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生活魔法って便利ですね!  作者: K
第1章 アステリアでの序曲

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第1話 プロローグ

初めまして、作者のKです。

数ある作品の中から本作を手に取っていただき、誠にありがとうございます。


第1話はプロローグとして、一人の少年・圭の身に起きた「絶望」を描いています。

作品の性質上、序盤にいじめや身体的な屈辱を伴うショッキングな描写が含まれますが、これらは全て、ここから始まる物語のための大切な布石となっております。


苦手な方はご注意の上、どうか最後まで見守っていただければ幸いです。

それでは、運命が動き出す序曲をお楽しみください。


 十月の高く澄み渡った青空の下、瑞穂(みずほ)高校の校門は文化祭の熱気に包まれていた。

 かつて男子校だったこの学び舎は、共学へと姿を変えて数年。色とりどりの装飾が躍り、模擬店から漂う香ばしい匂いが鼻をくすぐる。行き交う生徒たちの笑い声が、青春の輝きをそのまま形にしたかのように校庭に満ちていた。


 その喧騒が、一瞬だけいだ。

 校門をくぐり抜けた三人の女性があまりにも目を惹く存在だったからだ。


「わあ……! やっぱり共学は賑やかだね。あっちの装飾、色彩感覚がすごく独創的……!」


 先頭を歩くのは、十五歳の(ひな)だ。

 中学三年にして学年一位の成績を維持し続ける秀才。しかし、美術部員らしい好奇心で校内を見渡すその瞳は、時折不安げに泳ぐ。少しでも見知らぬ男子生徒と視線が合いそうになると、雛は鳩のように肩を震わせて姉たちの背後に身を隠した。

 極度の『男性恐怖症』という繊細な一面を持ちながら、小柄な体に似合わない豊かな果実を胸元に実らせた少女に、周囲の男子生徒たちは一様に言葉を失う。彼女にとって、唯一恐怖を感じずに甘えられる異性は、家族同然に育った幼馴染の(けい)だけだった。


「雛、あんまりキョロキョロしてると転ぶわよ。……もう、圭のやつ、あんなに『来るな』って言ってた意味がわかんない。こんなに楽しいのに」


 雛の肩を優しく抱き寄せ、堂々と歩を進めるのは二女の(はる)だ。

 十七歳。剣道の全国大会で優勝を飾ったその肢体は、しなやかなバネを秘めて背が高い。中学時代は学級副委員長として、委員長だった圭を影に日向に支え続けてきた。

 今日のために新調した、体のラインを強調するタイトなトップス。それが彼女の誇る豊かな胸をより際立たせていることに、本人は自覚的でありながらも、ただ一人の少年に『可愛い』と思われたい一心でその装いを選んでいた。


「ふふ、二人とも。あまり目立ちすぎないようにね。今日はあくまで、圭の頑張りを見に来たんだから」


 最後尾から二人を見守るように歩くのは、二十六歳の(ゆい)だ。

 彼女たちの実姉であり、かつて中学校で圭と春の担任を務めていた。

 元水泳部顧問として全国の舞台に立った結は、凛とした美しさと知性をまとっている。眼鏡の奥に宿る瞳は穏やかだが、時折見せる教師らしい鋭さは健在だ。

 ただ、二人の妹たちの暴力的なまでに豊かな胸元と、自分の慎ましすぎるラインを無意識に比較してしまい、結はわずかに口角を引きつらせた。


「結姉ぇ、見て! あそこの看板、圭兄ぃのクラスじゃない? 出し物は……『お化け屋敷』みたい」


 雛が指差した先には、手作りの看板が掲げられていた。

 かつて水泳部でも熱心に活動し、誰よりも責任感の強かった圭。結の記憶にある彼は、いつだってクラスの輪の中心で、誰よりも輝いていたはずだった。

 しかし、高校に入ってからの彼は、どこか何かに怯えるように視線を逸らすことが増えていた。


「圭のことだから、きっとまた裏方で必死に準備をしていたのよ。……でも、少し心配ね」


 結の胸に去来するのは、教師としての、そして姉としての、言葉にしがたい胸騒ぎだった。

 春は愛しい少年に会える期待に頬を染め、雛は人混みに怯えながらも慕わしい兄のような存在である圭を求め、結はその違和感の正体を探るように、高くそびえる校舎を見上げた。


 三人の足音は、祭囃子に紛れながら、運命の場所へと近づいていった。


 瑞穂(みずほ)高校の校舎内に一歩足を踏み入れると、外の喧騒がフィルターを通したように少しだけ遠のいた。

 (ゆい)たちは(けい)のクラスが出している出し物――『お化け屋敷』の教室へと向かう。

 廊下には血糊を模した赤い絵具が飛び散り、ビニールシートで遮光された教室内からは、時折、楽しげな悲鳴が響いていた。


「あ、あった! ここだよ! 1年A組、(けい)にいのクラス!」


 (ひな)が嬉しそうに声を弾ませる。

 受付に座っている男子生徒は、(はる)や雛の姿を見ると一瞬鼻の下を伸ばしたが、最後に控える(ゆい)の、教師特有の鋭い視線に気づくと、慌てて背筋を正した。


「い、いらっしゃいませ。お化け屋敷、すぐ案内できますけど……」


「こんにちは。私たちは佐藤(さとう)(けい)君の知り合いなんだけれど、彼は今どこにいるかしら?」


 結が努めて穏やかに問いかける。

 だが、その名前を出した瞬間、受付の男子生徒の表情から余裕が消えた。彼は隣に座っていた別の生徒と顔を見合わせ、気まずそうに視線を泳がせる。


「あ……佐藤、ですか? あいつは、その……」


「何かあったの?」


 (はる)が鋭く踏み込んだ。

 剣道で培った眼光は、嘘や隠し事を許さない。彼女の胸に宿る、圭を想うがゆえの懸念が、無意識に相手を威圧していた。


「……屋上ですよ。さっき、阿久津あくつに連れていかれるのを見ました。でも、たぶん行かない方がいいっていうか、その……」


 最後まで聞き終える前に、春は走り出していた。

 結も、嫌な予感に顔を強張らせる雛の手を引き、その後を追う。


 階段を上がるにつれ、祭りの賑わいは完全に遮断され、冷たい静寂が支配を強めていく。

 最上階へと続く踊り場で、結たちの鼻を突いたのは、鉄錆のような匂い。

 そして、重い鉄扉の向こうから聞こえてきたのは、下卑た笑い声だった。


 バンッ!


 春が全力で扉を蹴破るようにして開いた。

 十月の冷たい風が吹き抜け、三人の視界に、あまりにも残酷な光景が飛び込んでくる。


「…………え?」


 雛の喉が、音にならない悲鳴で震えた。


 そこには、一糸纏わぬ姿で冷たいコンクリートの上に転がされる、圭の姿があった。


【佐藤 圭(17歳)。身長160cm。中学時代は学級委員長を務め、誰からも頼られるリーダーだった少年。しかし、高校進学後、執拗なイジメの標的となったことでその心は折れ、かつての自信に満ちた輝きは失われている。帰宅部。現在はただ、嵐が過ぎ去るのを待つように息を潜めて生きている――】


 その圭の頭を、一人の男子生徒が踏みつけていた。主犯の阿久津だ。

 そしてその傍らでは、阿久津の彼女らしき女子生徒が、スマホを片手にケラケラと喉を鳴らしていた。


「キャハハ! 見てよ阿久津、こいつマジで情けなーい! 17にもなって、そこ、ツルツルじゃん。毛も生えてないの~? 小学生みたーい!サイズも小学生並だしー!」


「全裸で土下座とか、元委員長様も焼きが回ったな。ほら、もっと鳴いてみろよ、佐藤!」


 鈍い打撃音が響く。

 青紫のあざを全身に刻み、土にまみれ、震える体で尊厳を削り取られていく圭。


 その惨状を目にした瞬間、三人の時間が止まった。


 (はる)は、顔面を真っ赤な怒りに染めた。

 愛する人の「男」としてのすべてを、下劣な言葉で蹂躙された衝撃。震える拳は白く強張り、彼女の瞳からは涙がこぼれ落ちる。それは悲しみではなく、相手を八つ裂きにしても足りないほどの激情だった。


 (ひな)は、衝撃のあまり膝をついた。

 唯一怖くない、優しかった「お兄ちゃん」が、これほど汚らしく、無残な姿にされている。恐怖と嫌悪、そしてそれ以上に深い絶望が彼女を襲う。だが、彼女は目を逸らすことができなかった。指の間から、その地獄のような光景を脳裏に焼き付けていた。


 そして、(ゆい)の視界は、氷のような冷徹な怒りに包まれた。

 教師として、そしてこの三姉妹の長女として。自分が信じ、育んできたはずの少年の未来を、この下劣な二人が笑いながら踏みにじっている。


「…………あなたたち、何をやってるのッ!!」


 結の怒号が屋上に響き渡る。

 その声は、かつて教壇で見せていたどんな叱責よりも深く、心臓を直接掴むような恐ろしさを孕んでいた。


「……もう、嫌だ……。こんな世界……全部、消えてなくなれ……!」


 (けい)の絶望の叫びに呼応するかのように、秋の青空がガラス細工のようにひび割れた。

 歪んだ空間から溢れ出すのは、直視できないほどに眩い白銀の輝き。


「な、なんだよこれッ!? 何が起きてるんだよ!」


 (けい)を踏みつけていた阿久津が、狼狽ろうばいして声を荒らげる。

 隣で動画を撮っていた彼女も、スマホを落として震え上がっていた。

 その時、天の裂け目から巨大な「(ひとみ)」のような光の渦が現れた。


『――けがれし魂を観測。先行転送を開始する』


 頭の中に直接響くような、重厚で性別の判別がつかない「(かみ)」の声。

 次の瞬間、(ゆい)たちが動くよりも早く、光の触手が阿久津とその彼女を絡め取った。


「ひ、ひぃぃッ! 助けてくれ、離せッ!!」

「いやぁぁぁ! 阿久津くん、助けてぇッ!!」


 二人の悲鳴は、空間の歪みに吸い込まれるようにして消えた。

 彼らがどこへ飛ばされたのか、知る由もない。だが、その場に残された結たちの前で、光の渦はさらに激しく回転を始めた。


『――不運なる適格者たちよ。これより救済の転送を行う』


 あらがすべなどなかった。

 結は咄嗟とっさに、近くにいた(はる)(ひな)、そして地面に伏していた圭の手を力強く握りしめた。

 温かな光が四人を包み込み、瑞穂高校の屋上は遠い過去の記憶へと遠ざかっていった。

ーーーーーーーーーー


 視界を焼き尽くすような白銀の閃光が収まると、そこには音も風もない、果てしない「純白(じゅんぱく)」の空間が広がっていた。


 真っ先に意識を取り戻したのは、(けい)だった。

 あまりにも急激な空間の転換に脳が揺れる。だが、彼は自分の痛みよりも先に、共に光に包まれた三人の姿を探した。


「……っ、みんな! 結姉ぇ! 春! 雛!」


 少し離れた場所で、(ゆい)(はる)(ひな)の三人が頭を押さえてうずくまっているのが見えた。転送の負荷か、激しい頭痛に耐えているようだ。

 圭はふらつく足取りで、一番近くにいた春のもとへと駆け寄る。


「春! 大丈夫か!? 怪我はないか?」


「……あ、う……圭……?」


 春がゆっくりと顔を上げる。

 朦朧もうろうとした意識の中で、大好きな少年の顔がすぐ近くにあることに気づき、彼女の瞳が潤んだ。だが、その直後。春の視線が圭の顔から下へと移動した瞬間、彼女の顔面は沸騰したかのように真っ赤に染まった。


「ひゃ、ひゃあぁぁぁぁッ!!??」


「は、春!? どうしたんだよ、どこか痛むのか!?」


 パニックになる春の横で、ようやく顔を上げた雛が、引き攣った表情で指を差した。


「……圭兄ぃ。下……下、見て……!」


「え? 下……?」


 言われるがままに自分の体を見下ろした圭は、そこでようやく思い出した。

 自分は、屋上で阿久津たちに服をすべて剥ぎ取られたままだったということを。

 一糸纏いっしまとわぬ、生まれたままの姿。それが、白一色の空間で嫌というほど強調されている。


「う、うわぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 今度は圭が顔を真っ赤にして、咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。

 春は両手で顔を覆いながらも、指の隙間から必死に(あるいは無意識に)こちらを凝視している。雛は、あまりの刺激にフリーズしてしまったようだ。


「……ったく、もう。災難続きね」


 呆れたような、けれどどこか慈愛の混じった声と共に、結が歩み寄ってきた。

 彼女は二十六歳の大人らしい冷静さで、自分の着ていた薄手のカーディガンを脱ぐと、それを丸めて圭の頭に放り投げた。


「ほら、圭。とりあえずそれで隠しなさい。……そんなに情けない顔をしないの。あなたのせいじゃないんだから」


「……すみません、結姉ぇ……」


 圭は消え入りそうな声で謝りながら、必死にカーディガンを腰に巻きつけた。

 教師としての威厳を保ちつつも、結は内心で深く安堵していた。あの地獄のような屋上から、まずは全員が無事に、誰にも邪魔されない場所へ来られたことに。


 そんな四人の「いつものやり取り」を、少し離れた場所から眺めている存在があった。


「おーおー、どえらい賑やかなことじゃのう。まずは落ち着くがよい」


 パチン、と指を鳴らす音。

 そこには、美少女の皮を被りながらも、中身は隠居老人のような喋り方をする自称・精霊の琥珀(コハク)が、浮遊しながらニヤニヤと笑っていた。


 純白の空間に、場違いなほど軽快な羽音が響く。

 宙に浮く美少女姿の妖精を、(ひな)が目を輝かせて見上げた。


「わあ……! 可愛い――! もしかして、本物の妖精さん?」


「いかにも。主らがこれから向かう世界の案内役、精霊琥珀(コハク)じゃよ。以後お見知りおきを」


 鈴を転がすような愛らしい声。だが、その語尾には隠しきれない「隠居した老人」のような湿り気が混じっている。雛は首を傾げ、少しだけ顔を引きつらせた。


「……可愛いけど、喋り方がなんだか、すごくおじさんっぽいかも……」


「雛、そんなことはどうでもいいの!」


 (ゆい)が鋭い声を放ち、妹の前に出る。彼女の瞳は、教師としての冷静さと、未知の事態に対する警戒心で満ちていた。


「コハクと言ったわね? ここはどこなの。そして、私たちに何が起きたのか、包み隠さず説明してくれるかしら」


「ふむ、さすがは元教師、話が早いのう。ここは『精霊界(せいれいかい)』。主らがおった世界と、これから向かう世界の中間に位置する、魂の待合室のような場所じゃ」


「……これから向かう世界? 冗談言わないで。私たちは元の世界に帰りたいの。戻す方法を教えなさい」


 結の言葉に、コハクはやれやれと首を振った。


「それは無理な相談じゃな。主らがこの精霊界へ足を踏み入れた時点で、お主らの元の世界での肉体は――すでに『消滅(しょうめつ)』しておるからな」


「…………え?」


 その場に、凍りついたような沈黙が降りた。

 (はる)が顔を青ざめさせ、震える声で問い直す。


「消滅……? それって、私たちは『()んだ』ってこと……?」


「厳密には解釈が違うぞ。肉体は消失したが、意識――すなわち魂はこうして生きておる。現に今、主らは私と喋っておるじゃろ? (たましい)(ことわり)に従えば、主らは死人ではなく『転生者(てんせいしゃ)』となるわけじゃ」


「ちょっと待ってよ、コハク! じゃあ、私たちはこれからどうすればいいの!? まさか、こんな何もない白の世界で一生を終えろって言うの!?」


 結が詰め寄る。大切な教え子たちを、家族を、こんな場所で腐らせるわけにはいかない。

 コハクは慌てて手を振り、安心させるように笑った。


「安心せい、胸の小さい姉さん。ちゃんとお主らの行き先は用意しておる。お主らがおった世界でいうところの、『剣と魔法のファンタジー』な異世界じゃ。どうじゃ? ワクワクするじゃろ?」


 ――その瞬間。

 純白の空間の気温が、一気に十度ほど下がったかのような錯覚を全員が覚えた。


 (けい)(はる)(ひな)の三人は、一斉に顔を見合わせると「あちゃー……」と心の中で絶叫した。そして、音を立てずに一歩、また一歩と、コハクから距離を取る。


 結の背後から、陽炎のような、どす黒い「殺気(さっき)」が立ち昇る。

 彼女は眼鏡をゆっくりと指で押し上げ、三人が恐怖するほどの、慈愛を完全に捨て去った極寒の微笑みを浮かべた。


「…………今、誰が、何だって?」


「え? いや、だから胸の小さい――」


「誰が『平坦(へいたん)』な胸の小さい姉さんだって言ったのよぉぉぉぉぉッ!!!」


 ドゴォォォォンッ!


 結の、全国大会レベルの瞬発力が爆発した。

 教師にあるまじき重い拳が、コハクの鳩尾みぞおちに深々と突き刺さる。


「ぎ、ぎえぇぇぇぇッ!? な、なんという暴力っ、これでは話がっ、あべしっ!!」


「問答無用よッ! 教育的指導が必要なようねぇッ! その腐った口、叩き直してあげるわ!!」


 白い空間に、コハクの悲鳴と、結の怒号、そして鈍い打撃音が虚しく響き渡る。

 圭たちはただ、怒り狂う長女の姿に、心からの同情をコハクへ送りながら立ち尽くすしかなかった。


 純白の空間に、一時の静寂が戻っていた。

 そこには、頭の上に天を衝くような巨大なたんこぶをこしらえ、涙目で正座をする琥珀(コハク)の姿がある。


「……ふぅ。さて、コハク。気を取り直して確認するわね」


 (ゆい)は拳についた埃を払うように手を叩くと、冷徹な教師の瞳でコハクを見下ろした。


「結局、私たちはこれからどうなるの? 出し惜しみせずに、直球で答えなさい」


「は、はいっ! 教育的指導、痛み入りましてございます……! 主ら四人はこれから、異世界『アステリア(あすてりあ)』へと転送されることになりますれば。そこで新たな生を全うしていただく……というのが、わしの役目じゃ」


 コハクは震える声で淀みなく答えた。(はる)(ひな)は、あまりにも変わり果てたコハクの様子に引きつつも、ようやく始まった具体的な説明に耳を傾ける。


「剣と魔法の世界、と言っていたわね。それは……私たちがいた平和な日本とは、比べ物にならないほど危険な場所なんじゃないの?」


 結の鋭い指摘に、(けい)もゴクリと喉を鳴らした。もし戦いや魔物が日常にある世界だとしたら、今の自分たちに何ができるというのか。


「安心せい。わしも鬼ではない……あ、いや、精霊じゃがな。主らをお詫びなしに放り出すようなことはせん。転送の際、わしが直々に『S級』の恩恵(ギフト)を授けてやるわい」


ギフト(ぎふと)……? それは、何かしらの特別な能力、という意味かしら」


「いかにも! ギフトとは、その者の魂に刻まれる固有の才能や力のことじゃ。通常、アステリアの民が授かるのはD級からB級程度。S級ともなれば、一国の運命を左右するほどの大いなる力となる」


 コハクは少しだけ胸を張り、言葉を続けた。


「どんなギフトがもらえるのかは、アステリアの地を踏んでからのお楽しみじゃ。あっちに着いたら、各自で『ステータスプレート』を呼び出して確認するがよい」


「ステータスプレート? それは一体どのようなものなの?」


 結が聞き慣れない単語に眉を寄せると、コハクは得意げに鼻を鳴らした。


「ふふん、これこそが異世界生活の必需品じゃ! 必要な時に念じれば手元に現れ、不要な時は空間に消える出し入れ自由の魔導板。主らの能力を可視化するだけでなく、アステリアでの公式な『身分証明証』にもなり、さらには未知の事象を解説してくれる『ヘルプ機能』まで付いておる。至れり尽くせりじゃろ?」


「……身分証にヘルプ機能まで。それは助かるけれど……」


 結はまだ疑念を拭いきれない。そんな彼女を余所に、コハクはパチンと指を鳴らした。


「説明は以上じゃ! これより主らをアステリアへ送るが、二つ程、わしの計算ミスで副作用が起きておる。……まあ、些細なことじゃがな!」


「副作用……?」


 光の中で、奇妙な感覚が四人を襲った。

 全身の細胞が急激に組み換わり、骨が縮み、視界がぐんぐんと低くなっていく。


「な、なに……!? 体が……重い……?」


 春が困惑した声を上げるが、その声は普段よりも高く、幼いものに変わっていた。

 やがて光が収まった時、そこに立っていたのは、見覚えはあるが「今の姿」ではない四人だった。


「ちょ、ちょっと……何よこれ……!」


 結が自分の手を見つめて絶句する。二十六歳の大人の手は消え、そこにあるのは十七歳の、まだ若さと青さが残る少女の手だった。着ていたブラウスやスカートがわずかに緩くなり、彼女の凛とした雰囲気の中に、女子高生のような瑞々しさが戻っている。


 だが、他の三人の変化はそれ以上に劇的だった。


「……結姉ぇ? なんだか、みんな小さくなってない?」


 十七歳だった圭と春。彼らは今、わずか八歳ほどの幼い子供の姿になっていた。ぶかぶかになった制服の中で、クリクリとした瞳を瞬かせる二人は、かつて結が受け持っていた教え子たちの、さらに幼少期の面影そのものだ。


「……わあ、ハル姉ぇ、ちっちゃい! 圭兄ぃも!」


 十五歳だった雛にいたっては、さらに幼い六歳の少女へと若返っていた。その愛らしい姿は天使のようだが、やはり服のサイズが合わず、肩から生地がずり落ちそうになっている。


「……おーおー、やはり九歳ほど若返ってしまったか。まあ、やり直しの人生には丁度よい年齢じゃろ?」


 コハクの能天気な声に、結が再び拳を固めようとしたが、それよりも早くコハクが手を叩いた。


「時間がない! アステリアへの転送ゲートが不安定じゃ。四人同時に送ると魂が砕ける恐れがある。二組のペアに分けて送るぞ!」


「ペアですって!? ちょっと、勝手なことを……!」


「私が決めるわ!」


 結が鋭く割って入った。混乱する状況下でも、彼女の教師としての判断力は鈍っていない。


「……運動神経が壊滅的な雛を、この中で一番の戦闘能力(剣道全国大会優勝)を有する春が守る。これが一番生存率が高いはずよ。……ということで、ペアは【私と圭】、そして【春と雛】! 異論はないわね!」


 その断固たる決断に、一同は息を呑む。

 春は圭と離れることに一瞬だけ悲しげな瞳を向けたが、隣で不安げに裾を掴む雛を見て、力強く頷いた。


「わかった……! 雛は春が守るよ!」


 一方、六歳の姿になった雛は、少しだけ拗ねたように鼻を鳴らした。


「ハル姉ぇなら安心だね。……少なくとも、あそこで全裸で泣いてた『誰かさん』よりは、よっぽど頼りになるもん」


「……っ、雛、それは……!」


 八歳の少年の姿になった圭が、顔を真っ赤にして俯く。

 そんな彼の小さな肩を、結は優しく、しかし確かな力強さで抱き寄せた。


「行きましょう、圭。私たちが、新しい物語を始めるのよ」


 再び光が溢れ、四人の意識が遠のいていく。その喧騒の果てに、コハクの慌てたような声が響いた。


『おっと、言い忘れておった! ギフトは冒険者教会で「開花(かいか)」の儀式を受けんと使えんからの。まずは冒険者協会を目指すのじゃぞーっ!』


 無責任な助言を最後に、四人の運命は二つの方向へと引き裂かれるように、アステリアの地へと放り出された。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


あの屋上での絶望の淵から、光に包まれて消えた圭、春、雛、結の四人。

果たして、彼らが辿り着く場所には何が待ち受けているのか……。


次回、第2話。

視点は圭と結へと移り、物語は本格的に動き出します。


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これから「K」と、運命に翻弄される彼らの物語を、よろしくお願いいたします!


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