58.待つ者たち
洞窟の外側では、一同は流の帰還を、ジリジリとした面持ちで待っていた。
流がしめ縄を潜って入って行って以来、誰が何を話すでもなく…そうしてどれぐらいの時間が経っただろう。
「遅いね…」
とうとう京一は、焦れた感じで一言ポツリと呟いた。
「しょうがねえさ。場所が場所だもんな。
そんな簡単に、行って戻って…なんていう訳には行かないさ。」
三太は京一へ、励ますように言った。
「うん…。」
京一は、そう言ったっきり、他に何もしゃべる気にはなれなかった。
「二人とも…今回息子が世話をかけて申し訳ない。事情は京一君のお父さんから聞いたよ。」
そう言った省吾の父親は、沈痛な表情を見せていた。
「おじさん、気にしないで。」
京一はそれだけを言うと、洞窟の入口に顔を向け、じっと見つめた。
省吾の父親は、もっと何か言いたげだったが、何も言えなかった。
『お父さん…』
心配で、視線は洞窟から離れない。
自分は無力だ。
力になれない。
そう思うと、焦れたような気持ちに囚われて、叫び出したいような気分に駆られる。
今は誰にも話しかけてほしくなかった。
やがて京一の目には、洞窟の入り口から黒い霧のようなものが溢れてくるのが見えた。
「あれは…」
「どうした?」
京一が驚いたように呟くと、三太が訊いてきた。
「あの霧のようなものはなんだろう。」
「え?!」
三太は洞窟の入り口を凝視した。
しかしいくら目を凝らしても、三太には黒い霧など見えなかった。
「ほら、よく見てよ。入り口から黒い煙か霧のようなものが溢れてきてるのが見えない?」
京一は、焦れたように三太に叫んだ。
「すまねえ…俺には見えないよ。
お前の父さんが入ってった時と変わらないように見えるよ。」
「そんな…馬鹿な…」
京一は焦りの色を浮かべながら、洞窟の入り口を見つめた。
見てる間に、その「黒いもの」は、霧みたいにサラサラした様子ではなく、何かねっとりとした粘度の高い液体のように見えてきた。
その「黒いもの」が、溢れるように外に滲み出してきたのだ。
そして気のせいか、それ自体に意思があるかのように蠢いているように見えた。
「ねえ…みんな見えないの?あの黒いものが。」
京一は洞窟の入り口を指さして言った。
三太は困った顔をして京一を見る。
「おじさん、源さん、何か見える?京一がああ言ってるけど。」
二人に訊くが、首を振るばかりだ。
「何で見えないんだよ!あんなに溢れてるのに。」
京一が叫んでも、三人は歯切れが悪い。
流は、手に余るようなら呼びに来ると言っていた。
人を呼ぶにもまだ早い気がする。
助けに入ろうか、それとも流の指示に従うか、皆ギリギリの所で板挟みになっていた。
なぜ見えない?
このまま待ってちゃダメな気がする。
何の確証もないが、中から胃液がこみ上げてきて、何だか吐き気がしてきた。
「もう、これ以上は待てないよ。」
京一はそう呟き、洞穴へ入って行こうとした。
「待てよ。
お前、いったいどうするつもりだ?」
三太は京一の腕を掴んだ。
「痛いよ。離してよ。」
「離したらどうする?
ちゃんと大人しくしてるんだろうな?」
二人は睨み合った。
「坊主。今は下手に動かんほうがええ。」
源さんまでこう言ってくる始末だ。
周囲にいるのはよく知ってる人たちばかりなのに、京一は何だか孤立したような気分になった。
「心配しなくても大丈夫だよ。大人しくしてる。」
京一は、洞窟から目を離さずにそう言った。
そんなやり取りをしてる時に、京一はズボンのポケットに違和感を感じて、手を突っ込んだ。
家を出ていくときには、普段から入れっぱなしになっている、汗ふき用のハンカチとティッシュくらいしか入ってなかったはずだ。それなのに、中には何か硬い感触のものが入っていた。慌ててそれを、ポケットから出してみる。
それは懐中時計とは似て非なるものだった。
そして、それには短い鎖が付いていた。
しかし、その鎖にもいちいち彫刻が施されていた。
彫刻されてるのは何かの植物の草のようにも花のようにも見えた。
本体は全体的につや消しされた銀で出来ており、文字盤に相当する部分は水晶がはめ込まれたように薄く歪曲に盛り上がっていた。
その部分を見ていると、あまりの透明感に、水底を見ているような感覚に陥ってしまいそうになる。
そのはめ込まれた水晶のような部分の周りを、ラッパを吹く天使が取り囲んでいるような彫刻が施されていて、これはかなり精緻な彫刻に見えた。
それは普段、流が肌身離さずに持っているものだった。
京一は、何度も父から見せてもらって、見覚えがあった。
父親に、何に使うものか尋ねた事がある。
単なるお守りだよとしか言ってなかった。
それは、見れば見るほど単なるお守りには見えなかった。
『お父さんにこれを届けなくちゃ!』
なぜだか急にそんな気持ちに支配され、アイテムを両手で包み込むように、ギュッと握りしめた。
その時、京一の気持ちに応えるように、ごく微かに振動したような気がした。
しかし、そんなことを細かく気にしてる余裕は、今の京一には無かった。
とにかく届ける為には、三太達の隙を見て、洞窟の中へ駆け込まなければ。
自分の思惑を悟られないように、さり気ない様子で洞窟を注視してるフリをする。
京一は一番前のほうに陣取っていたが、後ろに下がろうとした。
「どこに行く?」
「トイレだよ。」
三太に見咎められた京一は、そう言い訳した。
「早く戻れよ。」
その言葉を背中に受けながら、トイレに行くフリをして、洞窟に入る別ルートを探そうとする。
しかし、残念ながら洞窟へ入るルートは一本しかない。入るためには三太たちの制止を振り切って、強行突破するしかないのだ。
「どうしよう。」
皆から少し離れた所で、京一はアイテムをじっと見つめた。
「このままじゃお父さん帰ってこないかもしれないよ。」
知らず知らずのうちに、一滴、二滴と、涙がアイテムのレンズのような部分に落ちた。
その時。
京一の涙に応えるかの様に、アイテムが光り始めた。




