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11/30

豚骨ラーメンと「真夏の果実」

 昼の十一時を少し回ったころ、私は台所に立って冷蔵庫を開けた。


 卵が四つ。納豆が二パック。昨夜のきんぴらが少し。野菜室には、しなびかけた小松菜と、使いかけのキャベツ。


 閉めた。


 もう一度開けた。


 増えてはいなかった。


「今日、昼ご飯作らへんから」


 リビングに向かって言うと、三人分の反応が返ってきた。


「えー」


 九歳の陽菜。


「別にええけど」


 十六歳の美月。


「私、二時から予定あるで」


 十九歳の七海。


 誰一人として、「じゃあ私が作る」とは言わない。


 まあ、そうだろうとは思っていた。


「なんか食べに行くで」


「どこ?」


 陽菜がすぐ食いつく。


「まだ決めてへん」


「マクド?」


「昨日食べたやろ」


「うどん」


「昨日の晩うどんやった」


「じゃあ焼肉」


「昼から?」


「お母さんが何か食べに行くって言うたんやん」


 そう言われればそうだ。


 私は冷蔵庫の横に貼ったカレンダーを見る。


 八月。


 夏休み。


 夫は休日出勤。私はスーパーのパートが珍しく休み。七海も大学の講義がない。美月は部活が午後から休み。陽菜は、もちろん一日中いる。


 四人が昼に家にいる。


 考えてみれば、最近あまりない。


「カラオケ行こか」


 口から出た。


 七海がスマホから顔を上げる。


「急やな」


「涼しいし」


「理由そこ?」


「ご飯も食べられるし」


 美月もようやくソファから身体を起こした。


「パレット?」


「うん」


「飯食いにカラオケ行くん?」


「歌えばええやん」


「お母さん歌うん?」


「歌うよ」


「何を」


「何でも」


「それが怖いねん」


「何でやねん」


 陽菜だけが、もう行くつもりで靴下を探していた。


 四十五歳。


 三人の娘がいる。


 そんなことは毎日知っている。


 でも、こうして三人並んでいるのを見ると、ときどき数が多いと思う。


 よく三人も育てたな、と他人事みたいに思う。


 そして、まだ育てている途中だということも忘れそうになる。


 パレットに着いたのは十二時前だった。


 外は、アスファルトまで白く見えるような日差しだった。


「暑っ」


 店に入った瞬間、陽菜が言った。


「生き返った」


「死んでへん」


「死ぬ一歩手前やった」


「大げさやな」


 受付には、髪をきっちりまとめた女性が立っていた。


 何度か見たことがある。昼間によくいる店主の奥さんだ。


「いらっしゃいませ。四名様?」


「はい。二時間で」


「お子さんも一緒ですね。広めの部屋にしましょうか」


 その人が陽菜を見て笑う。


 陽菜は、こういうときだけ妙に行儀がいい。


「ありがとうございます」


 私が答えると、美月が小声で、


「外面ええな」


 と言った。


「聞こえてるで」


「聞こえるように言ったし」


 十九歳と十六歳は、この程度のことを平然と言う。


 私も慣れた。


 部屋に入ると、陽菜が一番にソファへ飛び込んだ。


「涼しー」


 七海はすぐに端末を手に取り、美月は飲み物を選び始める。


「お母さん、何飲む?」


「アイスコーヒー」


「暑いのに?」


「暑いからや」


「意味分からん」


 意味は私にも分からない。


 ただ、四十五年生きていると、理由の説明できない好みが増える。


 私はメニューを開いた。


 最初に目に入ったのは、季節限定の文字だった。


 豚骨ラーメン。


「これ」


 思わず言った。


 三人が同時にのぞく。


「カラオケ屋で豚骨?」


 七海が言う。


「ええやん」


「真夏やで」


 美月が言う。


「ええやん」


「お母さん、汗かくで」


 陽菜まで言う。


「ええやん!」


 三対一で負けそうになったので、声を少し大きくした。


 メニューの写真には、白濁したスープに細麺。青ねぎ、きくらげ、焼豚。横に小皿で紅生姜が添えてある。


「私これにする」


「じゃあ私も」


 七海が続く。


「え、ほんまに?」


「お母さんがそんな言うなら気になるやん」


「じゃあ私も」


 美月まで乗ってきた。


 陽菜は少し考えたあと、


「私、半ラーメンある?」


 メニューをめくる。


 あった。


「じゃあそれ」


 結局、女四人、真夏の昼に豚骨ラーメンを食べることになった。


 注文の電話を入れると、受付にいた奥さんが出た。


「豚骨三つと、半ラーメン一つお願いします。あと……紅生姜、多めにできます?」


 言ってから、娘たちが私を見る。


「できますよ」


 受話器の向こうで笑う声がした。


「うち、九州なんで。紅生姜は多いくらいがちょうどいいです」


「じゃあ、遠慮なく多めで」


「はい。いっぱい持っていきます」


 受話器を置いた。


「お母さん、紅生姜そんな好きやった?」


 七海が聞く。


「好き」


「知らんかった」


「言う機会なかったし」


「十九年一緒におって?」


「紅生姜について語る機会なんか、そんなないやろ」


 美月が笑った。


「でも確かに。お母さんって、牛丼でもめっちゃ乗せるよな」


「せやろ」


「味変わるぐらい」


「そこがええねん」


 陽菜だけが不安そうに聞いた。


「辛い?」


「ちょっと」


「じゃあ私は少なめ」


「好きにし」


 七海が端末に曲を入れた。


 最近の曲だった。


 私は知らない。


 美月は知っているらしく、すぐ二本目のマイクを取った。


 陽菜はサビだけ参加する。


 三人が同じ画面を見ている。


 七海は歌いながら、途中でスマホも見る。美月は振りまでつける。陽菜は分からないところを勢いで乗り切る。


 それを見ながら、私はアイスコーヒーを飲んだ。


 昔は、三人とも私の横にいた。


 スーパーへ行けば、七海がカートの横を歩いて、美月が後ろから服を引っ張って、陽菜は抱っこだった。


 いや、陽菜が生まれたころには七海は十歳だった。


 そう考えると、三人が全員小さかった時期なんて、本当はほとんどない。


 記憶の中では、ごちゃ混ぜになっている。


 プールバッグ。


 濡れた髪。


 虫よけの匂い。


 日焼け止めを嫌がる腕。


 家に帰ってからの洗濯物。


 冷蔵庫の麦茶が一日でなくなる。


 夏休みになるたび、早く学校始まってくれ、と何度思っただろう。


 今はもう、七海の夏休みの予定を私はほとんど知らない。


 美月も部活や友達で勝手に出ていく。


 陽菜だけが、まだ「今日どこ行く?」と朝から聞いてくる。


 ドアが開いた。


「お待たせしました」


 さっきの奥さんだった。


 大きな盆の上に、丼が四つ。


 一気に部屋の空気が変わった。


「うわ、豚骨」


 七海が笑う。


「匂いすご」


 美月も鼻を動かす。


 白いスープから湯気が上がっている。


 青ねぎは細かく、きくらげは黒く細切り。焼豚は薄い煮豚ではなく、縁に焼き色のついたものが二枚。


 そして真ん中に、紅生姜。


 小皿ではなかった。


 深めの器に、山のように入っている。


「多っ」


 娘三人が同時に言った。


 奥さんが笑った。


「多めって言われたので」


「ありがとうございます」


「足りなかったら言ってください」


「これ以上いくんですか?」


 七海が聞く。


「いけますよ」


「お母さん、挑まれてるで」


「負けへんし」


「何の勝負なん」


 奥さんは陽菜の前に半ラーメンを置く。


「こっちは紅生姜、別にしてるからね。辛かったら入れなくていいよ」


「はい」


「替え玉もできます。お母さんたちは、食べてから考えてください」


「そんな本格的なんですね」


 私が言うと、奥さんが少しだけ胸を張った。


「出身、九州なんです。中華の店にいたんですけど、豚骨だけは別枠です」


「別枠?」


「故郷なんで」


 それだけ言って、また笑った。


 なるほど。


 店で覚えた味ではないのだろう。


「いただきます」


 四人で言った。


 まずスープを飲む。


 濃い。


 でも、重すぎない。


 舌にまとわりつく感じはあるのに、あとに変な臭みが残らない。豚骨の匂いはしっかりする。むしろ、それがないと物足りないくらいだ。


「うま」


 七海が先に言った。


「うん」


 美月も続く。


 陽菜は慎重にふうふうしている。


 私は麺を持ち上げた。


 細い。


 すすった瞬間、スープが絡む。


 そのまま一口。


「……これ、あかんわ」


「何が?」


 美月が聞く。


「替え玉する」


「早っ」


 まだ一口目だった。


 焼豚を食べる。


 表面が香ばしい。中は柔らかいが、煮込んだだけの味ではない。


「これ、チャーシューも違うな」


 七海も気づいた。


「中華っぽい」


「分かるん?」


「何となく」


 十九歳になると、娘が急に大人っぽいことを言う。


 私は紅生姜を取った。


 最初から多めに載せる。


「うわ」


 美月が引く。


「まだ味変する前やろ」


「最初からこれが完成やねん」


「知らんわ」


 紅生姜の酸味と辛味が、豚骨の脂を切る。


 スープの色も少し変わる。


 これだ。


 私はさらに追加した。


「入れすぎ」


 七海が言う。


「うるさい」


「スープ赤なってるやん」


「ええねん」


 陽菜が自分の紅生姜を一本だけ取って、舌の先につけた。


「からっ」


「無理せんでええ」


「お母さん、何でこんなんいっぱい食べるん?」


 何でだろう。


 好きだから、としか言いようがない。


「大人になったら分かる」


「絶対分からんやつ」


 美月が言った。


 三人とも笑った。


 ラーメンを食べているあいだ、誰も歌わなかった。


 画面では次の曲をおすすめしている。


 七海が髪を耳にかける。


「暑い」


「言うたやろ」


 美月が得意げだ。


「でもうまい」


「それも言うた」


「お母さん、何も言うてないやろ」


「心の中で」


「ずる」


 私は替え玉を頼んだ。


 七海も頼んだ。


 美月は悩んでから半玉。


 陽菜は「替え玉って何?」と聞いて、説明すると、


「私も」


 と言った。


「自分の食べてから言い」


「食べるもん」


「残したらお母さん食べへんで」


「食べるし」


 こういう会話を、いつまでできるのだろう。


 急にそう思った。


 替え玉が来るまでの間、七海がスマホを見た。


「ごめん、二時半には出なあかん」


「彼氏?」


 美月がすぐ聞く。


「ちゃう」


「友達?」


「まあ」


「男?」


「うるさい」


「彼氏や」


「ちゃうって」


 陽菜が嬉しそうに参加する。


「七海ちゃん彼氏おるん?」


「おらん!」


 私は黙ってスープを飲んだ。


 こういうのは、母親が入ると急に終わる。


 聞きたい気持ちはある。


 でも十九歳の娘に、全部話してもらおうとするのは違う。


 分かっている。


 分かっているけれど、少し寂しい。


 替え玉が来た。


 私は麺を丼に入れ、紅生姜を追加した。


「まだ入れるん?」


「まだいける」


「もう豚骨ラーメンじゃなくて紅生姜ラーメンやん」


「豚骨があるから紅生姜がうまいねん」


「名言みたいに言わんといて」


 美月が笑う。


 七海は時計を見ながら、それでも替え玉を全部食べた。


 陽菜は途中で苦しくなって、残りを私へ寄こした。


「ほら」


「食べたもん」


「半分やん」


「半分以上」


「はいはい」


 結局、私が食べた。


 三人育ててきて、残り物を食べることだけは本当に上手くなった。


 食べ終わるころには、四人とも少し汗をかいていた。


「冷房もう一個下げよ」


「さっき寒い言うてたやん」


「ラーメン前と後は別」


 七海が温度を下げる。


 美月が端末を取った。


「次、何歌う?」


「お母さん歌ってないやん」


 陽菜が言う。


「歌うよ」


「何?」


「何でもええ」


「またそれ」


 七海が検索画面をこちらへ向ける。


「これどう?」


 表示されていたのは、『真夏の果実』だった。


「古っ」


 美月が言う。


「知ってるくせに」


 七海が返す。


「知ってるけど」


「お母さん世代やろ」


「世代ではない」


「え、ちゃうん?」


「もっと前や」


「じゃあ何で知ってるん」


「名曲やからや」


 言い切った。


 七海が予約を入れる。


「お母さん歌って」


「一人?」


「私も知ってるとこ入る」


 マイクを渡された。


 イントロが流れる。


 夏の曲だ。


 でも、明るいだけの夏ではない。


 私は画面を見た。


 歌い始める。


 隣で陽菜がスープの残った丼をまだ覗いている。


 美月はスマホを触りながら、ときどきこちらを見る。


 七海は二本目のマイクを持って、知っているところだけ入ってくる。


 その声を聞いていたら、昔の夏が、勝手に戻ってきた。


 七海が三歳の夏。


 海へ連れて行った。


 怖がって足を水につけず、砂浜で泣いていた。


 美月が五歳の夏。


 祭りで一瞬いなくなった。


 見つけたとき、本人より私のほうが泣いた。


 陽菜が四歳の夏。


 ベランダに小さなビニールプールを出した。


 水を全部外へかき出して、夫に怒られた。


 その夫も若かった。


 私も若かった。


 毎日、余裕がなかった。


 朝から「早くして」と言って、昼には「静かにして」と言って、夜には「早く寝て」と言った。


 夏休みなんて、早く終われと思っていた。


 毎年思っていた。


 それなのに、終わった夏ほどよく覚えている。


 曲が続く。


 七海の声が横から入る。


 この子は、もう十九歳だ。


 来年、再来年、その次。


 いつ家を出てもおかしくない。


 美月だって、あと三年で十九になる。


 陽菜も、今は私の腕にぶら下がるけれど、そのうち触るなと言うだろう。


 歌いながら、急に腹が立ってきた。


 勝手に大きくなっている。


 私が毎日ご飯を作って、洗濯して、怒って、病院連れて行って、学校の書類を書いて、その隙に三人とも勝手に大きくなった。


 曲が終わった。


 七海がマイクを置いた。


「お母さん、途中からめっちゃ感情入ってたな」


「うるさい」


「泣くかと思った」


「泣いてへん」


 美月がこちらを見る。


「何なん?」


 私は三人を順番に見た。


 七海。


 美月。


 陽菜。


「あんたらさ」


「何」


「勝手に大きなりすぎやねん」


 三人とも止まった。


 最初に笑ったのは七海だった。


「知らんし」


 美月も笑う。


「育てたんそっちやん」


 陽菜だけが真顔で言った。


「私、まだ九歳やで?」


 一秒置いて、全員で笑った。


「せやな」


 私は陽菜の頭を撫でる。


「まだ一人おったわ」


「まだって何」


「まだ子ども」


「陽菜だけずる」


 美月が言う。


「じゃあ美月も撫でたろか」


「絶対いらん」


「ほら、もう大きい」


「そういう意味ちゃう」


 七海が時計を見る。


「あと一曲だけ」


「もう行くん?」


「予定あるし」


「分かってる」


「また四人で来たらええやん」


 あまりにも普通に言う。


 私は少しだけ驚いた。


「また来るん?」


「ラーメンうまかったし」


「そこ?」


「あと紅生姜」


「七海、ほとんど食べてへんやん」


「お母さんが食べてるの見てたら、ちょっと好きになった」


「嘘つけ」


「ほんま」


 美月が手を挙げる。


「次、私チャーハン食べたい」


 陽菜も、


「私、ケーキ」


 と言う。


「店バラバラやな」


「ここ全部あるやろ」


 確かにある。


 七海が最後の曲を入れた。


 知らない曲だった。


 三人は知っている。


 私は聴く側に回った。


 同じ家で暮らしていても、三人には三人の歌がある。


 それでいい。


 私の知らないものが増えていく。


 私の知らない友達も増える。


 私の知らない好きな人も、そのうちできる。


 そうやって、少しずつ遠くなる。


 でも今は、まだ同じ部屋にいる。


 さっきまで豚骨ラーメンをすすっていた四人で、同じ画面を見ている。


 今は、それで十分だった。


 会計へ向かうと、受付にはさっきの奥さんがいた。


「ラーメン、どうでした?」


「めっちゃおいしかったです」


 七海が先に答えた。


「ほんまに」


 美月も続く。


 陽菜は、


「紅生姜は辛かった」


 と言った。


「それはごめんね」


「でもラーメンはおいしかった」


「よかった」


 私が財布を出す。


「紅生姜、最高でした」


 奥さんが笑った。


「でしょ」


「途中から入れすぎって言われました」


「誰に?」


「娘らに」


 奥さんが三人を見る。


「娘さん三人?」


「はい」


「ええなあ。女四人」


「毎日一緒やと、そんなええもんでもないですよ」


 何となく、そう返した。


 奥さんは会計をしながら、


「そうでしょうね」


 と笑った。


 その返事が妙に気に入った。


 羨ましいだけでもなく、大変ですねでもない。


 そうでしょうね。


 それくらいでいい。


 店を出ると、熱気が一気に身体へまとわりついた。


「暑っ!」


 陽菜が叫ぶ。


「さっきより暑い」


 美月も顔をしかめる。


「ラーメン食べたからや」


 七海が笑う。


「お母さん、紅生姜食べすぎて顔赤いで」


「暑いだけや」


「ほんま?」


「ほんま」


 駐車場までの短い道を、四人で歩く。


 陽菜が私の手を握った。


 暑い。


 手のひらが汗ばんでいる。


 いつもなら、


「暑いから離して」


 と言うところだった。


 今日は言わなかった。


 前を歩く七海と美月の背中を見る。


 この二人も昔は、両側から私の手を握っていた。


 今はもう、呼んでも振り返らないことすらある。


 それでいい。


 それでいいのだと思う。


 駐車場に着くころ、七海が振り返った。


「お母さん」


「何?」


「次いつ休み?」


「知らん。シフト見な分からん」


「四人合う日あったら、また来よ」


「予定あるんちゃうん」


「毎日あるわけちゃうし」


 美月も言う。


「今度はお父さん抜きでな」


「何でやねん」


「女だけのほうが楽やん」


「それ、お父さん泣くで」


 陽菜が私の手を揺らす。


「次もラーメンある?」


「あるんちゃう?」


「紅生姜なしで」


「それは自分で決め」


 三人が好き勝手言いながら車へ向かう。


 私は少し遅れて、その後ろを歩いた。


 夏は、長いと思っているうちに終わる。


 子育ても、たぶん同じなのだろう。


 真っ最中にいるときは、いつまで続くのかと思う。


 終わりが見えてきてから、もう少しだけ続けばいいのにと思う。


 勝手なものだ。


「お母さん、早く!」


 陽菜が呼ぶ。


「はいはい」


 私は小走りになった。


 まだ、間に合う。


 まだ四人で、同じ夏を歩ける。


 愛を、そのままに。

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