第十七話 奸計
前回
武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部『八卦衆』の一人、屋渡倫駆郎は同じ八卦衆の土生十司暁が岬守航達の確保に失敗したと聞かされ、憤慨しながらも彼に次の指示を出した。
狼ノ牙の追手から逃れるため、神為を失い一日置かなければならない航達一行は一先ず身を隠すことにしていた。
そんな中で航は皇國第二皇女、龍乃神深花と出会い、彼女から脱出のための極めて実現性の高い道筋を提案される。
一方、航達を逃がすために尽力した水徒端早辺子は同じく狼ノ牙に潜入していた日本政府のスパイ、仁志旗蓮からずっと探し求めていた姉の生存と、自身の裏切りの露見を告げられる。
七月三日の朝、武装戦隊・狼ノ牙の重要施設、雲野研究所の所長室はその自動扉から土生十司暁を招き入れた。
彼は憤慨しながら室内に足を踏み入れ、目の前の椅子に座ってコーヒーを飲む男に怒鳴り上げる、
「梶ヶ谷ぁッ! てめえ一晩俺に野宿させるとはどういう了見だ‼」
「我が研究所は労働時間遵守が原則なのでね。早番6時~15時、中番9時~18時、遅番12時~21時、各1時間休憩込み。その時間を過ぎてしまうと誰も応対できないから翌日までお待ち頂くしかないよ。君が昨日ここに辿り着いたのは22時過ぎだろう?」
土生の怒りもどこ吹く風とコーヒーを楽しむ白衣の男、梶ヶ谷群護はここ、雲野研究所の所長である。
澄ました彼の態度に、土生はさらに苛立ちを募らせる。
「この研究所は24時間稼働してるんじゃなかったのか?」
「ああ、宿直の事? 確かに通常の時間区分とは別に21時~1時半と1時半~6時の前後半に分かれている夜番が配置されているけど、彼らは前後半共に例のアレに付きっ切りなんだから当然他のことに構ってなんかいられない。」
「ふざけやがってぇぇッ!」
土生は梶ヶ谷の胸倉を両手で掴み上げる。
「ぼ、暴力は止しなさいよ君ぃ!」
「五月蠅え! 革命は暴力じゃ!」
激しい怒りが土生の額、手に青筋を浮き立たせた、正にその時だった。
――術式神為・熱淵絡激倒――
『熱源を感知しました。』
「ぐあっ!」
突如、土生の両腕がズタズタに傷つき激しく出血した。
堪らず梶ヶ谷から手を離した彼はだらりと両腕を垂らし恨めしそうに相手を睨む。
「あーあ、君はすぐ頭に血が上るんだから……。僕の術式は知ってるだろう?」
「くそったれめぇ……。」
通常、守護神為はあらゆる傷を急速に修復してしまう。
だが、神為による傷だけは修復に時間が掛かってしまうのだ。
しかしそれも、守護神為が無い自然治癒に比べれば、格段に速い。
「その様子じゃ君はしばらく戦闘出来ないね。同志屋渡から押し付けられた野暮用は明日にしようか?」
「馬鹿野郎、それじゃ逃げられちまう。」
「問題無いよ。彼らがこの国を脱出するためにはまず町に出なければならない。その為の標は川しかなく、彼らは十中八九これを下っていくだろう。彼らが落下した地点は確認したんだろう?」
「ああ、間違いない。ここから6粁ほど川上の方だ。」
梶ヶ谷は土生の言葉を聞き、企みを多分に含んだ笑みで口元を歪ませる。
「なら、闇雲に探し回るより近くの川岸を張って待ち伏せる方が良い。それについては、昨日同志屋渡から連絡を貰った時点で動いているよ。」
「なるほど、流石は伊達に頭脳派気取っちゃいないか……。」
不本意ながらも納得させられた土生だったが、その背後から研究所の職員と思しき女が慌てて梶ヶ谷の席に駆け寄って来た。
「所長、大変です! 『彼ら』が……。『彼ら』が目を覚ましました!」
「何?」
梶ヶ谷は特段焦るでもなく冷静に脇に置いてあるディスプレイをリモコンで表示させた。
そこには人間大のカプセルが二つ置かれており、周囲にいる何名かの研究者が対応に困っている様子が映し出されていた。
「何だ、半覚醒になっただけじゃないか。まだこの程度自分たちで対処できないのか……。さっさと鎮静剤を投与しろ。完全に目を覚ます前にな。」
「了解しました!」
女は梶ヶ谷の指示を受け、急いで部屋を後にした。
「全く……。」
「何だ、梶ヶ谷。お前が預かってる重要案件も結構な綱渡りじゃないか。こっちまでパアになったら、首領の雷は屋渡に落ちたのと比較にならないんじゃないか?」
土生は所内の動揺を鼻で笑う。
これに対し、極めて心外といった様子で梶ヶ谷は椅子にふんぞり返った。
「僕を屋渡の間抜けと一緒にしないで貰えるかな? 君は為動機神体の操縦という取り柄があるが、彼は正に暴力しか能のない単細胞じゃないか。」
と、ここで土生の顔に露骨な不快感が滲んだので、梶ヶ谷は彼を嘲り笑う。
「ああ、そう言えば君はその為動機神体で大ポカをやらかしたんだっけ? 何だ、八卦衆も堕ちたものだね。」
「梶ヶ谷、やっぱりこの場でぶち殺してやろうか?」
額に青筋を浮き立たせ顔を引きつらせる土生。
そんな彼の胸中を完全に無視して、梶ヶ谷は話題を切り替える。
「まあいいさ。僕の研究もすべては革命の為だからね。その革命の危機に一肌脱ぐことは吝かじゃない。おそらく動くのは明日になるから、急遽有休奨励ということにして最低限の職員で稼働させよう。そうすれば、まあ心置きなく我が研究所に誘き寄せられるだろう。」
そう言って彼は、ディスプレイの向こうで職員たちが平静を取り戻したことを確認した。
「さっきからさも確定したかのように言っているが、何故明日になると?」
「標的、今日は東瀛丸の効果が切れているんだろう? じゃあ動くのは明日じゃないか。」
「なるほどね。どうやって誘き寄せる?」
立て続けにぶつけられる質問に、梶ヶ谷は少々うんざりしたように頭を振った。
「ちゃんと考えてあるから安心しなよ。それに君にも活躍の場を用意してある。ここはひとまず、僕の言うとおりにしてみるといい。」
土生は不服そうに舌打ちした。
と、そこに再び先程の女性職員が入室して来た。
「所長、先程の『彼ら』の半覚醒の件で、少々気になる観測数値が……。」
「何だね全く。まあ判断が付きかねるなら仕方がない、見よう。」
そう言って彼は職員と共に土生を一人残して所長室を出て行った。
「ケッ……。屋渡の野郎、俺をあんないけ好かねえ野郎と組ませて、しくじった大元のてめえは何もしねえで全部人任せかよ……。」
結局この件で彼が一番気に食わないのは屋渡倫駆郎だった。
⦿⦿⦿
翌日、七月四日の朝。
この日、岬守航達一行は折野菱を除き一錠ずつ東瀛丸を服用し、再び神為を身に付けた。
これで五人は四週の間驚異的な頑丈さと回復力、怪力、そして一部は特殊な異能をその身に宿したことになる。
これが切れてしまうともう折野の分一錠を除き東瀛丸は無いので、何としてもこの28日間で日本へ帰還したいところだ。
幸い、昨日航が皇國第二皇女・龍乃神深花とのやり取りの中で帰国の実現性を極めて高くしたので、後はそこに向かって歩を進めれば出発して一日で辿り着ける。
したがって、タイムリミットの心配をする必要はほぼ無いといって良い。
ただ、残された懸念は共に行動する殺人鬼・折野菱である。
この男は帰国すると再び拘束され、今度こそ死刑が言い渡されるだろう。
ならばこのまま大人しく共に日本へ帰るとは思えず、間違いなく逃げようとする。
折野が大人しくしている理由は神為の無い状態では他の者に到底敵わないからに過ぎない。
航は龍乃神に折野の排除を申し出られたが、彼はそれを道義に反するとして断ってしまった。
そのため、彼らはこの導火線に火が付いた爆弾を抱え込むことを余儀なくされてしまっていた。
彼は驚異的な生命力でどうにか傷を癒し、体力をある程度は回復させた。
特に、深夜からの回復力は目を見張るもので、まるで守護神為を発動させているかのようですらあった。
航は当初より脱走に彼を巻き込むことにしていたが、浅はかにも今に至るまで事の厄介さを然程重要視していなかった。
ただ、運が良いことに久住双葉の術式が木の蔓や根を任意の場所から生やし操るものとして覚醒したで、人間を軽く拘束するには都合が良かっただけだ。
彼を拘束する双葉を見て、航は昔日の記憶、彼女との出会いを思い出す。
恐らく嫌がらせの意図で黒板に張り出された彼女の自作漫画を回収し、持ち主に帰す際に取った行動も、思えば運よく成功しただけで穴だらけの浅慮だった。
あの頃から考えているつもりで考えが足りないのは成長してないんだな……。――航は少し自分で自分が情けなくなった。
「折野、辛かったら休むぞ。何も今日一日で辿り着く必要は無いんだ。」
半ば連行するように折野の傍らに付きそう航は彼を労り声掛けた。
これに対し、折野はわざとらしく強がりを隠し切れないといった声で笑う。
「気を遣うくらいなら置いて行ってくれれば有難いんだがな……。」
「それはできない。必ずお前も日本に帰国させる。」
航は静かに、しかし強い口調で折野だけでなく自分含む全員に言い聴かせた。
彼は昨日、龍乃神深花とのやり取りの中で今まで曖昧だった彼への対処をはっきりと意識付けていた。
それを、この場を借りて全員で共有したいと思っていた。
「だったら心配いらねえよ。敵が追ってきてるかもしれねえんだ。急ぐに越したことはねえ。」
折野の答えに、航は不可解な疑念をわずかに抱いたがそれはさて置いて彼の言葉通り先に進むことにした。
折野の思惑は別にある。
チャンスは必ずある。――彼は川を睨む。
彼は今双葉の術式で後ろ手に拘束されているが、この状態では一つ不便なことがある。
今は七月初旬の夏日、そして彼は神為無しの生身、ということになっている。
つまり、彼にはどうしても水分補給が必要なのだ。
水筒などがあれば誰かが川の水を飲ませることは容易いだろうが、手で掬って飲ませるとなるとそう上手く行くとは思えない。
そこでごねて拘束を解かせる、というのが彼の計画だ。
他の五人は知らないことだが、折野菱は密かに東瀛丸を飲んでいた。
昨日の夜、うっかりうとうとしてしまった虻球磨新兒から自分の分の東瀛丸をくすねていたのだ。
通常なら、神為を使えるものは神為を感知できるので、すぐにこのことは露見する。
だが彼は、屋渡に課された訓練の中で密かにこれを感知できないほど微小に抑えることを会得していた。
これは、皇國でもごく僅かな人間しか成し得ない高等技能である。
偏に、折野菱という人物の才能の賜物である。
東瀛丸は昨日の内に飲んでしまったから、効果は半日も持たない。
したがって、彼は昼までに行動を起こさなければならない。
「おい、岬守。」
折野は仕掛ける。
「どうした?」
「喉乾いちまった。この暑さじゃ神為も無し、水も無しで延々歩くのは無理だ。どっちかを飲ませてくれ。」
当然、東瀛丸という選択肢は無いので、六人は川岸へと降りて行った。
このまま折野の企み通りに彼をまんまと逃がしてしまうのだろうか。
しかし、そこにあらぬ方向からケチが付いた。
「きゃあっ!」
突如、川の中から高さ2.5m程の人型ロボットが現れ、久住双葉を脇に抱え込んだのだ。
『ハーッハッハッハ! 脱走者共、女は預かるぞ! この無人遠隔操作型弐級為動機神体・コワニールでなあっ!』
その言葉を残し、この小さな為動機神体は猛スピードで川を渡って行った。
「岬守君! 助けてぇッ!」
双葉の悲鳴を受け、即座に航は行動に移る。
「虎駕、残って折野を頼む! 虻球磨、一緒に来てくれ!」
幸いこの場は川幅が狭く、水位も足が付くほど浅いので航と新兒の二人は走って渡ることが出来た。
「岬守、虻球磨! 折野は俺と三日月が絶対に逃がさん! 久住を頼む!」
神為によって発揮された驚異的な力で二人は向こう岸までそれほど時間を掛けずに済んだ。
航は虎駕憲進の言葉に無言で手を振った。
「岬守、奴はこのまままっすぐ行った先にある建物に入って行った!」
新兒は航と並んで走りながら告げた。
「よく見えたな。」
「ああ。元々目の良さには自信があったが、神為でかなり強化されたみたいだ!」
二人は双葉を攫った弐級為動機神体『コワニール』が逃げた先の建物、雲野研究所の前で立ち止まった。
「あいつ、僕たちの事脱走者だって言ってたな。」
「ああ。」
「それに、僕はあいつの声に聞き覚えがある。」
「俺も。狼ノ牙、八卦衆とかいう連中の中で一番莫迦大い奴だ。」
そう、これは間違いなく狼ノ牙から掛かった追手の仕業であり、建物に誘き寄せるために双葉を攫ったのだ。
当然、中には罠が仕掛けられていると思われる。
「行くしかねえよな、岬守!」
「勿論だ。だが深入りしちゃ駄目だ。久住さんをいち早く見つけ、さっさと引き上げるぞ。」
「わかった。じゃあ二手に分かれるか!」
二人は狼ノ牙の研究施設、、雲野研究所へと足を踏み入れた。
⦿⦿
「畜生! あの連中め余計なことしやがって!」
折野は川の水を蹴り上げ、水飛沫を上げる。
双葉に術式を解かせるつもりが、その双葉を攫われてしまった。
これでは算段が台無しである。
「やっぱり何か企んでやがったのか……。」
虎駕は溜息を吐いた。
そして、気が付いた。
折野は怒り心頭の余り神為をコントロールすることを等閑にしていたのだ。
「あっ! 折野お前、いつの間に東瀛丸飲みやがった!」
「しまった!」
驚いて振り向いた折野は虎駕と向き合う。
彼に並び立つ三日月由奈も含め、三人に緊張が走る。
「今朝からは飲んでいない筈だな。てことは昨日か?」
虎駕が問いかける。
「ああ、そうだよ。虻球磨の間抜けからくすねてやったのさ。だが、バレちまったらしょうがねえ。丁度久住の救出に人員を裂かれて人も少ねえし、この機に賭けるしかねえな!」
凄む折野だったが、実際彼は窮地に陥っていた。
両腕は塞がったままな上、航は現状折野を除き最強の虎駕を残していた。
折野の悪足掻きに目は無いと言える。
但し、それは何のイレギュラーも無ければの話だ。
「やっぱり操縦士の野郎は追いかけて行っちまったか……。だから嫌だったんだ……。」
虎駕と三日月の背後から、土生十司暁がその巨体を揺さぶりながら現れた。
⦿⦿
新兒と別れて雲野研究所に侵入した航は、二つある建屋の内北側の棟を選んで周囲に注意しながら廊下を進んでいた。
この研究所は南北二つの建屋共に三階建てで、それほど大きな施設ではない。
ゆえに二手で虱潰しに当たればそれほど捜索に時間はかからない。
特にこの日、研究所の主である梶ヶ谷群護が急遽有休奨励を出して職員のほとんどを休みにしてしまった為、ほとんど誰とも出会わない状態で航は存分に建屋を歩き回ることが出来ている。
おそらくは新兒も同じだろう。
研究所内で戦闘になった際に、職員を巻き込んで人材を失いたくないという梶ヶ谷の思惑だった。
くそっ、一階から三階まで全部探したと思うが、居ないな……。――航は双葉の身を案じ、焦り苛立つ。
再び三階を全部屋チェックし、二階、一階と再度回っていく。
やはりいない……。向こうの棟だったか?――窓の外の、新兒が担当した南側の建屋を睨む。
と、その時航は嫌な気配を感じた。
同時に、金属的な重々しい足音が背後から鳴り響いてきた。
「なるほど、これが罠か……。」
振り向いた航を出迎えたのは10体ほど群れを成す双葉を攫ったものと同じタイプの為動機神体だった。
「これは骨が折れるな……。僕は神為が弱い上に術式も無いからな……。」
覚悟を決めた矢先、『コワニール』の内一体が航に襲い掛かり、その鋭い鉤爪の付いた腕を振るう。
航は間一髪でこれを躱し、胴部に蹴りを叩き込んだ。
「案外動きは悪いな。屋渡の方が数段ヤバい。」
超級為動機神体の様な凄まじい挙動を覚悟していた航は少し拍子抜けしてしまった。
しかし、だからと言って航にとって状況が楽観的かというと全くそうではない。
「多勢に無勢。その上こっちの攻撃は破壊力不足で通じない、か。」
如何に発氣神為で強化しているとは言えそこは為動機神体。
丸腰の、それも神為量不足の航の攻撃などではびくともしない頑強な装甲は健在だった。
せめて、何か武器があれば……。――航は相手の攻撃を躱しながら切実に欲していた。
彼がそれに気が付いたのは、実際に腕を振ってみてからの事だった。
これは……、日本刀?――いつの間にか手に握られていたそれは発光しながら敵の機体を切り裂いた。
「一昨日から何だかよくわからないが、便利だから使わせてもらおう。これで窮地を脱せられたらいいな!」
航は刀を構えた。
そして、襲い来る為動機神体の攻撃を躱しながらふと考える。
とは言え僕、別に剣術とか全く齧ってもいないんだけどな……。――案の定、航の振った刀は二太刀目で早くも折れてしまった。
上手く刃先が通る力の使い方が出来ず堅い装甲に当てられた、素人剣術の結果としては当然だろう。
「ピンチ継続か……。」
航は冷や汗をかきながら、折れた刀を握り締めた。
⦿⦿
「ククッ……。僕が開発した自動運転機構の試験として、良い機会を貰ったよ。そこは同志屋渡に感謝してもいいかな?」
所長室のディスプレイに映し出された航と為動機神体の戦闘を眺めながら梶ヶ谷は薄ら笑いを浮かべる。
航に襲い掛かっている無人遠隔操作型弐級為動機神体『コワニール』は梶ヶ谷が独自のプログラムを組み込んでいた。
昨日一日で基本的な動きを土生の試運転を通してインプットし、あとはそれを元に随時状況を判断して動いているのだ。
「しかし、あの餓鬼はさっき何処からともなく日本刀を持ち出した……。本人に自覚が無さそうな所を見ると、どうやら術式の半覚醒状態にあると見て良いだろう。だとすると、完全に覚醒する前に確実に勝負を決めた方が良いかもしれないな。」
梶ヶ谷は席を立った。
自ら動き、航を始末することにしたのだ。
しかし、その時だった。
「オラぁッ!」
突如、所長室の扉が勢い良く開けられた、否、ぶち破られた。
「ちょっ! 何てことしてくれるの⁉」
埃が舞う中で扉を蹴り破った足を踏み鳴らす新兒に、流石の梶ヶ谷もたじろいだ。
「あーもう、意味わかんないよ! 何で初手で扉を破壊するのかな? ていうか、何でいきなりここまで辿り着いてるの? どんだけ強運なんだよ!」
推参してきた男の余りの野蛮さに梶ヶ谷は頭を掻き毟りながらヒステリックに叫んだ。
そんな彼を視認した乱暴の権化、虻球磨新兒は嬉しそうに指の関節を鳴らす。
「さあな、なんとなく臭えと思う道辿ったらビンゴだ。何かが俺を呼んだのかもな!」
「呼ぶか、君なんて! もう、土生や屋渡ですらもう少し理性があるよ!」
「莫迦だなお前。そもそも仲間と敵じゃ話が違うだろ。」
「誰が莫迦だ!」
叫び疲れたのか、梶ヶ谷は肩で息をする。
神為によって肉体は疲労しないはずなので、恐らく精神的なものだろう。
ふと、そんな梶ヶ谷を見て新兒はあることに気が付いた。
「あれ? お前、どこかで見たことあるなあ……。」
「あ?」
新兒の言葉に対し最初は一顧だにする必要は無いと思っていた梶ヶ谷だったが、少しして彼の方も腑に落ちた様子で両目を見開いた。
「ああ、君か! そうだったそうだった。君は僕が捕まえた、確か虻球磨新兒君だ!」
航が屋渡に拉致されたように、彼らの拉致にはそれぞれ八卦衆が関わっている。
他に重要な任務がある朽縄将兵と逸見樹、女の細腕が不安視された沙華珠枝、そしてそもそも拉致に反対していた仁志旗蓮を除く四人が動き、それぞれが二人ずつ人員を用意することになった。
首領の道成寺太は娘の椿陽子を内通者として加え、あと一人二井原雛火を拉致。
屋渡倫駆郎は航の他に三日月由奈を拉致。
三日月が屋渡に怯えていたのは、拉致される際に彼に恋人を殺されたからに他ならない。
そして、残る二人の土生十司暁、梶ヶ谷群護も拉致に関与していた。
家族で旅行に海まで来ていた新兒を拉致したのはこの男、梶ヶ谷であった。
新兒は自らの掌に拳を打ち付けて気合を入れる。
「そうか。いや、実は相手が弱そうな奴だと乗り気じゃなかったんだが、そういうことなら遠慮は要らねえよな! リベンジマッチってことになるし、まあそれ以前に人攫いの悪党だしな!」
「何ぃ?」
梶ヶ谷は眉間に皺を寄せる。
確かに彼は戦闘要員ではないが、それでも術式神為まで身に付けた八卦衆の一角であり、つい先日神為を身に付けたような若造に舐められるのは甚だ心外であった。
「お前なんかに後れを取る僕じゃない。邪魔だからさっさと片付けて、もう一人の方に行かせてもらう!」
「こっちの台詞だ! さっさとぶちのめして、久住ちゃんの居場所を吐かせてやるぜ!」
狭い研究室内で虻球磨新兒と梶ヶ谷群護の戦いの火蓋が切られた。
次回更新は、10月24日㈯




