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第十七話 奸計

前回


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の最高幹部『八卦衆』の一人、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)は同じ八卦衆の土生(はぶ)十司暁(としあき)岬守(さきもり)(わたる)達の確保に失敗したと聞かされ、憤慨しながらも彼に次の指示を出した。

 狼ノ牙(おおかみのきば)の追手から逃れるため、神為(しんい)を失い一日置かなければならない(わたる)達一行は一先ず身を隠すことにしていた。

 そんな中で(わたる)皇國(こうこく)第二皇女、龍乃神(たつのかみ)深花(みか)と出会い、彼女から脱出のための極めて実現性の高い道筋を提案される。

 一方、(わたる)達を逃がすために尽力した水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)は同じく狼ノ牙(おおかみのきば)に潜入していた日本政府のスパイ、仁志旗(にしき)(れん)からずっと探し求めていた姉の生存と、自身の裏切りの露見を告げられる。

 七月三日の朝、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の重要施設、雲野(くもの)研究所の所長室はその自動扉から土生(はぶ)十司暁(としあき)を招き入れた。

 彼は憤慨しながら室内に足を踏み入れ、目の前の椅子に座ってコーヒーを飲む男に怒鳴り上げる、


梶ヶ谷(かじがや)ぁッ! てめえ一晩(おれ)に野宿させるとはどういう了見だ‼」

「我が研究所は労働時間遵守(じゅんしゅ)が原則なのでね。早番6時~15時、中番9時~18時、遅番12時~21時、各1時間休憩込み。その時間を過ぎてしまうと誰も応対できないから翌日までお待ち頂くしかないよ。(きみ)が昨日ここに辿り着いたのは22時過ぎだろう?」


 土生(はぶ)の怒りもどこ吹く風とコーヒーを楽しむ白衣の男、梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)はここ、雲野(くもの)研究所の所長である。

 澄ました彼の態度に、土生(はぶ)はさらに苛立ちを募らせる。


「この研究所は24時間稼働してるんじゃなかったのか?」

「ああ、宿直の事? 確かに通常の時間区分とは別に21時~1時半と1時半~6時の前後半に分かれている夜番が配置されているけど、彼らは前後半共に例のアレに付きっ切りなんだから当然他のことに構ってなんかいられない。」

「ふざけやがってぇぇッ!」


 土生(はぶ)梶ヶ谷(かじがや)の胸倉を両手で掴み上げる。


「ぼ、暴力は止しなさいよ(きみ)ぃ!」

五月蠅(うるせ)え! 革命は暴力じゃ!」


 激しい怒りが土生(はぶ)の額、手に青筋を浮き立たせた、正にその時だった。


――術式神為(しんい)熱淵絡激倒(ネツエンラゲット)――


『熱源を感知しました。』

「ぐあっ!」


 突如、土生(はぶ)の両腕がズタズタに傷つき激しく出血した。

 堪らず梶ヶ谷(かじがや)から手を離した彼はだらりと両腕を垂らし恨めしそうに相手を睨む。


「あーあ、(きみ)はすぐ頭に血が上るんだから……。(ぼく)の術式は知ってるだろう?」

「くそったれめぇ……。」


 通常、守護神為(しんい)はあらゆる傷を急速に修復してしまう。

 だが、神為(しんい)による傷だけは修復に時間が掛かってしまうのだ。


 しかしそれも、守護神為(しんい)が無い自然治癒に比べれば、格段に速い。


「その様子じゃ(きみ)はしばらく戦闘出来ないね。同志屋渡(やわたり)から押し付けられた野暮用は明日にしようか?」

「馬鹿野郎、それじゃ逃げられちまう。」

「問題無いよ。彼らがこの国を脱出するためにはまず町に出なければならない。その為の標は川しかなく、彼らは十中八九これを下っていくだろう。彼らが落下した地点は確認したんだろう?」

「ああ、間違いない。ここから6(キロ)ほど川上の方だ。」


 梶ヶ谷(かじがや)土生(はぶ)の言葉を聞き、企みを多分に含んだ笑みで口元を歪ませる。


「なら、闇雲に探し回るより近くの川岸を張って待ち伏せる方が良い。それについては、昨日同志屋渡(やわたり)から連絡を貰った時点で動いているよ。」

「なるほど、流石(さすが)伊達(だて)に頭脳派気取っちゃいないか……。」


 不本意ながらも納得させられた土生(はぶ)だったが、その背後から研究所の職員と思しき女が慌てて梶ヶ谷(かじがや)の席に駆け寄って来た。


「所長、大変です! 『彼ら』が……。『彼ら』が目を覚ましました!」

「何?」


 梶ヶ谷(かじがや)は特段焦るでもなく冷静に脇に置いてあるディスプレイをリモコンで表示させた。

 そこには人間大のカプセルが二つ置かれており、周囲にいる何名かの研究者が対応に困っている様子が映し出されていた。


「何だ、半覚醒になっただけじゃないか。まだこの程度自分たちで対処できないのか……。さっさと鎮静剤を投与しろ。完全に目を覚ます前にな。」

「了解しました!」


 女は梶ヶ谷(かじがや)の指示を受け、急いで部屋を後にした。


「全く……。」

「何だ、梶ヶ谷(かじがや)。お(まえ)が預かってる重要案件も結構な綱渡りじゃないか。こっちまでパアになったら、首領(しゅりょう)の雷は屋渡(やわたり)に落ちたのと比較にならないんじゃないか?」


 土生(はぶ)は所内の動揺を鼻で笑う。

 これに対し、極めて心外といった様子で梶ヶ谷(かじがや)は椅子にふんぞり返った。


(ぼく)屋渡(やわたり)の間抜けと一緒にしないで貰えるかな? (きみ)為動機神体(いどうきしんたい)の操縦という取り柄があるが、彼は正に暴力しか能のない単細胞じゃないか。」


 と、ここで土生(はぶ)の顔に露骨な不快感が(にじ)んだので、梶ヶ谷(かじがや)は彼を嘲り笑う。


「ああ、そう言えば(きみ)はその為動機神体(いどうきしんたい)で大ポカをやらかしたんだっけ? 何だ、八卦衆(はっけしゅう)も堕ちたものだね。」

梶ヶ谷(かじがや)、やっぱりこの場でぶち殺してやろうか?」


 額に青筋を浮き立たせ顔を引きつらせる土生(はぶ)

 そんな彼の胸中を完全に無視して、梶ヶ谷(かじがや)は話題を切り替える。


「まあいいさ。(ぼく)の研究もすべては革命の為だからね。その革命の危機に一肌脱ぐことは(やぶさ)かじゃない。おそらく動くのは明日になるから、急遽(きゅうきょ)有休奨励ということにして最低限の職員で稼働させよう。そうすれば、まあ心置きなく我が研究所に(おび)き寄せられるだろう。」


 そう言って彼は、ディスプレイの向こうで職員たちが平静を取り戻したことを確認した。


「さっきからさも確定したかのように言っているが、何故明日になると?」

「標的、今日は東瀛丸(とうえいがん)の効果が切れているんだろう? じゃあ動くのは明日じゃないか。」

「なるほどね。どうやって(おび)き寄せる?」


 立て続けにぶつけられる質問に、梶ヶ谷(かじがや)は少々うんざりしたように頭を振った。


「ちゃんと考えてあるから安心しなよ。それに(きみ)にも活躍の場を用意してある。ここはひとまず、(ぼく)の言うとおりにしてみるといい。」


 土生(はぶ)は不服そうに舌打ちした。


 と、そこに再び先程の女性職員が入室して来た。


「所長、先程の『彼ら』の半覚醒の件で、少々気になる観測数値(データ)が……。」

「何だね全く。まあ判断が付きかねるなら仕方がない、見よう。」


 そう言って彼は職員と共に土生(はぶ)を一人残して所長室を出て行った。


「ケッ……。屋渡(やわたり)の野郎、(おれ)をあんないけ好かねえ野郎と組ませて、しくじった大元のてめえは何もしねえで全部人任せかよ……。」


 結局この件で彼が一番気に食わないのは屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)だった。




⦿⦿⦿




 翌日、七月四日の朝。

 この日、岬守(さきもり)(わたる)達一行は折野(おりの)(りょう)を除き一錠ずつ東瀛丸(とうえいがん)を服用し、再び神為(しんい)を身に付けた。

 これで五人は四週の間驚異的な頑丈さと回復力、怪力、そして一部は特殊な異能をその身に宿したことになる。

 これが切れてしまうともう折野(おりの)の分一錠を除き東瀛丸(とうえいがん)は無いので、何としてもこの28日間で日本へ帰還したいところだ。


 幸い、昨日(わたる)皇國(こうこく)第二皇女・龍乃神(たつのかみ)深花(みか)とのやり取りの中で帰国の実現性を極めて高くしたので、後はそこに向かって歩を進めれば出発して一日で辿り着ける。

 したがって、タイムリミットの心配をする必要はほぼ無いといって良い。


 ただ、残された懸念は共に行動する殺人鬼・折野(おりの)(りょう)である。


 この男は帰国すると再び拘束され、今度こそ死刑が言い渡されるだろう。

 ならばこのまま大人しく共に日本へ帰るとは思えず、間違いなく逃げようとする。


 折野(おりの)が大人しくしている理由は神為(しんい)の無い状態では他の者に到底敵わないからに過ぎない。


 (わたる)龍乃神(たつのかみ)折野(おりの)の排除を申し出られたが、彼はそれを道義に反するとして断ってしまった。

 そのため、彼らはこの導火線に火が付いた爆弾を抱え込むことを余儀なくされてしまっていた。


 彼は驚異的な生命力でどうにか傷を癒し、体力をある程度は回復させた。

 特に、深夜からの回復力は目を見張るもので、まるで守護神為(しんい)を発動させているかのようですらあった。


 (わたる)は当初より脱走に彼を巻き込むことにしていたが、浅はかにも今に至るまで事の厄介さを然程(さほど)重要視していなかった。

 ただ、運が良いことに久住(くずみ)双葉(ふたば)の術式が木の蔓や根を任意の場所から生やし操るものとして覚醒したで、人間を軽く拘束するには都合が良かっただけだ。


 彼を拘束する双葉(ふたば)を見て、(わたる)は昔日の記憶、彼女との出会いを思い出す。


 恐らく嫌がらせの意図で黒板に張り出された彼女の自作漫画を回収し、持ち主に帰す際に取った行動も、思えば運よく成功しただけで穴だらけの浅慮だった。


 あの頃から考えているつもりで考えが足りないのは成長してないんだな……。――(わたる)は少し自分で自分が情けなくなった。


折野(おりの)、辛かったら休むぞ。何も今日一日で辿り着く必要は無いんだ。」


 半ば連行するように折野(おりの)の傍らに付きそう(わたる)は彼を労り声掛けた。

 これに対し、折野(おりの)はわざとらしく強がりを隠し切れないといった声で笑う。


「気を遣うくらいなら置いて行ってくれれば有難いんだがな……。」

「それはできない。必ずお(まえ)も日本に帰国させる。」


 (わたる)は静かに、しかし強い口調で折野(おりの)だけでなく自分含む全員に言い聴かせた。

 彼は昨日、龍乃神(たつのかみ)深花(みか)とのやり取りの中で今まで曖昧だった彼への対処をはっきりと意識付けていた。

 それを、この場を借りて全員で共有したいと思っていた。


「だったら心配いらねえよ。敵が追ってきてるかもしれねえんだ。急ぐに越したことはねえ。」


 折野(おりの)の答えに、(わたる)は不可解な疑念をわずかに抱いたがそれはさて置いて彼の言葉通り先に進むことにした。


 折野(おりの)の思惑は別にある。


 チャンスは必ずある。――彼は川を睨む。


 彼は今双葉(ふたば)の術式で後ろ手に拘束されているが、この状態では一つ不便なことがある。


 今は七月初旬の夏日、そして彼は神為(しんい)無しの生身、ということになっている。

 つまり、彼にはどうしても水分補給が必要なのだ。

 水筒などがあれば誰かが川の水を飲ませることは容易いだろうが、手で(すく)って飲ませるとなるとそう上手く行くとは思えない。

 そこでごねて拘束を解かせる、というのが彼の計画だ。


 他の五人は知らないことだが、折野(おりの)(りょう)は密かに東瀛丸(とうえいがん)を飲んでいた。

 昨日の夜、うっかりうとうとしてしまった虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)から自分の分の東瀛丸(とうえいがん)をくすねていたのだ。


 通常なら、神為(しんい)を使えるものは神為(しんい)を感知できるので、すぐにこのことは露見する。

 だが彼は、屋渡(やわたり)に課された訓練の中で密かにこれを感知できないほど微小に抑えることを会得していた。

 これは、皇國(こうこく)でもごく僅かな人間しか成し得ない高等技能である。

 (ひとえ)に、折野(おりの)(りょう)という人物の才能の賜物である。


 東瀛丸(とうえいがん)は昨日の内に飲んでしまったから、効果は半日も持たない。

 したがって、彼は昼までに行動を起こさなければならない。


「おい、岬守(さきもり)。」


 折野(おりの)は仕掛ける。


「どうした?」

「喉乾いちまった。この暑さじゃ神為(しんい)も無し、水も無しで延々歩くのは無理だ。どっちかを飲ませてくれ。」


 当然、東瀛丸(とうえいがん)という選択肢は無いので、六人は川岸へと降りて行った。

 このまま折野(おりの)の企み通りに彼をまんまと逃がしてしまうのだろうか。


 しかし、そこにあらぬ方向からケチが付いた。


「きゃあっ!」


 突如、川の中から高さ2.5m程の人型ロボットが現れ、久住(くずみ)双葉(ふたば)を脇に抱え込んだのだ。


『ハーッハッハッハ! 脱走者共、女は預かるぞ! この無人遠隔操作型弐級(にきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)・コワニールでなあっ!』


 その言葉を残し、この小さな為動機神体(いどうきしんたい)は猛スピードで川を渡って行った。


岬守(さきもり)君! 助けてぇッ!」


 双葉(ふたば)の悲鳴を受け、即座に(わたる)は行動に移る。


虎駕(こが)、残って折野(おりの)を頼む! 虻球磨(あぶくま)、一緒に来てくれ!」


 幸いこの場は川幅が狭く、水位も足が付くほど浅いので(わたる)新兒(しんじ)の二人は走って渡ることが出来た。


岬守(さきもり)虻球磨(あぶくま)折野(おりの)(おれ)三日月(みかづき)が絶対に逃がさん! 久住(くずみ)を頼む!」


 神為(しんい)によって発揮された驚異的な力で二人は向こう岸までそれほど時間を掛けずに済んだ。

 (わたる)虎駕(こが)憲進(けんしん)の言葉に無言で手を振った。


岬守(さきもり)、奴はこのまままっすぐ行った先にある建物に入って行った!」


 新兒(しんじ)(わたる)と並んで走りながら告げた。


「よく見えたな。」

「ああ。元々目の良さには自信があったが、神為(しんい)でかなり強化されたみたいだ!」


 二人は双葉(ふたば)(さら)った弐級(にきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)『コワニール』が逃げた先の建物、雲野(くもの)研究所の前で立ち止まった。


「あいつ、(ぼく)たちの事脱走者だって言ってたな。」

「ああ。」

「それに、(ぼく)はあいつの声に聞き覚えがある。」

(おれ)も。狼ノ牙(おおかみのきば)八卦衆(はっけしゅう)とかいう連中の中で一番莫迦(ばか)(でか)い奴だ。」


 そう、これは間違いなく狼ノ牙(おおかみのきば)から掛かった追手の仕業であり、建物に(おび)き寄せるために双葉(ふたば)を攫ったのだ。

 当然、中には罠が仕掛けられていると思われる。


「行くしかねえよな、岬守(さきもり)!」

「勿論だ。だが深入りしちゃ駄目だ。久住(くずみ)さんをいち早く見つけ、さっさと引き上げるぞ。」

「わかった。じゃあ二手に分かれるか!」


 二人は狼ノ牙(おおかみのきば)の研究施設、、雲野(くもの)研究所へと足を踏み入れた。



⦿⦿



「畜生! あの連中め余計なことしやがって!」


 折野(おりの)は川の水を蹴り上げ、水飛沫(しぶき)を上げる。

 双葉(ふたば)に術式を解かせるつもりが、その双葉(ふたば)を攫われてしまった。

 これでは算段が台無しである。


「やっぱり何か企んでやがったのか……。」


 虎駕(こが)は溜息を吐いた。

 そして、気が付いた。


 折野(おりの)は怒り心頭の余り神為(しんい)をコントロールすることを等閑(なおざり)にしていたのだ。


「あっ! 折野(おりの)(まえ)、いつの間に東瀛丸(とうえいがん)飲みやがった!」

「しまった!」


 驚いて振り向いた折野(おりの)虎駕(こが)と向き合う。


 彼に並び立つ三日月(みかづき)由奈(ゆな)も含め、三人に緊張が走る。


「今朝からは飲んでいない筈だな。てことは昨日か?」


 虎駕(こが)が問いかける。


「ああ、そうだよ。虻球磨(あぶくま)の間抜けからくすねてやったのさ。だが、バレちまったらしょうがねえ。丁度久住(くずみ)の救出に人員を裂かれて人も少ねえし、この機に賭けるしかねえな!」


 凄む折野(おりの)だったが、実際彼は窮地に陥っていた。

 両腕は塞がったままな上、(わたる)は現状折野(おりの)を除き最強の虎駕(こが)を残していた。

 折野(おりの)の悪足掻きに目は無いと言える。


 但し、それは何のイレギュラーも無ければの話だ。


「やっぱり操縦士の野郎は追いかけて行っちまったか……。だから嫌だったんだ……。」


 虎駕(こが)三日月(みかづき)の背後から、土生(はぶ)十司暁(としあき)がその巨体を揺さぶりながら現れた。



⦿⦿



 新兒(しんじ)と別れて雲野(くもの)研究所に侵入した(わたる)は、二つある建屋の内北側の棟を選んで周囲に注意しながら廊下を進んでいた。


 この研究所は南北二つの建屋共に三階建てで、それほど大きな施設ではない。

 ゆえに二手で虱潰しに当たればそれほど捜索に時間はかからない。

 特にこの日、研究所の主である梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)が急遽有休奨励を出して職員のほとんどを休みにしてしまった為、ほとんど誰とも出会わない状態で(わたる)は存分に建屋を歩き回ることが出来ている。

 おそらくは新兒(しんじ)も同じだろう。

 研究所内で戦闘になった際に、職員を巻き込んで人材を失いたくないという梶ヶ谷(かじがや)の思惑だった。


 くそっ、一階から三階まで全部探したと思うが、居ないな……。――(わたる)双葉(ふたば)の身を案じ、焦り苛立つ。


 再び三階を全部屋チェックし、二階、一階と再度回っていく。


 やはりいない……。向こうの棟だったか?――窓の外の、新兒(しんじ)が担当した南側の建屋を睨む。


 と、その時(わたる)は嫌な気配を感じた。

 同時に、金属的な重々しい足音が背後から鳴り響いてきた。


「なるほど、これが罠か……。」


 振り向いた(わたる)を出迎えたのは10体ほど群れを成す双葉(ふたば)を攫ったものと同じタイプの為動機神体(いどうきしんたい)だった。


「これは骨が折れるな……。(ぼく)神為(しんい)が弱い上に術式も無いからな……。」


 覚悟を決めた矢先、『コワニール』の内一体が(わたる)に襲い掛かり、その鋭い鉤爪の付いた腕を振るう。

 (わたる)は間一髪でこれを(かわ)し、胴部に蹴りを叩き込んだ。


「案外動きは悪いな。屋渡(やわたり)の方が数段ヤバい。」


 超級為動機神体(いどうきしんたい)の様な凄まじい挙動を覚悟していた(わたる)は少し拍子抜けしてしまった。

 しかし、だからと言って(わたる)にとって状況が楽観的かというと全くそうではない。


「多勢に無勢。その上こっちの攻撃は破壊力不足で通じない、か。」


 如何に発氣(ほっけ)神為(しんい)で強化しているとは言えそこは為動機神体(いどうきしんたい)

 丸腰の、それも神為(しんい)量不足の(わたる)の攻撃などではびくともしない頑強な装甲は健在だった。


 せめて、何か武器があれば……。――(わたる)は相手の攻撃を(かわ)しながら切実に欲していた。


 彼がそれに気が付いたのは、実際に腕を振ってみてからの事だった。


 これは……、日本刀?――いつの間にか手に握られていたそれは発光しながら敵の機体を切り裂いた。


「一昨日から何だかよくわからないが、便利だから使わせてもらおう。これで窮地を脱せられたらいいな!」


 (わたる)は刀を構えた。

 そして、襲い来る為動機神体(いどうきしんたい)の攻撃を(かわ)しながらふと考える。


 とは言え(ぼく)、別に剣術とか全く(かじ)ってもいないんだけどな……。――案の定、(わたる)の振った刀は二太刀目で早くも折れてしまった。


 上手く刃先が通る力の使い方が出来ず堅い装甲に当てられた、素人剣術の結果としては当然だろう。


「ピンチ継続か……。」


 (わたる)は冷や汗をかきながら、折れた刀を握り締めた。



⦿⦿



「ククッ……。(ぼく)が開発した自動運転機構の試験として、良い機会を貰ったよ。そこは同志屋渡(やわたり)に感謝してもいいかな?」


 所長室のディスプレイに映し出された(わたる)為動機神体(いどうきしんたい)の戦闘を眺めながら梶ヶ谷(かじがや)は薄ら笑いを浮かべる。


 (わたる)に襲い掛かっている無人遠隔操作型弐級(にきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)『コワニール』は梶ヶ谷(かじがや)が独自のプログラムを組み込んでいた。

 昨日一日で基本的な動きを土生(はぶ)の試運転を通してインプットし、あとはそれを元に随時状況を判断して動いているのだ。


「しかし、あの餓鬼はさっき何処からともなく日本刀を持ち出した……。本人に自覚が無さそうな所を見ると、どうやら術式の半覚醒状態にあると見て良いだろう。だとすると、完全に覚醒する前に確実に勝負を決めた方が良いかもしれないな。」


 梶ヶ谷(かじがや)は席を立った。

 自ら動き、(わたる)を始末することにしたのだ。


 しかし、その時だった。


「オラぁッ!」


 突如、所長室の扉が勢い良く開けられた、否、ぶち破られた。


「ちょっ! 何てことしてくれるの⁉」


 (ほこり)が舞う中で扉を蹴り破った足を踏み鳴らす新兒(しんじ)に、流石(さすが)梶ヶ谷(かじがや)もたじろいだ。


「あーもう、意味わかんないよ! 何で初手で扉を破壊するのかな? ていうか、何でいきなりここまで辿り着いてるの? どんだけ強運なんだよ!」


 推参してきた男の余りの野蛮さに梶ヶ谷(かじがや)は頭を掻き毟りながらヒステリックに叫んだ。

 そんな彼を視認した乱暴の権化、虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)は嬉しそうに指の関節を鳴らす。


「さあな、なんとなく臭えと思う道辿ったらビンゴだ。何かが(おれ)を呼んだのかもな!」

「呼ぶか、(きみ)なんて! もう、土生(はぶ)屋渡(やわたり)ですらもう少し理性があるよ!」

莫迦(ばか)だなお(まえ)。そもそも仲間と敵じゃ話が違うだろ。」

「誰が莫迦(ばか)だ!」


 叫び疲れたのか、梶ヶ谷(かじがや)は肩で息をする。

 神為(しんい)によって肉体は疲労しないはずなので、恐らく精神的なものだろう。


 ふと、そんな梶ヶ谷(かじがや)を見て新兒(しんじ)はあることに気が付いた。


「あれ? お(まえ)、どこかで見たことあるなあ……。」

「あ?」


 新兒(しんじ)の言葉に対し最初は一顧(いっこ)だにする必要は無いと思っていた梶ヶ谷(かじがや)だったが、少しして彼の方も腑に落ちた様子で両目を見開いた。


「ああ、(きみ)か! そうだったそうだった。(きみ)(ぼく)が捕まえた、確か虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)君だ!」


 (わたる)屋渡(やわたり)に拉致されたように、彼らの拉致にはそれぞれ八卦衆(はっけしゅう)が関わっている。

 他に重要な任務がある朽縄(くちなわ)将兵(しょうへい)逸見(へみ)(いつき)、女の細腕が不安視された沙華(さはな)珠枝(たまえ)、そしてそもそも拉致に反対していた仁志旗(にしき)(れん)を除く四人が動き、それぞれが二人ずつ人員を用意することになった。

 首領(しゅりょう)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は娘の椿(つばき)陽子(ようこ)を内通者として加え、あと一人二井原(にいはら)雛火(ひなび)を拉致。

 屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)(わたる)の他に三日月(みかづき)由奈(ゆな)を拉致。


 三日月(みかづき)屋渡(やわたり)に怯えていたのは、拉致される際に彼に恋人を殺されたからに他ならない。


 そして、残る二人の土生(はぶ)十司暁(としあき)梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)も拉致に関与していた。

 家族で旅行に海まで来ていた新兒(しんじ)を拉致したのはこの男、梶ヶ谷(かじがや)であった。


 新兒(しんじ)は自らの掌に拳を打ち付けて気合を入れる。


「そうか。いや、実は相手が弱そうな奴だと乗り気じゃなかったんだが、そういうことなら遠慮は要らねえよな! リベンジマッチってことになるし、まあそれ以前に人(さら)いの悪党だしな!」

「何ぃ?」


 梶ヶ谷(かじがや)は眉間に皺を寄せる。

 確かに彼は戦闘要員ではないが、それでも術式神為(しんい)まで身に付けた八卦衆(はっけしゅう)の一角であり、つい先日神為(しんい)を身に付けたような若造に舐められるのは(はなは)だ心外であった。


「お(まえ)なんかに後れを取る(ぼく)じゃない。邪魔だからさっさと片付けて、もう一人の方に行かせてもらう!」

「こっちの台詞だ! さっさとぶちのめして、久住(くずみ)ちゃんの居場所を吐かせてやるぜ!」


 狭い研究室内で虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)の戦いの火蓋が切られた。

次回更新は、10月24日㈯

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