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生活魔法って便利ですね!  作者: K
第2章 リリアガルド編

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第6話 門前の受難と、不器用な少女の贈り物

リリアガルドに到着した圭たち。

しかし、そこには異世界ならではの洗礼(と羞恥)が待ち受けていました。

ユイの眼光と、ココの意外な一面にご注目ください!


見上げるほどに巨大な石造りの壁。城郭都市(じょうかくとし)リリアガルド(リリアガルド)の城門前には、入城を待つ人々が列をなしていた。

その最後尾で、佐藤圭(さとう・けい)は絶望の淵に立たされていた。


(……死にたい。今すぐ、消えてなくなりたい……!)


一歩踏み出すごとに、周囲からの視線が突き刺さる。

無理もない。今の彼は、結に衣服のすべてを……肌着の一枚に至るまで奪われ、生まれたままの姿で立ち尽くしているのだから。


列に並ぶ男たちは、ニヤニヤと品性のない笑みを浮かべて圭の「未熟な部分」を観察するように眺め、女たちは扇子や手で口元を隠しながら、クスクスと小馬鹿にしたような笑い声を漏らしている。

そして、圭と同じくらいの年齢の少女は、あまりの刺激に顔を真っ赤にして視線を泳がせていた。


「…………」


圭の隣を歩く白石結(しらいし・ゆい)は、無言のままその光景を横目で捉えていた。

自分が原因を作ったとはいえ、教え子を、身内を、あられもない姿で晒し者にしている周囲への、静かな、しかし確かな怒りが彼女の中に芽生える。


不意に、結が足を止める。

彼女は震える圭の前にさりげなく立ち、盾になるように位置取ると、ニヤニヤと笑っていた男たちを正面から見据えた。


「――何か、面白いことでも?」


その瞳は、氷のように冷たく、そして鋭い。

かつて中学校で、不真面目な生徒たちを一瞬で静まり返らせた「白石先生」の峻烈な眼光が、異世界の住民たちを射抜いた。

その圧倒的な威圧感に、男たちは喉を鳴らして即座に視線を逸らす。


「フン……。ほら、圭、ぐずぐずしない。早く来なさい」


結は鼻を鳴らすと、いつもの凛とした、それでいてどこかサディスティックな響きを含んだ声音で圭を促す。

その背中に守られるようにして、圭は顔を真っ赤にしながらも、どうにか一歩を運び続けた。


ようやく一行の順番が回ってきた。


「よう、ココ! 無事だったか! 心配したんだぞ!」


銀色の使い古された鎧を鳴らし、門番の衛兵が明るい声を上げた。


「当然でしょ! あんなの余裕よ!」


ココは胸を張り、ケイの服でパツパツになった体を揺らして答える。

(よく言うわね、手も足も出てなかったくせに……)

結は内心で呆れつつ、言葉を飲み込む。


そして、衛兵の視線がケイに向けられた瞬間、その表情が苦笑いに変わった。


「……さては、粘液(スライム)にやられたな? しかし、どうやったらスライムごときにそんな目に遭わされるんだ? ありゃ職能(クラフター)持ちでも問題なく勝てる相手だぞ」


その言葉に、ケイと結は顔を見合わせた。

スライムがそこまで弱い魔物だったとは。同時に、それに苦戦していたココの戦闘力も、この世界では相当に低い部類なのだと察してしまう。


「そうなのよ! ケイとユイは、あたしがいないと何もできないんだから!」


得意げに鼻を鳴らすココ。結の額に青筋が浮かびそうになったが、今は入城が先決だ。


「まずは二人とも、ステータスプレートを見せてもらおうか」


促されるまま、二人はプレートを提示した。


「……んん? これは珍しいな。ギフトが『なし』か……。ギルドにも所属していない、冒険者協会にも未登録。身元不明か。これじゃあ、いくらココの連れでも街には入れられんぞ」


衛兵が困ったように眉根を寄せる。


「待ってよ、あたしがこの二人の身元を引き受けるわ! だから入れてあげてよ」


ココが身を乗り出す。その必死な様子に、衛兵は兜越しに頭を掻いた。


「……まあ、お前がそこまで言うなら、お前の顔に免じて通してやるが」


結は思わずココの顔を覗き込んだ。


「……ココ、いいの? 私たちはさっき会ったばかりの、素性の知れない者なのよ」


するとココは、少し照れくさそうに、おさげ髪の先を指で弄りながら早口でまくしたてた。


「あたし、人を見る目には自信があるの! ユイとケイはいい人でしょ? 二人とも、あんなに弱っちいくせに逃げないで、あたしを助けようとしてくれたじゃない。……自分だって怖いのに、他人のために動ける人に、悪いやつなんていないわよ」


その瞳には、子供特有の純粋な、しかし確かな「確信」が宿っていた。

ココなりの感謝と信頼の形。それを受け取った圭と結は、自分たちを「弱っちい」と言い切った少女のことを、ほんの少しだけ見直していた。


「よし、許可する。おい坊主、これを腰に巻いときな。何もないよりはマシだろ」


衛兵が苦笑しながら、手近にあった厚手のタオルを投げ寄こした。


「あ……ありがとうございます!」


ケイはそれを必死に受け取り、腰に巻き付ける。

完全な全裸という最悪の事態だけは免れ、三人はようやく、活気あふれるリリアガルドの街中へと足を踏み入れるのだった。


ーーーーーーーーーー


石畳の道を、夕闇が静かに包み込み始めていた。

リリアガルドの街並みは、中世ヨーロッパを彷彿とさせる重厚な造りだが、どこか幻想的な空気が漂っている。通りに等間隔で設置された外灯には、淡く青白い光が灯り始めていた。


(……この世界にも、電気という概念はあるのかしら?)


結はそんな疑問を抱きながら周囲を観察していたが、その隣を歩くケイの精神状態は、極限まで磨り減っていた。

衛兵から借りた厚手のタオルを腰に巻いているとはいえ、上半身は裸。そして下半身は、心許ない布一枚が、辛うじて彼を「不審者」というカテゴリーに留めている状態だ。


「……っ、…………」


ケイは、周囲の視線から逃れるように、猫背になって俯いていた。


そんな一行の案内役を務めるココは、誇らしげに胸を張り、迷いのない足取りで街の中央へと向かっていた。


「到着したわよ! ここがリリアガルドの冒険者協会!」


ココが指し示したのは、周囲の建物とは一線を画すほど巨大な石造りの建築物だった。

しかし、その威容とは裏腹に、壁はあちこちが剥がれ落ち、年季の入ったボロさが目立つ。

「人口の1割が冒険者」というココの言葉通り、建物の入り口からは、戦いに身を置く者特有の熱気が溢れ出していた。


「ユイ、さっきのスライムの魔石を返して!」


ココに促され、結は預かっていた小さな魔石を彼女の掌に載せた。

三人は受付を待つ冒険者たちの列に並ぶ。ここは主に、依頼の精算を行うための窓口のようだった。


やがてココの順番がやってくる。

「あ、ココちゃん! 初めての魔物討伐、大丈夫だった? お姉さん、心配してたんだよ」


受付の女性は、優しそうな笑顔でココに声をかけた。その豊かな胸元が、カウンターに載せられるたびにゆらりと揺れる。

結は無意識に自分の薄い胸元を隠し、冷ややかな視線をわずかに細めた。


「あんなの余裕よ! あたしにかかれば、スライムなんて一捻りなんだから!」


ココは自信満々に答え、預かったばかりの魔石を1つ、カウンターに置いた。

結とケイは、あまりの「盛った」発言に、もはやツッコミを入れる気力すら失っていた。


「じゃあ、精算しようか。魔石をもらえるかな? ……え? これだけ?」


受付の女性の動きが止まる。


「うん。スライム1匹倒したよ!」


キラキラとした目で答えを待つココに対し、女性は困惑したように眉を下げた。


「え、ええと……それじゃあ報酬ね。この魔石の大きさだと……10アデナかな」


手際よく差し出されたのは、小さな硬貨が1枚。

1アデナが1円相当だとすれば、報酬はわずか10円。

その瞬間、結とケイは悟った。スライムはこの世界において、文字通り最底辺の魔物なのだ。そして、その1匹に全く歯が立たなかったココの「実力」が、いかに絶望的なものかを。


「……え?」


ココも流石に、自分の想像していた報酬との格差に固まっている。

受付の女性は、そんな幼い少女の様子を哀れに思ったのか、自分の懐から財布を取り出すと、銀色の硬貨を1枚、そっと手渡した。


「ココちゃんは頑張ったから、これはお姉さんからのお小遣いね。次はもっとたくさん倒せるといいわね」


1,000アデナ相当の銀貨。それは、同情から生まれた慈悲の証だった。


「あ、ありがとう……」


素直に受け取るココ。その背中は、先ほどまでの威勢が嘘のように小さくなっていた。


「じゃあ、依頼完了の手続きをするね。ここに手をかざして」


手渡された紙には、複雑な幾何学模様が描かれた魔法陣があった。

ココが掌をかざすと、紙面が一瞬だけ淡く発光する。

「お疲れ様!」

女性の満面の笑みに見送られ、三人は冒険者協会を後にした。


ーーーーーーーーーー


夕暮れの冷たい風が、裸同然のケイの肌を撫でる。

10円の価値しかない魔物にすら勝てなかったという現実。だが、それでも彼らは手に入れた1,010アデナを手に、異世界での「生活」へと足を踏み出すのだった。


 冒険者協会を後にした三人は、コレット――通称ココ(・・)の案内でリリアガルドの目抜き通りへとやってきていた。

 道幅いっぱいに広がる石畳の両脇には、色とりどりの布を掲げた露店が所狭しと並んでいる。


 香ばしい焼き肉の匂いや、聞き慣れない果物の甘い香りが鼻をくすぐり、行き交う人々の活気に溢れていた。

 中には見たこともない魔物の素材を並べる店や、怪しげな光を放つ薬瓶を売る露店もあり、見ているだけで飽きることがない。


「……すごい活気ね。まるでお祭りみたい。あっちの果物、あんなに色が鮮やかなのに50アデナから売っているの?」


 結が感心したように周囲を見渡しながら呟く。かつて水泳部の顧問として遠征に同行した際、地方の商店街を見た時とは全く異なる、異世界特有の荒々しくも温かなエネルギーを感じていた。


 並ぶ店を物心しながら歩いていたココが、一軒の露店の前でピタリと足を止める。

 そこは、丈夫そうな麻や革の衣類を専門に扱う店だった。


「ちょっと待っててね」


 ココはそう言い残すと、店主と何やら交渉を始めた。

 彼女が手に取ったのは、子供用のシンプルな下衣(ズボン)だ。


「……980アデナか。よし、これにするわ!」


 ココは、先ほど受付でもらったばかりの報酬のほとんどを店主に手渡した。

 代金と引き換えに品物を受け取ると、彼女はくるりと振り返り、圭に向かってそれをぶっきらぼうに突き出した。


「はい、これ! シャツまで買うお金はないから、今はこれで我慢してよね!」


 思わぬ贈り物に、圭はおずおずとそれを受け取った。


「……ありがとう、ココ。助かるよ」


「ふ、ふんっ。別に感謝されたくてやったわけじゃないわよ! あんたがそんな格好のままだと、あたしまで変な目で見られるでしょ!」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向くココ。

 せっかく稼いだ報酬のほとんどを、今日会ったばかりの少年のために使い切ってしまったのだ。


 結は、自分の腰よりも低い背丈の少女が見せた潔いまでのお節介(おせっかい)ぶりに、深い感銘を受けていた。

 かつての教え子たちよりもずっと幼い、小学生くらいの子供にこれほど気を遣わせてしまったことに申し訳なさを覚えつつも、その誇り高い気質を微笑ましく感じていた。


 圭は近くの建物の影に隠れ、大急ぎでズボンに足を通した。

 腰回りは少し窮屈だが、それでも腰に巻いたタオル一枚よりは、精神衛生上よほどマシだった。


 圭が戻ってきたのを確認し、ココが首を傾げて尋ねる。


「さて、あたしはもう帰るけど……あんたたちはどうするの? 宿屋の場所まで案内しようか?」


 その言葉に、結と圭は顔を見合わせた。

 街の活気に飲まれて失念していたが、極めて重大な事実がある。

 

 今の二人の所持金は、文字通り「1アデナ」もなかった。


 結は頬をわずかに染め、珍しく遠慮がちな態度でココに切り出した。


「え、えっとね、ココ。……実は、私たちお金がないの」


「えっ?」


「もしココが良ければなんだけれど……一晩だけでも、あなたのお家に泊めてもらえると、とても助かるかなって」


 かつての教え子よりもずっと年下の少女に、宿泊の交渉をする。

 教師としてのプライドを考えれば忸怩(じくじ)たる思いもあったが、背に腹は代えられない。


 対するココは、その言葉を聞いた瞬間に瞳をキラリと輝かせた。

 先ほどまでの不機嫌そうな顔はどこへやら、彼女は自信満々に胸を張り、ふんぞり返る。


「し、仕方ないわね! ほんと、ユイもケイもあたしがいないと何もできないんだから!」


 ココは腰に手を当て、勝ち誇ったように笑った。

 どうやら彼女にとって、頼られることは何よりの報酬であるらしい。


「いいわ、今日だけはあたしのお城に招待してあげる! 迷子にならないように、しっかりついてきなさいよね!」


 そう言うなり、ココは短い足でタッタッタと歩き出した。

 その背中は「頼られている」という喜びに満ち溢れている。


「……ふふ。なんだか、元気な子供を相手にしている気分だわ」


 結は苦笑しながら、圭の肩を優しく叩いた。


「行きましょう、圭。ひとまずは屋根のあるところで眠れそうね」


「うん……。本当に助かったよ」


 夕暮れに染まり始めた石畳の道を、三人の影が長く伸びていく。

 波乱に満ちた一日の終わり。見知らぬ街での最初の夜は、世話焼きな少女の温かな好意と共に始まろうとしていた。


第6話をお読みいただき、ありがとうございます!


リリアガルドに到着したものの、残金はわずか30アデナ。

一難去ってまた一難……。ズボン一着買うのにも命がけ(?)な彼らの異世界生活は、一体どうなってしまうのか。


次回から、リリアガルドでの新しい生活が本格的に始まります。

第7話もお楽しみに!


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