第一部 第三章 9
第一部
第三章
9
宗方昇は、大神山山頂の月見里で胡坐をかいて夜空を眺めていた。
月の綺麗な夜は、たまにこうして登ってくる。
村に霧がかかっているのは神社から見えたが、山頂は澄みきったまま。虫の鳴き声が一層、静寂を深くしている。星の瞬く音さえ、いや、神仏のつぶやきさえ聞こえてきそうで、蒸し暑いが心地好い。
神仏――。
国土の大部分が山地で古代から山岳信仰が行われていた日本では、神道においても陰陽道や密教との繋がりは欠かせない。宗方にも、そのへんの垣根はない。
そもそも宗教宗派によって信仰の対象が異なるのは、人間のエゴと欲によるものだ。されどその象徴はじつは同じではないかと宗方は思っている。神仏しかり、あるいは鬼や悪魔であれ。
宗方は、いつも神に真意を問うている。
この世のすべてを受け容れ、そして赦せというのか。なにもかも、神の意志だというのか。
すがるような想いで神職に身を投じてみても、大きな矛盾を抱えたまま。未だその答えは見つかっていない。
神が不在だった日――。
両親が惨殺され、七歳の妹が血まみれになった、あの小学六年生の夏休み。あれから時間は止まったまま。二十年以上が過ぎた。
妹は、どんな女性に成長しただろうか。
別々の家の養子になってからも近況報告だけは欠かさずきたのだが、宗方が大神神社に奉職を決めて以来、連絡はとり合っていない。そう。実際、あの事件から妹とは一度も顔を合せていない。
なぜか――。
それを言葉にするのは難しい。強いていうなら、逢ったが最後、ふたりとも壊れてしまうのではないか、そう思ったからかもしれない。
【お兄ちゃんが神職の道を選んだように、私にもやりたいことが見つかったよ。その願いが叶ったら、きっと逢いにいくからね】
それが最後の手紙だった。
だから宗方は、妹が会いにくるのを待っている。
あれから何度か同じような事件が起こり、なかには同一犯と断定されたものもあったようだが、犯人が逮捕されたという報せはいまだにない。
俺が絶対捕まえてやるからな――。
あのとき、そういってくれた若い刑事は、いまも犯人を追っているのだろうか。
満天の星のなかを、流れ星が尾を引きながら落ちていく。月とは逆、すこし東寄りの方角から放射状に飛びだしていく。いまも大きなのがひとつ、月にぶつかるようにして消えていった。
――捨てちまえよ、信仰なんざ。
――どうせ神なんか、信じちゃいないんだろう。
――神は不在なんかじゃない。
――もともといねぇんだよ。
夜空を探してもそこに神の姿はなく、数多の星からこぼれ落ちてきた声が、胸の奥深くを狙いすましたように貫いてゆくだけだった。




