第7話 八歳の衝撃事実! お風呂場に響く悲鳴と、隣人の優しい嘘
ついにココの家に到着した圭と結。
そこには、不器用な姉妹が必死に守る『小さなお城』がありました。
そして、お風呂場で明かされる衝撃の事実……!
新キャラクター、妹のソフィちゃんにも注目して読んでいただけると嬉しいです。
リリアガルドの目抜き通りを外れ、迷路のように入り組んだ路地をいくつか通り抜ける。
陽光が建物の影に隠れるにつれ、周囲の景色は喧騒から生活の匂いへと塗り替えられていった。
「あ、ココちゃん、お帰り! 今日も精が出るわね」
「ココ、夕飯はちゃんと食べたのか?」
家路につくコレット――ココに、道ゆく人々が次々と声をかけていく。
洗濯物を抱えた主婦や、仕事を終えた職人風の男たち。彼らの表情には、この小さな少女に対する確かな親しみと、どこか遠巻きに見守るような慈愛が混じっていた。
(……この子の人徳かしら。あるいは、この界隈の「看板娘」のような存在なのかしらね)
結は、教え子の家庭訪問をしている時のような、観察者の視線で周囲を見渡した。
立ち並ぶ家々はどれも古びており、石壁の端々には苔がむし、屋根瓦が欠けているものも少なくない。決して裕福とは言えない居住区に近い場所だが、そこには現代日本が失いつつある、泥臭くも力強い活気が満ちていたpre。
「ただいま! ほら、ユイとケイもぼうっとしてないで、しっかりついてきてよ!」
ココは振り返ることもなく、知った顔の住人たちに敬語を使うことなく鷹揚に頷きながら進んでいく。
やがて、一行の前に一際目を引く建物が現れた。
周囲の家々と比べれば、およそ二軒分はあろうかという大きな家だ。かつては立派な造りだったことがうかがえるが、今は至るところが傷んでおり、壁のひび割れを補修した跡が痛々しく残っている。
重厚な木製のドアには、かすれた金彩で星の紋章が刻まれ、その傍らには古風な文字で『エトワール・ルイーユ』と記されていた。
(……二軒分もの広さ。でも、この修繕の跡……。これだけ大きな家なら、ご両親はそれなりに厳格な方かしら。不躾な居候と思われないよう、失礼のない挨拶を考えなくてはね)
結が内心で「元担任教師」としての襟を正していた、その時だった。
「おや、ココちゃん。お帰り。今日はどうだったんだい?」
隣の家から顔を出したのは、まさに「肝っ玉母さん」という言葉が服を着て歩いているような、体格の良い中年女性だった。その手には大きな柄杓が握られ、夕食の準備をしていたことがうかがえる。
「ま、まあね、ステラさん! き、今日も、あたしにかかれば魔物なんてイチコロだよ! ほら、これっぽっちも傷なんてついてないでしょ? 稼ぎの方もバッチリなんだから!」
ココは、わずか10アデナの報酬と1000アデナの慈悲を思い出しながら、必死に胸を張った。
その嘘八百ぶりは、大人から見ればあまりにも稚拙で、バレバレな強がりだった。
(……まあ、あの子なりのプライドなのね)
結は苦笑を堪えながら、その様子を見守る。
対する隣人の女性――ステラは、ココの嘘を見抜いているのかいないのか、聖母のような柔和な笑みを崩さなかった。
「そうかいそうかい。それは良かったね。……おや、そちらの二人は、ココちゃんの知り合いかい?」
ステラの視線が、裸にズボン一丁の圭と、凛とした佇まいの結に向けられる。
「こんばんは。少し、訳あって彼女にお世話になることになりました」
結が丁寧に一礼すると、圭も慌てて隣で頭を下げた。
「そうかい。ココちゃんは寂しがり屋だからね、仲良くしてやっておくれよ」
ステラの優しい言葉に、ココは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「もう! 余計なお世話よ、ステラさん! あたしは立派な冒険者なんだから。――いい? ステラさんこそ、何か困ったことがあったら、すぐに私に相談するんだよ!」
「はいはい、わかったよ。頼りにしてるよ、ココちゃん」
ステラの包容力のある返事に満足したのか、ココは逃げるようにドアの鍵を開けた。
「さ、二人とも早く入りなさいよ!」
促されるままに、結と圭はステラに再度会釈をし、その「お城」の内部へと足を踏み入れた。
ーーーーーーーーーー
ギィ、と重い音を立てて木扉が開く。
一歩足を踏み入れた先は、意外な光景だった。
そこは広い玄関などではなく、数脚の丸テーブルと椅子、そして奥に使い込まれたカウンターが備えられた、小さな酒場のような空間だった。
壁の棚には空のジョッキが並び、床の板張りは長年多くの人間に踏み抜かれたように磨り減っている。元々は、ここら一帯の冒険者たちが集う賑やかな酒場だったのだろうか。だが、今のそこには人影もなく、ただ夕闇の静寂が沈殿していた。
「ただいま!」
ココの元気な声が、無人の店内に響き渡る。
こういう無邪気な挨拶を聞くと、彼女がまだ加護を必要とする子供なのだと思い知らされる。宿泊させてもらう身として、結はスッと背筋を伸ばし、圭に視線で合図を送った。
(……まずはご両親に、しっかりとした挨拶とお礼を言わなくては。礼儀を欠いては、元教師の名が廃るわね)
結が内心で「白石先生」としての襟を正していると、カウンターの奥からパタパタという軽い足音と共に一人の少女が現れた。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
透き通るような銀髪を揺らし、その少女は控えめに微笑んだ。
ココと同じ黄金の瞳を持っているが、その眼差しには姉のような刺々しさはなく、どこか悟ったような落ち着きがある。
「あ、お客さん……? はじめまして。姉がお世話になっております」
深々と頭を下げる少女。その完璧な所作に、結は思わず目を丸くした。
「あ、ああ、こんばんは。お邪魔しています」
圭も慌てて挨拶を返したが、少女の前に立った瞬間、形容しがたい敗北感が彼を襲った。
ココの妹だというのだから、間違いなく自分より年下のはずだ。それなのに、八歳の体になった自分より彼女の方が、頭一つ分ほど背が高い。
(……くっ、こっちに来る前もそうだったけど、なんで僕はこんなに成長が遅いんだ……!)
元の世界では十七歳だった。それなのに身長は低く、成長も遅かった。学校では同級生から執拗なイジメを受け、皆の前で無理やり服を脱がされたこともある。その際、第二次性徴の兆しすら見えない未熟な体を指差され、嘲笑われた記憶が、黒い澱のように胸の底に沈んでいる。
異世界に来てなお、そのコンプレックスは呪いのように彼を苛んでいた。
「え、えっと、ココ。お父さんかお母さんは……呼んでもらってもいいかしら?」
結が尋ねると、ココは不思議そうに首を傾げた。
「え? 何言ってるのよ。この家に住んでるのは、あたしとソフィだけよ」
その言葉に、結の心臓がドクンと跳ねた。
この幼い姉妹だけで、協力し合って生活している。その異常事態に、結は一瞬言葉を失った。
それから、三人は互いに自己紹介を交わした。
少女の本名はソフィアンヌ。愛称はソフィ。
六歳の彼女は、結の妹である雛と同じ年齢だ。この過酷な世界で、幼い姉妹が手を取り合い、必死に今日を繋いでいる。その事実に、結は深い感銘と同時に、やるせない憤りを感じていた。
自己紹介が一段落したところで、ソフィがすっとココに手を差し出した。
「じゃあ、お姉ちゃん。今日の稼ぎをくれるかな?」
途端に、ココの顔が引き攣った。
彼女は気まずそうに視線を泳がせながら、懐からポロポロと三枚の石貨を取り出し、テーブルの上に置く。
「……これだけ?」
ソフィの瞳から光が消え、絶対零度の冷気が室内を満たした。
「さ、30アデナ……。どういうことお姉ちゃん! 本当に信じられない! 支払いまであと三日しかないのよ! だから魔物退治なんてやめた方がいいって言ったんだよ!」
「し、仕方ないでしょ! 慣れてない魔物狩りだったんだから! それに、まだあと三日あるじゃない! それまでにあたしが稼いでくるよ!」
「そういう問題じゃないの! どうするのよ、これじゃあ夕飯も食べられないじゃない!」
勃発した姉妹喧嘩に、結と圭は立ち尽くすしかなかった。
日本円にしてわずか30円。それが二人の、一日の生活を支える全てだった。
結は、必死に言い返すココの横顔を見つめた。
彼女は、圭のズボンを買うために報酬のほとんどを使い果たしたことを、一言も口にしない。
自分が「弱っちい」と言った少年を守るために、なけなしの金を叩いたのだ。それを言い訳に使わない彼女の誇り高さに、結は胸が締め付けられるような思いだった。
(……このまま、何もせずに泊めてもらうわけにはいかないわね。教師として、そして年長者として、この子たちの力にならなければ……!)
結は、凛とした決意を込めて拳を握った。
この世界の住人が持たない「知識」と、これから目覚める「力」。
圭と結の持つS級のギフトの可能性が、この寂れた酒場に希望を灯す鍵になると、彼女は確信していた。
ーーーーーーーーーー
「ミルク、温めてくるね」
姉妹喧嘩の熱が冷めやらぬ中、ココはぷいと顔を背けて台所へと向かった。
その背中を見送りながら、圭は「夕飯の代わりにミルクか」と、彼女の子供らしい嗜好に少しだけ口元を緩める。
台所では、ココがコンロのような器具の横にあるスイッチを入れた。すると、青白い火が静かに立ち上がり、鍋の中の白い液体を温め始める。
結はその光景を、理科の実験でも見るような鋭い眼差しで観察していた。
(……不思議ね。ガス管が通っているようには見えないけれど。それに、あの蛇口も)
ココは当たり前のように水道で手を洗い、天井ではガラス球の中の光が室内を明るく照らしている。中世ヨーロッパ風の街並みには不釣り合いな、現代日本に近い利便性。結はその違和感の正体を突き止めるべく、ココに問いかけた。
「ココ、その火や水はどういう仕組みなの? 私たちの故郷とは少し違うみたいだけれど」
するとココは、何を当たり前のことを、と言わんばかりに目を丸くした。
「え? 魔石に決まってるじゃない。コンロには火の魔石、水道には水の魔石。あそこの明かりは光の魔石よ。使い捨てだけど、取り付けるだけで誰でも使えるよ。……ユイたち、そんなことも知らないの?」
ココの説明によれば、この世界の「インフラ」は、あらかじめ属性の力を封じ込めた魔石によって支えられているらしい。石を嵌め込み、スイッチで魔力の流れを制御する。それは魔法というよりは、極めて効率的なエネルギー技術に近いものだった。
そんな話をしていると、表のドアを激しく叩く音と共に、聞き覚えのある野太い声が響いた。
「ココちゃん、ソフィちゃん、いるかい!?」
先ほどの隣人、ステラだ。ソフィが小走りで外へ出ると、すぐに戻ってきて声を弾ませた。
「みんな、運ぶの手伝って! ステラさんが夕飯を作りすぎちゃったみたいで、分けてくれるって!」
全員で外へ出ると、そこには湯気を立てた大皿をいくつも抱えたステラが立っていた。
テーブルの上に並べられたのは、香ばしく焼かれた肉料理に、彩り豊かな野菜の煮込み、そして焼きたてのパン。二人の姉妹だけでは、三日は食べ繋げるであろう豪華な食事だった。
「……ふふ、作りすぎたなんて、嘘ばっかり」
結が隣で小さく、しかし慈愛に満ちた声で笑う。圭が「どういうこと?」と小声で尋ねると、彼女は教師が正解を教える時のような、確信に満ちた表情で答えた。
「あれだけの量、計算なしに作るわけないでしょう? ステラさんは、ココが今日まともに稼げなかったことを察していたのよ。……あの子のプライドを傷つけないように、『作りすぎた』っていう口実を作ってくれたのね」
圭はその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
見知らぬ異世界。絶望的な貧困。けれど、そこには確かに、人々の善意が根付いていた。
夕食を済ませ、一息ついた頃。ココに促され、圭は一人で浴室へと向かった。
そこそこ広い石造りの浴槽には、温かな湯がたっぷりと張られている。これも水の魔石と火の魔石の恩恵なのだろう。
(……はぁ。まさか初日からこんな波乱万丈になるとは思わなかったな)
圭は湯船に浸かり、幼くなった自分の手足を見つめた。
すると突然、浴室のドアが勢いよく開いた。
「ふぅー、あたしも入ろっと」
入ってきたのは、一糸纏わぬ姿のココだった。
彼女は隠す素振りも見せず、圭のすぐ横で鼻歌を歌いながら体を洗い始める。
(!? ……ああ、そうか。こっちの感覚じゃ、このくらいの年齢なら混浴も普通なのかな)
精神年齢が十七歳の圭にとって、八歳の少女の裸身に、邪な感情は一切湧かなかった。ただ、あまりにも無防備な異世界の常識に戸惑うばかりだ。
やがて体を洗い終えたココが、当然のように湯船に入ってくる。
「ねえ、ケイ。あんた、ずっと気になってたんだけど……何歳なの?」
湯気の中で尋ねられ、圭は特段の意図もなく、ありのままを答えた。
「……八歳だよ」
「…………え?」
ココの動きが、ピタリと止まった。
彼女は自分の手足と、目の前の少年の体を何度も見比べ……そして、顔面を火を噴くような朱に染めた。
「キャーーーーーーーーーッ!!」
浴室を突き抜けるような悲鳴。
何事かと、結とソフィが慌てて飛び込んできた。
「ちょっと、何事!? 敵襲!?」
結が鋭い声を上げるが、そこで目にしたのは、両腕で自分の体を必死に隠し、涙目で震えるココだった。
「エッチ! 変態! アンタ、小さいからソフィより年下のチビ助だと思ってたのに! 同い年なんて聞いてないわよ!!」
「え、ええ……?」
「早く出て行きなさいよ、このバカケイ!!」
石鹸箱を投げつけられ、圭は命からがら浴室から追い出された。その際、入り口にいたソフィにまで「……キャーーーッ!」と、冷ややかな、しかし確かな拒絶の声を浴びせられる始末。
(……ステータスプレートに、年齢はしっかり書いてあったはずだろ。僕のせいなのか、これ……)
生まれたままの姿で廊下に立ち尽くす圭の耳に、浴室の中から結の「……まあ、あなたが八歳にしては、その、あまりに発育不足なのが原因ね」という、慰めにもならない言葉が聞こえてきた。
異世界アステリアでの最初の一日。
頼れる仲間と、不器用な姉妹。そして、消えないコンプレックスを抱えたまま、圭と結の夜は騒がしく更けていくのだった。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます!
まさかの『八歳』! そしてあの阿鼻叫喚の悲鳴……(笑)。
小柄な圭がこれからどう成長していくのか、ハラハラしながらも見守っていただければ幸いです。
また、隣人のステラさんの「優しい嘘」が、少しでも皆様の心に届いていれば嬉しいです。
残金30アデナという絶望的な状況で、彼らの新生活はどうなってしまうのか。
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第8話もお楽しみに!




