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その日、仕事を終えた二人は外食をした帰りだった。
結婚式の準備も順調で、気持ちに余裕が出たせいだろう。店を出てからも、新居の家具の話はいつまでも尽きなかった。街灯の下を通るたびに、二人ぶんの影が足元で長く伸びては縮む。
「ベッドどうする? いっそキング?」
湊が尋ねた。
「うーん……キングもいらなくない?」
「ダブル?」
「二人で寝ても狭くないくらいがいい」
「じゃあ、クイーンサイズくらい?」
「それがいいかも」
「よし、決まり。あとは七海が寝相悪くないことを祈るだけだな」
「ちょっと! 私、そんなに寝相悪くないよ!」
「この前、布団の端っこまで転がってたの誰だっけ?」
「……湊だって、朝起きたら枕抱きしめてたじゃん」
「それは関係ないだろ!」
他愛のない言い合いに、二人して笑った。
やがて交差点の手前に出た。歩行者用の信号が、ちょうど青に変わる。
「寝相悪すぎたら別々ね」
「嫌だ。寝るのは一緒が良い」
手を繋いだまま、横断歩道へ足を踏み出した。
その時だった。視界の端で、白い光が弾けた。
反射的に顔を向けると、車道の先から二つのヘッドライトが、闇を押しのけるように膨れ上がってくるところだった。腹の底に響く低い唸り。光の向こうで、巨大な車体の輪郭が黒々と立ち上がる。トラックだと理解したのは、その巨体が視界を埋め尽くしてからだった。
速い。そう思ったときには、もう遅かった。
甲高いブレーキの悲鳴が夜気を裂き、焦げたゴムの匂いが鼻を刺す。タイヤが路面を削る音が、すぐそこまで迫ってくる。逃げなければならないのに、足は地面に縫い止められたように動かなかった。光だけがやけにゆっくりと大きくなっていく。
「……え?」
何が起きているのか、理解が追いつかない。ただ目の前のそれが取り返しのつかないものだということだけが、皮膚の感覚で分かった。繋いだ手にぐっと力が籠る。
「七海――!」
湊が何かを叫んでいる。引き寄せようとしているのか、それとも庇おうとしているのか。それすら分からないまま、七海は光の中へ呑み込まれようとしていた。
だがその瞬間――世界が、止まった。
クラクションが消えた。ブレーキの悲鳴も、周囲の叫び声も、何もかもが唐突に断ち切られた。耳の奥で脈打つ自分の血の音だけが、水の底にいるように鈍く響いている。
七海は、恐る恐る目を開けた。
目の前にトラックがあった。あと一瞬でも遅ければ確実に衝突していたはずの距離。フロントガラスの汚れまで見分けられるほど近いその車体が、見えない壁にぶつかったかのように静止している。タイヤは路面に爪を立てたまま動かず、窓の向こうの運転手は、目を見開いた表情のまま彫像になっていた。
横断歩道の向こうでは、駆け出そうとしていた男性が片足を上げたまま固まっている。車道に舞い上がった紙くずが、空中に縫い留められていた。何もかもが止まっている。自分以外の、すべてが。
「……なに、これ」
声が掠れた。隣を振り返る。




