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「……方法?」
「ええ。あなたに、別の世界へ渡っていただくのです」
「……別の、世界?」
聞き返した自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
別の世界。ここは日本で、自分は水無瀬七海で、隣には結婚を約束した恋人がいる。別の世界など、あるはずがない。
「すみません……意味がわからないんですけど」
「無理もありません。普通に暮らしていれば、知る機会のない話ですからね」
「そうじゃなくて……!」
思わず声が荒くなった。
「別の世界って何ですか? どこにあるんですか? どうやって行くんですか? そもそもそんなもの本当にあるんですか?」
質問が、次々と口をついて出た。自分でも、何を聞きたいのか分からなかった。男は急かすことなく、ひとつひとつを聞いていた。
「ええ。存在します。あなたが今いる世界とは異なる、もうひとつの世界が」
「……そんなの、信じられません」
「そうでしょうね」
男はあっさりと認めた。
「ですから、無理に信じていただく必要はありません。今は、ひとつだけ覚えておいてください」
杖の先が、静かに地面を指す。
「その世界で魔王を倒せば、彼を救うことができます」
「……魔王?」
呆然と呟いた。別の世界というだけでも受け止めきれないのに、今度は魔王だという。ゲームや小説に出てくる、あの魔王だろうか。冗談を言っているのかと思った。
けれど男の口調に、ふざけた響きはどこにもなかった。
「待ってください。魔王って……あの、物語に出てくるような?」
「概ね、その認識で構いません」
「概ねって……」
七海は額に手を当てた。頭が痛い。時間が止まっていることも、顔の分からない男が目の前に立っていることも、別の世界があるという話も、その世界で魔王を倒せば湊を救えるという話も、何ひとつ理解できない。あまりに現実離れしていて、どこから疑えばいいのかさえ分からなかった。
「……私に、魔王を倒せって言うんですか?」
「はい」
「私が?」
「ええ、あなたが」
「……どうして?」
声が震えた。
「私、普通の人間ですよ。喧嘩だってした事ないし、剣だって握ったことない。魔物なんて見たことがあるはずない。そんな私が、どうやって魔王なんか倒すんですか?」
「それについては、向こうで知っていけるでしょう」
「向こうって……」
七海は言葉を失った。まるで、行くことがすでに決まっているかのような話し方だった。
「無理です」
ようやくそれだけを口にした。
「私には、無理です。そんな世界に行くなんて……魔王を倒すなんて、できるわけがない」
男は否定しなかった。
「ええ。簡単なことではないでしょう」
「だったら……」
「ですが他に彼を救う方法はありません」
七海は息を止めた。男の顔は、やはり分からない。どんな表情をしているのかも、何を考えているのかも。ただ、静かな声だけが耳へ届いていた。
「このまま時間を進めれば、お二人は命を落とします。何もしなければ、それで終わりです。しかしあなたが別の世界へ渡り、魔王を倒すことができれば……彼を救う道が開かれます」
「……絶対に、助けられるんですか?」
「魔王を倒すことができれば、彼を救うことができます」
同じ答えだった。確実に助かると約束されたわけではない。向こうの世界で何が待っているのかも分からない。自分に魔王を倒せるのかなど、考えるまでもなく無謀な話だった。
それでも。七海は、隣にいる湊を見た。伸ばしかけた手。自分の名を呼んだ声。握り締めてくれた掌の温もり。
さっきまで、二人でベッドの大きさを相談していた。キングか、クイーンか。寝相がどうだと言い合って、笑って。そんな何でもない未来の話を、していたのに。朝、目を開ければ隣に湊がいて、仕事から帰れば玄関の灯りがついていて、休日の昼下がりには並んでソファで居眠りをする。そういう日々が、これから何十年も続くはずだった。
それが、こんなにも簡単に失われてしまうなんて。




