第8話 運命の開花の儀
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
第8話は、いよいよ物語の大きな転換点となる「ギフトの開花の儀」です。
過酷な異世界で生き抜くための「力」が、ついに明らかになります。
三人の運命が分かれる瞬間を、どうぞお楽しみください!
窓の隙間から差し込む朝日が、埃の舞う寝室を白く照らしていた。
この世界――アステリアに転移して、初めて迎える朝。
ココの家は、外観こそボロボロでガタがきているものの、部屋数だけは無駄に多かった。圭に割り当てられたのは、二階の一室だ。
(……一人で寝るの、なんだか変な感じだったな。すごく寂しいっていうか……)
転移の混乱で、幼馴染の春や雛とは逸れてしまった。この見知らぬ土地で頼れるのは、元担任の結だけ。
正直に言えば、不安な夜を結の傍で過ごしたいという、十七歳の男子としては少々不純とも取れる要望を抱かなかったと言えば嘘になる。だが、結局結とは別の部屋になった為、一人で夜を越すしかなかったのだ。
そんな感傷を振り払うように、圭は枕元に置かれたシャツに袖を通した。昨夜の夕食後にココが返してくれたそれは、今の彼の体に誂えたかのようにぴったりなサイズだった。
階段を下りて一階へ向かうと、そこには既に朝の光景が広がっている。
「あ、圭。おはよう。よく眠れたかしら?」
食卓で白湯を飲んでいた結が、柔らかな微笑みで彼を迎えた。十七歳の少女の姿になっても、その凛とした佇まいは「結先生」そのものだ。
「うん、おはよう。結姉ぇ」
圭が席に着こうとすると、向かい側に座っていたココと目が合った。
途端、彼女は「ふんっ!」と露骨に鼻を鳴らし、ぷいっと顔を背けた。昨日のお風呂の件を、彼女はまだ許していないらしい。
一方で、その隣にいた妹のソフィは、圭を見た瞬間に顔を真っ赤に染めた。
「…………っ」
彼女は声も出せず、勢いよく俯いてしまう。無理もない、彼女は昨夜、ココに追い出される時に、圭の一糸纏わぬ姿を、文字通りつぶさに観察してしまったのだから。
そんな子供たちの反応を眺めながら、結は口元を隠してくすくすと楽しそうに笑っていた。
「さて、食事にしましょうか。昨日の残りのスープをソフィが温め直してくれたわよ」
朝食を済ませた後、結は居住まいを正し、ココに向き直った。
「ココ、少し聞きたいことがあるの。この世界で『ギフトの開花』をするにはどうすればいいのかしら?」
その言葉に、ココがハッとしたように顔を上げた。
「そういえば、あんたたちまだだったわね。ギフトの開花の儀式は、街の冒険者協会に行けば誰でも無料で受けられるよ」
「無料なの? それは助かるわ」
結が安堵の息を吐く。だが、ココの表情は険しかった。
「……でも、タダより高いものはないよ。開花したら最後、名前と住所、年齢、それにギフトの内容を登録しなきゃいけない。そして、毎月一万アデナの納税義務が発生するの」
「納税……。つまり、能力を持つ者は国に貢献しろということね」
結は知的な瞳を細めた。彼女が懸念したのは、その支払い期限だ。
「最初の納税はいつになるのかしら?」
「登録した一ヶ月後よ。払えなきゃ、滞納者として指名手配されるわね」
(一ヶ月後か……。S級のギフトがあるなら、一万アデナ(一万円)くらいなら稼げるはずだわ)
結は圭と視線を交わし、力強く頷いた。今日、二人で協会へ行くことを決意する。住所はここのを使わせてもらう許可も得た。
ふと、結の視線が傍らのソフィに止まった。六歳の少女は、羨望の混じった、それでいてどこか悲しげな眼差しで、ギフトの話を聞いていた。
(……もしかしてこの子、まだギフトを開花させていないのかしら?)
結は教師としての直感に従い、優しく問いかけた。
「ソフィ、どうしたの? もしかして、まだ開花の儀式を受けていないの?」
ソフィは、びくりと肩を揺らし、寂しげに頷いた。
「はい……。私にいいギフトが宿るとは限りません。もし、何の役にも立たないギフトだったら、税金が払えなくて……」
彼女の小さな手が、古びたスカートをぎゅっと握りしめる。
「税金が払えなければ、問答無用で奴隷落ちです。私は、お姉ちゃんに迷惑をかけたくなくて」
その言葉の重みに、圭は息を呑んだ。この世界では、弱者には「奴隷」という無慈悲な終着駅が待っている。
だが、結は迷わなかった。彼女は席を立ち、ソフィの元へ歩み寄ると、その小さな肩を優しく抱き寄せた。
「大丈夫よ、ソフィ。今日、あなたも一緒に開花させましょう」
「えっ……でも、もしダメだったら……」
「私が全部、責任を持つわ」
結の声には、教師としての、そしてリーダーとしての絶対的な自信と慈愛が宿っていた。
「私たちが稼いで、あなたの分までしっかり払ってあげる。だから、自分の可能性を諦めないで」
凛とした結の宣言に、ソフィの大きな瞳に希望の光が宿る。
こうして、一行は自らの運命を切り拓くため、冒険者協会へと足を踏み出すことになった。
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昼前、一行はリリアガルドの中心部に位置する冒険者協会の前に立っていた。石造りの重厚な建築物は、この街の活気の中心であることを物語っている。
ココは「私も行く!」と言い張って聞かなかった。支払いが二日後に迫る中、本来なら一刻も惜しいはずだが、居候の身である圭や結に口を挟む余地はない。
建物に足を踏み入れると、ココは慣れた様子で周囲を見渡し、カウンターの中にいた一人の女性に元気よく手を振った。
「あ、エミリア! こっち来て!」
呼ばれた女性は、作業を同僚に引き継ぐと、柔らかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
彼女は、昨日の帰り道に財布から自腹で銀貨を一枚、ココに差し出してくれたあの慈悲深い受付嬢だ。
「ココちゃん、今日はどうしたのかな?」
「あ、エミリア。この三人のギフトの開花をやってもらいたいんだけど」
ココの物怖じしない――というより、年上の女性を呼び捨てにした上、タメ口という態度に、結は思わず眉をひそめた。教育者としての血が騒ぐが、今はココの顔を立てるべきだと自分を律する。
「開花の儀ね。いいわよ。じゃあお姉さんについて来てくれるかな」
エミリアは穏やかな足取りで一行を案内し始めた。歩く彼女の後姿を見ていた圭は、ふと、ある一点に釘付けになった。
エミリアの腰のあたりから、茶色の細長い、猫のような尻尾がゆらりと伸びていたのだ。
あの帽子を取ると猫耳が生えてたりするのだろうか?と圭は思った。
案内されたのは、別館にある教会のような静謐な建物だった。
しかし、中に入るとその静寂はかき消された。そこには、圭と同年代の子供たち、その他に鋭い眼光を放つ大人たちが大勢詰めかけていたのだ。
まだ圭に腹を立てているココは、彼と目を合わせようともしない。それを見越して、結が代表して問いかけた。
「ココ、この人たちは……?」
「子供達は、ユイたちと同じく開花の儀に来てるのよ。で、あっちの大勢の大人たちは、冒険者ギルドに所属してるスカウトたち」
ココの説明に、圭はかつてプレイしていたオンラインゲームの風景を重ねた。
(ギルド……。日本にいた頃のゲームじゃ、プレイヤー同士で組む団体のことだったけど、この世界でも同じようなものなのかな。有能な新人を自分たちのチームに引き込もうってわけか)
エミリアにここで待つように言われ、四人は壁際で待機していた。
「お待たせ。準備ができたわよ」
戻ってきたエミリアは、大きな水晶玉を抱え、シスターのような法衣に着替えていた。そして、先ほどまで被っていた帽子を脱いでいた。
そこには、ピンと立った立派な猫耳が二つ。彼女の感情に合わせて、ピクピクと可愛らしく動いている。
圭が思わず物珍しそうに、まじまじとその耳を見つめていると、エミリアが茶目っ気たっぷりに笑いかけた。
「ケイくんって言ったっけ?そんなにこの耳が珍しいかな? 確かにリリアガルドに猫人族は少ないからね」
「あ、すみません……。あんまり綺麗だったから」
圭が正直な感想を漏らすと、エミリアは頬を少し染めて「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」と上機嫌になった。
その時だった。会場の奥から地響きのような歓声が上がった。
「A級が出たぞ!」
「ギフトは……竜騎士だ!」
人混みの中心で、一人の金髪の少年が傲然と胸を張っていた。仕立ての良い服からして、貴族の令息だろうか。周囲の大人たちは「何ヶ月ぶりだ?」と色めき立ち、少年を囲もうと殺到している。
(A級で、あんなに騒ぎになるのか……?)
圭の背中に冷たい汗が流れる。自分たちが授かると言われているのは、さらにその上のS級だ。もしそれが公になれば、この狂乱は自分たちに向けられることになる。
結も同じことを考えたのか、彼女の瞳に鋭い警戒の色が宿った。
「あらあら、すごいわねえ。じゃあ、こっちも始めようか」
エミリアは騒ぎに動じることなく、淡々と儀式の開始を告げた。
「じゃあ、まずはソフィちゃんからいこうか」
名前を呼ばれ、ソフィの小さな肩がびくりと震えた。
彼女は不安げに、縋るような瞳で結を見上げる。結は力強く頷き、その背中をそっと押した。
「大丈夫よ、ソフィ。自分を信じて」
幼き少女は、決死の覚悟で一歩、前へと踏み出した。
「じゃあ、始めるわね。ソフィちゃん、この水晶に手をかざしてくれるかしら」
エミリアの促しに従い、ソフィは震える手で大きな水晶玉に触れた。
一瞬、水晶が淡く清らかな光を放ち、すぐにもとの静謐さを取り戻す。
「はい、終わり! 状態板を確認してみて!」
あまりにあっけない儀式に、圭は拍子抜けした。だが、ソフィにとっては人生を左右する一瞬だ。彼女は恐る恐る、手元に現れた銀色のプレートに目を落とした。
「どうだったかしら? お姉さんにも見せてね」
この世界では、開花の儀の結果を協会に登録する義務がある。ソフィは緊張で強張った顔のまま、エミリアにプレートを差し出した。
覗き込んだエミリアの瞳が、驚きに見開かれる。
「……神官、B級! すごいわ、ソフィちゃん。B級なんて滅多に出ないのよ!神官といえば回復のプロフェッショナルじゃない!」
エミリアの弾んだ声に、周囲のスカウトたちが色めき立った。
「おい、今度はB級かよ!」「今日は当たり日だな」
ソフィは、自分が「奴隷落ち」の恐怖から解放されたことを理解し、結の裾をぎゅっと握りしめて涙を浮かべた。結はその小さな頭を優しく撫で、誇らしげに微笑む。
「じゃあ、次はどっちが行くかしら?」
「私が行くわ」
結が凛とした足取りで前に出た。彼女は迷うことなく水晶に手を触れる。
再びの光。結は手元のプレートを一度だけ確認し、エミリアに渡した。
「錬成師、B級ね。クラフター系の貴重なギフトだわ!」
「またB級だぞ!」「どうなってるんだ、あの一行は……」
周囲のどよめきがさらに大きくなる。
その時、圭の脳内に直接、凛とした結の声が響いた。
(圭! 圭はC級くらいに隠蔽しときなさい。三人立て続けにB級だと、流石に目立ちすぎるわ)
(……わざわざこうやって念話を送ってくるってことは、結姉ぇは隠蔽でランクを偽ったんだろうな)
パーティーメンバー限定の念話。圭は結の用意周到さに感心しながら、自分も目立ちすぎないよう「C級」を強く意識して、水晶に手をかざした。
「はい、終わり。さあ、確認してみて」
だが、表示された結果に、圭は血の気が引くのを感じた。
「え……?」
【名前:佐藤 圭】
【年齢:8】
【レベル:2】
【ギフト:生活魔法士】
【ランク:D】
(D……? C級を狙ったのに、それより低い? もしかして僕、隠蔽なんてできてなくて、これが「素」のランクなのか……!?)
「ケイくん、見せてくれる?」
エミリアがプレートを受け取り、内容を読み上げる。
「生活魔法士……初めて聞く名前だわ。ランクは……D級……」
その瞬間、周囲のスカウトたちから容赦ない嘲笑が飛んだ。
「生活魔法士? 聞いたことねえな」「D級かよ。どうせ種火を出したり水を出すだけの、便利屋にもなれないハズレギフトだろ」「人生詰んだな、坊主。顔がいいだけか」「D級?かわいそー」
だが、そんな嘲笑を嘲笑うかのように、結は隣で満足げに頷き、圭に念話を送る
「やるわね圭。私の「C級」という指示を越えて「D級」を叩き出すなんて。慎重なあなたらしい、完璧なカモフラージュだわ」
結は、圭のD級を「意図的な偽装」だと完全に信じ切っていた。
(違う……隠したんじゃない、本当にDランクなんだ……。僕は、やっぱり……)
「行きましょう、圭。無駄な時間は終わりよ」
結は、周囲の雑音など最初から眼中にないというように、優雅に身を翻した。彼女の瞳は、圭をディスる大人たちを「本物の価値も見抜けない無能」と憐れんでいる。
(圭、完璧な演技よ。あの悔しそうな顔……スカウトたちを完全に欺けているわ。さすが私の自慢の生徒ね)
結は心の中で密かに圭を称賛し、その肩を優しく抱いた。
「自分の価値を理解できない者の言葉を、真に受ける必要はないわ。さあ、胸を張りなさい」
「……うん、そうだね。行こう、結姉ぇ」
結の「勘違い」による力強い励ましに、圭は複雑な思いを抱えながらも、どうにか顔を上げた。
こうして一行は、周囲の蔑みと、リーダーの惜しみない賞賛という奇妙なギャップに包まれながら、儀式場を後にしたのである。
第8話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
まさかの「D級:生活魔法士」……。
周囲の嘲笑をよそに、結だけが「完璧な偽装」だと確信しているこの温度差。
書いている側としても、圭の明日はどっちだ!?とハラハラしてしまいます。
ソフィが救われたのは本当に良かったですが、ここから「生活魔法」がどう化けていくのか……。
もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
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次回もお楽しみに!




