↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コードの向こう側 改  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/44

第二十七話 木村に似た男

閉じ忘れた契約板の解析は、古記録の別の扉を開いた。


契約の終端欠落が戦時改修に由来するなら、その改修を誰がどう設計したのか、どこかに痕跡があるはずだ。

エルドは古板の束を年代ごとに並べ替え、ミレイアは西方旧門周辺の改修履歴を洗い、翔太は“記述の癖”に注目して読み進めていった。


癖。

それは変数名の付け方に似ている。

同じ処理でも、人によって説明の置き方が違う。

どこを省くか、どこだけ妙に細かいか。

未来の他人へ向けた文章には、どうしても書き手の輪郭が残る。


資料室の奥で、翔太はその日も古板の写しを追っていた。

戦時転移改修、外縁結界応急接続、受け側契約補正。

似たような断片が続くなか、一枚だけ、妙に読みやすい記述があった。


古代語に近い形式。

だが注釈の入れ方が、どこか実務的すぎる。

格調よりも、後で読む誰かが困らないことを優先している書き方。

その感じに、翔太は指を止めた。


「どうした」


エルドが聞く。


「この板……変です」


「悪い意味でか、良い意味でか」


「わからないです。でも、急に“読ませる気”がある」


エルドが横へ来る。

翔太は板の注釈欄を指した。

そこには本記述とは少し違う細い線で、補足らしきものが刻まれていた。


ここは省略せず残すこと。

後代の保守者が誤る。


翔太の心臓が強く打つ。

その言い方。

断言の仕方。

木村のレビューコメントに似ていた。


「……未来の他人、だ」


思わず口にしていた。


「何だって?」


グランツが遠くから聞き返す。

翔太は答えず、さらに注釈を追った。


受け側が正常に見えても、確認が取れていない場合は成功扱いにするな。

成功は壊れ方を遅らせるだけだ。


その瞬間、資料室の空気が遠くなる。

耳鳴りに近い感覚。

これはただの内容の一致ではない。

言い回しの癖が似ている。

木村が言いそうなこと。

いや、木村が実際に言っていたことに近すぎる。


「エルド、この注釈、誰のものですか」


エルドが刻線を覗き込み、目を細める。


「署名がある。……古い省略記号で読みにくいが、“タ・カ・セ”に近い」


翔太は一瞬、呼吸を忘れた。


「高瀬……?」


エルドが首を傾げる。


「この時代にそう読むかは断定できん。じゃが記号上は近い」


高瀬。

木村が前の世界で口にした、消えた人の名。

同じ綴りである保証はない。

ただの偶然かもしれない。

それでも、翔太の背中には冷たいものが走っていた。


「他にもあります」


彼は別の板を引き寄せた。

そこにも同じような注釈がある。


括弧を閉じる前に、呼び出し元を疑え。

見えている側だけを直すな。


括弧。

翔太は息を呑む。

木村の言葉。

高瀬が残したコメント。

転移前のオフィスで見た、あの文。


括弧が閉じれば、門は開く。


「どうした、顔色が悪いぞ」


グランツが近づいてくる。

翔太は板から目を離せなかった。


「前の世界で、似た言葉を知ってます」


「この書き手のか?」


「わからない。でも、あまりに似てる」


エルドはしばらく黙っていたが、やがて言った。


「異なる世界を渡った者が、同じ癖を残すことはあるかもしれん」


「そんなことが……」


サナが青ざめた顔で呟く。


「ないとは言えぬ」


エルドは冷静だった。


「召喚機構が保守要員を外部から呼ぶなら、以前にも似た者が来た可能性はある。あるいは、おぬしの世界とこちらのあいだで記述の影響が相互に滲んだか」


翔太は板を持つ手に力が入りすぎていることに気づき、少しだけ緩めた。

高瀬がこちらへ来ていたのか。

あるいは、この世界の誰かの記述が向こうへ滲み、木村や高瀬に届いていたのか。

どちらにせよ、会社の古い共通部品とこの世界の古代契約板が、単なる偶然以上のもので繋がり始めていた。


「木村さんは何を知ってたんだ……」


その呟きに、ミレイアが顔を上げる。


「その先輩?」


「はい。たぶん、全部じゃない。でも、何かを見てた」


ミレイアは少し考えてから言った。


「なら、その人は“知らないことを知っていた”のかもしれない」


奇妙な言い方だった。

だが意味はわかる。

全体像を掴めてはいない。

それでも、目の前の現象が通常ではないことだけは確信していた。

木村はずっと、そういう場所に立っていたのかもしれない。


その日の夕方、翔太は古板の注釈を写し取り、自分なりの対応語を横へ書き込んでいた。

保守者。

受け側確認。

成功扱いにするな。

括弧を閉じる前に呼び出し元を疑え。

どれも木村の教えに重なる。

未来の他人へ向けた文章。

それが世界をまたいで自分へ届いているような気がした。


「これ、残したほうがいいですね」


サナが写しを覗き込んで言う。


「他の板よりずっと読みやすい」


「読みやすいのが怖いんだよ」


グランツがぼそりと言う。


「後に読むやつが困るって知ってる書き方だ。現場の人間しかこんな注釈は残さん」


翔太はその言葉にうなずいた。

高い理論や神話の文ではない。

疲れた誰かが、後で困る他人を少しでも減らそうとして残した文章だ。

だからこそ、木村に似ている。


夜、ひとりで机に向かいながら、翔太は木村の顔を思い出そうとした。

輪郭。眼鏡のフレーム。

コーヒーを持つ指。

「壊れても、直すのをやめない人」という声。

前より少しだけ、思い出すのに時間がかかった。

その事実が胸を冷やす。


直すほど、自分が薄くなるかもしれない。

その条件は、もう気休めではない。

記憶の端がすでにわずかに摩耗し始めている。


それでも、今日見つけた注釈は、妙な救いでもあった。

もし高瀬に似た誰かがこの世界にいたのなら。

もし木村がその痕跡を向こう側で拾っていたのなら。

世界のあいだには、断絶だけではなく、引き継ぎの細い線もあるのかもしれない。


翔太はノートの端に書いた。


木村に似た記述を発見。

高瀬=こちら側の保守者、または向こう側へ影響した書き手の可能性。

未来の他人は、世界をまたいでいるかもしれない。


書き終えたあと、彼はしばらくペンを置いたまま動かなかった。

木村の「戻れ」という口の形が、また思い出される。

あれは警告だった。

けれど同時に、引き継ぎでもあったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。