第2話 完璧な侵入者
その子は、完璧だった。
——だから、気持ち悪い。
「おはようございます、お姉様」
翌朝。
何もなかったみたいに、そこにいた。
キッチンに立つ姿。
自然な所作。
使用人との距離。
まるで——
最初からここにいた人間みたいに。
(早すぎる)
「コーヒー、どうぞ」
差し出されるカップ。
私の好きな温度。
甘さ。
「……どうして知ってるの?」
ほんの一瞬。
美咲の目が細くなる。
冷たい光。
「お父様から聞きました」
すぐに戻る、柔らかい笑顔。
(今の、何)
違和感が残る。
でも、それだけじゃない。
■
「気が利く子だな」
父の声が、やけに優しい。
「そんなことありません」
控えめに笑う。
完璧な距離感。
(……作ってる)
数日で、空気が変わった。
「美咲さんは本当に素晴らしい」
使用人の声が揃う。
「細やかな気遣いができる方で」
「お優しくて」
(早すぎる)
ここまで“好かれる”のは、普通じゃない。
■
「お姉様のこと、もっと知りたいんです」
無邪気な声。
「好きなものとか、習慣とか」
(必要?)
「家族ですから」
笑顔。
完璧な理由。
でも。
(情報を集めてる)
直感がそう告げる。
■
「この書類、整理しておきました」
机の上に並ぶ資料。
順番。
分類。
タグ。
すべて、私のやり方と同じ。
(……なにこれ)
「見やすい方がいいと思って」
“私のやり方”を、使って。
■
「お前も見習え」
父が言う。
「彼女の方が優れている」
胸の奥が冷える。
(もう?)
まだ何もしていないのに。
評価が、塗り替えられていく。
■
「お姉様、ごめんなさい……」
突然、泣き出す。
「私、何かしてしまいましたか……?」
何もしていない。
でも。
「綾音」
父の声。
「少しは大人になれ」
(……は?)
逆転している。
■
夜。
一人で考える。
偶然じゃない。
性格でもない。
“設計されてる”
好かれ方。
距離の詰め方。
情報の集め方。
全部。
(この子は——)
ゆっくりと理解する。
これは、適応じゃない。
“上書き”だ。
私という存在を、削って。
同じ形で、入り込む。
■
廊下ですれ違う。
「おやすみなさい、お姉様」
笑顔。
完璧な笑顔。
でも。
目だけが、笑っていない。
(……怖い)
背筋が冷える。
この子は、ただの“いい子”じゃない。
■
これは侵入じゃない。
もっと静かで、もっと確実なもの。
“侵食”。
気づいたときには、もう遅い。
——私の居場所は、静かに削られていく。




