第三十一話 仕様を決める者
世界障害の追跡を続けるうちに、保守室の人間たちは少しずつ同じ地点へ引き寄せられていった。
個別の障害は違う。
境界の雨。
記憶混線。
転移門の座標ずれ。
閉じ忘れた契約。
だが、それぞれの奥へ降りていくと、最終的にはひとつの問いへ行き着く。
そもそも、この世界はどういう仕様で作られているのか。
翔太がその問いを強く意識したのは、王都外縁の結界維持記録とルサの記録基準板の差異を並べていたときだった。
構造の違う二つの術式なのに、ある部分だけ同じ優先順位を持っている。
人命の保護でもない。
維持コストの最小化でもない。
運用上の簡便さに近い何かだ。
「これ、変じゃないですか」
翔太が中央机へ板の写しを広げると、ミレイアがすぐ寄ってきた。
グランツとエルドも視線を向ける。
「何が」
「結界も記録系も、異常時の分岐で“都市中枢の保持”が先に来てる。外縁や個別の人間の保持より、中心の整合を優先する設計になってる」
グランツが眉をひそめた。
「王都優先ってことか」
「王都だけじゃないと思う」
翔太は別の板を引き寄せる。
「地方都市でも“中枢施設”が最優先。井戸や街路や居住域より、役所、神殿、転移門、保管庫の順で保護が厚い」
ミレイアの目つきが変わる。
「人より制度が先に守られてる」
それは、単なる偏りではなかった。
設計思想の問題だった。
エルドが低く言う。
「古代の術式設計者は、まず秩序を維持しようとしたのかもしれぬ」
「秩序、ね」
ミレイアが吐き捨てるように笑う。
「言い換えれば、統治しやすさでしょ」
誰もすぐには否定しなかった。
翔太もまた、現実のシステム設計で似たものを見てきた。
表向きは全体最適。
実際には、管理側が運用しやすい形を優先して末端へ負荷を押し込む。
設計とは中立なものではない。
誰が困り、誰が楽をするかを最初から決めてしまうことがある。
「この世界の基盤って……」
サナが言いかけて、言葉を探す。
「最初から、公平にできてないんですか」
エルドは古板の刻線を指で撫でた。
「公平などという言葉で作られた仕組みは、古代にも今にも稀じゃろう」
「でも、ここまで露骨なのは」
翔太の言葉に、ミレイアが頷く。
「結界が崩れたとき、先に守られるのが役所と神殿と転移路なら、辺境の村は最初から切り捨て前提で設計されてる」
その瞬間、彼女の声に個人的な熱が混じった。
北方の村。
弟。
祈りを重ねて壊れた結界。
その記憶が、いま目の前の設計思想へ直結したのだと翔太にはわかった。
「つまり世界障害は、もともとの偏りを壊れた形で露出させてるだけかもしれない」
翔太は自分でも嫌になるほど冷静な声で言った。
「本来からして、中枢優先・外縁切り捨て寄りの仕様だった。そこへ戦時改修や継ぎ足しが重なって、今はその差がもっと露骨に出てる」
グランツが机を指先で叩く。
「壊れて初めて“最初からそう作られてた”のが見えるわけか。最悪だな」
「最悪です」
ミレイアが即答する。
「しかも、神殿上はたぶん知ってる」
その一言に、保守室の空気が少しだけ変わった。
知っていて、黙っている。
それは怠慢とは別の種類の罪だった。
午後、翔太は監視盤の前で王都と地方都市の結界優先度を比べた。
盤面の深層表示へ入ると、薄く色のついた線がそれぞれ異なる太さで走っている。
通常時は見えない。
だが負荷を想定したときの保護優先順位が、そこで可視化される。
王都中枢、転移路、保管庫、神殿。
地方居住域。
外縁農地。
辺境補助式。
線の太さはほとんど政治地図だった。
「コードに似てる」
思わず呟くと、後ろにいたミレイアが聞き返した。
「何が」
「書いた人の思想が、平常時より例外処理に出るんです」
彼女は少しだけ考え、それから言った。
「世界も同じね。平穏なときは中立に見える。でも壊れたとき、誰を先に助けるよう作られてるかで本性が出る」
その言葉に、翔太はしばらく返事ができなかった。
まさにそうだった。
壊れたときにこそ、設計者の倫理が露わになる。
その夜、翔太は内部版の報告書へ新しい節を追加した。
仮説:世界基盤は中立ではない。
異常時の保護優先順位に、中枢偏重と外縁切り捨て傾向が確認される。
現行障害は“平等な世界の崩壊”ではなく、“もともとの偏りの露呈”である可能性。
書きながら、手が少しだけ重かった。
障害を直す話ではない。
世界そのものの設計思想に踏み込む話だ。
そこまで言葉にしてしまえば、もう単なる運用保守では済まない。
だが見えてしまった以上、書かずにもいられなかった。




