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生活魔法って便利ですね!  作者: K
第1章 アステリアでの序曲

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第2話 目覚めと誓い、そして『真名』の刻印(圭、結)

第2話、更新しました!


異世界に放り出された圭と結。

目覚めた瞬間に二人を襲ったのは、あまりにも無防備で、あまりにも「生々しい」異世界の現実でした。


少年の本能と、大人の理性。

そして、この残酷な世界で生き抜くための「覚悟」を刻む、最初の一歩。


二人の目の前に浮かび上がった『ステータスプレート』に刻まれた名前とは……。

ぜひ、最後までお楽しみください!


もし面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると執筆の励みになります!


 異世界(アステリア)の朝は、静かに、そして残酷に幕を開けた。

 古びた丸太小屋の隙間から差し込む陽光が、埃の舞う空気の中を真っ直ぐに通り抜け、床に横たわる二人の影を照らし出している。

 

 佐藤 圭(さとう けい)が意識を取り戻したのは、肌を刺すような冷気を感じたからだった。

(……寒い。それに、ここ……どこだ……?)

 

 重い瞼を押し上げ、最初に視界に入ったのは自分の「手」だった。

 高校生活で少しずつ節くれ立ってきたはずの指先は、まるで赤ん坊のように白く、驚くほど小さい。

 

 八歳の肉体。

 精霊コハクの失策(ミス)によって引き起こされた、非現実的な若返り。

 だが、その幼い頭脳の中に詰まっているのは、紛れもなく十七歳の少年の記憶と心だった。

 

 いじめに耐え、絶望の淵にいた高校二年生としての自意識。

 そして、思春期という嵐のような季節を生きる一人の男子としての本能(さが)

 

 肉体は子供でも、魂は飢えた獣を飼い慣らす途中の若者なのだ。

 そんな彼のすぐ隣で、この世のものとは思えないほど美しい光景が広がっていた。

 

「……あ……」

 

 圭の喉が、引き攣ったように鳴った。

 そこには、白石 結(しらいし ゆい)が、一糸纏わぬ姿で眠っていた。

 

 十七歳の若々しい肉体へと回帰した彼女の肌は、抜けるように白く、朝の光を弾いて真珠のような光沢を放っている。

 緩やかな曲線を描く腰のライン。

 彼女自身が「薄い」と嘆いている、その慎ましい胸元の(ふく)らみ。

 

 かつての教え子が見れば「残念」と揶揄したかもしれないその控えめな胸でさえ、今の圭にとっては、目を背けることのできないほど強烈な(どく)のように脳を焼いた。

 

 正常な十七歳の男子高校生であれば、異性の、それも憧れの女性の裸体を前にして、興味を抱かないはずがない。

 ドクドクと、幼い心臓が不釣り合いなほど激しく鼓動を刻む。

 

 触れたい。

 これは夢ではないのか。

 

 圭は、彼女の白い胸元へ自らの小さい手を伸ばした。

 その小さな指先が、結の肌の熱を感じ取ろうとした、その刹那。

 

 ふわり、と結の長い睫毛が揺れた。

 

「……あら。おはよう、圭。私の寝顔、そんなに熱心に観察してどうしたのかしら?」

 

 漆黒の瞳がゆっくりと開かれ、真っ直ぐに圭を射抜く。

 そこには、二十六歳の知性をそのまま宿した、凛として、けれどどこか慈愛に満ちた教師の眼差しがあった。


「……っ!」

 

 圭は心臓が口から飛び出すかと思うほどの衝撃を受け、反射的に指を引っ込めた。

 あともう数センチで、尊敬(そんけい)してやまない元担任の、瑞々しくも柔らかな肌に触れてしまうところだった。

 

「……圭。その手、一体何をしようとしていたのかな?」

 

 結の声は、凪いだ海のように静かだった。

 ゆっくりと開かれた漆黒の瞳。そこには、うろたえる教え子をすべて見透かしたような、(りん)とした知性が宿っている。

 

「あ、いや、その、結姉ぇ……! 違うんだ、これは……!」

「何が『違う』のかしら? ……まあいいわ。今の状況を考えれば、あなたの指が迷子になるのも無理はないものね」

 

 結は小さく苦笑すると、迷いのない動作で横たわっていた身を起こした。

 

 十七歳の完成された少女の肉体。

 彼女は、己の肢体が一切の遮蔽物(しゃへいぶつ)もなく朝光に晒されているというのに、隠そうとする素振りすら見せなかった。

 

 そこにあるのは、羞恥心よりも「教師」としての、そして「姉」としての圧倒的な堂々(どうどう)たる佇まい。

 

(……すごい。結姉ぇは、こんな時でも……)

 

 圭は思わず息を呑む。

 彼自身の精神は十七歳。目の前の光景に理性が焼き切れそうなほどの熱を感じているが、結のその気高さ(オーラ)が、少年の邪念(じゃねん)を辛うじて踏みとどまらせていた。

 

 結はそのまま立ち上がり、しなやかな足取りで部屋の隅にある古びたタンスへと向かう。

 その背中、腰、そして彼女がコンプレックスを抱く「薄い」胸元までもが、隠されることなく圭の視界を通り過ぎていった。

 

「……困ったわね。これしかないみたい」

 

 タンスから取り出されたのは、生成りの麻でできた簡素なTシャツと短パンが二組だけ。

 

「下着の類は一切なし。布一枚で過ごせということらしいわ。……擦れて痛くならないといいのだけれど」

 

 結は淡々と服を纏うが、その言葉には実体験に基づいた懸念(けねん)が混じっている。水泳部の顧問として、肌のトラブルには敏感なのだ。

 服を着終えた結は、くるりと圭に向き直った。

 その瞬間に放たれた峻烈(しゅんれつ)覇気(オーラ)に、圭の背筋が凍りつく。

 

「さて。身なりを整えたら、そこに正座(せいざ)なさい、圭」

 

 逆らえるはずもなかった。

 圭は震える膝を折り、冷たい床に手をつく。

 

「……圭。あなた、私に……私たちに、隠していたことがあるわね?」

 

 結の瞳が、静かな怒りを湛えて圭を射抜く。

 

「阿久津、だったかしら。……あなたが高校で彼らに苛烈(かれつ)な仕打ちを受けていたこと。なぜ言わなかったの?」

 

「な、なんで……阿久津の名前を……?」

 

「忘れたの? 私はあなたの元担任よ。阿久津たちのグループは、中学時代からこの地域では『札付きの悪』として有名だったわ。あの子たちの素行不良は職員会議でも常に議題に上がっていた。……それが、高校に入ってからあなたを標的にしていたなんて」

 

 結は一歩、圭へと歩み寄る。

 

「中学であんなに輝いていたあなたが、一人で暗闇の中で耐えていた。……それを気づいてあげられなかった自分が、先生は、結姉ぇは、情けなくて仕方ないのよ!」

 

 結の声が震えていた。

 彼女は膝をつき、圭の小さな頭を、その薄い胸元へと力強く抱き寄せた。


 結は、震える圭の肩をさらに強く抱きしめた後、ゆっくりとその体を離した。

 だが、その瞳に宿る光は、先ほどまでの慈愛とは一線を画す、鋭利な刃のような厳しさを帯びていた。

 

「いい、圭。よく聞きなさい」

 

 結の声が、小屋の空気をピリリと引き締める。

 

「精霊コハクは言っていたわ。ここは『剣と魔法の世界』だと。……『剣』という言葉が出る時点で、ここは現代日本のような、法に守られた生ぬるい場所ではないわ。比較にならないほど残酷で、野蛮で、命の軽い世界……それが確定しているのよ」

 

 結は圭の目線を逃がさないよう、その幼い頬を両手で挟み込んだ。

 

「そんな世界で、判断を誤らせる『隠し事』は、そのまま死に直結する。あなたの小さな隠し事一つが、私たちの……そして、春や雛の命を奪うことだってあり得るの。……だから、絶対に一人で抱え込まないこと。いいわね?」

 

 圭の胸に、結の言葉が杭のように深く打ち込まれた。

 いじめから逃げ出したい一心だった。だが、目の前の女性は既に、この世界の残酷さを引き受ける覚悟を決めている。

 

 八歳の幼い肉体。震える指先。

 けれど、その内側にある十七歳の精神は、かつて中学時代に仲間を率いたあの頃の(ねつ)を、結の厳しさによって呼び覚まされていた。

 彼女は、自分を「守られるだけの子供」としてではなく、共に生き残る「家族」として扱っている。その事実が、圭の魂に一本の芯を通した。

 

「……分かったよ、結姉ぇ」

 

 圭は、溢れそうになる涙を手の甲で拭い、真っ直ぐに結を見つめ返した。

 

「もう、隠し事はしない。僕たちの命を……みんなの命を守るために。僕は、結姉ぇを信じるよ」

 

 その幼い顔立ちに宿った意志の強さに、結は一瞬だけ、かつての教え子の面影を見て、満足そうに目を細めた。

 

「……よろしい。その意気よ、圭」

 

 結は立ち上がり、ふうと息を吐いてから、空中に指を滑らせた。

 

「さて、まずは自分たちの身を守る術を知る必要があるわね。……さっきから気になっていたけれど、頭の中にずっと響いている『これ』を確認しましょうか。……『ステータス』!」


 コハクの言っていた、「ステータスプレート」を出す言葉である。結の鋭い言葉に呼応し、彼女の目の前の空間が淡く波打った。音もなく出現したのは、青白く発光する半透明のプレートだ。

 それに倣い、圭もまた少し震える声でその単語を口にする。


「……っ、ステータス!」


 二人の前に浮かび上がったのは、この世界のシステムを司る状態板(ステータスプレート)。だが、そこに刻まれていたのは、見慣れた日本語ではなかった。


---------------------------

【ナマエ:シライシ ユイ】

【ネンレイ:17】

【レベル:1】

【ギフト:――】

---------------------------


「……何、これ。カタカナ? なんだか、すごく読みづらいわね」


 結は眉をひそめ、自らのプレートを指でなぞる。

 カタカナという無機質な文字の羅列は、彼女たちの存在を単なる「記号」として扱っているようで、どこか空虚(くうきょ)な感覚を抱かせた。


 圭のプレートも同様だった。

---------------------------

【ナマエ:サトウ ケイ】

【ネンレイ:8】

【レベル:1】

【ギフト:――】

---------------------------


「サトウ、ケイ……。これじゃ、僕たちがどこから来た何者なのか、実感が湧かないよ、結姉ぇ」


 圭が落胆の色を見せた、その時だった。

 プレートの隅で、小さな光の粒子が明滅を始める。


『――翻訳機能トランスレートを起動しますか? YES/NO――』


 頭の中に直接響く、機械的でいてどこか慈悲深い声。

 二人は顔を見合わせ、迷わず「YES」の文字をタップした。


 その瞬間、プレート上の文字が激しく明滅し、熱を帯びて変容していく。カタカナの羅列が崩れ、再構成され――そこには、彼らが慣れ親しんだ、魂の形とも言える文字が浮かび上がった。


---------------------------

【名前:白石 結】

【年齢:17】

【レベル:1】

【ギフト:――】

---------------------------


「……『白石 結』。ええ、これが私の名前よ」


 結は満足そうに微笑んだ。漢字で刻まれたその名は、彼女が日本で生きてきた二十六年の誇りと、教え子たちを守るという決意を改めて呼び覚まさせてくれる。

 

 一方、圭もまた、自らのプレートに刻まれた『佐藤 圭』という三文字を見つめ、静かに拳を握りしめた。八歳の小さな肉体であっても、その精神は十七歳の「圭」なのだと、世界に認められたような気がしたのだ。


 しかし、結はすぐに表情を引き締め、人差し指を立てて圭に教えを説く。


「不思議ね……。このプレート、私たちには漢字で見えているけれど、さっきカタカナで表記されていたということは、この世界の理ではカタカナが基本のはずよ。つまりね、今後このアステリアで名前を書く必要がある時は、カタカナで書かないといけないというわけよ。わかった?」


「カタカナで……? 漢字は使っちゃダメなの?」


「ダメというより、通じないのよ。この漢字という深い意味を持つ『真名』を共有できるのは、おそらく私たち四人だけ。アステリアの人たちにとって、私たちはただの『ユイ』であり『ケイ』なの。公的な場所では現地のルールに従いなさい。これはこの世界で正体を隠し、生き残るための『鉄則(ルール)』よ」


 結の言葉に、圭は真剣な表情で頷いた。

 自分たちだけの秘密の絆と、外の世界への擬装(カモフラージュ)。その二重生活が、今ここから始まるのだ。

 

 圭は、自らの状態板(ステータスプレート)を指先でなぞりながら、ふと項目の下方に目を留めて首を傾げた。


「……ねえ、結姉ぇ。ギフトの欄が空白だよ? 僕たち、コハクからS級ギフトを貰ったはずだよね?」


 結もまた、自らのプレートを確認し、静かに頷く。

 そこには確かに『ギフト:――』と、虚しい空白が広がっていた。


「忘れたの? ギフトは冒険者協会で『開花』の儀式を受けない限り、ステータスには表示されないし、力を使うこともできないって、あの精霊が言っていたでしょう。つまり、私たちの最初の目的は、その儀式を受けるために冒険者協会を探し出すこと……ということね」


「冒険者協会……。本当に、RPGみたいな話だね」


「ええ。でも、これは遊びじゃないわ。……さて、いつまでもこの薄暗い小屋の中にいても始まらないわね。一度、外に出てみましょうか」


 結の言葉に従い、圭はぎこちない足取りで出入り口へと向かう。

 麻のTシャツと短パン。下着という防護壁(シールド)を失った少年の肉体には、わずかな歩行による布の摩擦さえ、酷く生々しい感触として伝わっていた。

 

 それは結も同様だった。

 足を踏み出すたび、麻のざらついた質感が、若返ったばかりの瑞々しい肌を直接刺激する。十七歳という、女性として最も過敏な時期の肉体に、この無防備な格好は、教師としての精神を削り取るような羞恥(しゅうち)を強いてきた。

(……早く装備を整えないと、私の理性まで限界(ブレイク)してしまいそうだわ)


 そんな葛藤を押し殺し、二人は古い木製の扉を押し開けた。


 ――そこには、息を呑むような絶景が広がっていた。


 どこまでも続く蒼翠の平原。

 現代の排気ガスに汚染されていない、透明度の高い風が吹き抜け、二人の髪を揺らす。

 

 だが、感動に浸る間もなかった。

 

 背後で、パキパキと硝子が割れるような音が響く。

 二人が慌てて振り返ると、先ほどまでそこにあったはずの丸太小屋が、足元から静かに、光の粒子となって霧散し始めていた。


「……っ!? 結姉ぇ、小屋が消えていくよ!」


「……どうやら、感傷に浸る時間は終わりのようね。帰る場所は、もうどこにもない。これからはこの大地が、私たちの教室であり、戦場になるわ」


 粒子は天へと昇り、跡形もなく消え去った。

 後に残されたのは、不自由な衣服を纏った二人と、圧倒的な自然の驚異(きょうい)だけだ。

 

 結は、呆然とする圭の手を強く、握りしめた。

 

「行くわよ、圭。地平線の先に見えるあの街……あそこまで歩ききるのよ!」

 

 結が指さす先、蜃気楼のように揺らめく巨大な城壁。

 その門の向こうに、自分たちの運命を変える力が眠っていることを信じて、二人は未知なる荒野へと最初の一歩を踏み出した。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


第2話では、異世界転移の「洗礼」とも言える状況から、二人の関係性が一歩深まる様子を描きました。

外見は子供でも、中身は悩み多き17歳の圭。

そして、彼を厳しくも深い愛で導く結。


そんな二人の前に現れた『ステータスプレート』。

「漢字」が自分たちだけの特別な言語になるという設定は、今後の物語でも重要な鍵を握ることになります。


さて、次回の第3話では、場面が変わって【春と雛】の二人がどうなったのかをお届けする予定です。

圭と結の穏やかな(?)旅立ちとは対照的に、あちら側はかなりハードな「生存競争」が待ち受けています……。


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