第十六話 白馬の姫騎士
前回
武装戦隊・狼ノ牙のアジト、碧森支部から超級為動機神体『ミロクサーヌ・改』に乗って脱走した岬守航一行は後を追ってきた狼ノ牙最高幹部『八卦衆』の一人、土生十司暁の登場する超級為動機神体『ダイダラス・改』と交戦。激戦の末相打ちとなり、機体から緊急避難する。
一方、彼らの脱走に協力した水徒端早辺子は遂に念願叶って姉の居場所を聞き出すことに成功するが、その真実は残酷なものだった。
屋渡倫駆郎はその電話を取った時、心を躍らせていた。
まさか土生十司暁が敗れるとは夢にも思っていなかったのだ。
「相打ちになったから回収できない? どういうことだ、冗談にしても笑えんぞ!」
『俺もどういうことなのか知りたい! 何だあの化け物は! あれが為動機神体に乗り始めて数日だと? 有り得ないだろう!』
「そもそも何故為動機神体で戦っている? 奴らが機体から降りたところを急襲し、生身の戦闘で全員捻じ伏せて機体を回収すればいい話だろう。」
『い、いや! 違うんだ! 奴からだ、奴から仕掛けて来た!』
屋渡は知る由も無いことだが、言うまでも無くこれは土生が保身のために吐いた出まかせである。
「なるほどな。確かにあいつは少々身の程を弁えないところがある。だがそれがどうした? 八卦衆ともあろうものがあんなド素人同然の男に後れを取ることが問題じゃないのか? 制御系を無事のまま撃墜し、機体を回収する。それほど難しい要求か?」
屋渡の言葉に、電話口から舌打ちが鳴った。
『五月蠅えぞ。元々てめえのミスの癖しやがって、なんでそんな偉そうに上から目線なんだ……。』
「何だと?」
『間抜けが。どう考えてもあんな技術、数日で身に付かねえんだよ。もっと前から、相当入念に仕込まれてるに決まってる。大体、実戦起動した時点でおかしいんだ。』
「何が言いたい?」
明らかに苛立つ屋渡の声を受け、土生の声に嘲りの色が混じる。
『鈍い奴だな、ここまで言ってまだわかんねえのかよ。あの扇って女、最初からお前を裏切ってたんじゃねえか? 最初から操縦士のガキの味方だったんだよ。』
「何だとぉ……?」
『衝撃の真実だったか? お前随分あの女に入れあげてたからなぁ。』
「そうか、あの女ぁっ……!」
屋渡は怒りでわなわなと震えだした。
虫の好かない岬守航に最初から扇小夜を盗られていた屈辱に目は血走り、手に握る電話はミシミシと音を立てていた。
「で、今何処にいる? この際、両機の制御系が組み込まれた操縦室だけでも回収せねばならん。」
『今、栃樹州だ。丁度付近には雲野研究所がある。』
「雲野研究所? 確か、あそこには梶ヶ谷がいたな。わかった、お前は梶ヶ谷と二人で奴らを始末しろ。逃がすんじゃないぞ。」
『……わかった。やられた落ち度があるのは認めるから、それで何とかしよう。』
「終わったら連絡しろ。俺もそっちへ行く。」
屋渡は電話を切ると、たまたま近くにあった死体を散々蹴り、怒りをぶちまけた。
「おっと、次は梶ヶ谷に連絡しないとな……。それと、ククク……。」
早くも航達に次なる魔の手が忍び寄っていた。
八卦衆の一人、梶ヶ谷群護。
雲野研究所という施設で様々な開発を行う武装戦隊・狼ノ牙随一の研究者である。
⦿⦿⦿
武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部『八卦衆』の内、六人は顔が割れているが、それによって行動が制限されることは無い。
普段の彼らはある人物の術式により、周囲からは何の変哲もない顔の人物として認識されるためである。
顔が割れていない二人のうちの一人、朽縄将兵はその大役を担う狼ノ牙、裏の要である。
そしてもう一人、器用に顔バレを避け続けた八卦衆が日本政府のスパイ、仁志旗蓮であった。
「もしもし、扇でございます。周囲に人はおりません。お話とは何でしょう、仁志旗様。」
そんな理由で悠々とサービスエリアを利用する首領Дこと道成寺太とその娘息子を捨て置き、彼らの運転手を務める扇小夜こと水徒端早辺子は隠れてその仁志旗に電話を折り返していた。
『貴女は、水徒端早辺子さんですね?』
電話口から帰ってきた言葉に早辺子は驚く。
「仁志旗様、どういうことですか?」
『隠すことはありません。私も貴女と同じです。私は本名ですがね。』
「つまり、貴方も潜入を?」
『はい。三年前、明治日本の或る御方から命を受けました。その中で様々なことを調べ、そして今我が国民を解放すべく動いていたのです。』
早辺子は周囲を見渡した。
ここから先の会話は、どうやら怪しい影がいないか細心の注意を払う必要がありそうである。
『水徒端さん、今すぐ離脱なさい。どうやら少なくとも八卦衆の内屋渡、土生は貴女の裏切りに気が付いたようです。』
「そんなまさか……。あの二人が? いったい何故です?」
『岬守航が少々頑張り過ぎたようですね。尤も、そうでなくては命が無かったのですが……。』
「彼らは無事なのですか?」
早辺子にとって、今や最大の関心事は岬守航の安否に他ならない。
それだけはどうしても確認したかった。
『今のところは。土生が撃墜されたと聞いた時は私も驚きました。』
「えっ、土生が? あいつは弱い者虐めしか能が無いとはいえ一応元正規軍人ですよ?」
『土生も驚いていました。そして、間違いなく屋渡から言われた以上のことを貴女から教わったのだと確信したようですね。それを屋渡にも話したと言っていました。』
「然様でございますか……。」
早辺子はひとまず航の無事を聞き胸を撫で下ろした。
後はこのまま何事も無く帰国してくれればそれでいい。
もう思い残すことは何もない。
その時は刺し違えてでも首領Дに引導を渡す。――そう決意した時だった。
『ですから水徒端さん、これ以上彼らとともに行動するのは危険です。いつ屋渡や土生から首領に報告が入るか……。』
「それは無いでしょう。あの二人は悪化した状況を上に報せられるような人間ではありません。」
『ですが…』
「仁志旗様、もう私には何も無いのです。唯一の心残りは、岬守様の安否だけ。ですから…」
『お待ちなさい! 違います、それは違うのです!』
電話を切ろうとした早辺子を仁志旗は何やら慌てて止めに入る。
『貴女のお姉さんは生きています!』
時が止まった。
早辺子は言葉を失い、ただ仁志旗の言葉を待っていた。
全ての意識を耳に集中する彼女は、背後から接近する気配に気が付いていない。
『八卦衆としての立場を利用し、全てを調べました。そして水徒端早芙子が死亡したというのは首領Дの誤解だということが分かったのです。彼女は最早狼ノ牙には戻りませんが、今も生きています。』
「誠ですか……?」
早辺子の頬に涙がこぼれた。
『水徒端早辺子さん、貴女は我が国民の恩人だ。その貴女が誤解から命を捨てることなど許容できない。生きてください!』
仁志旗の言葉に再び生きる希望を見出した早辺子は彼に深く感謝し、電話を切った。
しかし、そんな彼女に一人の女が声を掛けた。
「ふーん。貴女、水徒端早辺子っていうのね。それに、仁志旗も内通者だったんだ……。」
はっとして早辺子が振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべた椿陽子が立っていた。
まずい、聞かれたか。
かくなる上は彼女を始末して速やかに離脱するしかない。――早辺子は構えた。
しかし、そんな彼女に椿が発した言葉は意外なものだった。
「いいよ、聞かなかったことにしてあげる。その代わり私たちのことはきちんと磐手支部までは送り届けて頂戴。その後は、どこへなりと行くがいい。」
不可解な椿の言葉に戸惑いながら、早辺子は警戒を解いていない。
そんな彼女に、椿は自分の言うとおりにするよう促す。
「止めておいた方がいいよ。折角あの夜あんなに格好良く助けてもらったんだ。命は無駄にしない方がいい、岬守が悲しむよ。」
「なるほど、貴女に私の術式は効かないと……。」
「まあねー。それに弟にも、勿論親父にも通用しないと思うよ。」
早辺子は考える。
目の前の女は何を意図しているのだろう。
ひとまず磐手支部まで送らせてそのあと暴露し、裏切り者として始末するつもりなのか。
「大丈夫大丈夫。本当に貴女や仁志旗のことを告発する気は無い。私はそもそも、組織や革命なんてこれっぽっちも興味が無いんだ。親父のことも嫌いだしね。」
椿の不可解な言葉に態度を決めかねる早辺子だったが、それも時間切れを迎えた。
「何の話をしているのかね、陽子、扇君?」
首領Д、道成寺太と道成寺陰斗が二人の許に表れた。
最早、この場で戦っても磐手支部で戦っても同じである。
「何でもないよ、親父。電話が終わったようだったからそろそろ行こうと声を掛けただけ。」
椿は首領Дに見えないように早辺子に向かってウィンクをし、自分の気遣いを察するように促す。
早辺子にはもう道は残されていない。
椿を信じ、彼女に賭けるしかない。
もし裏切られても、この場で死ぬか磐手で死ぬかの違いだけだ。
「はい、何でもございません。では、参りましょうか。」
早辺子は覚悟を決め、道成寺親子三人を車に乗せて再び走り出した。
⦿⦿⦿
七月三日、脱出二日目の朝。
この日は航達全員が神為を失っており、翌日まで復活できないので、ひたすら潜伏することに決めていた。
残る東瀛丸は六錠で、各人一錠ずつ分けられ、翌日の朝に飲むことになっている。
ただし、重症の折野菱だけは守護神為を失った状態だといつ命が危うくなるかわからず、かと言って神為を使える状態にするには彼は危険なので、いよいよ駄目そうな時だけ東瀛丸を飲ませて延命することになった。
折野を監視するのは男性陣三人が一人ずつ交代で行い、彼の分の東瀛丸は監視役が預かることになっている。
東瀛丸を飲ませることになった時は男三人も飲み、監視役を二人ずつに増やす。
これは、最悪暴れても抑え込めるようにとの配慮である。
幸い折野は驚異的な生命力でどうにか持ち堪え、夜になると気持ち良さそうに寝息を立てていたので、東瀛丸を使う事態には今のところ至っていない。
航は三時間の仮眠から少し早めに目を覚ました。
もうすぐ、その間寝ずに監視を続けていた虎駕憲進と交代しなければならない。
「どうだ、折野の様子は?」
まだ時間にはなっていないが、航は気になって虎駕に声を掛けた。
虎駕は眠そうに半目で振り向いた。
「良く寝てるよ。他人の気も知らないで。」
「お疲れさん。少し早いけど代わろうか?」
「いや、時間は守らねえとな。まだ寝起きだろ? 顔でも洗って来いよ。」
こういう所、虎駕は真面目な男である。
虻球磨新兒ならこれ幸いにと航に任せて眠りについただろう。
航は言われたとおり、昨日魚を釣った川へと足を運んだ。
そう言えば、釣り具もいつの間にか持っていたんだよな。――航は自分の手を見つめる。
昨日使った包丁、点火棒、金串も必要なくなるといつの間にか消えていた。
そして、今も川岸に置いたはずの釣り具が見当たらない。
航は川の水を掬い、顔を洗った。
ふと、水面に映る自分の顔を見る。
何故かはわからないが、自分が自分であることを確かめたくなったのかもしれない。
「おい、君。」
そんな航に、背後から女が声を掛けて来た。
聞き慣れない声だった。
「誰だ!」
航は驚いて振り向く。
すは敵襲かと、朧気だった意識が一気に醒めた。
そこに立っていたのは背の高い、ボーイッシュな焔の様に赤い髪の女だった。
臙脂色の燕尾服に身を包んだ場違いだがスタイリッシュな姿は、正に男装麗人といった出で立ちである。
「警戒を解かないね。それと、歳は二十代前半で茶髪に長身、やや童顔の痩せた男。うん、聞いていた特徴と一致する。君、狼ノ牙に拉致されたっていう明治の民だろう?」
航の警戒を余所に、女はポケットから取り出した携帯電話の端末を弄りだす。
「何者だ?」
「うーん、その反応はやっぱり皇國臣民じゃないね。こっちの人間が妾を知らない筈が無いもの。」
妾?――航は僅かに首を傾げた。
実際にそんな一人称を使っている人間がいるのか?
同じくらいの年頃だろうに、まだ中二病真っ盛りなのか?
本当に何なんだ? この人。――航の中で警戒よりもむしろ戸惑いの方が大きく膨れ上がってきていた。
そんな彼に対し、彼女は端末に表示された画像を見せて来た。
「御覧、三年前の記事だ。」
「あっ!」
そこに表示されていたのは、ウェブ配信されているのであろう新聞記事だった。
画像には彼女が写っており、その下に写真の説明として彼女の素性が書かれていた。
『本日、学修院大学に御入学あそばされた龍乃神深花殿下。』
航は何度も写真と本人の顔を見比べる。
彼女、龍乃神深花はそんな航を見て得意気に笑っている。
「こちらの皇族の方、だったんですか?」
「ははは、そんなに畏まらなくていいよ。同い年ぐらいだろう?」
確かに、言われてみれば身に付けているものはどれも値が張りそうなものばかりだし、立ち振る舞いにもどこか気品がある。
その均整の取れた体のラインが何処となく把握できるような出で立ちはまるで宝塚歌劇のように彼女の美しさを際立てている。
これならばきっと彼女に憧れ、許されるならば踏まれてみたいと思うものも多いだろう。
「改めて、自己紹介しておこう。妾は神聖大日本皇國第二皇女、龍乃神深花だ。以後宜しく。」
「これはご丁寧にどうも。初めまして、龍乃神殿下。僕は航、岬守航です。」
「うーん、まだ堅いなあ……。せめてその、龍乃神殿下っていうのは止してほしいな。壁があって好きじゃないんだ。」
肩を竦める彼女の所作は、一々絵になる。
「じゃあ僕の国と同じように、深花様で。」
「……まあそれならいいか。」
龍乃神は手を腰に、妥協しようという面持ちで一息吐いた。
「そう言えば、深花様。さっき僕のことを聞いていたみたいに仰ってましたけど、どういうことです?」
「ああ、明治政府の人が君たちのことを話していてね。変な人だったけど、君たちのことを本気で心配していたよ。」
明治政府、というと我が国では戦前の古い時代の呼び方だが、皇國では明治日本と呼んでいることから必然的に日本政府をこう呼ぶことになる。
「そうか、政府も動いているんだ……。」
「それで先日妾の兄上から聞いた話では、君たちを奪還するための人材もすでに送り込んでいて、近々動くことになりそうだとか、そんな折だったようだね。」
彼女の言葉によって、航は帰国が大きく近づいた実感が沸いた。
互いの国の政府高官や上層部が合意し、動いているという情報が何より心強かった。
そして、祖国に想いを馳せる。
浮かぶのは、やはり恋焦がれる幼馴染、麗真魅琴の顔だった。
「待っていてくれ、魅琴。もう少しで帰るから……。」
空を仰ぎ、一人決意を呟いた航の横顔を龍乃神は興味深そうに見つめている。
そして目を細め、フフンと笑って揶揄うように航に声を掛けた。
「岬守君、モテるだろう?」
「はい?」
唐突な彼女の言葉に、航は動揺して素っ頓狂な声を出した。
「いや、脱走して二日目の朝に出会えて良かったかもね。あまり日が経つと、流石に臭いがキツくなって君の魅力に気が付かなかったかも知れない。」
「深花様、貴女何を仰っているんですか?」
突然、蠱惑的な眼で見据えられた航は慣れない事態に困惑して目を泳がせる。
そんな彼の仕草が、龍乃神にはさぞ面白いようだ。
「意外と初心なんだね。年上の女に貢いで貰えそうな顔をしている癖に、女慣れしていないのかい? 案外奥手なのかな? 可愛いね。」
小学生の頃、魅琴と出会う前を除き、航はこれまでずっと魅琴一筋だった。
それは端から見ると余りに露骨だったので、逆に彼女以外の女子は彼から遠ざかっていた。
久住双葉は、唯一の例外と言っていい。
だがそれを抜きにすると、年上にモテそう、貢いで貰えそうという龍乃神の言はそれなりに的を射ている。
現に、かつて彼に貢ぐような真似をしようとした魅琴は五カ月ほど早く生まれており、微妙に年上だとも言える。
また、彼の脱走を成功させるために尽力し、彼に惚れ込んだ水徒端早辺子も年上である。
本人に自覚は無いようだが、おそらくそれが彼の気質なのだろう。
「どうかな? 世界一の大国のお姫様を射止めてみようとは思わないかい?」
「いや、それは……。」
冗談だとわかってはいるが、流石に気後れしてしまう。
「ま、ここで妾が君たちを颯爽と助け、帰国を実現させてあげれば君は妾に惚れ込んでくれるかもしれないね。」
「深花様、さらっとエグい取引持ち掛けますね……。」
「おや、そう取るのかい。なるほど、これは失言だったね。」
実際、彼らにとってそれが帰国への最大の近道だろう。
航は今、喉から手が出るほど彼女の助力を欲している。
しかし、彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「期待させて申し訳ないけれど、君達を助けてあげることは出来ないんだ。」
「え? どうしてですか?」
航は彼女の言葉に落胆の色を隠せなかった。
そんな彼に、龍乃神は溜息を吐いて言葉を続ける。
「本来、皇族たるものあまり勝手に動いてはいけないんだ。まあそんなことは無視している人もいるんだけれど、あの人は特別だからね。実はここへはお忍びで、妾一人で来ているんだよ。」
どうやら、彼女にも事情があるらしい。
「第二皇女という立場が無ければ、君達をしかるべき場所に送り届けてあげられるんだが……。妾にも色々ある。わかってくれ。」
「そうですか……。」
遠い目をする彼女に、航はそれ以上頼み込むことは出来なかった。
「まあお供も無しに一人で来ているとなれば、僕たちと一緒にいるのは返って危険かもしれないですね。というか、一刻も早く僕らから離れた方が良い。狼ノ牙はまだ諦めていないでしょうから。奴らに身柄を確保されたら、何をされるかわかったもんじゃありませんよ?」
航の本心からの心配に、龍乃神は目を丸くする。
「君は、妾の心配をしてくれるのかい?」
「いや、しますよそりゃ。高貴な家柄の女性がこんな所を一人で歩いてちゃ……。」
龍乃神は心底驚いたように航の眼を見詰める。
そして、口角を上げてその薄紅の唇に微笑みを湛えた。
「岬守君は面白いなぁ。やっぱり君、モテるだろう?」
込み上げる可笑しみを抑えきれずに声を漏らす彼女に、航は怪訝に首を傾げる。
「そんな変なこと言いました? 普通の事しか言ってないと思いますが。」
「変だねぇ。だって、皇族たる妾が叛逆者の破落戸共に後れを取る筈が無いじゃないか。」
彼女から発せられたフラグとしか思えない台詞に、航は苦笑いを浮かべる。
「そうですか……。」
「それに、端から見て妾はとても勝手なことを言っているよ? 君の立場から考えると、もっと泣き縋っても良いと思うんだ。」
彼女から見るとそうなのかもしれないが、航の方から見ると部外者の女が一人旅路に加わるだけである。
あまり、航に彼女を引き留める理由は無かった。
「まあ、お気持ちだけ頂いておきます。どうもありがとう。貴女のお陰で帰国の目途が立って、大変勇気づけられました。」
「そうかい? うーん、ではもう少しだけ君に勇気をあげようかな。」
彼女はそう言うと再び端末を弄り始めた。
そして航に見せたそこには、地図が表示されていた。
「御覧、妾たちのいる現在地がここだ。ここから川沿いに30粁ほど下っていくと、そこそこ大きな道に出る。そこから道すがら20粁ほど歩くと、大きな町に出る。後はこの角を曲がって、西へ5粁の所にあるこの宿は、妾がお忍びで出歩く時に懇意にしていてね。話を通しておくから尋ねてみると良い。そこで待機していれば、明治政府の人間に居場所を伝えて落ち合えるようにしよう。」
少しどころではない。
これから何日も旅をする覚悟をしていた航にとって、60粁以内という一日で済む道のりに短縮されたことは朗報も朗報である。
彼女の助力は、考え得る最高のものだと言っていい。
「凄い……。これなら明日にでも帰れる! ありがとう、本当にありがとうございます!」
「礼には及ばないよ。さっきも言ったけれど、本来は今すぐ助けてあげるべきなんだ。」
「いえいえ、とんでもない! これはとんでもないことですよ!」
と、ここまでははしゃいでいたものの、航は一つ重大な懸念点を思い出した。
「あ、そうか折野がいたな……。あいつが回復するまで待たなきゃいけないけど、したらしたで絶対面倒なんだよな……。」
最早、折野には航達に協力するメリットが無い。
となると、いつ裏切って襲ってきたり逃げ出したりするかわからない。
すると、危険な殺人鬼を皇國の野に放ってしまうことになる。
「折野……? ああ、確か君たちの中に殺人犯がいるという話だったね。あいわかった。ではその者だけ妾が始末しておこう。」
龍乃神はそう言うと瞳を鋭く光らせた。
これを航は慌てて制止する。
「ちょ、ちょっと待ってください! それは駄目だ!」
「どうして? 厄介払いしたくはないのかい? その男、今は神為を使えないだろう? ますます妾が後れを取る理由が無い。」
先程までとは打って変わって、龍乃神の眼は強い視線で航を睨む。
「駄目なんですよ。あいつには、ちゃんと法に基づいた裁きを受けさせなきゃいけない。その為にも、絶対一緒に帰国しないと駄目なんだ。」
「現実的じゃないね。もし君達や、若しくは皇國臣民に被害が出たらどうする? 悪いがそちらの国の面目にばかり配慮していられない。妾にも臣民を守る義務がある。」
航は東瀛丸の薬剤包装を強く握り締めた。
「貴女の言うこともそれはそれで正しいかもしれない。だけど、それでも僕は貴女を止めなくちゃならない。」
「無理だよ、それは。君は妾には絶対に勝てない。仮令万全であっても、ね。」
緊迫した空気が流れる。
さっきまで和やかに会話していた二人だとはとても思えない。
「折野には、命を助けられてる。その相手を売れない。」
「一人の罪人の為に命を捨てると?」
ミロクサーヌ・改が墜落する際、折野に東瀛丸を飲まされていなければ少なくとも航は確実に死んでいた。
不本意ながら、彼もまた命の恩人だった。
一歩も引かない航の様子に根負けしたのか、龍乃神は肩の力を抜いた。
「あいわかった。その覚悟があるなら信念を死守し貫徹するがいい。」
「ありがとうございます。」
航はほっと一息吐いた。
そんな彼に対し、龍乃神は再び穏やかな表情で微笑む。
「君は、損な性格だね。」
「はい。早くもちょっと後悔してます。」
「あはは、駄目駄目じゃないか。」
可笑し気に声を上げる彼女は、元の親しみ易さを取り戻していた。
「本当に、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
航は改めて龍乃神に頭を下げて謝意を表した。
彼女はそれを受け、一つ大きく伸びをする。
「じゃあ妾は失礼するよ。無事帰れると良いね。」
「はい。助かりました。」
「あ、そうそう。」
龍乃神は最後に、とばかりに航に顔を近づける。
「妾を本気で射止めたくなったら、また皇國においで。妾たち皇族は最初から自分より弱い相手しかいないから、君がどんな身の上でも気にしないよ。安心して、妾に恋い焦がれていいからね?」
彼女の眼差しに、航はドギマギしてしまう。
そしてそんな様子を見て満足したのか、彼女はにっこりと微笑んで航の頬を小突いた。
「なんてね。では、また会おう!」
龍乃神深花はその言葉を残し、航の前から忽然と姿を消した。
「なんか、凄い人だったな……。」
白馬の王子様ならぬ、白馬の姫騎士様。――そんな言葉が航の脳裏に過った。
「っと、滅茶苦茶時間食ったな。虎駕の奴、怒ってるだろうな……。」
航は言い訳を考えながら、仲間の許へと戻って行った。
・仁志旗 蓮
西暦1998年(皇紀2658年) 2月4日生
身長 170㎝
体重 63㎏
血液型 A
・龍乃神深花
皇紀2663年(西暦2003年) 10月30日生
身長 171糎
三位寸法 胸87 胴58 腰 86
血液型 B
次回更新は、10月18日㈰




