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第十六話 白馬の姫騎士 

前回


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)のアジト、碧森(あおもり)支部から超級(ちょうきゅう)為動機神体(いどいきしんたい)『ミロクサーヌ・改』に乗って脱走した岬守(さきもり)(わたる)一行は後を追ってきた狼ノ牙(おおかみのきば)最高幹部『八卦衆』の一人、土生(はぶ)十司暁(としあき)の登場する超級(ちょうきゅう)為動機神体(いどいきしんたい)『ダイダラス・改』と交戦。激戦の末相打ちとなり、機体から緊急避難する。

 一方、彼らの脱走に協力した水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)は遂に念願叶って姉の居場所を聞き出すことに成功するが、その真実は残酷なものだった。

 屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)はその電話を取った時、心を躍らせていた。

 まさか土生(はぶ)十司暁(としあき)が敗れるとは夢にも思っていなかったのだ。


「相打ちになったから回収できない? どういうことだ、冗談にしても笑えんぞ!」

(おれ)もどういうことなのか知りたい! 何だあの化け物は! あれが為動機神体(いどうきしんたい)に乗り始めて数日だと? 有り得ないだろう!』

「そもそも何故為動機神体(いどうきしんたい)で戦っている? 奴らが機体から降りたところを急襲し、生身の戦闘で全員捻じ伏せて機体を回収すればいい話だろう。」

『い、いや! 違うんだ! 奴からだ、奴から仕掛けて来た!』


 屋渡(やわたり)は知る由も無いことだが、言うまでも無くこれは土生(はぶ)が保身のために吐いた出まかせである。


「なるほどな。確かにあいつは少々身の程を弁えないところがある。だがそれがどうした? 八卦衆(はっけしゅう)ともあろうものがあんなド素人同然の男に後れを取ることが問題じゃないのか? 制御系を無事のまま撃墜し、機体を回収する。それほど難しい要求か?」


 屋渡(やわたり)の言葉に、電話口から舌打ちが鳴った。


五月蠅(うるせ)えぞ。元々てめえのミスの癖しやがって、なんでそんな偉そうに上から目線なんだ……。』

「何だと?」

『間抜けが。どう考えてもあんな技術、数日で身に付かねえんだよ。もっと前から、相当入念に仕込まれてるに決まってる。大体、実戦起動した時点でおかしいんだ。』

「何が言いたい?」


 明らかに苛立つ屋渡(やわたり)の声を受け、土生(はぶ)の声に嘲りの色が混じる。


『鈍い奴だな、ここまで言ってまだわかんねえのかよ。あの(おうぎ)って女、最初からお前を裏切ってたんじゃねえか? 最初から操縦士のガキの味方だったんだよ。』

「何だとぉ……?」

『衝撃の真実だったか? お前随分あの女に入れあげてたからなぁ。』

「そうか、あの女ぁっ……!」


 屋渡(やわたり)は怒りでわなわなと震えだした。

 虫の好かない岬守(さきもり)(わたる)に最初から(おうぎ)小夜(さよ)を盗られていた屈辱に目は血走り、手に握る電話はミシミシと音を立てていた。


「で、今何処にいる? この際、両機の制御系が組み込まれた操縦室だけでも回収せねばならん。」

『今、栃樹(とちぎ)州だ。丁度付近には雲野(くもの)研究所がある。』

雲野(くもの)研究所? 確か、あそこには梶ヶ谷(かじがや)がいたな。わかった、お前は梶ヶ谷(かじがや)と二人で奴らを始末しろ。逃がすんじゃないぞ。」

『……わかった。やられた落ち度があるのは認めるから、それで何とかしよう。』

「終わったら連絡しろ。(おれ)もそっちへ行く。」


 屋渡(やわたり)は電話を切ると、たまたま近くにあった死体を散々蹴り、怒りをぶちまけた。


「おっと、次は梶ヶ谷(かじがや)に連絡しないとな……。それと、ククク……。」


 早くも(わたる)達に次なる魔の手が忍び寄っていた。


 八卦衆(はっけしゅう)の一人、梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)

 雲野(くもの)研究所という施設で様々な開発を行う武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)随一の研究者である。




⦿⦿⦿




 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の最高幹部『八卦衆(はっけしゅう)』の内、六人は顔が割れているが、それによって行動が制限されることは無い。

 普段の彼らはある人物の術式により、周囲からは何の変哲もない顔の人物として認識されるためである。

 顔が割れていない二人のうちの一人、朽縄(くちなわ)将兵(しょうへい)はその大役を担う狼ノ牙(おおかみのきば)、裏の要である。


 そしてもう一人、器用に顔バレを避け続けた八卦衆(はっけしゅう)が日本政府のスパイ、仁志旗(にしき)(れん)であった。


「もしもし、(おうぎ)でございます。周囲に人はおりません。お話とは何でしょう、仁志旗(にしき)様。」


 そんな理由で悠々とサービスエリアを利用する首領(しゅりょう)Д(デー)こと道成寺(どうじょうじ)(ふとし)とその娘息子を捨て置き、彼らの運転手を務める(おうぎ)小夜(さよ)こと水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)は隠れてその仁志旗(にしき)に電話を折り返していた。


貴女(あなた)は、水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)さんですね?』


 電話口から帰ってきた言葉に早辺子(さえこ)は驚く。


仁志旗(にしき)様、どういうことですか?」

『隠すことはありません。(わたし)貴女(あなた)と同じです。(わたし)は本名ですがね。』

「つまり、貴方(あなた)も潜入を?」

『はい。三年前、明治日本(めいじひのもと)の或る御方から命を受けました。その中で様々なことを調べ、そして今我が国民を解放すべく動いていたのです。』


 早辺子(さえこ)は周囲を見渡した。

 ここから先の会話は、どうやら怪しい影がいないか細心の注意を払う必要がありそうである。


水徒端(みとはた)さん、今すぐ離脱なさい。どうやら少なくとも八卦衆(はっけしゅう)の内屋渡(やわたり)土生(はぶ)貴女(あなた)の裏切りに気が付いたようです。』

「そんなまさか……。あの二人が? いったい何故です?」

岬守(さきもり)(わたる)が少々頑張り過ぎたようですね。(もっと)も、そうでなくては命が無かったのですが……。』

「彼らは無事なのですか?」


 早辺子(さえこ)にとって、今や最大の関心事は岬守(さきもり)(わたる)の安否に他ならない。

 それだけはどうしても確認したかった。


『今のところは。土生(はぶ)が撃墜されたと聞いた時は(わたし)も驚きました。』

「えっ、土生(はぶ)が? あいつは弱い者虐めしか能が無いとはいえ一応元正規軍人ですよ?」

土生(はぶ)も驚いていました。そして、間違いなく屋渡(やわたり)から言われた以上のことを貴女(あなた)から教わったのだと確信したようですね。それを屋渡(やわたり)にも話したと言っていました。』

「然様でございますか……。」


 早辺子(さえこ)はひとまず(わたる)の無事を聞き胸を撫で下ろした。

 後はこのまま何事も無く帰国してくれればそれでいい。

 もう思い残すことは何もない。


 その時は刺し違えてでも首領(しゅりょう)Д(デー)に引導を渡す。――そう決意した時だった。


『ですから水徒端(みとはた)さん、これ以上彼らとともに行動するのは危険です。いつ屋渡(やわたり)土生(はぶ)から首領(しゅりょう)に報告が入るか……。』

「それは無いでしょう。あの二人は悪化した状況を上に報せられるような人間ではありません。」

『ですが…』

仁志旗(にしき)様、もう(わたくし)には何も無いのです。唯一の心残りは、岬守(さきもり)様の安否だけ。ですから…」

『お待ちなさい! 違います、それは違うのです!』


 電話を切ろうとした早辺子(さえこ)仁志旗(にしき)は何やら慌てて止めに入る。


貴女(あなた)のお姉さんは生きています!』


 時が止まった。

 早辺子(さえこ)は言葉を失い、ただ仁志旗(にしき)の言葉を待っていた。

 全ての意識を耳に集中する彼女は、背後から接近する気配に気が付いていない。


八卦衆(はっけしゅう)としての立場を利用し、全てを調べました。そして水徒端(みとはた)早芙子(そうこ)が死亡したというのは首領(しゅりょう)Д(デー)の誤解だということが分かったのです。彼女は最早狼ノ牙(おおかみのきば)には戻りませんが、今も生きています。』

「誠ですか……?」


 早辺子(さえこ)の頬に涙がこぼれた。


水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)さん、貴女(あなた)は我が国民の恩人だ。その貴女(あなた)が誤解から命を捨てることなど許容できない。生きてください!』


 仁志旗(にしき)の言葉に再び生きる希望を見出した早辺子(さえこ)は彼に深く感謝し、電話を切った。


 しかし、そんな彼女に一人の女が声を掛けた。


「ふーん。貴女(あなた)水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)っていうのね。それに、仁志旗(にしき)も内通者だったんだ……。」


 はっとして早辺子(さえこ)が振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべた椿(つばき)陽子(ようこ)が立っていた。

 まずい、聞かれたか。

 かくなる上は彼女を始末して速やかに離脱するしかない。――早辺子(さえこ)は構えた。


 しかし、そんな彼女に椿(つばき)が発した言葉は意外なものだった。


「いいよ、聞かなかったことにしてあげる。その代わり私たちのことはきちんと磐手(いわて)支部までは送り届けて頂戴。その後は、どこへなりと行くがいい。」


 不可解な椿(つばき)の言葉に戸惑いながら、早辺子(さえこ)は警戒を解いていない。

 そんな彼女に、椿(つばき)は自分の言うとおりにするよう促す。


「止めておいた方がいいよ。折角あの夜あんなに格好良く助けてもらったんだ。命は無駄にしない方がいい、岬守(さきもり)が悲しむよ。」

「なるほど、貴女(あなた)(わたくし)の術式は効かないと……。」

「まあねー。それに弟にも、勿論親父にも通用しないと思うよ。」


 早辺子(さえこ)は考える。

 目の前の女は何を意図しているのだろう。

 ひとまず磐手(いわて)支部まで送らせてそのあと暴露し、裏切り者として始末するつもりなのか。


「大丈夫大丈夫。本当に貴女(あなた)仁志旗(にしき)のことを告発する気は無い。(わたし)はそもそも、組織や革命なんてこれっぽっちも興味が無いんだ。親父のことも嫌いだしね。」


 椿(つばき)の不可解な言葉に態度を決めかねる早辺子(さえこ)だったが、それも時間切れを迎えた。


「何の話をしているのかね、陽子(ようこ)(おうぎ)君?」


 首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)が二人の(もと)に表れた。

 最早、この場で戦っても磐手(いわて)支部で戦っても同じである。


「何でもないよ、親父。電話が終わったようだったからそろそろ行こうと声を掛けただけ。」


 椿(つばき)首領(しゅりょう)Д(デー)に見えないように早辺子(さえこ)に向かってウィンクをし、自分の気遣いを察するように促す。


 早辺子(さえこ)にはもう道は残されていない。

 椿(つばき)を信じ、彼女に賭けるしかない。

 もし裏切られても、この場で死ぬか磐手(いわて)で死ぬかの違いだけだ。


「はい、何でもございません。では、参りましょうか。」


 早辺子(さえこ)は覚悟を決め、道成寺(どうじょうじ)親子三人を車に乗せて再び走り出した。




⦿⦿⦿




 七月三日、脱出二日目の朝。

 この日は(わたる)達全員が神為(しんい)を失っており、翌日まで復活できないので、ひたすら潜伏することに決めていた。


 残る東瀛丸(とうえいがん)は六錠で、各人一錠ずつ分けられ、翌日の朝に飲むことになっている。

 ただし、重症の折野(おりの)(りょう)だけは守護神為(しんい)を失った状態だといつ命が危うくなるかわからず、かと言って神為(しんい)を使える状態にするには彼は危険なので、いよいよ駄目そうな時だけ東瀛丸(とうえいがん)を飲ませて延命することになった。

 折野(おりの)を監視するのは男性陣三人が一人ずつ交代で行い、彼の分の東瀛丸(とうえいがん)は監視役が預かることになっている。

 東瀛丸(とうえいがん)を飲ませることになった時は男三人も飲み、監視役を二人ずつに増やす。

 これは、最悪暴れても抑え込めるようにとの配慮である。


 幸い折野(おりの)は驚異的な生命力でどうにか持ち堪え、夜になると気持ち良さそうに寝息を立てていたので、東瀛丸(とうえいがん)を使う事態には今のところ至っていない。


 (わたる)は三時間の仮眠から少し早めに目を覚ました。

 もうすぐ、その間寝ずに監視を続けていた虎駕(こが)憲進(けんしん)と交代しなければならない。


「どうだ、折野(おりの)の様子は?」


 まだ時間にはなっていないが、(わたる)は気になって虎駕(こが)に声を掛けた。

 虎駕(こが)は眠そうに半目で振り向いた。


「良く寝てるよ。他人の気も知らないで。」

「お疲れさん。少し早いけど代わろうか?」

「いや、時間は守らねえとな。まだ寝起きだろ? 顔でも洗って来いよ。」


 こういう所、虎駕(こが)は真面目な男である。

 虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)ならこれ幸いにと(わたる)に任せて眠りについただろう。


 (わたる)は言われたとおり、昨日魚を釣った川へと足を運んだ。


 そう言えば、釣り具もいつの間にか持っていたんだよな。――(わたる)は自分の手を見つめる。


 昨日使った包丁、点火棒、金串も必要なくなるといつの間にか消えていた。

 そして、今も川岸に置いたはずの釣り具が見当たらない。


 (わたる)は川の水を掬い、顔を洗った。

 ふと、水面に映る自分の顔を見る。

 何故かはわからないが、自分が自分であることを確かめたくなったのかもしれない。


「おい、(きみ)。」


 そんな(わたる)に、背後から女が声を掛けて来た。

 聞き慣れない声だった。


「誰だ!」


 (わたる)は驚いて振り向く。

 すは敵襲かと、朧気(おぼろげ)だった意識が一気に()めた。


 そこに立っていたのは背の高い、ボーイッシュな(ほのお)の様に赤い髪の女だった。

 臙脂(えんじ)色の燕尾(えんび)服に身を包んだ場違いだがスタイリッシュな姿は、正に男装麗人といった出で立ちである。


「警戒を解かないね。それと、歳は二十代前半で茶髪に長身、やや童顔の痩せた男。うん、聞いていた特徴と一致する。(きみ)狼ノ牙(おおかみのきば)に拉致されたっていう明治の民だろう?」


 (わたる)の警戒を余所に、女はポケットから取り出した携帯電話の端末を(いじ)りだす。


「何者だ?」

「うーん、その反応はやっぱり皇國(こうこく)臣民じゃないね。こっちの人間が(わらわ)を知らない筈が無いもの。」


 (わらわ)?――(わたる)は僅かに首を傾げた。


 実際にそんな一人称を使っている人間がいるのか?

 同じくらいの年頃だろうに、まだ中二病真っ盛りなのか?

 本当に何なんだ? この人。――(わたる)の中で警戒よりもむしろ戸惑いの方が大きく膨れ上がってきていた。


 そんな彼に対し、彼女は端末に表示された画像を見せて来た。


「御覧、三年前の記事だ。」

「あっ!」


 そこに表示されていたのは、ウェブ配信されているのであろう新聞記事だった。

 画像には彼女が写っており、その下に写真の説明として彼女の素性が書かれていた。


『本日、学修院(がくしゅういん)大学に御入学あそばされた龍乃神(たつのかみ)深花(みか)殿下。』


 (わたる)は何度も写真と本人の顔を見比べる。

 彼女、龍乃神(たつのかみ)深花(みか)はそんな(わたる)を見て得意気に笑っている。


「こちらの皇族の方、だったんですか?」

「ははは、そんなに畏まらなくていいよ。同い年ぐらいだろう?」


 確かに、言われてみれば身に付けているものはどれも値が張りそうなものばかりだし、立ち振る舞いにもどこか気品がある。

 その均整の取れた体のラインが何処となく把握できるような出で立ちはまるで宝塚歌劇のように彼女の美しさを際立てている。

 これならばきっと彼女に憧れ、許されるならば踏まれてみたいと思うものも多いだろう。


「改めて、自己紹介しておこう。(わらわ)神聖(しんせい)大日本(だいにっぽん)皇國(こうこく)第二皇女、龍乃神(たつのかみ)深花(みか)だ。以後宜しく。」

「これはご丁寧にどうも。初めまして、龍乃神(たつのかみ)殿下。(ぼく)(わたる)岬守(さきもり)(わたる)です。」

「うーん、まだ堅いなあ……。せめてその、龍乃神(たつのかみ)殿下っていうのは止してほしいな。壁があって好きじゃないんだ。」


 肩を(すく)める彼女の所作は、一々絵になる。


「じゃあ(ぼく)の国と同じように、深花(みか)様で。」

「……まあそれならいいか。」


 龍乃神(たつのかみ)は手を腰に、妥協しようという面持ちで一息吐いた。


「そう言えば、深花(みか)様。さっき(ぼく)のことを聞いていたみたいに仰ってましたけど、どういうことです?」

「ああ、明治政府の人が君たちのことを話していてね。変な人だったけど、君たちのことを本気で心配していたよ。」


 明治政府、というと我が国では戦前の古い時代の呼び方だが、皇國(こうこく)では明治日本(めいじひのもと)と呼んでいることから必然的に日本政府をこう呼ぶことになる。


「そうか、政府も動いているんだ……。」

「それで先日(わらわ)の兄上から聞いた話では、君たちを奪還するための人材もすでに送り込んでいて、近々動くことになりそうだとか、そんな(おり)だったようだね。」


 彼女の言葉によって、(わたる)は帰国が大きく近づいた実感が沸いた。

 互いの国の政府高官や上層部が合意し、動いているという情報が何より心強かった。


 そして、祖国に想いを馳せる。

 浮かぶのは、やはり恋焦がれる幼馴染、麗真(うるま)魅琴(みこと)の顔だった。


「待っていてくれ、魅琴(みこと)。もう少しで帰るから……。」


 空を仰ぎ、一人決意を呟いた(わたる)の横顔を龍乃神(たつのかみ)は興味深そうに見つめている。

 そして目を細め、フフンと笑って揶揄(からか)うように(わたる)に声を掛けた。


岬守(さきもり)君、モテるだろう?」

「はい?」


 唐突な彼女の言葉に、(わたる)は動揺して素っ頓狂な声を出した。


「いや、脱走して二日目の朝に出会えて良かったかもね。あまり日が経つと、流石に臭いがキツくなって君の魅力に気が付かなかったかも知れない。」

深花(みか)様、貴女(あなた)何を仰っているんですか?」


 突然、蠱惑的な眼で見据えられた(わたる)は慣れない事態に困惑して目を泳がせる。

 そんな彼の仕草が、龍乃神(たつのかみ)にはさぞ面白いようだ。


「意外と初心(うぶ)なんだね。年上の女に貢いで貰えそうな顔をしている癖に、女慣れしていないのかい? 案外奥手なのかな? 可愛いね。」


 小学生の頃、魅琴(みこと)と出会う前を除き、(わたる)はこれまでずっと魅琴(みこと)一筋だった。

 それは端から見ると余りに露骨だったので、逆に彼女以外の女子は彼から遠ざかっていた。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)は、唯一の例外と言っていい。


 だがそれを抜きにすると、年上にモテそう、貢いで貰えそうという龍乃神(たつのかみ)の言はそれなりに的を射ている。


 現に、かつて彼に貢ぐような真似をしようとした魅琴(みこと)は五カ月ほど早く生まれており、微妙に年上だとも言える。

 また、彼の脱走を成功させるために尽力し、彼に惚れ込んだ水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)も年上である。


 本人に自覚は無いようだが、おそらくそれが彼の気質なのだろう。


「どうかな? 世界一の大国のお姫様を射止めてみようとは思わないかい?」

「いや、それは……。」


 冗談だとわかってはいるが、流石に気後れしてしまう。


「ま、ここで(わらわ)(きみ)たちを颯爽(さっそう)と助け、帰国を実現させてあげれば君は(わらわ)に惚れ込んでくれるかもしれないね。」

深花(みか)様、さらっとエグい取引持ち掛けますね……。」

「おや、そう取るのかい。なるほど、これは失言だったね。」


 実際、彼らにとってそれが帰国への最大の近道だろう。

 (わたる)は今、喉から手が出るほど彼女の助力を欲している。


 しかし、彼女は申し訳なさそうに眉尻(まゆじり)を下げた。


「期待させて申し訳ないけれど、(きみ)達を助けてあげることは出来ないんだ。」

「え? どうしてですか?」


 (わたる)は彼女の言葉に落胆の色を隠せなかった。

 そんな彼に、龍乃神(たつのかみ)は溜息を吐いて言葉を続ける。


「本来、皇族たるものあまり勝手に動いてはいけないんだ。まあそんなことは無視している人もいるんだけれど、あの人は特別だからね。実はここへはお忍びで、(わらわ)一人で来ているんだよ。」


 どうやら、彼女にも事情があるらしい。


「第二皇女という立場が無ければ、(きみ)達をしかるべき場所に送り届けてあげられるんだが……。(わらわ)にも色々ある。わかってくれ。」

「そうですか……。」


 遠い目をする彼女に、(わたる)はそれ以上頼み込むことは出来なかった。


「まあお供も無しに一人で来ているとなれば、(ぼく)たちと一緒にいるのは返って危険かもしれないですね。というか、一刻も早く(ぼく)らから離れた方が良い。狼ノ牙(おおかみのきば)はまだ諦めていないでしょうから。奴らに身柄を確保されたら、何をされるかわかったもんじゃありませんよ?」


 (わたる)の本心からの心配に、龍乃神(たつのかみ)は目を丸くする。


(きみ)は、(わらわ)の心配をしてくれるのかい?」

「いや、しますよそりゃ。高貴な家柄の女性がこんな所を一人で歩いてちゃ……。」


 龍乃神(たつのかみ)は心底驚いたように(わたる)の眼を見詰める。

 そして、口角を上げてその薄紅(うすくれない)の唇に微笑みを湛えた。


岬守(さきもり)君は面白いなぁ。やっぱり(きみ)、モテるだろう?」


 込み上げる可笑しみを抑えきれずに声を漏らす彼女に、(わたる)は怪訝に首を傾げる。


「そんな変なこと言いました? 普通の事しか言ってないと思いますが。」

「変だねぇ。だって、皇族たる(わらわ)が叛逆者の破落戸(ごろつき)共に後れを取る筈が無いじゃないか。」


 彼女から発せられたフラグとしか思えない台詞に、(わたる)は苦笑いを浮かべる。


「そうですか……。」

「それに、端から見て(わらわ)はとても勝手なことを言っているよ? (きみ)の立場から考えると、もっと泣き縋っても良いと思うんだ。」


 彼女から見るとそうなのかもしれないが、(わたる)の方から見ると部外者の女が一人旅路に加わるだけである。

 あまり、(わたる)に彼女を引き留める理由は無かった。


「まあ、お気持ちだけ頂いておきます。どうもありがとう。貴女(あなた)のお陰で帰国の目途が立って、大変勇気づけられました。」

「そうかい? うーん、ではもう少しだけ(きみ)に勇気をあげようかな。」


 彼女はそう言うと再び端末を弄り始めた。

 そして(わたる)に見せたそこには、地図が表示されていた。


「御覧、(わらわ)たちのいる現在地がここだ。ここから川沿いに30(キロ)ほど下っていくと、そこそこ大きな道に出る。そこから道すがら20(キロ)ほど歩くと、大きな町に出る。後はこの角を曲がって、西へ5(キロ)の所にあるこの宿は、(わらわ)がお忍びで出歩く時に懇意にしていてね。話を通しておくから尋ねてみると良い。そこで待機していれば、明治政府の人間に居場所を伝えて落ち合えるようにしよう。」


 少しどころではない。

 これから何日も旅をする覚悟をしていた(わたる)にとって、60(キロ)以内という一日で済む道のりに短縮されたことは朗報も朗報である。

 彼女の助力は、考え得る最高のものだと言っていい。


「凄い……。これなら明日にでも帰れる! ありがとう、本当にありがとうございます!」

「礼には及ばないよ。さっきも言ったけれど、本来は今すぐ助けてあげるべきなんだ。」

「いえいえ、とんでもない! これはとんでもないことですよ!」


 と、ここまでははしゃいでいたものの、(わたる)は一つ重大な懸念点を思い出した。


「あ、そうか折野(おりの)がいたな……。あいつが回復するまで待たなきゃいけないけど、したらしたで絶対面倒なんだよな……。」


 最早、折野(おりの)には(わたる)達に協力するメリットが無い。

 となると、いつ裏切って襲ってきたり逃げ出したりするかわからない。


 すると、危険な殺人鬼を皇國(こうこく)の野に放ってしまうことになる。


折野(おりの)……? ああ、確か(きみ)たちの中に殺人犯がいるという話だったね。あいわかった。ではその者だけ(わらわ)が始末しておこう。」


 龍乃神(たつのかみ)はそう言うと瞳を鋭く光らせた。

 これを(わたる)は慌てて制止する。


「ちょ、ちょっと待ってください! それは駄目だ!」

「どうして? 厄介払いしたくはないのかい? その男、今は神為(しんい)を使えないだろう? ますます(わらわ)が後れを取る理由が無い。」


 先程までとは打って変わって、龍乃神(たつのかみ)の眼は強い視線で(わたる)を睨む。


「駄目なんですよ。あいつには、ちゃんと()()()()()()裁きを受けさせなきゃいけない。その為にも、絶対一緒に帰国しないと駄目なんだ。」

「現実的じゃないね。もし(きみ)達や、()しくは皇國(こうこく)臣民に被害が出たらどうする? 悪いが()()()()()()()()にばかり配慮していられない。(わらわ)にも臣民を守る義務がある。」


 (わたる)東瀛丸(とうえいがん)の薬剤包装を強く握り締めた。


貴女(あなた)の言うこともそれはそれで正しいかもしれない。だけど、それでも(ぼく)貴女(あなた)を止めなくちゃならない。」

「無理だよ、それは。(きみ)(わらわ)には絶対に勝てない。仮令(たとえ)万全であっても、ね。」


 緊迫した空気が流れる。

 さっきまで和やかに会話していた二人だとはとても思えない。


折野(おりの)には、命を助けられてる。その相手を売れない。」

「一人の罪人の為に命を捨てると?」


 ミロクサーヌ・改が墜落する際、折野(おりの)東瀛丸(とうえいがん)を飲まされていなければ少なくとも(わたる)は確実に死んでいた。

 不本意ながら、彼もまた命の恩人だった。


 一歩も引かない(わたる)の様子に根負けしたのか、龍乃神(たつのかみ)は肩の力を抜いた。


「あいわかった。その覚悟があるなら信念を死守し貫徹するがいい。」

「ありがとうございます。」


 (わたる)はほっと一息吐いた。

 そんな彼に対し、龍乃神(たつのかみ)は再び穏やかな表情で微笑む。


(きみ)は、損な性格だね。」

「はい。早くもちょっと後悔してます。」

「あはは、駄目駄目じゃないか。」


 可笑(おか)し気に声を上げる彼女は、元の親しみ易さを取り戻していた。


「本当に、ありがとうございます。」

「どういたしまして。」


 (わたる)は改めて龍乃神(たつのかみ)に頭を下げて謝意を表した。

 彼女はそれを受け、一つ大きく伸びをする。


「じゃあ(わらわ)は失礼するよ。無事帰れると良いね。」

「はい。助かりました。」

「あ、そうそう。」


 龍乃神(たつのかみ)は最後に、とばかりに(わたる)に顔を近づける。


(わらわ)を本気で射止めたくなったら、また皇國(こうこく)においで。(わらわ)たち皇族は最初から自分より弱い相手しかいないから、(きみ)がどんな身の上でも気にしないよ。安心して、(わらわ)に恋い焦がれていいからね?」


 彼女の眼差しに、(わたる)はドギマギしてしまう。

 そしてそんな様子を見て満足したのか、彼女はにっこりと微笑んで(わたる)の頬を小突いた。


「なんてね。では、また会おう!」


 龍乃神(たつのかみ)深花(みか)はその言葉を残し、(わたる)の前から忽然と姿を消した。


「なんか、凄い人だったな……。」


 白馬の王子様ならぬ、白馬の姫騎士様。――そんな言葉が(わたる)の脳裏に過った。


「っと、滅茶苦茶時間食ったな。虎駕(こが)の奴、怒ってるだろうな……。」


 (わたる)は言い訳を考えながら、仲間の(もと)へと戻って行った。

仁志旗(にしき) (れん)

西暦1998年(皇紀2658年) 2月4日生

身長 170㎝

体重 63㎏

血液型 A


龍乃神(たつのかみ)深花(みか)

皇紀2663年(西暦2003年) 10月30日生

身長 171(センチ)

三位寸法 胸87 胴58 腰 86

血液型 B


次回更新は、10月18日㈰

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