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57.襲いくるもの

 流は、しめ縄の下を潜って、洞窟の中へ入っていった。

 洞窟の奥からは、ヒンヤリした空気が流れてくる。

 用意しておいた懐中電灯を手に持って、一歩一歩進んでいく。

 懐中電灯の先は、暗闇で景色もおぼつかない。

 後を振り返ってみる。

 入ってきた入口は、もはや単なる丸い光だ。

 何が起きようと不思議ではない。

 しかし、村の神事を預かる身としては、村の人間がこの中に入ってる可能性がある以上放置しておくわけにもいかない。

 ましてや、中に居るのは息子の友達かもしれないのだ。

 普段なら拡散する光も、何だか頼りない。

 息苦しく感じるのは気のせいだろうか。

 奥から何か音が聞こえてくる。

 気のせいか、人の声のようにも聞こえる。

 確証はない。

「おーい!省吾くん。そこに居るのかー!?」

 思い切って呼びかけてみるが、返事は何もない。

 しばらく黙って様子を伺うが、聞こえるのは自身の耳鳴りばかり。

 なんの反応も無いので、また歩を進める。

 歩き出すと、また何やら音がする。

 止まって耳を澄ませると音が止む。

 まるでこちらの様子を伺っているようだ。

 気にせず進む。

 進むごとに空気が重くなってくる。

 まるでゼリーを吸い込んでるような感覚だ。

 また音が聞こえる。

 立ち止まったところで、どうせまた音は止む。

 気にしてもしようがない。

 そうしてるうちに、音がだんだんハッキリと聞こえてきた。

 もう間違いようがない。

 クスクスという笑い声だ。

 流は立ち止まって目を瞑る。

 意識を光で満たすようにイメージする。

 脳裏に浮かべるのは太陽だ。

 眩しく、暖かく、終いには何もかもを焼き尽くす光。

 その光で不浄な何もかもを、なぎ倒して焼き尽くすようにイメージするのだ。

 救済だなどと甘いことを考えていたら、返り討ちに遭いかねない。

 自分をチューニング出来たのを自覚したら、再び歩き出す。

 声はクスクスという含み笑いから、ハッキリとした笑い声に変わっていった。

『アッハッハッハ』

『アーッハッハッハ』

『ヒーッヒッヒッヒ!』

 急に笑い声が聞こえてきたので、流は反射的にビクッとした。

 右から左から、複数の声が聞こえてくる。

 意識してないのに、手にジットリと汗が滲む。

 滲んだ汗をズボンでこすり、更に歩く。

「省吾くーん!居るのかー!?」

 流は改めて呼びかけてみる。

 しかし返事はない。

『一番奥まで行かなきゃだめか…』

 流は唇を噛んだ。

 最深部は、流にとっても未知の世界だ。

 空気が重くなった分、照らす光の範囲も狭くなった気がする。

 声もいつの間にか止んでいた。

 空気の流れも止まった。

 静謐な時間だけが流れていった。

 灯りを壁に照らしてみる。

 固い岩壁に、爪で引っ掻いたような跡が無数にあった。

 その爪痕は上の方にまで続いていた。

 それを見て、流は息を呑んだ。

『飲まれるな。つけ込まれるぞ。』

 流は自分に言い聞かせた。

 ここで何が蠢いていたのか…それを考えると、早く出たほうがいいと流は思った。

 とにかく一番奥まで行ってみるしかない。

 手に持った灯りを照らしてみると、途中から90度近くの角度で曲がるようになっていた。

 曲がった先に、何が待ち受けているか分からないが、とにかく行ってみるしかない。

 自分にここの管理を託した父は、この先まで行ってみたことはあるのだろうか。

 生きてる間に聞いておけばよかったな。

 流はフッとそんな事を思った。

 曲がった先を灯りで照らす。

 そこに何やら、地面に横たわってる小柄な影が見えた。

 省吾だろうか。

 急いで近づく。

 灯りが弱くて判別しづらいが、半袖シャツに半ズボン。

 どうやら省吾に間違いなさそうだ。

「省吾くん!省吾くん!!」

 身体を揺すって起こそうと試みるが、早い速度で浅い呼吸をしている省吾は気付く様子がない。

 抱き上げて連れて行こうとしたその時。

 ガリガリと岩肌を引っ掻くような音があちこちから聞こえ始めた。

「何をする。その子を置いていけ!」

「生贄を置いていけ!」

「獲物を置いていけ!」

「何しに来た!出ていけ!」

 怒りを滲ませたそんな声が、四方八方から聞こえた。

 その声には鉛のような圧を感じた。

 そんな声に従うわけにはいかない。

 流は気を失っている省吾を抱き上げ、この場から去ろうとした。

「行かせはせぬ!」

 しゃがれ声の怒号が洞窟一杯に響き、地面の中から手首が出てきて、流の足をガッチリと掴んだ。

「数百年ぶりに、やっとおびき寄せた獲物なのだ。逃しはせんぞ!」

 流は無言で足を上下させたり前後させたりして振りほどこうとした。

 しかし、足首を掴んでる手首は、どうやっても振り解けなかった。

 両手を使えば何とかなったかもしれないが、それも無理な話だ。

 両手は省吾を抱き上げてるので使えない。

 地面に置いたりしたら、何が起こるか分からない。地面に出てきた手が二本だけとは限らないのだ。

 流は祝詞を読んだ。

 祓詞(はらえことば)だ。

「かけまくも(かしこ)き加賀美の大神の大御前(おおみまえ)にて 祓へ給ひ 清め給へ 守り給ひ (さきは)へ給へ。」

 何度も唱えた。

 しかし何も変化は起こらなかった。

 足を掴んでる手の力も、いささかも変わらなかった。

「効かんなぁ。そんなものをいくら唱えたところで無駄だ。

 その子を置いていけ。そうしたらお前だけは助けてやる。

 この子もいずれここから出ていくさ。我々の中の誰がこの子になり代わるか決まったらな。」

 流はこの言葉を聞いて、胃酸が逆流するのを禁じ得なかった。

 こいつらは省吾の身体を自分達の器にしようとしているのだ。

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