第一部 第三章 3~4
第一部
第三章
3
三郷共同分校の打ち上げ会。
今回は全員参加。みんなラフな格好でビールやつまみの並んだ机を取り囲み、世間話や趣味の話でワキアイアイとしたムードで進んでいるなか、酔いが巡りはじめた教職員もボチボチ出てきたようで――
数学専科の林田信夫は、小学二年生担任の三好達也と家庭科の井田三代子、それに英語と英会話担当の阿彦珠世を加えた三人になにやら延々と愚痴をこぼしているし、小学四年生担任の永須寛と、五年生担任で小学校の主任でもある岩瀬弥生と一年生担任の荒尾豊子は、昨今のテレビ番組や携帯電話が若年層に与える悪影響についてヒートアップ気味に議論しているし、物理化学専科の橋爪修と生物専科の中田次郎は、かなりえげつない下ネタで盛り上がっている。
――とはいえ、多少ハメをはずす人間がいても、校長の福井敏男はそれを咎めるほど石頭ではない。さりとて教師だって人間なんだから、なとと擁護するつもりも毛頭ない。要は、問題さえ起こさなければそれでいい。そういうことだ。
だからというわけではないが、小学三年生担任の今泉敏と体育専科の城丈二と一緒に、かなり早いピッチで飲んでいた教頭の小野寺弘と遅れてやってきた職員の入江保が、
「ノリちゃ~ん。ハグチューでもしてあげよっか」
「こっちもガマンしてあげるからさァ」
音楽専科の渡部法子をはさんで迫ったときも、福井はどこか冷めた目で三人を眺めていた。
不思議なことに、日本という国には教師はもとより、「先生」と呼ばれる職業がいくつもある。妙な話だが、謂れはちゃんとある。
英語圏では、たとえば医師はドクター、弁護士はロイヤ―、教師はティーチャ―、政治家はポリティシャンであって、それ以上でも以下でもないのだが、この国では「偉い人」を総じて「先生」と呼称する風潮があり、さらにいえば「偉い人」には「礼」を以って尊敬と感謝の意を表すという文化があるからだ。
これが、頭を下げられる職業の人間は概して非常識且つ厚顔無恥といわれる最たる所以である。要するに教職免許や教員採用試験では、人格や品位までは量れないということだ。もちろん全員が全員ではないにしろ、頷ける話ではある。
よって、この程度の馬鹿がいるのは当たり前。
やるほうもやるほうだが、毅然と対応できないほうもどうかしている。周りの教師は我関せず。止めに入ったのが現代国語専科の山本和馬と小学六年生担任の篠原健一だけというのも、なんとも情けないかぎりだ。
かといって、校長としてはそろそろ放っておくわけにもいかない。
職員室の電話が鳴ったのは、福井がいよいよ声を張ろうとした、そんなときだった。
電話に出た美術教師の永須理沙が、「校長」と眉間に皺を寄せて受話器を差しだしてくる。
「あの、駐在所の、斉田さんからです。なんか、六年生の南原千尋ちゃんが、まだ帰宅してないみたいです」
4
戻らなきゃ!
内なる叫びにハッとして、南原千尋は我に返った。
どうやってここまできたのか、まったく記憶がなかった。憶えているのは、森に入ってからしばらくすると、とても心地好い気分になったことだけだ。
千尋は周りを見回した。
樹々のあいだから射しこむわずかな月明かりのおかげで、思いのほか夜目は利く。けれど、通ってきた道がわからない。というか、道らしいものが確認できない。まるで草木が邪魔をして、道を塞いでしまったかのようだ。
――陰森には入っちゃダメ。
パパとママの声が頭の片隅をよぎる。
わかっている。小さいころからいわれてきた。迷子になったら大変だから。
電話するのは気が進まないけど、しかたがない。煩わしいので切っておいたスマートフォンの電源を入れる。
ところが、画面に表示されたのは圏外の文字だった。
なんで? 山中や山越え道ならたまにあるが、村で圏外になることはない。まだそんなに森の奥には入ってないはずなのに。
それにしても、この静けさはなんだ。聞こえるのは風の音と草木がそよぐ音、それと自分が息をしている音だけ。虫や鳥の鳴き声さえ聞こえてこない。まるで獲物を狙って、なにかがじっと息をひそめているかのように。不気味なくらい、なんの気配もしない。
パニックになりそうな気持ちを抑えて、千尋はあらためて周囲に目をこらした。
道らしい道は見えないが、苔むした地面を血管みたいに這っている木の根が、樹々に一定の間隔を空けさせ、そのあいだを見たことのない植物が繁茂している。
通れないことはないけれど、どっちにいっていいか見当もつかない。もっとマズいのは、夜になって気温が下がってきたせいか、霧があちこちで狼煙を上げていることだ。
千尋も山里で暮らす者として、霧の恐ろしさはよく知っていた。ひどいときは昼夜を問わず、視界が一メートルを切ることすら珍しくない。なんにせよ、すでに足元のみならず、ふくらはぎまで地霧が纏わりついているところを見ると、この一帯が霧に覆われるのは時間の問題だろう。
――もしも遭難したら、まず状況を把握して、どうするべきか判断するんだぞ!
夏休みに入る数日前、ホームルームで篠原先生が「山や海での心得」として、そういっていた。
山で遭難した場合、もっともやってはいけないことは、やたらと歩き回り、いたずらに体力を消耗してしまうこと。そうするとさらに道を失い、事故に遭う可能性が高くなる。だから、下山するか、野宿するか、救助を待つか、じっくり考えてから行動する必要がある。
ちなみに海では、泳いでも泳いでも岸から離れてしまう、離岸流という潮流があって、そのスポットに入ってしまったら、いったん横に泳いでから岸を目指すか、むやみに泳がず、体力を温存して救助を待つのがいいそうだ。
すぐに歩きださなかったのは、心のどこかに先生のその言葉があったからかもしれない。
さあ、どうしよう? この場に留まって朝を待つか、それとも出口を探すべきか――。
そのとき、ふいになにかが視界に入った。
千尋は森のなかを凝視した。霧が邪魔でよく見えないが、たしかに遠くの闇のなかをいくつもの光が動いている。木立ちの隙間をかいくぐるように、途切れては……また見え……途切れては……また見え、している。
パパやママが、村の人たちが、きっと捜しにきてくれたんだ!
千尋は、思いきり駆けだした。
その瞬間、遠くにあった光がパッと散り、同時に地霧の下でなにかが足首に絡みついた。
悲鳴をあげるまもなく地面に投げだされた千尋の側頭部に、ガンッと強い衝撃が走った。反して首から下は、なにか湿った柔らかいものに受け止められた。霞んでいく意識のなかで、ああ、あの見たこともない植物のおかげだな、と思った。
寒気がして、次に震えがきた。心臓がキュンと萎んで、鼓動だけが他人事のようにどこか遠くで聞こえた。まるで魂が肉体を捨てて、脱けだしてしまったかのような錯覚を覚えた。
やがて、霧のなかから囁くような声がした。
――帰る場所はあるのかい?
声の正体は、どうでもよかった。不思議と恐怖は感じなかった。もしかすると、自分で自分に語りかけている声かもしれなかった。
いま千尋の瞳に映っているのは、霧が神秘的な輝きを放ちながらゆったりと流れる、夜の森の姿だった。その仄かに青い、星屑のような霧は、天の川やオーロラよりも美しく、またそれを眺めている自分自身もフワフワした雲海に横たわっているようで、まるで森そのものが夜空に浮かんでしまったのではないかと錯覚するほど、幻想的な世界だった。
そこには希望もないかわりに絶望もなかった。
ただ、「無」だけがあった。




