19話 悪党の末路と、漢字で記す再会への道標
いつも「生活魔法って便利ですね!」を読んでいただきありがとうございます。
ついに、第2章「リリアガルド編」が完結を迎えます!
悪徳商人バッカスの末路と、圭たちがこの街に残す「再会の道標」を、ぜひ最後まで見届けてください。
「うわ〜! 何をしたらあんな事になるんだろ……」
夜明け前の薄闇の中、結の指示に従って屋敷の外へ避難していたココが、バッカス邸の屋根から立ち上る黒煙と爆発の爪痕を見上げて呆然と唸った。
「すごいね、お姉ちゃん……。あの時のユイさんの顔、かなり怖かったよ。相当怒ってたみたい。ユイさんは絶対に怒らせない方が良さそうだね」
隣で同じように煙を見つめていたソフィも、震える声で同意する。
三十人近い幼い子供たちが、劣悪な地下室で監禁されていると知った時の結の表情――それは、普段の理知的で優しい彼女からは想像もつかないほど、絶対零度の怒りに満ちた恐ろしいものだった。
二人の少女は、本能レベルで「あの人だけは本気で怒らせてはいけない」と深く悟っていた。
そんなことを思っていると、騒ぎを聞きつけたのか、慌ただしい足音が近づいてきた。
「何事だ! お、ココちゃん、何がどうなってるんだ?」
「あっ、衛兵のおじさん!」
駆けつけてきたのは、ココから事情を聞き、共にソフィの行方を探してくれていた顔馴染みの衛兵だった。彼は凄まじい爆発音を聞きつけ、一番にこの場所へ急行してきたらしい。
ココは衛兵に向かって、堰を切ったように事情を説明した。
妹のソフィがバッカスに誘拐されていたこと。そして、彼女だけでなく三十人近い子供たちが、屋敷の地下に監禁されていたこと。
衛兵はココの背後に身を寄せ合って震える子供たちを見ると、顔色を変えてすぐに携帯用の魔導具で仲間の衛兵たちを応援に呼んだ。
そして、子供たち一人一人に声をかけながら、彼らの状態板を確認していく。
「間違いない……。全員、行方不明として捜索願の出ていた子供たちだ」
身分証明証でもあるプレートの情報を照合し終えた衛兵は、重々しい声でそう断定した。バッカスが大規模な誘拐事件の首謀者であることは、もはや疑いようのない事実だ。
「ただな……」
衛兵は険しい表情で、大人にしか分からない懸念を口にする。
バッカスはリリアガルドの裏社会を牛耳る権力者であり、国や街の上層部を金で買収しているのは公然の秘密だ。時間が経てば、豊富な資金力で都合の良い証人を用意し、事件そのものを揉み消してしまう可能性が高い。
だからこそ、バッカスを確実に捕らえ、法で裁くなら、これだけの生きた証拠が揃っている『今』しかないのだ。
「これだけ動かぬ証拠が揃っている状況なら、いくら狡猾なバッカスでも言い逃れは出来ない。国の上層部も、自分たちに火の粉が降りかからないように、尻尾切りとして奴を切り捨てるだろう。……しかしな、それもこれも、バッカスが生きていればの話だがな」
衛兵は、無残に吹き飛んだバッカス邸の主寝室を仰ぎ見て、深いため息を吐いた。
どう見ても、中にいた人間が原型を留めていられるような爆発ではない。もしバッカスが亡くなっていた場合、法治国家である以上、爆発を起こした張本人である結と圭を、殺人容疑の事情聴取として連行しなければならなくなる。
自分たちを救ってくれた恩人が、悪党を殺した罪で捕まるなんて絶対に嫌だ。ココとソフィは胸の前で両手を組み、悪党であるバッカスが『生きていること』を神に祈りながら、衛兵と共に屋敷の中へと足を踏み入れた。
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その頃、バッカス邸の主寝室では。
見事に吹き飛んだ天井と崩れ落ちた壁の瓦礫の中で、圭と結は眼下の惨状を見下ろしていた。
「あ、生きてる生きてる」
圭の視線の先には、全身を黒焦げにしてピクピクと痙攣しながら倒れているバッカスの姿があった。
粉塵爆発の直撃を受けたにも関わらず命を留めていたのは、彼が身につけていた高級な服に、相当強力な防護魔法が付与されていたからだろう。
しかし、命を守る代償としてその服は完全に焼け落ち、現在のバッカスは文字通り一糸まとわぬ全裸の状態となっていた。
その無惨な、そしてあまりにも無防備な大人の男の姿を目にした瞬間。
「…………っ!」
結はバサリと顔を背け、耳の先まで真っ赤に染め上げた。
不自然なほど視線を泳がせ、口元を手で覆う結の様子に、圭は不思議そうに首を傾げる。
「結姉ぇ、どうしたの?」
「な、なんでもないわよ! ちょっと煙が目に……!」
明らかに動揺している結を見て、圭はハッとして、まさかと思い尋ねた。
「……もしかして結姉ぇ。バッカスの裸を見て顔を赤くしてるの?」
「びくっ!?」
結の肩が、これ以上ないほど分かりやすく跳ねた。どうやら図星らしい。
圭は内心で呆れ半分、面白さ半分で突っ込んだ。
「普段、僕がお風呂に入ってる時も平気でガラッて開けて入ってくるのに。僕の裸は何度見ても平気なくせに、何で今さら?」
圭の容赦ない追及に、結は顔を茹でダコのように真っ赤にしながら声を荒げた。
「お、大人と子供のは違うのよ! わかるでしょ、それくらいっ!!」
二十六歳の元教師である結だが、こと恋愛や男性経験においては意外なほど免疫がない。その純情で初心な一面を垣間見て、圭は(結姉ぇにもこういう可愛いところがあるんだな)と、少しだけ安心するのだった。
「お〜い、無事か!」
そこへ、崩れた扉を乗り越えてココとソフィ、そして衛兵が駆けつけてきた。
彼らの目に最初に飛び込んできたのは、瓦礫の上でピクピクと痙攣する全裸のバッカスの惨状だった。
「うわぁ……」
ココは目を丸くして立ち尽くし、ソフィは「キャッ!」と短い悲鳴を上げて両手で顔を覆った(指の隙間から少しだけ見ていたが)。
「こりゃあ、ずいぶんと派手になったな……。まぁ、下で彼女たちから事情は聞いている。子供たちが無事に保護できたこと、そして何より、バッカスが生きていて何よりだよ」
衛兵は苦笑混じりにそう言うと、背後の部下たちに合図を送り、バッカスを即座に連行するよう指示を出した。街の入り口にある衛兵の駐屯所まで、このまま連行するというのだ。
普通なら、せめて上から布を一枚かける程度の温情はあるだろう。しかし、三十人もの子供を誘拐し、奴隷にしようとしていた男に対する同情など、現場の誰一人として持ち合わせてはいなかった。
意識朦朧としたまま立ち上がらされたバッカスは、一切の衣服を与えられることなく、全裸のまま手枷をはめられ、屋敷の外へと引きずり出されていく。
これから駐屯所へ向かうには、必然的にリリアガルドのメインストリートである繁華街を通らなければならない。
夜が明け、市場の準備や仕事へ向かう人々で、通りはすでに多くの人でごった返している時間帯だ。
その雑踏の中を、裏社会の権力者がすっぽんぽんの状態で引き立てられていくのだ。
(少々気の毒な気もするけど……完全に自業自得だよね)
野次馬たちの好奇と軽蔑の視線に晒されるであろうバッカスの末路を想像し、圭は静かに息を吐いた。
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バッカスが全裸のまま衛兵に連行されてから、一週間が経過した。
その後の経過について、外で情報を集めてきたココによれば、あれだけ多くの子供を誘拐して、奴隷にしようとしていたバッカスの罪は極めて重く、極刑に処されるのはほぼ確実とのことだった。
彼と裏で繋がっていた国の上層部や悪徳貴族たちも、自分たちに火の粉が降りかかるのを恐れて早々にバッカスを切り捨て、誰一人として彼を助けようとはしなかったらしい。
白日の下、リリアガルドの繁華街を全裸で引き立てられていったあの日。
街の男たちはざまぁみろとばかりにニヤニヤと嘲笑し、女たちは汚い物でも見るようにクスクスと笑いながらバッカスを指差していた。
裏社会の権力者として長年ふんぞり返っていた男が、これ以上ない生き恥を晒した挙句に極刑となるのだ。数々の悪逆非道を尽くしてきた悪党に相応しい、惨めな末路だと言えるだろう。
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そんな騒動の熱も少しずつ冷め始めた頃。
圭たちが拠点としている家の、一階にある共有スペースにて。テーブルを囲むようにして、圭、結、ココ、ソフィの四人が集まっていた。
「ユイ、話って何?」
向かいの席に座るココが、不思議そうに結へ尋ねた。結は居住まいを正し、真剣な眼差しで口を開く。
「これからの、大事な話なんだけどね。……この前、私と圭はこの世界とは違う場所から来た『転移者』だって言ったわよね?」
「うん。最初はさすがに疑ったけど、二人の異常なくらい凄い能力を間近で見た今は、全く疑ってないよ」
ココの言葉に、隣に座るソフィも大きくコクコクと頷いている。
二人の素直な反応に少しだけ安堵の笑みを浮かべると、結は核心を口にした。
「信じてくれてありがとう。それでね、実は私たちと一緒に、この世界へ転移してきている人があと二人いるの。私の妹の春と、雛。圭にとっても、大切な幼馴染なのよ」
「えっ、ユイの妹さんたちも……!?」
初めて聞かされた事実に、ココとソフィが目を丸くする。
結は静かに頷き、現在の状況を説明した。
転移直後から二組に分かれて飛ばされてしまったため、春と雛が今、このアステリアのどこにいるのか全く見当がつかないこと。そして、何としても二人を探し出し、合流しなければならないこと。
「圭と相談して決めたんだけど、まずは一年間、このリリアガルドに滞在しようと思うの。色々な情報が集まるこの街を拠点にするのが、一番効率が良いから」
そして、広大な世界でたった二人を探し出すための具体的な方法として、圭の考案した一つの作戦が発表された。
このアステリアには、元の現代日本のようにスマートフォンもなければ、インターネットなどの通信網も発達していない。しかし、街の至る所には冒険者や市民に向けた『掲示板』が設置されている。
その掲示板の隅に、アステリアの人間には絶対に読めない文字――『漢字』を使って伝言を残すのだ。
書き記す言葉は一つだけ。
『冒険者協会で待つ。結、圭』
圭と結は、毎日のように冒険者協会へ顔を出す。もし春や雛がこの街を訪れ、その見慣れた日本の文字を見つけることができれば、必ずギルドへやって来るはずだ。
この世界の住人にとっては意味不明な落書きにしか見えず、不審に思われることもない、転移者同士だからこそ成立する完璧な暗号だった。
「これなら、絶対気づいてくれるはずよ」
「なるほど……すごいですね、ケイさん! その作戦なら、きっと妹さんたちも見つけてくれるはずですよ!」
ココとソフィも目を輝かせて賛同してくれる。
しかし、結はそこで表情を引き締め、覚悟を込めた声で二人に告げた。
「でも、もし一年経ってもここで二人に会えなかった場合……。その時は、私と圭はこの街を出て、首都バルムンドへ行くわ」
首都に行けば、国中からさらに多くの情報が集まる。
一年という期限を設け、それまではこの街で力を蓄えながら彼女たちを待つ。それが、過酷な異世界で別れ別れになった家族と再会するために、圭と結が定めた新たな決意だった。
(絶対に生きてるわよね、春、雛。……あんたたちのことだから、案外どこかで逞しくやってそうだけど)
窓から差し込む朝の光を見つめながら、結はまだ見ぬ妹たちの無事を、心の中で強く祈るのだった。
第2章 完
第2章「リリアガルド編」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
スライムに服を溶かされたあの日から始まったリリアガルドでの生活も、ひとまずの区切りとなります。バッカスの全裸連行(!)からの極刑という、因果応報な結末にスッキリしていただけたでしょうか。
さて、物語はいよいよ第3章へ突入します。
次話からは、離れ離れになっていた幼馴染、ハルと雛の視点から物語が動き出します。
二人の規格外なギフトや、魔境でのサバイバル生活……。
圭たちとはまた違った波乱万丈な展開が待っていますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!




