なく視界から消したかと思えば、彼はもう興味無さそうに彼女から目を逸らし、止めていた足を進めた。

 シリルが再び歩き始めたので、彼らはアメリアに声を掛けることなく、その場を去っていったのだった。

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