番外編③ 黒崎玲子——未来へ渡す光
すべては、選んだことの連なりでできている。
若い頃の私は、まだ何者でもなかった。
同じ教室。
同じ机。
同じ未来を語るはずだった人がいた。
放課後、窓際に差し込む光の中で。
「一緒にやろう」
そう言われたことがある。
真っ直ぐな目だった。
信じることに迷いがない、強い目。
私は、少しだけ目を逸らした。
「私は、別の道を行く」
その一言で、すべてが変わった。
彼は何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
それが、最後だった。
■
企業するというのは、孤独だ。
何もないところから、何かを作る。
味方もいない。
保証もない。
正解もない。
あるのは、決断だけ。
(後悔はしない)
そう決めた。
何かを得るなら、何かを捨てる。
それが、現実だ。
私は、選んだ。
愛ではなく、“才”を。
■
倒れている少年を見つけたのは、雨の日だった。
路地裏。
濡れたアスファルト。
動かない身体。
通り過ぎることも、できた。
でも。
足が止まった。
(似ている)
何も持っていなかった頃の、自分に。
■
「立ちなさい」
声をかける。
反応はない。
それでも、続ける。
「ここで終わるつもり?」
わずかに、指が動いた。
■
「生きなさい」
それだけを言って、手を差し出す。
選ぶのは、本人だ。
でも。
選べる場所には、連れていける。
■
その手は、震えながらも——握り返された。
(いい)
それでいい。
■
人は、繋がっていく。
直接でなくても。
言葉で。
行動で。
選択で。
確かに、残る。
■
娘が生まれた。
小さな命。
柔らかい手。
泣き声。
(守る)
そう思った。
同時に、理解していた。
守りきれない日が、必ず来ることも。
■
だから、教える。
甘やかすのではなく。
立てるように。
選べるように。
「結果で示しなさい」
それは、突き放す言葉じゃない。
“自分で生きるための言葉”だ。
■
本当は。
もっと、抱きしめたかった。
もっと、笑っていたかった。
普通の母親みたいに。
でも。
それでは、足りない。
この世界では。
■
違和感は、あった。
少しずつ。
確実に。
体が重い。
思考が鈍る。
おかしい。
でも。
時間がない。
■
夫の視線。
どこか、遠い。
(変わった)
気づいていた。
すべて。
でも。
確かめる前に。
限界が来る。
■
夜。
一人で、窓の外を見る。
街の光。
変わらない景色。
(終わるかもしれない)
そう思った。
■
それでも。
不思議と、怖くはなかった。
一つだけ、確信があったから。
■
(あの子は、大丈夫)
強く育てた。
折れないように。
奪われても、立てるように。
■
「綾音」
呼ぶ。
もう、届かないかもしれない。
それでも。
■
(生きなさい)
心の中で、何度も繰り返す。
■
(あの子は、私より強い)
だから。
きっと。
大丈夫。
■
(愛を選べなかった私の代わりに)
どうか。
どうか。
■
未来を、選びなさい。
■
光は、消えない。
誰かに渡る。
形を変えて。
繋がっていく。
■
だから。
私は、後悔しない。
すべては。
未来へ、渡すためにあった。




